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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●魔獣のお世話と、仲直り?

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第30話 そっか。私は――だった




 猫の姿になったミーシャを腕に、音声通話用の青いピュレを頭巾の中に入れたファイは、第20層へと戻って来ていた。そして、ルゥに指示された場所であるいつもの食事部屋の扉を開けると、


「ファイさん!」


 茶色い艶やかな髪を揺らしたニナが、ファイの胸に飛び込んでくるのだった。危うくファイが腕に抱いていたミーシャが板挟みになるところだったが、すんでのところでファイが抱え上げて回避。驚異的な身体能力を持つニナの頭突きでミーシャが肉塊になるのを、どうにか防いだのだった。


「戻った、よ。ニナ」

「ふふっ! ファイさん。そこは『ただいま』ですわ……って、はわわっ!? ミーシャさん!?」


 危うくミーシャを殺しかけたことを自覚して、慌ててファイから身を離したニナ。ただし、ファイの腕の中でスヤスヤと眠る彼女の姿を確認すると、ホッと息を吐いたのだった。


「改めて、お帰りなさいませ、ファイさん」

「うん。えっと、ただいま、ニナ。もう体は大丈夫?」


 言いながら、ニナの目元に目をやるファイ。と、彼女が執務室で倒れる前は目立っていた目の下のクマは、きれいさっぱり消え去っている。


「ふふん……。ニナ・ルードナム。完、全、復、活、ですわぁ~!」


 そう言って胸を張るニナの姿には、一切の陰りが無い。つい緩みそうになる口元の表情筋を懸命に制御しながら、


「そっか。良かった」


 主人の復活を祝うファイだった。


「と、ところで……。ファイさんはいつ、ミーシャさんとお知り合いに? それも、“お眠り”をしてもらえるほど仲良しさんに……」


 指を遊ばせながらチラチラとファイを見てくるニナ。“お眠り”というファイにとっては謎の単語が出てきたが、恐らくミーシャが腕の中で眠ってくれることを指しているのだろうことは予想できた。


「会ったのは宝箱の補充の帰り。仲良くはなってない、よ? 私は道具。“仲良し”は人同士がなるもの」


 道具になるためにファイは親しみを排除しなければならない。少なくとも表面上は、誰かに親しみなど感じない、心無い存在としてふるまわなければならなかった。


「むっ。じゃあファイさんは、ミーシャさんと仲良しさんではないのですか?」


 腰に手を当てて聞いてくるニナの問いかけに、ファイは「そうなる」と頷いてみせる。


「その理屈で言うのならば、わたくしとファイさんも仲良しになることが……」

「うん。できない、ね?」

「むぅぅぅ~~~っ!」


 小さく膨らんでいた頬をパンパンに膨らませ、地団太を踏むニナ。


「およっ? お帰り、ファイちゃん……って、どしたのニナちゃん。可愛くむくれちゃって」

「聞いてくださいませ、ルゥさん! ファイさんってば、わたくしと仲良しさんになりたくないとおっしゃるのです!」


 そんなこと言っただろうかと思わず「うん?」と首をひねるファイだったが、確かに、そう思われても仕方が無い発言だったことを自覚する。


「待って、ニナ」

「なんでしょう!? ……はっ! まさかお考えを変えてわたくしと仲良く――」

「ううん」

「せめて最後まで言わせてくださいませっ!」


 ニナはそう憤慨するが、ファイとしては主人に無駄な労力を割かせたくない一心だった。


「そ、それで。ファイさんのお話とは?」

「うん。私は道具。ニナやルゥたちに親しみを覚えることは無い。けど、ニナ達は私に親しみを覚えてくれていい」

「むむっ。一方的に愛してもらおうだなんて! そんな都合の良い話、わたくしとファイさんの間柄で無ければありませんわっ! ファイさん、しゅきっ! ですわ!」

「あ、ニナちゃん的にはありなんだ? むしろ成立してるんだ?」


 ルゥのツッコミは置いておいて、ファイはニナの言葉に首を振る。


「私は、ニナ達が便利で快適な生活をできるように、いつでもどこでも全力を尽くす。だから私が2人にとって満足いく道具になったら、その時は親しみを持ってくれて良い」

「う~ん? つまりは、どゆこと?」


 手にしていた料理皿を机に並べながら、さらなる詳細を聞いてくるルゥ。角度的に、頭のてっぺんにあるぴょこんと立った髪の毛を疑問符の形に見えなくもない。


 ただ、聞かれたファイは困ってしまう。自分としては、精いっぱい考えを言葉にしたつもりだ。元より自分語りが苦手なファイは、自身の考えを言葉にすることに慣れていなかった。


