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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●魔獣のお世話と、仲直り?

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第29話 大人と子供と、ニナと




 第7層の裏にある、養殖用の森の中。ピュレを片手に持ちながら、自身の生についてを淡々と語ったファイ。


「――こんな感じ。ただ、これ以上端折るとなると、難しい」

「おぉう……。う~んと、これは、なるほど……」


 ルゥに手応えの薄い反応を返されてしまって、微かに眉根を寄せるファイ。これ以上短くするとなると、早口で話すしかなくなってしまう。が、それだと、主人が聞き逃してしまう可能性も出てくる。


 ミーシャはどうだろうか。今の説明に満足してくれただろうか。そう思って目を向けてみると、


「なによ、それ……」


 ミーシャは顔を真っ赤にして、怒っていた。またしても、話を要約するという力が不足したせいで、主人2人を満足させられなかった。そして、この事実は遅かれ早かれニナに伝わり、ファイが同じ失敗を繰り返すダメな道具であることが明るみになる。


 その事実に「ぁ」と喉が鳴ってしまうファイ。


 このままでは見限られてしまう、捨てられてしまうかもしれないという焦りが、ファイの口を動かす。


「ご、ごめんなさい。でもこれ以上となると、要点を抜かすか、早口で言うしかない。あ、で、でも。次は……次こそは。もっと、ちゃんとするから……。だから――」

「謝らないで!」


 言い訳をしようと必死になるファイの言葉を、ミーシャの叫びが遮った。その声に驚いたのか、鳥たちが飛び立つ羽ばたきや、動物たちの遠ざかって行く鳴き声が聞こえる。


 自身もそんな動物たちと同様にビクンと肩を震わせ、恐る恐るミーシャを見たファイ。そこには相変わらず怒りの表情を浮かべるミーシャの姿がある。が、緑色の美しい瞳には、先ほどまでは見られなかった涙が浮かんでいた。


「謝らないでよ、ファイ……。これ以上、アタシを、みじめな子にしないで……」

「み、ミーシャ……!」


 袖口で涙をぬぐいながら、肩を震わせるミーシャ。そんな彼女に駆け寄って片膝をつき、小さなミーシャに視線を合わせるファイ。しかし、そこからどうしていいのか分からず、うろたえてしまう。


「ミーシャ? ごめんね? 私がまた、泣かせちゃった?」


 またしても自分が知らないから泣かせてしまった。その事実が、否応なくファイの中にある“心”を表情として引きずり出してくる。


(どうしたら、ミーシャを泣き止ませることができる? どうするのが、優秀な道具……?)


 眉根を寄せ、必死に思考を巡らせるファイ。ミーシャに触れようとして、やめて。抱擁しようとして、やめて。戸惑うファイの姿を、潤んだ目でミーシャも見ていたようだ。


「だからぁ……ぐすっ、謝らないでって……、優しくしないでって……言ってるのにぃ……わぁぁぁん!」


 流す涙と鼻水の量を増やしたかと思えば、ファイの胸に飛び込んでくる。途端にファイの胸に広がる、他人の熱。温もり。


 もちろん、ファイの服に染みるミーシャの涙や鼻水が温かいというのもある。


 しかし、小さくも愛らしいミーシャがもたらす目に見えない“熱”が、捨てられる恐怖で冷え切っていたファイの心をじんわりと温めてくれる。その熱に浮かされるまま、ファイは、胸の中に収まってしまうミーシャの身体を抱いてみることにする。と、ミーシャの方も、ファイの身体に腕を回し、なお一層、泣き始めるのだった。


「ごめんね……。ごめんなさい、ファイ! ぐすっ……。アタシ、アンタのこと、本当に、何も知らなくて……! なのに、勘違いして、なのにぃ……」

「うん。それは、さっきも聞いた、よ? ミーシャ」

「うっさいのよバカぁ……。アンタは黙って、アタシに謝られてれば良いのよぉ……!」

「???」


 泣きながら謝って、かと思えば、罵倒して。もう言動がめちゃくちゃなミーシャに、ファイの混乱は最高潮だ。


 それでもファイは、自分の胸の中で泣く少女を愛おしいと思ってしまう。その小さな身体を抱き返して、黒毛の耳が可愛らしい頭を撫でてしまう。


 明らかに“道具であること”の域を越えた自身の行動を自覚しながらも、泣き止んで欲しいと思うことをやめられない。


(本当に、心って難しい……)


 どうやら自分はまだまだ道半ばだと言うことを、ファイは痛感する。


 いつか、この、こらえきれない衝動を抑えられる日が来るのだろうか。心という、自身にとっての最大の敵を殺すことができるのだろうか。あまりにも長く遠く見える“道具”への道のりに不安を抱くファイの内情とは裏腹に。


