第304話 発想の転換、大事!
エナリアの壁を壊して、未発見の色結晶を採掘することが今回のお仕事なのだと理解したファイ。ニナの見送りを受けて現地へと向かう彼女には、しかし、不明なことが2つあった。
まず1つ。ファイが入室したときに見せた、ニナの申し訳なさそうな表情だ。
ニナに関する思い出はおよそ全て覚えている自信があるファイだ。自身の記憶の中にあるニナの顔から、同じような顔をしていた事例を取り出してみる。
と、その全てに共通することが1つあった。
(――ベルからのお仕事を私にさせる時)
ベルこと魔王ゲイルベルに、ファイは気に入られているらしい。おかげでファイは、ゲイルベルの実験――余興ともいう――に付き合わされることになっている。
いわく、“ウルン人最強である白髪のファイがどこまで強くなれるのか”。
今回、ニナはベルからの指示があったとは言っていない。が、十中八九、口止めでもされているのだろう。でなければ、あれほど苦々しい顔でファイに仕事を任せるニナの姿に説明がつかないからだ。
(ん。これでニナの変な態度は、なんとなく解決。次は……)
ファイが前方を見遣ると、ちょうど彼女――エリュもこちらを振り返っていたらしい。
「どうかしましたか、ファイ様っ!?」
母であるリーゼ譲りの深い青色の瞳に好奇心を映して、こちらを見ている。
ファイと同じ160㎝ほどの身長に、癖のない真っすぐな金髪。今は裳で隠れているが、尻尾の鱗は黒色だったはずだ。
ぱっちりとした目元に、弾む語気。元気いっぱいを絵にかいたような角族の少女だ。
ファイのもう1つの疑問こそ、彼女の存在だ。
てっきりリーゼに会いに来たのだとばかり思っていたファイ。だが、今回の色結晶の採掘作業をするにあたり、ニナは付添人としてエリュを指名した。
思えばファイが入室したとき、今回の仕事について真っ先に口にしたのはエリュだったように思う。
リーゼの娘である彼女は、魔王ゲイルベルの孫に当たる存在でもある。先ほどのニナの表情から推測した裏事情も考えると、恐らくエリュはベルからの指示をニナに伝えに来ていたのだろう。
そして、ファイに色結晶の採掘方法を教えるために、同行してくれていると考えて良い。
(あと、エリュ。どれくらい壊したら修復が起きるか分かる、みたいなこと言ってた)
今回、ファイ達はエナリアを掘る、つまりは破壊することになっている。どれくらい破壊するのかの塩梅が分からないままでは、意図しない形で修復が発生してしまう。
その点、エリュは独自の感覚で破壊してもいい規模などを判断できるらしい。
(もしくはエリュ、採掘作業を何回もやってる……?)
何度も採掘作業をしていたのだとすれば、採掘の加減も掴んでいてもおかしくない。天性の感覚というよりは、エリュがたくさんの経験と努力の末に手に入れた感覚だと考える方が妥当だろうか。
いずれにせよ、破壊の規模を調整できるエリュは、採掘作業にうってつけの人員に違いなかった。
彼女と再び仕事を共にできる喜びをかみしめながら、ファイはこちらを向く先輩従業員の真っ白な角に目を向ける。先ほどの「どうかしたのか?」という質問に、答えるためだった。
「ううん。エリュの角、今日もきれい、って」
「えへへっ! そう言ってくれると、毎日お手入れしている甲斐もあります!」
相好を崩して、丈の長い裳の中でご機嫌に黒い尻尾を揺らすエリュ。
ファイがルゥお手製の黒い侍女服を身にまとう一方、エリュが着ているのはブイリーム家の制服だ。
ルゥが作ったものと比べると、装飾が少ないのが特徴だろうか。家紋も肩に控えめに刺繍されているだけ。大きく空いた背中の作りも、羽を展開する際に邪魔にならないようにしているものだろう。
まさに機能美と奥ゆかしさを追求したような侍女服だ。
しかし、そんな“控えめ”な侍女服とは対照的に、エリュの尻尾は元気いっぱい、裳の中で揺れている。服装と着ている本人の気質がこれほど一致しないことも、そうないのではないだろうか。
ほっこりして緩みそうになる頬に気を付けながら、ファイは目の前を行く先輩へと問いを投げることにした。
「エリュ。色結晶の採掘は、何をする、の?」
エナリアの壁を破壊して色結晶を探すことは分かっている。ただ、現状はそれだけしか分かっていないとも言える。
どんな道具を使うのか。どんな方法で壁を壊すのか。具体的なことは何一つ分かっていない。
今後の仕事の見通しを立てる上でも欠かせない情報の開示を求めるファイに、エリュが教えてくれたのはとても簡素な答えだ。
「はいっ! 武器を使ってドーン、ですっ!」
「なるほど。……なるほど?」
なんとなく、やることが武器を使った破壊活動だろうこと。つまり、前回の第8層を壊して回った時と似たようなことをするのだろうことは分かった。
だというのに、なぜだろうか。相変わらずファイは、自分がこれから何をするのかが全然分からない。
「えっと……。前みたいに、魔法で吹き飛ばせばいい、の?」
