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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●生きてて、えらい

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第302話 もっと、好きになってよね!




 生活指導において、ファイが最も課題としていた料理を克服した一方。


 ティオ・ミオ・アグネストはと言えば、


「ちょっ!? こんなの無理むり、ムリなんですけどぉ~!」


 魔獣たちに追いかけまわされていた。


 彼女が今いるのは“不死のエナリア”第7層にある培養室。ミーシャが管理を任されているその場所は、エナリアの“表”に居る魔獣が減りすぎたときに備えて、魔獣たちを保護・育成している場所だ。


 天井で燦々(さんさん)と輝く巨大な夜光石のもと、豊かな森林がる。そんなのどかな森の中を、ティオは全力で逃げ回っていた。


 彼女を追いかけているのは『陸海星(りくひとで)』と呼ばれる魔獣だ。


 5本の細長い脚、というよりは触手を使って陸を駆け、獲物を狩る。森などの障害物が多い場所では、触手を器用に使って木に登ったり、物を投げてきたりもする厄介な魔獣だった。


「てぃ、ティオさん~! 頑張ってくださいぃ~!」


 頭上。背の高い木の上から声援を送ってくれるフーカだが、高みの見物を決め込んでいるようでティオとしては何とも腹立たしい。


「フーカさん! なんかティオが強くなれる魔法、あるんですよね!? それ使ってくださ……きゃぁっ!」


 陸海星(りくひとで)が後ろから飛んできた石を、ティオはすんでのところで横に跳んでかわす。だが、何でも器用にこなす代わりに、運動神経だけはエナリアでも最底辺をいくティオだ。


 投石をよけた際に足がもつれてしまい、前のめりに転んでしまう。手をつくこともできず顔と胸を地面に強打したティオからは、「ぐぇっ」という、なんとも可愛くない声が漏れてしまうのだった。


 幸い、地面は土で、木くずや落ち葉も多い。大きな怪我を負うことは無いが、顔も服も汚れてしまった。


 泥だらけの服。追ってくる陸海星。可愛くない自分。どうにか立ち上がって駆けだしたティオの目端には、うっすらと涙が浮かんでいる。


 彼女の心の中は「どうしてこうなった!?」でいっぱいだ。


 生活の自立を促すために行なわれていた、フーカ先生による生活指導。だが、ティオは器用だ。


 要領を掴むのが早く、大体のことは一度の説明でできるようになってしまう。


 今回の生活指導でも同じだった。


 掃除・洗濯・料理。そのどれもがティオにとっては初めてのことだったのだが、全てをたった1回の説明と手本の提示だけでほとんどできるようになってしまう。


 もちろんティオも人だ。一度くらいは間違うことだってある。が、二度目以降は絶対に失敗をしない。


 結果、3日あまりで家事のすべてを習得してしまい、手持ち無沙汰になってしまったのだった。


 これで大好きな(ファイ)を助けることができる。ついでに7日間、ファイが料理で悪戦苦闘する尊い姿を側で観察することができる。


 ルンルン気分で調理場に向かったティオにフーカが提案したのが、戦闘技術の会得だった。


 エナリアで暮らす以上、戦闘はかなり身近な場所にある。なにせガルン人と一緒に暮らしているのだ。ふとした拍子に襲い掛かってこられた時の備えはあった方が良い。


 そうでなくても、生活の自立という意味では、自分の身は自分で守れるようになっておいた方が良い。そんなふうにフーカは言っていただろうか。


『そ、それにぃ。少しでも戦うことができれば、もしもの時、ファイさんを守れるかもしれませんよぉ?』


 例えばファイが魔物に襲われていて危なくなった時に、ファイを助けられるかもしれない。そんなフーカの言葉に、ティオの細い眉毛がピクリと動く。


 この時にティオが思い浮かべていたのは、先日、進化を迎えたばかりのミーシャがファイに無理やりパッフをしていた場面だ。


 あの時ティオは、やろうと思えばミーシャをファイから引きはがすことができた。まして、当時のファイは女性特有の体調不良で力を発揮できず、ミーシャに抵抗できないことも分かっていた。


