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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●観察しないと、ね

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第275話 これが、ニナ成分……?




 森角兎たちの協力もあって、第7層の森林地帯に撮影機を設置し終えたファイとニナ。特異個体である白い森角兎との別れを済ませた2人は、エナリアの裏側に戻っていた。


 本来であればここで撮影機と擬態用ピュレを補充し、引き続き第5~6層に撮影機を設置する予定だった。しかし、


「それではファイさん。申し訳ございませんが、わたくしはここで失礼いたしますわ」


 頭を下げる主人に、ファイは力なく「うん」と頷く。


 状況が変わったのはつい先ほど。ファイがリーゼから受け取った『緊急の事態が発生いたしました』という一報にある。


 なんでも、第13層にあるガルンにつながる穴から、密猟者がやって来たらしい。


『数は目視できた限りで8。先んじて住民たちには連絡済みです』


 と、リーゼは簡潔に状況を報告してくれた。


 常であれば、こうしてやってくる密猟者の対応は急がないという。そもそも密猟者自体は決して珍しいものではなく、ニナ達も対応に慣れているからだ。


 また、良くも悪くもこのエナリアは人気がなかった。たとえ密猟者が来ようとも、そもそも獲物である探索者がいない。そんな事態が普通だった。


 しかし、今は状況が異なる。第13層に近い第9層に探索者――アミス達が居る。いや、彼女たちだけではない。ファイが知る限り、あと2組ほど探索者の徒党が居るはずだ。


 アミスを含めた探索者は、自分たちを殺そうとしているガルン人が来ているなどつゆほども思わないだろう。これまで通り、下へ下へとエナリアを下りていく。


 逆に密猟者は基本的に、浅い階層を目指すことが多いという。理由は簡単で、上の層に居る探索者の方が弱くて狩りやすいからだ。


 結果として、近いうちに密猟者とアミスたち探索者が遭遇する可能性がそれなりに高くなっている。そして、もしも密猟者が探索者と接触するようなことがあれば、“不死のエナリア”の根幹を揺るがす事態になりかねない。


 ということで、差し当たってエナリア主であるニナが緊急対応のために第20層へと戻ることになったのだった。


 敵の数は最低でも8人。対応する人数は多い方が良い。そう思ってファイも「一緒に」と言ったのだが、ニナは「ダメですわ」と否を叩きつけてきた。


 その理由についてニナは、密猟者への対応くらいなら自分たちでもできる。ゆえにファイは重要な撮影機の設置作業を続けてほしいとのことだ。


 ニナの性格的に、ファイがガルン人と剣を交えることを拒んでいる可能性だって十分にある。それが分かっているがゆえに、ファイとしては何とももどかしい。


 間違いなくニナの夢の危機だ。にもかかわらず、彼女の道具である自分は遠く離れた場所で作業をしなくてはならない。


「ニナ。私も……」


 今になって改めて同道を申し出るファイだが、やはりニナは答えを変えないらしい。ゆっくりと首を振って、茶色い瞳でファイを見上げる。


「ダメですわ、ファイさん。先ほども申し上げた通り、ファイさんは引き続き設置作業を進めてくださいませ」


 譲らない覚悟を瞳に映すファイの姿には、もはやファイも「あぅ」と引き下がらざるを得ない。


 つい眉尻が下がるファイに、一転、優しい笑みを浮かべるニナ。


「ファイさんも、監視網の重要性は理解してくださっているでしょう? でしたら、わたくしのためにも、ぜひ作業をきちんと終わらせてくださいませ」


 自分のために。あえてその部分を強調して言ったのだろうニナの言葉を受けて、ファイも折れることにする。これ以上はむしろ、ニナに気を遣わせるだけだと判断したからだ。


「……ん。分かった。でもニナ。気を付けて、ね?」

「はい! すぐに敵をやっつけて、ファイさんと合流いたしますわね! っと、その前に……」


 不意にトコトコとファイの方に歩いてきたニナ。どうしたのかとファイが見つめる先で、腕を広げたニナはそのまま、ファイのことをひしと抱きしめてきた。


「に、ニナ? 何してる、の?」

「ファイさん成分の補充、ですわ」


 言って、ファイの胸元で深呼吸を繰り返すニナ。“ファイ成分”とは何だろうか。降ってわいた疑問は、直後。


 ファイの顎の下にあるニナのつむじから香ってくる、少し「頑張った匂い」も混じるニナの体臭によってかき消される。


(そっか。ニナ。何日もお風呂に入れてないし、水浴びもしてない、から……)


