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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●色結晶を、採ろう

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第305話 ふふ……ふふふっ!




 アミス達が地上に帰還したのは、第11層に到達してからおよそ2週間(10日)後のことだった。


 揺れる馬車の車窓からフォルンの光が見えた瞬間、アミスは全身を脱力させる。


(やっと……。やっと、帰ってこられたわ……)


 ひと(ナルン)もの間エナリア探索を行なっていたことになるアミス。


 光輪では数か月の長期攻略も珍しくないが、王女である彼女がここまで長期間、エナリアに潜らせてもらえることは無かった。


 いくら探索に慣れていると言っても、心身の疲労はアミスが思っていた以上に大きかったらしい。どっと押し寄せる疲労が、無意識に小さな息となって漏れてしまう。


 狭い車内だ。貴賓向けに作られた車内はずっと静かなこともあって、その息遣いは同乗者に耳ざとく拾われてしまった。


「アミスティ様……?」


 おずおずといった様子で話しかけてくる聖女ノクレチア。


 自身が漏らした息がため息ように聞こえたことに気づいていないアミスは、当然、こう返すことしかできない。


「ノクレチア様? どうかいたしましたか?」

「あ、いえ、その……。私のわがままに突き合わせてしまって、申し訳ございませんでした……」


 どうして今、ノクレチアが謝罪をしているのか。やはりアミスには分からない。


「えぇっと……。ノクレチア様? どうしてそのような謝罪を……?」


 そんなアミスの問いかけにノクレチアが答えたことで、ようやくアミスはノクレチアに勘違いをさせてしまったことを知る。となれば当然、アミスが頭を下げなければならない。


「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、ノクレチア様。もしも息が漏れていたのだとすれば、生きて帰ることができたことに安堵と感謝をしておりました」

「安堵と感謝……。もしかして、第11層の?」


 パチパチと瞬きをするノクレチアの言葉に、アミスは「はい」と頷いて目を閉じる。


 第11層。一面の荒野が広がるその場所を最後に、アミス達は引き返すことになった。その理由が、不意に遭遇した“化け物”であることは言うまでもない。


 左右で目の色が違う、不思議な犬。声からして少女だろう獣人族の遠吠えで、アミス達の隊に居たほとんどの人物が失神してしまった。


 無抵抗の彼らが魔物に襲われれば、ひとたまりもない。アミスを含めた動ける数名で獣人族の気を引き、失神した人々が目覚めるのを待ち続けた。


 幸いだったのは、獣人族の少女の実力が、アミスの想定よりもずっと“マシ”だったことだろう。


 遠吠えだけで騎士たちを昏倒させた獣人族の少女。絶対に階層主級の実力を持っていると思っていたのだが、体格のせいか、彼女の攻撃は決して重いものではなかった。


 もちろん獣人族らしい“先読み”は一級品で、数人がかりで少女を攻め立てても、武器も、魔法も当たることは無かった。


 それでも、時間が経つにつれて、意識を取り戻した騎士たちが戦列に加わるようになった。戦える人数が10人を超えたあたりからは、アミス達の攻撃も少しずつ命中するようになっていたのだ。


(ガルンの獣人族にとって獣化は奥の手。しかも最後の方、あの獣人族の子は確かに本気だったように見えた。そのうえで、()()()()……)


 獣人族の少女が全力だったのは、間違いない。だというのに、ともすれば討伐できそうなところまで食らいつけていたのだ。


 実際、もし次にあの獣人族の少女と相対することができたなら、アミスは討伐できる自信がある。


(赤色等級上位っていう、あの獣人族の子に対する私の見立てが間違っていた? けれど……)


 事実として、彼女は遠吠え1つで青色髪以下の騎士を昏倒させた。それにアミスの人としての本能も、獣人族の少女が圧倒的な強者であることを告げていたのだ。


 探索者をするうえで、自身の勘は決して馬鹿にしてはならない。


(……まさか獣化した方が弱い、とか? ううん。そんなガルン人、聞いたことも見たこともない。それに、もし獣化しない方が強いのだとしても、負けそうになった時に獣化を解くはず)


 命のやり取りをしているのだ。ガルンの獣人族は弱者をいたぶる傾向があるのはよく聞く話だが、負けそうになれば必ず本気で殺しに来る。


 それを理解していてなお、アミスが「獣化しない方が強いのでは?」と思ってしまうのは、獣人族の少女が最後に見せた姿だ。


 隊の(かなめ)であるノクレチアも目覚めて、いよいよアミス達が万全の状態で戦えるようになった時だ。犬の姿をしていた少女が不意に「わふ?」と鳴いて、アミス達から大きく距離を取った。


 そして天井を眺めながら鼻をヒクヒクしていたと思うと、


『この感じ、サラ先輩……? でも、なんかちょっと違う……? でもやっぱりサラ先輩だし……』


 何やら独り言を言いながら、獣化を解いたのだ。


 そして、獣化時特有の煙に包まれる中、


『とりあえず、サラ先輩の所に遊びに行こっと♪ 楽しかったし、また遊んであげるね、くそざこウルン人たちー!』


 捨て台詞のようなものと共に、大量の砂煙を残して逃亡したのだ。


 もちろん、アミス達もすぐに魔法で追撃を行なった。だが、砂煙が晴れたその場所にはもう、誰も居ない。その代わりに、大きく陥没した地面だけが残されていたのだった。


 煙で姿が消えていたのはほんの数秒。そのわずかな時間で、獣人族の少女は姿を消した。しかも、エナリアの硬い地面に大きな穴をあけることができる身体能力を持っているということでもある。


