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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●生きてて、えらい

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第299話 私もこれ、する!




「うん?」


 疑問を声に乗せたファイが顔を上げたのは、フーカ先生によるお料理教室が始まってしばらく経った頃だった。


 場所は“不死のエナリア”第20層にある調理場でのことだ。


「どうかしたの、お姉ちゃん?」


 ファイの行動にいち早く気付いたらしいティオ。紫色の三角巾をしている顔をファイに向けてくる。


 彼女に一度視線を向けた後、再び何もない天井――そのずっと向こうにある上層へとファイは目を向けた。


「……ニナの声がした気がした」


 ムアのような超感覚は持っていないファイ。自身の感覚の根拠も何もないのだが、なんとなく、ニナが困っている気がする。


 そうして本人も知らずにそわそわし始めるファイをしばし見つめていたティオだったが、不意に頬を膨らませた。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんは今、ティオ達とお仕事してるんだよね!? ちゃんとこっちに集中して!」


 言って、ファイにしがみついてくる。そんな妹から“寂しさ”の色を感じ取ったファイ。すぐにティオを抱きしめ返す。


「うん、ごめん……ね?」


 言いながらティオの頭を撫でてあげると、可愛い妹は「えへへ~」とご機嫌を治してくれるのだった。


 と、授業中によそ見をしている白髪の姉妹にもう1人、頬を膨らませる人物がいる。お料理教室の先生を務めるフーカだ。


「ふぁ、ファイさん、ティオさん! は、刃物がある場所で暴れたら、危ないですよぉ!」


 普段は温厚なフーカだが、この時ばかりは翅をパタパタ動かして怒りをあらわにしている。それもそのはずで、ファイ達の周囲には火器や刃物がたくさんあるからだ。


 むやみに動き回ったりよそ見をしたりすれば、大きな怪我につながる恐れがあった。


「あぅ……。ごめんなさい」

「そうでした……! ごめんなさい、フーカさん」


 ファイが眉尻を下げ、ティオが少しの焦りと共に頭を下げる。


 2人の誠意が伝わったからだろうか。すぐにフーカは前髪の奥に笑顔を浮かべ、改めて気を付けるよう言いつけてくれるのだった。


 こうして再開されたフーカのお料理教室。だが、これまでも、この後も。なかなか順調には進まない。その一番の原因は、ファイだった。


「ふぁ、ファイさん。さっきも言いましたけど、手は猫さんの手、ですぅ」

「ん。ミーシャの手、ミーシャの手……」


 口で復唱し、赤人参(カリスパー)の輪切りに励むファイ。だが、ダンッと鈍い音がしたかと思うと、ファイが握っていた包丁はまな板ごと赤人参を真っ二つにしている。


 また、半分になったのは赤人参とまな板だけではない。包丁も、上半分ほどが消えている。


 では消えた半分がどこに行ったのかと言えば、真上だ。調理台に当たって折れた包丁は天井に跳ね返り、宙を舞っていて――


「あ、フーカさん。危ないかも。動かないでね」

「……ふえ?」


 ティオの声を受けて呆けた声を漏らすフーカの足元に、深々と突き刺さったのだった。


「ま、また……ごめん、ね、フーカ。大丈夫?」


 半分になってしまった包丁を置いて、すぐにフーカへと目を向けるファイ。先ほどの謝罪に続き、またしても眉尻が下がってしまう。そんなファイに、それでフーカは冷や汗をかきながら笑顔を見せてくれる。


「だ、だだだ、大丈夫ですぅ。はじめは誰だって、こんなものですよぉ~」


 言いながら足元に刺さった包丁の刃を抜こうとするフーカ。だが、悲しいかな。非力な彼女では抜くことができないらしい。


 代わりに膝を折って刃をひょいと抜いたのはティオだ。


「フーカさん。お姉ちゃんを甘やかしてくれるのは良いんですけど、嘘は良くないです。……お姉ちゃん? これでダメにした包丁は3本目。ティオ、物は大事にするべきだと思うな~」


 ファイを想うからこそ手厳しい妹の言葉に、もはやファイは「はい」以外の返す言葉もない。


 ティオが言ったように、お料理教室が始まってファイが包丁をダメにしたのはこれで3回目だ。


 豆腐をはじめとする、柔らかな食材であればファイも切ることができる。なにせファイは加減の玄人だ。瞬時に彼我の実力差を見極め、適切な手加減をすることができる。その点においては器用といえる。


 しかし、南瓜(かぼちゃ)、芋、人参。それら硬い物をいざ切ろうとすると、このザマだ。


 包丁という慣れない“武器”を使い、なおかつ、もう片方の手は“猫の手”なる不思議な形を要求される。


 さらに、最初の1回、南瓜の調理に失敗してしまったのが良くなかった。その時も、初めての調理に力んでしまい、まな板と包丁をダメにしてしまったのだ。


 この経験が、次は同じ(てつ)を踏むまいという緊張に変わる。すると、緊張はまたしてもファイの身体をこわばらせ、今度は芋を切ることを失敗に終わらせたのだった。


 これらの失敗の経験が力みであることは、ファイも理解していた。


 このままでは良くない。そう思って秘かに気分転換を試みていたのが、冒頭、ニナの声が聞こえた気がした場面だ。


 しかし、よそ見をしていたゆえに妹を寂しがらせてしまい、フーカにも軽くたしなめられてしまった。度重なる失敗の経験がさらにファイの緊張に変わり、たった今、人参の調理の失敗につながったのだった。


 こうなると、もはや負の連鎖だ。なにをしてもうまくいく()が想像できず、ファイの身体は自分でも分かるくらいに緊張してしまっている。


(大丈夫……。私は道具。心はない、から。不安もない……だいじょうぶ……っ!)