 だというのにティオは、動かなかった。いや、動けなかった。なぜなら、別人のように豹変したミーシャが――“魔物”が、怖かったからだ。


 もしもミーシャが悪いガルン人であれば、ファイは殺されていた。


 相手がミーシャだから大丈夫だろうと判断した、という建前もある。が、あの瞬間、怖くて動けなかった自分を、他でもないティオ自身が知っている。


 近々、再びファイに不調が訪れる。その際、彼女をすぐそばで守ることができるのは、白髪である自分しかいないのではないか。


(ううん。家族なら……妹なら! お姉ちゃんを守らないと!)


 そう思って「じゃ、じゃあ、少しだけ……」と戦う術を学ぶ姿勢を見せたティオ。あの時の自分を、現在のティオは全力の魔法で吹き飛ばしたい。


 なにせ、戦う術を学んでおこうとしたせいで、今こうして魔獣に追われているのだから。


 ティオも、自分に戦う力があることは知っている。たとえ11歳の成長盛りだとしても、この森に居る魔獣程度なら敵にさえならないだろうことも分かっている。


 何より、試験官であるフーカがこうして見守ることに徹しているのが、何よりの安全保障だろう。


 だが、平穏な日常を送ってきたティオだ。自分を食べようと全力で襲ってくる触手生物は気持ち悪いし、怖いことこの上ない。


「むぅぅぅりぃぃぃ~~~……ひぃっ!」


 木の幹に飛び移り、そこからとびかかってくる陸海星(りくひとで)。上空から襲い掛かってくる都合上、見えてしまった円形の口。たくさんの牙が並んで獲物をすりつぶして食べるのだろうことが容易に想像できて、ティオの喉が鳴る。


 その際に身体が硬直して、反応が遅れるティオ。しかし、「やばっ!」とすぐに駆けだせば回避が間に合うあたりは、さすが白髪と言ったところか。


(やっぱり、あの魔物はティオの敵じゃないんだ! ……けど、やっぱり戦うなんて無理なんですけどぉ~!)


 まさに“涙目敗走”するしかない彼女にしびれを切らしたのは、この試験のもう1人の見届け人であるファイだった。


「ティオ! やっぱりやめよう! 危ない!」


 たまらず、といった様子で木の上から飛び降りるファイ。しかし、『ヂュッ!』と鳴いて彼女の侍女服の首元を咥える存在が居る。


 フーカの騎獣である速鼠(はやねずみ)だ。


 彼に咥えられて宙ぶらりん状態になるファイを、フーカが慌てて引き上げる。


「ふぁ、ファイさん!? い、今はアレの期間中なので、この高さから飛び降りたら骨折……最悪、死んじゃいますよぉ!?」

「あぅ……。でも、ティオが……」


 木の幹の上に戻ったものの、ティオを想うファイの言葉の語気は弱い。


 そう。今まさに、ティオの姉であるファイは弱体化期間にある。フーカほどではないにせよ身体能力は低く、速鼠が居なければこの森の熊あたりに殺されてもおかしくない状態だ。


