第300話 自分も、いつかは……!
サラ・ティ・レア・レッセナム。黒く長い髪に、側頭部にある紺色の巻き角、メリハリのある身体の線や特徴的な尻尾の形は、妹であるルゥと特徴を同じくする。
一方で、ルゥがきれいな青い瞳をしているのに対し、サラは血のように赤い色をしていた。
エナリアでの生活のほぼすべてを、第16層に安置された棺の中で過ごしているサラ。
棺は鎖で厳重に封印され、手足にも頑丈な枷がはめられている。食べ物や飲み物を口に関しては妹のルゥが運んできてくれるものに頼りきりで、そのほかの時間はルゥの毒による全身まひと薬による昏睡状態で過ごす。
そんな生活様式ゆえにファイ以外のウルン人の従業員とは会ったことがなく、ロゥナ達ガルン人の従業員でも一部、顔を合わせたことがない。
ひょっとするとユアやムア以上に会うことが難しい従業員であり、生活の多くが謎に包まれた女性だろう。
一方でサラは、他の従業員についてそれなりに把握していたりする。食料を持ってきてくれるルゥが、よく他の従業員について語り聞かせてくれるからだ。
直近では、メレというウルン人がやって来たと妹は言っていただろうか。
「……♪」
今日も今日とて真っ暗な棺の中。かつて海人族と殺し合ったことを思い出して、楽しげな息を漏らすサラ。
海人族といえば、何と言っても水の魔法だろう。出会ってきた海人族は皆、水の魔法を得意としていた。青髪以上となれば小さな空間を水浸しにして、自身に有意な盤面を作ってくる。
しかも水に溶けてしまった血液は扱えないため、サラは能力を1つ封じられたも同然で戦わなければならない。相性としては最悪と言えるだろう。
あの時はどのようにしてウルン人を殺しただろうか。
当時の記憶を呼び起こして笑いそうになっているのを自覚して、サラは心の中で首を振る。
(これじゃああの頃と何も変わっていないわ。ルゥに嫌われちゃう……)
最愛の妹の顔を思い出しながら、悩ましげにため息を漏らす。
レッセナム家の者であれば第1進化の時に必ず発現する治癒能力。それを得られなかった代わりに血を操る能力を得たサラ。
たった1人で数千の軍を作り出すことができる彼女は、レッセナム家の兵器として長い間利用された。
だが、サラは正直、戦いが好きではなかった。
それでも彼女が戦場に立った理由は、男尊女卑の家風と、父による“英才教育”があったからだ。
レッセナム家においては男性が研究を行ない、女性は治癒能力を持つ子を産んで育てるためだけの存在として扱われていた。
「レッセナム」の家名を貰ったのが曾祖父、つまりは男性で、曾祖母をはじめとする女性の立場が弱かったのだ。
さらに、レッセナム家の代名詞である治癒能力を持たなかったサラ。また、「レッセナム」にふさわしくないサラを産んだ母親は、家での立場が無いに等しい状態だった。
それでも母は、懸命にサラに愛を注いでくれた。
「あなたのせいじゃない」「私がわるいの」。それが母の口癖だっただろうか。治癒能力を持たずに生まれたサラを恨むまいとする母の愛だったのかもしれない。
しかし、いつも何かをこらえるように、微笑みながらも泣きそうな顔で接してくる母の姿を見せつけ続けられたサラは、
――自ら首をかき切った。
母を助けたい。笑顔にしてあげたい。その一心だった。
幸か不幸かレッセナム家は治療の名家であり、屋敷内には傷薬が豊富にある。おかげでサラは一命を取り留めた。
だが、激しく傷ついた声帯は修復できなかったらしい。
サラは、声を失ってしまった。
話すこともできなくなったサラに母も愛想をつかしてしまったのだろう。サラの前で笑わなくなってしまった。
可能な限り多くの子供を残し、家のために自身と同じ治癒能力を持つ子供を作らなければならない。焦りと不安で一杯だっただろうサラの母。
彼女がついに身ごもったのが、4番目の子供――ルゥだ。
ルゥが治癒能力を発現させたときの母の笑顔は今も、サラのまぶたの裏に焼き付いて離れない。
みるみる母の顔色は良くなり、よく笑うようになった。
サラのことなど忘れたように、ルゥにだけ愛情を注ぐようになった母。それでも、彼女が朗らかに、幸せそうに笑っているだけでサラも幸せな気分になれたものだ。
母を笑顔にしてくれた存在。サラを幸せにしてくれた存在。それこそが、ルゥだった。
もしも常識的なウルン人がこの話を聞けば、「なぜ逃げ出さないのか」と思ったかもしれない。
だが、そこにこそレッセナム家、というよりは、サラ達の父のによる英才教育がある。
父は生まれてくる子供の心と身体を徹底的に破壊した。
絶対に抵抗できない未進化の段階で、上下関係をあらゆる方法で教え込む。
絶対に家長である父には逆らえない精神性をはぐくみ、家の中での反逆を未然に防いでいたのだ。