 ファイが秘かに拳を握りしめる一方で、お料理教室は盛り上がりを見せる。その中心にいるのは、海人族の女性・メレだ。


「わぁ……! め、メレさん、すごいですぅ……!」

「ほんとだ! 全部、機械で切ったみたいに均等じゃん!」

「そ、そうかしら? ありがとう……!」


 三つ編みにした赤い髪をわずかに揺らしながらはにかんでいるメレ。


 フーカによる問診。また、この場にはウルン人しかいないからだろうか。裏に来たばかりのころに比べて、ずっと明るい表情を見せるようになってくれている。


 また、


「あの人たちの所にいた頃は、身の回りの世話を言いつけられていたのよ。その経験が少しだけ、役に立っているのかもしれないわね」


 謙遜しながら、盗賊たちのところに居た頃の話を教えてくれるメレ。重い過去だろう話をしてくれるくらいに回復したらしい彼女を見ていると、ファイの胸もじんわりと温かくなるのだった。


 などと話している間も動いているメレの手は、赤人参を次々に“半円切り”にしていく。


 さらに、途中でなぜか上目遣いにファイの方をチラリと見たかと思うと、これまでとは違う手つきで包丁を扱い始める。


「……?」


 どうしたのだろうか。失敗体験でうつむいていたファイが少しの好奇心を込めて視線を送る先。メレが切った赤人参は、花の形をしていた。


「あ……」


 動物と並んでファイが好きなもの――花――の存在に、思わずファイの口から声が漏れる。


 黒狼にいた頃、雄大なエナリアの景色もまた、ファイにとっては楽しみだった。中でも場所や気候によって、様々な模様と色を映してくれる花は、よくファイのなかに“ぽかぽか”をくれた。


 最近は忙しくて()でる機会も減っている。


 それでも、例えばマィニィの頭に咲いていたリリリチアの花につい目が行ってしまったり、好んで使う〈ファウメジア〉が同名の花を象っている魔法だったり。


 ファイが普段使っている自然由来の洗髪剤も、オスモフという花が香料として使われていた。


 4枚、5枚、6枚。それぞれの花弁の枚数の花の形に切り分けていくメレ。気づけば、まな板の上には花畑が広がっている。


「きれい……! メレ、すごい!」


 金色の瞳を輝かせ、隠すことなく声を弾ませるファイ。


 彼女の姿に優しい笑みをこぼしたメレがさらに包丁をひらめかせれば、兎、狼、豹、鳥。赤人参の動物たちが続々と生まれていく。


 そのたびに、ファイの金色の瞳がきらりときらめいた。


 と、メレが切り分けた花や動物に手を伸ばす影がある。ファイ同様に好奇心で瞳を輝かせるティオだ。


「ふんふふ~ん♪ これをこうして、切れ端は花びら風にして~……♪」


 鼻歌を歌いながら己の感性だけを頼りに、切り分けられた花や動物たちを配置していく。


 やがて1枚のまな板の上に出来上がったのは、花びらが舞い踊る花畑で楽しそうに(たわむ)れる動物たちの光景だ。


 赤人参の“赤”と、まな板の“白”。たった2色しか使われていないというのに、絶妙に配置された切れ端たちが濃淡を映していろんな色を見せてくれる。


 今にも花の匂いがして動物の声が聞こえてきそうな光景はもはや、絵画という1つの芸術だろう。


 もちろんファイは芸術とは無縁の人生を送ってきたため、造詣が深いわけでもない。


 それでも感性が、目の前にある光景を「きれいだ」と言っている。動物としての本能が、目の前の絵画が1つの至高の形であることを理解している。


「メレも、ティオも……。すごい、ね……!」


 目を細めるファイの顔にはもう、焦りも緊張もない。


 その代わりに瞳に光ったのは、やる気だ。


 包丁をうまく使うことができれば、大好きな花も、動物も、生み出すことができる。それを知ることができただけで、ファイの有り余る好奇心がやる気の炎に薪をくべてくれる。


「フーカ、フーカ。もう1回、包丁の使い方、教えて。私もこれ、する」


 燃え上がる炎の熱に浮かされるがまま、ファイは調理台の下から新しい包丁とまな板を用意する。目指すのは料理の至高、つまり、切り分けた食材たちがまさに動き出さんとする息吹を感じられる領域だ。


 メレが行なったのが、ただの“飾り切り”と呼ばれるものでしかないこと。もちろんそれもすごいことだが、感動の芸術の域に押し上げたのはティオの天才的な感性であることなど、ファイが知るはずもない。


 そして、いつになくやる気を見せるファイに水をかけるフーカでもないらしい。


「りょ、料理のなんたるかを根本的に間違えている気もしますけどぉ……。わ、分かりました! フーカについてきてください、ファイさん!」


 きゅっと表情を引き締めたフーカに、「頑張る!」と。鼻息荒く答えるファイだった。




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