「ティオ。やめるって言おう? こんなこと、やらなくていい。ティオは私が守る。だから……」

「」


 妹想いのファイの言葉。表情には出ていなくとも、声や所作には弱々しさが感じられる。


「お姉ちゃん……。うん、そうだよね! ティオ、分かっちゃった!」

「ティオ……! じゃあ、言って? 『やめる』って――」

「お姉ちゃん!」


 試験の中断と撤退を勧めてくる優しい姉の言葉を、ティオは呼びかけで遮る。そして、不安に満ちた瞳でこちらを見つめるファイに、


「ティオのお姉ちゃん愛(かっこいいとこ)、ちゃんと見ててねっ!」


 笑顔と2本立てた指を示して見せる。写真を撮ったりするときに使う、“準備完了”を示す行為だった。


「ティオ!? ティオ、ダメ! 戦う、は、危ない!」


 樹上から必死に名前を呼んでくれるファイの声を聴きながら、ティオは背中にひっかけていた得物――弓を手に取る。


 フーカがティオに勧めた武器は、遠距離武器だ。


 魔物に慣れていない者が剣の間合いで戦うのは、恐怖が勝るという判断だ。


 実際、ティオは陸海星に絶対に近づきたくない。言うまでもなく、怖いからだ。


 もちろんウルン人には魔法という最強にして最大の武器がある。が、魔素には限りがあるし、魔法は最後の最後に使う奥の手でもある。


『ち、近づかずに攻撃できて、なおかつ、てぃ、ティオさんの身体能力を活かせる武器……。それが弓、なんですぅ!』


 鼻息荒く弓の名前を挙げたフーカ。


 そもそも彼女のように身体能力が低い場合、自身の身を守ることにのみ専念することが多いという。もし戦う場合も、武器そのものの性能を活かすことができる「銃」が好んで使われるそうだ。


 そして、一定以上の身体能力があるのであれば、弾や矢の残りを気にせずに戦うことができる近接武器が推奨される。補給物資に限りがあるエナリアでは、ある意味で当然だろう。


 ただ、諸事情で身体能力がある者が遠距離武器を使うこともある。その中で最も一般的なのが、弓だそうだ。


『ゆ、弓であれば、弓の素材の質を高めることで威力を上げることができますぅ!』


 弓を頑丈にすればするほど、矢を放った時の威力が跳ね上がる。その分、弓を引くために力が必要になるわけだが、白髪のティオはウルン人の中で最大値を引き出すことができる。


 そして、フーカがティオに弓を勧めた最大の理由こそ、ティオが天才的な器用さを持つからに違いない。


「ふぅ……」


 小さく息を吐いたティオは、背中の矢筒から矢を1本取り出して静かに(つが)える。


 通常、たった7日程度では、弓で的を射抜けるようにはならない。長い時間をかけて弓の特性を知ってようやく、狙った場所に矢を放てるようになる。


 しかも通常、遠距離武器は、動かない敵を狙う際に使われることが多い。動く相手に当てるのは至難の業で、敵味方入り乱れる戦場ではほとんど使い物にならないほどだ。


 その点、今回のティオは単身で獲物を狙うため、誤射の可能性は低い。が、陸海星は立体的に素早く動き回る生物だ。弓を使い始めて7日そこらの人物が当てることなど、不可能に近い。


 ――ですが、ティオさんなら……!


 樹上。大丈夫というようにこちらを見つめるフーカ。弓の扱いを教えてくれた先生の視線に頷いてから、ティオは矢を番えた姿勢で制止する。


 今もこちらをめがけて陸海星はやってきている。


 しかし、ティオの中に恐怖は無い。フーカからのお墨付きはもちろん、ティオの名前を心配そうに呼ぶ姉の声が聞こえるからだ。


 狙う場所も。狙うべき時機も。威力も。ティオはもうすべて、“分かって”いる。


 弱っている姉に、頼れる姿を見せたい。あわよくば、ドキッとして欲しい。ニナに見せているような表情を見せて欲しい。


(――もっともっと! ティオのこと……好きになってよね、お姉ちゃん!)


 ペロッと舌を出した白髪の少女が、番えた矢から手を離す。


 その静かな所作とは対照的に、森に鳴り響いた(つる)の音色は重く鋭い。まるで、自動車が正面衝突したような大きさだ。


 驚いた鳥たちが一斉に飛び立ち、動物たちが一様にピンと耳を立たせる中。


 真っ白な髪を持つ少女が放った矢は一条の線を宙に描き、空中に居た陸海星を粉々に粉砕するのだった。




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