しかし、人の心は簡単には壊れない。どれだけ教育しようとも、どうしても反抗心を燃やす者も居る。
実際、サラも己の力を殺戮に使用したくないと抗議した過去がある。
そんなとき、父は反抗者にとって最も親しい者を痛めつける。サラでいえば、ルゥだ。
目に入れても痛くない妹の断末魔の悲鳴。どれだけサラが「戦うからもうやめて!」と叫んでも、父はルゥを痛めつける手を止めようとはしなかった。
それ以来、サラはきちんと父の言いつけ通りに動くようになった。嫌で嫌で仕方ないが、自分が逆らえば大切な妹に何をされるか分からない。
レッセナム家にたてつく者。粗相を働いた従業員。エナリアでは、数え切れないウルン人を、殺して、殺して、殺し続けた。
そんな日々の中、いつからだろうか。
サラの中に、戦いを楽しんでいる自分が居た。
その人格が元からサラの中にあったのか、それとも過度の心的負荷によって生まれたのかは定かではない。
ただ、事実として、目につく“敵”を殺しつくしたいと思ってしまっている自分が居たのだ。
今も昔も、サラの自意識と、好戦的な自分との境界線はひどく曖昧だ。
今しがたそうだったように、ふとした時に戦いを楽しいと思ってしまう。いざ戦いになれば、もはや“楽しい”という感情以外は消え去ってしまう。
そんな好戦的な自分が怖くて、嫌で、サラは拘束されることを自ら望んだ。
罪滅ぼしの意図もある。ゲイルベルの意思に反し、ルードナム家に謀略を仕掛けた愚かな家の娘として。また、ルゥに嫌な役割を押し付けてしまった不出来な姉として。エナリアでの懲役を全うするつもりだ。
ただ、いつか魔王が定めた懲役を終えて枷を失った時、果たして自分は自分でいられるのだろうか。
少し前、鎖が血で錆びていたか何かで拘束が無意味になった時があった。
いつもは定期的に薬と毒を持ってきてくれるルゥが、なかなか来ない。彼女に何かあったのではないか。
心配になって上層に探しに向かったサラ。ただ、その途中で何体か魔獣を処理してからはもう、戦うこと以外は考えられなくなっていた。
冷静さを取り戻したのは、アミスとフーカによる必殺技を食らう直前のこと。ようやく罪滅ぼしができると安堵できた、あの瞬間だ。
逆に言えばその瞬間まで、サラは戦うこと以外に何も考えていなかったのだ。
目につくもの全てを殺しつくす。レッセナム家にいた頃に教え込まれた思考が、今でも確かにサラの中に残ってしまっている。
(もし、あの時。ルゥに会ってしまっていたら……)
何度も何度も、サラの頭をよぎる最悪の景色。その光景を思い浮かべるたび、サラは自分で自分が怖くて仕方なくなる。
今はこうして身体を拘束し、なおかつ、妹の強力な毒があるおかげでサラは動かずに済んでいる。
ただし、薬は繰り返し使うたびに効き目が薄くなっていく。それはルゥが使ってくれている毒も同じだ。
複数の薬を使うことで可能な限り毒に対する耐性が付かないよう、ルゥは工夫しているという。が、それでも少しずつ、麻痺毒の効力は薄まっていくともルゥは語っていた。
実際、サラがこうして手持ち無沙汰に考え事をする時間も増えている実感はある。
(ルゥの毒が聞かなくなっちゃう前に、あたしが能力と殺戮衝動の制御ができればいいのだけれど……)
幸い、覚醒している時間が長くなったおかげでサラにはよい変化があった。
能力を少しだけ制御できるようになってきたのだ。最たる例が、分身の生成だろうか。
「……!」
ぎゅっと目を閉じたサラがいきんで見せると、彼女が収まる棺のそばに血が凝集し始める。そのままゆっくりと形を成した血液の塊は、ぼんやりとサラの形をしている。
これまでは自立して動く従者しか作り出せなかったサラ。だが、この分身は、サラが意識すれば手足を動かすことができるし、「視覚」と「聴覚」も共有できる。
しかもこの分身体は、かなり遠くまで操作することができる。少なくとも階層の端で作っても、思い通りに動かすことができた。
当然、サラから離れれば離れる分だけ分身体は弱く・脆くなってしまう。が、サラとしてはむしろそれでいい。
もし戦いになっても簡単に負けてしまうくらいの存在であれば、殺戮衝動に見舞われても大事にはならないからだ。
自分ではない自分を動かすという感覚にはまだまだ慣れが必要だ。
それでも、うまく分身体を操作することができれば――
(ルゥやニナさんの仕事を手伝うことができるかもしれないわ……!)
微かに動く眉の角度を鋭くするサラ。
まぶたに込める力を強くした彼女は、今日も自身の能力の制御に挑む。
(いち、にぃ、さん、しぃ……!)
サラの息遣いに合わせて、棺の外では血の人形がたどたどしい足取りで動き始めた。