「いえ、魔法はダメですっ! だって色結晶も粉々に吹き飛んじゃうので」
「あっ、そっか。そう、だね……」
思えば階層を改造するときにも、ファイは地面や壁を破壊しつくした。もしも魔法での採掘ができるのであれば、あの時に大量の色結晶を採掘できていたはずなのだ。
だが、事実として、あの時は色結晶が見当たらなかった。ファイが見落としていた可能性も十分にあるが、色結晶の多くがファイの魔法で吹き飛んだ、あるいは砕け散ってしまったのだろう。
先ほどエリュがわざわざ「武器で」と言っていたことを思い出すファイ。
今回採掘する色結晶は、探索者のためのものだ。可能な限りきれいな形の、それこそ5~30㎝ほどの色結晶を、魔法を使わずに掘り出さなければならないはずで――。
「――……あれ?」
ふと、ファイの中に嫌な予感がよぎった。
今回、ニナには補充2回分――100㎏ほどの色結晶を採ってきてほしいとお願いされているファイ。
ただし、ニナにも説明したように、探索者が壁を破壊して色結晶を採掘するのは稀だ。
ウルン人がエナリアと共に歩んできた数百、数千年の歴史。その中で、ウルン人が自然と避けて通るようになったくらいには、効率が悪い作業だからだ。
そんな作業を、これからファイは行なうわけだ。それも恐らく、己の身1つで。
下層でもない限り、ファイは蹴りや拳で岩盤を砕くことはできる。できる、が、せいぜい十数セルチが限度だ。しかも、硬い岩盤を砕いて手や足が痛くならないわけもない。
(も、もちろん私に“痛い”はない、けど……)
誰にともなく言い訳をするファイだが、事実として、壁を攻撃できる回数も決まっている。
「え、エリュ。どれくらい掘れば色結晶は出てくる?」
「う~んと……。これまで吾がしてきた作業からすると……」
自身の経験をもとに、色結晶が採掘できる確率とその大きさを教えてくれるエリュ。
「大体1メロン四方を掘ってコレくらいの色結晶が見つかればいい方ですっ! ……って、ファイ様!?」
彼女が笑顔で小指を立てたと同時、ファイは静かに崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか、ファイ様! 必要であれば吾、元気飲料を持ってますよ! お値段いまなら20Dです!」
どこからか取り出した飲み物の瓶を、ファイに売りつけてくるエリュ。なお、ガルンでの麦餅1つは2D前後。ルゥかリーゼがこの場に居れば、エリュはぼったくりの現行犯でお叱りを受けていたに違いなかった。
幸い、ファイは別に喉が渇いているわけでもなければ、元気を失ったわけでもない。予想された途方もない作業量に、ほんの少しだけ絶望していただけだ。
そして、心がない道具は絶望などという感情も抱かないはずなのだ。
「……大丈夫、だよ、エリュ。えっと……そう。靴の紐を結び直してただけ、だから」
「あっ、そうだったんですね! 突然だったのでびっくりしました~」
立ち上がったファイに倣う形で、エリュもまた立ち上がる。
金銭感覚が乏しいファイは、エリュが緊急事態にかこつけてぼったくりをけしかけていたことに気づかない。また、注意力不足らしいエリュは、ファイの靴が紐ではなく金具で締め付けを調整するものであることに気づかない。
鈍感な2人がそろえば、そこにあるのはただの平和だけだった。
「それじゃあ引き続き、第10層を目指して頑張りましょー!」
手を挙げて上層への歩みを再開するエリュに、ファイも続く。
この時のファイの心にはもう、絶望は無い。道具であることを目指す彼女は、心の平穏のために、発想の転換も得意だ。
(大事なのは考え方。途方もない作業、だけど。言い換えれば、たくさん仕事ができる!)
ニナに尽くしたくて、働きたくて仕方ないファイだ。作業量が多いことは本来、歓迎すべきことなのだ。
色結晶の採掘作業へと向かうファイの瞳にやる気の光が宿るようになる。
そして鮮明になったファイの頭の中に、ふと、各階層にある「空き部屋」の光景が思い出される。
従業員たちが使用している私室などを除き、エナリアの裏には大きな空洞がいくつもある。
代表的なもので言えば、ファイ達がよく使う多目的室だろうか。あるいは、先日ティオが試験を受けた培養室や、ユアの実験場もそうだ。他にも看板が付いていない同様の空間がある。
偶然にしては大きさが似ていたが、恐らくその空間こそ、ニナか誰かが色結晶の採掘を行なった跡地なのではないだろうか。
だとするなら、ファイとエリュが空ける大穴もあの規模――直径300m、高さ100mを超える巨大な空間――になるということになる。
(そう。手で、たくさん掘って、あの大きさの部屋を……作る……。……はっ!?)
またしても絶望しかけた心に首を振って、小さく拳を握りしめるファイ。
「……が、頑張らないと、ね」
くじけそうになる心をどうにか奮い立たせて、ファイは目的地である第10層を目指すのだった。