(実際、最初に襲ってきたときも1キルロ以上ありそうな距離を一瞬で詰めてきたのよね……)


 その身体能力は、アミスが一度だけ追いかけっこをしたことがあるニナに匹敵することだろう。


 そして、もしも獣人族の少女が本当にニナと同じような身体能力を持っていたのだとするなら――


(たった1発。それだけで、私たちの身体は粉微塵になっていたのでしょうね)


 我ながらよく逃げ出さなかったな、と。この時ばかりは自画自賛をするアミス。


 この獣人族との戦いのすぐ後、ようやくノクレチアは地上への帰還を願い出てくれた。エナリアに住む白髪の子供2人を保護するという探索の目的を、ノクレチアの方から諦めてくれたのだ。


 これにより、アミスたちアグネスト王国は“聖女様”の意思を尊重する形で探索を行ない、そして、こうして無事に帰還したという体面を得られたのだった。


 結局、獣人族の少女が本当に本気だったのかは謎のままだ。ただ、1つだけ。


『あはっ♪ そんなのムアに当たるわけないじゃん』

『ぷぷっ、6対1で攻撃も当てられないとか、やっぱりザコだね、おねーさん達』

『わふっ、わふっ! ほらほら、頑張って、おねーさん♪』


 言語は分からないものの、バカにされていたことだけは雰囲気で分かる。その、人を舐め腐ったような態度にはアミスも少し、いや、かなり、苛立っていた。


 途中からは恐怖など忘れて、冷静な殺意しか湧いてこなかったほどだ。


 獣人族もニナも。角族のように変則的な特殊能力を持たない、純攻撃型だ。であれば、防具を固めたり、陣形を整えたり。攻略のしようもあるというものだ。


(獣人族は、前動作のない、魔法の発動までは読み切れないと聞くわ。〈ディア〉で押さえつけて、〈ブレア・エステマ〉で呼吸を封じながら焼き殺す……。ふふ……ふふふっ! 次に会うのが楽しみだわ!)


 そして、こうして“楽しみ”をくれるエナリア攻略が、アミスはやっぱり大好きだ。


「ノクレチア様」


 最寄りの町であるフィリスを目指す馬車の車内。アミスはノクレチアの名前を呼んで、再び頭を下げる。


「先ほど誤解をさせてしまったからではなく、純粋に。この度はエナリア探索に私を同行させてくださって、ありがとうございました」

「あっ、いえいえ、こちらこそ! その……私のわがままにお付き合いいただいて、ありがとうございました」


 自身もぺこりと頭を下げて、アミスの感謝を受け取ってくれるノクレチア。


 最初はエナリアで大きな声を出して魔物をおびき寄せてしまったり、壮大なエナリアの風景に目を奪われているところを魔物に狙われたりと危なっかしかった彼女。


 しかし、こうしてウルンに帰ってくる頃には、およそ探索者と呼んでもいい知識と慎重さを身に着けてくれた。


 風景に気を取られてしまうのも、余裕の裏返しだ。初めてのエナリア。魔物という“敵”が多くいる中、それでも景色を堪能できるくらいの度胸と豪胆さは、間違いなく彼女の長所だろう。


 騎士たちにも分け隔てなく接し、人当たりも物腰も柔らかい。今も「ありがとう」と言ってはにかむ笑顔は、同性のアミスからしても非常に魅力的だ。


「……ふふっ。きっと、ノクレチアと生涯を共にする方は、世界一の幸せ者になりますね?」


 社交界でよく使うお世辞ではない、ただの本心として。優雅に微笑むアミスの言葉に、ノクレチアが「え」と言って時を止める。


 そのままゆっくりと。意味を飲み込むのと比例するように首から頭の先まで顔を赤くしていったノクレチア。


 口をわななかせ、目を白黒させた彼女は、最後に。


「きゅぅ……」


 頭から湯気を上げながら、背もたれに倒れてしまう。


 社交界慣れしていないらしい彼女の、何とも初心(うぶ)な反応。この可愛らしさに、アミスはこのひと(ナルン)の間、どれほど心清められたことだろうか。


 大好きなフーカが居なくなってからというもの、アミスが心の底から癒されたことはほとんどなかった。その点、聖女という存在は、心の治癒さえもしてしまうのかもしれない。


 そんな感傷的なことを考えてしまうくらい、自分の精神が摩耗していたらしいことに気づくアミス。


「……フーカ。早く帰ってこないと私、浮気してしまうかもしれないわよ?」


 今もアミスのため、エナリアのどこかで駆けまわっているのだろう、小さくも頼れる元・侍女頭。彼女のだらしない笑顔ときれいな翅を思い浮かべながら、アミスは車窓から覗くフォルンを見上げた。




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