「…………」


 どうすれば、考えが伝わるのか。考え込むファイを救ったのは、


「なるほど!」


 そう言って手を叩いたニナだった。


「つまり! ファイさんはもう既にわたくし達を愛してくださっているのですわ!」

「……え」


 突拍子もないニナの言葉に、思わず声を漏らしてしまったファイ。しかし、すぐに主人の勘違いを正す。


「違う、ニナ。“好きになる”は心がある……人のすること。ただの道具でしかない私は、“好きになる”がない」

「いいえ、違いません!」


 基本的にファイの考え方を尊重してくれるニナだが、今回は違うらしい。


「ファイさんはおっしゃいましたわ。わたくし達のために全力を尽くす、と」

「うん。言った、よ? けど、それがなに?」


 道具として当然のことではないか。それがどうしたのかと目で訴えかけたファイに、ニナは「ふふん」と鼻を鳴らす。


「でしたら、やはりファイさんはわたくし達を愛してくださっているのですわ。誰かのために、一生懸命になる……。必死で尽くそうとしてくださる……。これを“愛”と呼ばずして、なんと呼びましょうかっ!」

「――……っ」


 ニナに指摘され、金色の目をわずかに見開いたファイ。


 確かに、ファイの知る“愛”の定義は、誰かのことを思う心のことだ。そしてファイは、主人にとっての理想的な道具であることを当然だと思っている。その主人に尽くそうとする考え方を“愛”や“好き”と定義されてしまうと――。


「――たし、かに……。私は、ニナやルゥのことが好きってことになる?」

「そうでしょうともっ。つまり、ファイさんはわたくしと仲良しさん……お友達になれるということになりませんか?」

「むむぅ……」


 ニナに言われて、考え込んでしまったファイ。


 もしこのままニナの理論を受け入れてしまうと、ファイがこれまで主人のために行なった行動が全て、心の存在の証明となってしまう。


(使い手のために適合する。そんな道具は存在しない? ……ううん、そんなはずない)


 少し自分なりに考えを整理してみてから、首を横に振る。


「やっぱり、そんなことない。好きも愛も。心から誰かを想うこと。けど私には心が無い。だからニナに尽くそうとする私の考えは“想い”じゃない。あくまでも、ただの考え方。つまり――」


 ファイは、噂に聞いたことがあった。


 黒狼の組員が、自分とよく似た存在を導入しようと話していたのだ。いわく、瞬く間に計算をこなし、あらゆる知識を提供し、使用者の癖などを把握して適合していく。そんな、道具の名前を、ファイはよく覚えていた。


 なぜならその道具は、使用者にとって最良の道具であろうとするファイにとって、最大の敵と呼ぶべき存在だからだ。その道具の名前こそ――。


「――機械と同じ」


 機械だった。


 主人に最適さされるように作られた機械であり、やっぱり道具なのだとニナに反論して見せる。この理論であれば、自身が心のない道具であるという定義を崩すことなく、ニナ達にとって最良の道具であろうと努力し続けられる。


 完ぺきな理論だと内心で自画自賛するファイ。機械など、一部はウルン語で語られたファイの理論に、ルゥはポカンとした顔を浮かべている。が、ウルン語を知るニナはファイの理論をよく理解していて、


「むぅ~~~っ! ファイさんってば、強情ですわ!」


 悔しそうに、地団太を踏むのだった。


 しかし、彼女がそうして不服をあらわにしていたのは数秒だ。


「……ですが、まぁ、良しといたします」


 そう言った次の瞬間には、ファイに勝ち誇った笑顔を向けている。


「だってファイさん。わたくし達のことを考えてくださっているという部分は、否定しませんでしたものね?」

「そ、れは……」

「ファイさん自身に“好き”はなくとも。客観的に見たとき、ファイさんはわたくし達を好いて、愛してくださっている……。その事実だけで、わたくしは大、満、足! ですわっ!」


 ニナの茶色い大きな瞳で見つめられ、なぜか少しだけ気恥ずかしくなってしまったファイ。目を逸らしながら、主人の問いかけに応える。


「か、考える道具として。主人のことを考えるのは当然、だから……」

「うふふっ! そうやって恥ずかしそうにするのも、ファイさんが『考える機械だから』なのですか?」

「――っ!」


 揚げ足を取られるような形になってしまって、ついにファイの頬が赤く染まる。横目でニナの顔を見てみれば、してやったりとした顔をしているではないか。


 相変わらず、なかなか道具で居させてくれない主人への意趣返しを込めて、


「今日のニナ、意地悪。私に心があったら、嫌いになってたかもしれない」


 そっぽを向きながら、言ってみる。しかし、ファイの主人は、思った以上にファイのことをよく分かっていたようだ。


「ですが、ファイさんは心のない道具。つまり、わたくしを嫌いになることはありませんわね?」


 どこまでもファイを見透かすような、それでいて優しい顔でそう言われてしまうと、ファイとしてはもう、そっぽをむいて黙り込むことしかできなかった。




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