第303話 エナリアを、掘る
※昨日は誤った内容を掲載してしまい、申し訳ございませんでした。以降、同様のことが無いよう、気を付けてまいります。(※誤植を教えてくださり、ありがとうございました!)
使用不可期間が空けてニナの執務室へと赴いたファイ。彼女を出迎えてくれたのは気まずそうに笑うニナと、金色の髪を持つ美しい角族の少女だった。
「この間ぶりです、ファイ様!」
今日も今日とて元気いっぱい。黒い鱗に覆われた尻尾を揺らして片手をピンと伸ばしたのは、エリュ・ハクバ・ブイリーム。リーゼの実の娘であり、“希求のエナリア”で設計士として働く突き角族の少女だった。
「おー、エリュ。久しぶり」
ひとまず執務室の扉を閉めて挨拶を返したファイだが、すぐに視線をニナへと向ける。理由はもちろん、ニナの表情がすぐれなかったからだ。
何かあったのか。あるいは、体調がすぐれないのか。ほんのわずかに眉尻を下げるファイに、ニナは苦笑を崩さないまま口を開いた。
「ファイさん。もう体調はよろしいのですか?」
「うん。ティオとメレが面倒見てくれた、から……」
昨日まで1週間、不調を抱えていたファイ。彼女の身の回りの世話を焼いてくれたのが、可愛い妹とメレだった。
先週までの生活指導を経て、生活に最も大きな変化があったのがこの2人だろう。
まずはティオ。彼女は従業員たちの服を洗う洗濯当番に任命された。洗濯であれば戦闘も発生せず、運動能力を問われることもないというニナの判断だ。
主に脱衣所に届けられる洗濯物を洗って干すのがティオの役目となる。先ほどもファイが脱ぎ捨てた寝間着をいち早く回収してくれていた。
(ティオの目、キラキラしてた、な……)
嬉しそうにファイの脱いだ服を抱えていた妹。「これで、合法的にお姉ちゃんの服と下着を……くふっ」と、幸せそうにしていただろうか。
妹が楽しんでお仕事をしているようで、ファイとしては何よりだった。
他方、メレは現在、料理の腕を買われて厨房勤めをしている。盗賊たちのもとにいた頃も料理係を務めていたらしく、大人数に対する料理にも慣れているらしい。
おかげで、ファイを含めた従業員が顔を出せばいつでも温かい料理が出てくるようになっている。
新しく加わった2人のウルン人のおかげで、従業員たちは「料理」と「洗濯」という2つの家事からの脱却を果たしたのだった。
その点、ファイが2週間をかけて培った生活の術が発揮される機会がほとんどなくなったといえる。
しかし、生活指導の2週間が無駄だったかというと、そうではないだろう。料理・洗濯・掃除などの技術はいつでも、どこに行っても使うことができる必須の技能だ。
ましてファイは、仕事でウルンに行くこともある。長期滞在するときなどは、今回身に着けた生活の術を使うことになるに違いなかった。
「ふふっ! ティオさんも、メレさんにも。改めて無理はしないよう、お伝えしておかなければなりませんわね。……さて」
同郷の者と親交を深めているファイに、思うところがあったのだろうか。一瞬だけいつもの朗らかな笑みを浮かべたニナだったが、再び表情を困り笑いへと戻す。
話の流れから本題に入ろうとしていることを察したファイが表情と姿勢を整える中、口を開いたのはエリュだった。
「ファイ様! 吾と一緒にこのエナリアの拡張工事をしましょう!」
「かくちょうこうじ……?」
「色結晶の採掘と言っても良いかもしりぇましぇん!」
後半、噛みまくりながらではあるが、拡張工事について補足してくれたエリュ。ただ、やはりまだファイは何が何やら分からない状態だ。
助けを求めるようにしてニナに目を向けてみれば、頼れる主人はコクンと頷いて今回の仕事について教えてくれた。
事の発端は、上層に配置するための色結晶が減っていることにあるとニナは言う。
実は、色結晶が減っていること自体はファイも把握していた。なにせ色結晶が減っていると報告した人物こそ、ファイだからだ。
あれは上層に撮影機を設置していたころのことだ。宝箱の補充を行なうついでに、ファイは色結晶もいくつか再配置しておいた。
その際、倉庫に残っている低品質の色結晶――白、紫、青の3色――が少なくなっていることを把握。撮影機の設置作業の後、ニナに報告しておいたのだ。
「色結晶が少なくなった。だから“足す”は、分かる。けど表にあるのを採ったら、意味ない、よね……?」
「……? えぇっと……。どういうことでしょうか?」
ファイの言葉を受けて、キョトンとした顔を見せるニナ。一方のファイも、ニナがどこに引っかかっているのかが分からない。
表に置くための色結晶を表から採掘していては、差引ゼロになってしまう。そんなこと、算数初心者のファイでも分かることだからだ。