「泣かないで、ミーシャ。私は、大丈夫だから」


 そう言ってミーシャの金色の髪を撫でるファイの顔は、どこまでも優しいものだ。


 いつしか戻って来ていたらしい森の動物たちが木の影や枝の上から見守る森の中。ミーシャが泣き止むその時まで、ファイは言われた通りに黙ったまま、彼女の温もりを抱き続けるのだった。




 しばらくして立ち上がったファイ。しかし、彼女の他に人影が見当たらない。その代わりにファイの胸には子猫が抱かれていた。身体は金色の毛だが、耳と尻尾だけが黒い毛をしている。手入れの行き届いた艶やかな毛並みをしているその猫は、獣化したミーシャだ。


 ファイの胸の中で嗚咽をこぼして泣いていたミーシャ。しかし、しばらくすると、嗚咽が聞こえなくなった。その代わりに聞こえてきたのは、微かな寝息だった。


 もしやと思ってファイがミーシャから身を離した瞬間、彼女の身体が瞬く間に収縮し、子猫になってしまったのだった。


「……ルゥ。聞こえる?」


 眠るミーシャを肩腕に抱きながら、頭巾の中にいるピュレに話しかけるファイ。応えはすぐにあった。


『はいは~い。聞こえるよ~。仲直り、できた?』

「分からない。ミーシャが、寝ちゃったから」

『ありゃりゃ。立て続けに色々あって、疲れちゃったんだろうね』


 ルゥと話しながら、ミーシャが着ていた作業着を回収するファイ。同時に、エサの入った袋も回収する。それなりの声量で話し、動き回っているにもかかわらず、ミーシャが起きる気配はない。安心しきった顔でファイの腕の中に収まっていた。


「結局、エサやりの方法、教えてもらってない」

『まじか。まぁ、エサ箱の中に補充するだけだから、口頭でも説明できると思うし、やってみよっか』

「うん、了解。よいしょっ」


 ファイの中でミーシャを置いていく選択肢は無かったため、作業着とミーシャを左手で。エサの入った袋を右手で担いで移動を開始する。


『とりあえず、森のいろんな場所に小っちゃい箱があると思うの。それを探してみて』


 ルゥが言ったように、木の上や泉のほとりなどに、様々な形状をしたエサ箱が置いてある。その内側には目安となる線が引いてあって、足りない分を補充するという形を取っているようだった。


「あった」

『ん。じゃあ、線の所までエサを入れてあげて。ついでに、どれくらい減ってたのか、報告してくれると助かるかも。どのあたりにどれくらい動物が居るのか、把握できるから』

「分かった」


 そうしてエサの減り加減の状況報告と補充を行ないながら、ファイはふと、左腕の中で眠るミーシャへと目を向ける。


「ねぇ、ルゥ。聞いても良い?」

『どしたの?』

『ガルン人は寝ないんじゃないの?」


 ファイの記憶では、ガルン人には眠りの欲求の代わりに進化する欲求があったはずだ。そのため、眠らなくても良いと思っていたのだが、ルゥは「少し違うかなぁ」とやんわり否定した。


『わたし達は眠るのが“必要”じゃないだけなんだ~』

「……どういうこと?」

『う~んとね。わたし達も、寝ようと思えば、寝れるの。疲れた時とか、寝た方が早く疲れが取れるし。ただ、ファイちゃんやニナちゃんみたいに、寝たい~って感覚が無いだけ』


 意識せずとも眠ってしまうファイ達ウルン人と違い、ガルン人は意識しない限り眠れないとルゥは語る。


『特にミーシャちゃんみたいな子供……身体が出来上がる途中を、わたし達が「第0進化」って呼ぶんだけど。その段階だと、ちゃんと睡眠欲はあるよ?』


 日々、進化を欲しているガルン人の身体。しかし子供の間は、何もせずとも常に体を更新している、まさしく進化と呼ばれる段階にあるのだとルゥは語る。その間は、“さいぼうぶんれつ”を活性化させるために、進化欲の表れとして睡眠を欲するらしい。


『で、あるていど体が出来上がったら、今度こそ、わたし達の身体は本格的に魔素を求めるの。その時には睡眠なんて時間の無駄だし危険だから、身体が自然と求めなくなる。身体が狩りに特化していくわけだね』


 この、睡眠が必要なくなった段階が、ガルン人の言う「大人」らしかった。


「えっと。じゃあ“寝るが必要”なニナは、子供?」

『う~ん、微妙だなぁ~。あの子の場合、ひたすら進化し続けてる……常に0進化の状態に等しいから。ガルン人の進化欲としての睡眠と、ウルン人としての睡眠欲が一緒になってる感じ』


 ただ、ウルンにある年齢という概念で考えた場合、ニナはきちんと15歳を超えた大人だろうと、ルゥは語ったのだった。




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