それでも、主人と自分の間にある認識の齟齬を埋める努力を怠るファイではない。
不器用ながらも時間をかけ、自身の頭の中にある計算式をどうにか言葉にして説明した末に、ようやく。
「あぁ、なるほど!」
ニナが理解の声と表情を見せてくれた。
「言われてみれば、ファイさんにはまだ、色結晶の採掘をお見せしておりませんでしたわ!」
ニナのそんな台詞に、再びファイの頭上に「?」が浮かぶ。
「うん? 色結晶の採掘、は、知ってる……よ? やったこともある」
「ふふっ! そうですわよね。ファイさんは探索者さんだったのですもの。参考までに、ウルンで言う色結晶の採掘について、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
ウルンで言う、などと言うニナの言い方にひっかかりを覚えつつ、それでも聞かれれば答えるのがファイの性だ。疑問はさておき、色結晶の採掘について改めて説明する。
エナリアに潜る者を「探索者」と呼称するように、ウルン人はエナリアに「探索」を、つまりは“何か”を求めてやって来る。
その“何か”こそが、色結晶。エナリアの床や壁、天井から生えている色とりどりの宝石だ。
形は、盾に細長い六角柱の物が多く、大抵は風化や戦闘の余波で欠けていたり、途中で折れていたりする。大きさは5㎝~30㎝ほどが一般的だろうか。
色結晶と呼ばれるように、内包しているエナの量で色が変化することで知られる。黒・赤・橙・黄・緑・青・紫・白。計8つの純度があり、黒に近づくほど含有エナ量が多い。
「で、いろんなところにある色結晶を、こんな感じの道具で掘る。たしか……」
「つるはし、ですわね?」
「そう、つるはし。ソレで『えいっ』てして、色結晶を折って持って帰れるようにする」
そうして持ち帰った色結晶は加工され、魔道具の動力として利用される。これがファイの知る色結晶に関する知識と、採掘方法だった。
だが、エナリアで働くようになったファイは、エナリアの表にある色結晶が従業員の用意したものであることを知っている。
こうして裏事情を知れば、なるほど。ウルン人が行なっているのは色結晶の採掘、というよりは、
(えっと……掘る、じゃなくて……拾う?)
ガルン人が用意した色結晶を“回収”していると表現するべきだろう。
そして、先ほどニナがわざわざ迂遠な言い回しをしたということは、本当の意味での色結晶の採掘作業があるということになる。
「でも、ガルンの採掘、は、違う。……でしょ、ニナ?」
「さすがファイさん! その通り、ですわ! ファイさんもご存知の通り、エナリアの部屋や通路の多くは、わたくし達ガルン人が用意したものですわ」
ニナの言葉にコクンと頷くファイ。
ニナ達ガルン人が各部屋を繋げる通路を掘ったり、部屋の大きさを大きくしたり。そうした作業をしてくれているおかげで、ウルン人たちは快適な探索を行なうことができている。
「それらの作業の過程で、壁の中から色結晶が見つかることがあるのですわ」
「あっ。それが倉庫にある色結晶……?」
ファイのひらめきに、ニナが「正解ですわ!」とマルをくれる。
壁の中から色結晶が採掘される可能性についても、ファイは黒狼時代に組員から聞かされている。
だが、エナリアは壁や天井を破壊し続けると階層の更新――ニナ達が言うところの改装・改造――が行なわれることは有名な話だ。
ファイのように空を飛べるならともかく、大抵の探索者は壁や床、天井に飲み込まれないことを祈るだけになる。
どれくらい破壊すれば階層の更新が発生するかも不明で、同じ階層に居る他の探索者を巻き込む可能性もある。おいそれとエナリアの壁を破壊するわけにはいかないのだ。
そして、それらの危険を無視して壁を破壊しても色結晶が見つかる可能性は決して高くないし、そもそも壁を大規模に破壊できる力を持つ人材も少ない。
もし壁を破壊できる強力な力があるとしても、順当にエナリアを攻略する方が効率も良いのだ。
時間が経てば壁の中の色結晶は地表に露出してくる、というのもウルン人の常識だ。もちろん、実際はガルン人が色結晶を配置しているだけなのだが、ともかく。
色結晶を求めてエナリアの壁を破壊する探索者など、ファイは見たことがなかった。
しかし、今。
「そして今、色結晶が枯渇しかけている……。そう申し上げれば、ファイさんならこれから何をするのか、お分かりになるのでは?」
試すように笑うニナにそう聞かれれば、自分がこれから何をするのか分からないファイではない。
「……えっと。エナリアを、掘る?」
おずおずと尋ねたファイに、ニナが「はいっ!」と笑顔で丸を付けてくれたのだった。