 ただ、不思議なことに汗をかいたニナの香りをファイは悪臭と感じない。むしろ、心地いいとまで感じてしまっている。


 胸やお腹を通して伝わってくるニナの温もり。そして、普段嗅いでいるものよりも数段濃密なニナの臭いに、ファイの脳がどんどん溶かされていく。


「すぅーはぁー……。ふふっ、わたくし達、お風呂に入りませんといけませんわね」

「そ、そう……かも?」


 遠回しにファイ自身も少し臭うといわれていることにも気づかず、ファイはただ、ニナの熱と匂いを感じることに集中する。


 もしかして、こうして“目以外で感じるニナ”が、彼女の言った「~成分」の正体なのではないか。ファイがそれに気づいたのは、


「それではファイさん! 少しの間、行ってまいりますわね!」


 ニナの後ろ姿が昇降口に消えて、しばらく経った後だった。


「…………。……はっ」


 ニナを見送った姿勢のまま、ぽうっと廊下に立ち尽くしていたファイ。我を取り戻した彼女は、キョロキョロと周囲を見回してニナの姿を探す。が、もちろんニナは去った後で、そこにはファイしかいない。


(そっか。ニナ、行っちゃったんだ)


 まだ残っている気がするニナの温もりを探すように、胸元に手をやるファイ。


 これまでも、ファイは何度も1人で仕事をしてきたし、それを寂しいと思ったことは無かった。


 だが、ニナとかつてないほど接近して、かつてないほど長い時間を一緒に過ごしたからかもしれない。


(久しぶりに、“寂しい”……だね?)


 はっきりと意識したのは黒狼に戻った時以来だろうか。胸にぽっかりと穴が開いたような感覚に、ファイは独り、眉尻を下げる。


 しかし、あの時に感じた寂しさとは少し違う気もする。切なくて、だけども温かい。世に「郷愁」と呼ばれる感情と共に、ファイはまだ少しニナの温もりと匂いが残っている気がする自分の服を鼻に寄せる。


 撮影機の設置場所については、おおよそ傾向を理解できた。


 ニナからも、


『ファイさんが『ここだ!』と思う場所に設置してみてくださいませ』


 と、おおよその指針を示してもらっている。


「……うん、頑張る!」


 ふすっ、と鼻を鳴らしたファイは、撮影機と擬態用ピュレを置いている倉庫へと歩みを進めた。




 そうして再開された設置作業に変化があったのは、第5層での設置作業を終えて裏に戻って来た時のことだ。


(第5層と6層。合わせて半日くらい?)


 ざっくりと12時間ほどかけて両階層に撮影機を設置していたファイ。途中、画角の調整の際に、リーゼから密猟者たちの動向を聞いてみたところ、密猟者は順調に第12層まで移動しているらしい。


『強い密猟者であれば何も言わずともムア様が対処に向かわれるのですが、あいにくと敵は程よく弱いようでして……』


 強者の居所を第六感で感じ取るというムア。もはや番犬と言ってもいいだろう彼女の索敵に引っかからない相手。つまり密猟者は橙色等級以下の実力なのだろう。


 が、橙色等級の魔物でも探索者にとっては十分すぎる脅威となる。ファイでさえ対処を間違えれば怪我を負ってしまう等級だ。白髪以外の探索者にとっては、大怪我必至の相手となるに違いなかった。


 他方、狩られる側のアミス達はと言えば、そろそろ第9層の出口に着いて、第10層を目指すかどうかを話し合う頃だろうとのこと。


 ニナとムア。2人体制で密猟者を探しているものの、エナリアはあまりに広い。密猟者の対応はまだできていないようだった。


 こうなると、ファイとしては早く設置作業を終わらせてニナ達と合流。ぜひとも密猟者退治と行きたいところだ。


 主人が迎えに来るのを待つだけでは、ただの道具にしかなれない。ファイがなりたい優秀な道具とは、自らが主人のもとへ駆けつけることができる存在だ。


(次は第2~4層の“草原の階層”。広間はあるけど基本は洞窟だから、雨音の階層と同じで設置しやすいはず)


 残る30台弱の撮影機が入った背嚢と、同じだけの擬態用ピュレが詰められた背嚢。2つを背中側とお腹側で持って、ファイが移動を始めようとした時だ。


「あ、れ……?」


 不意にファイの身体がふらついた。


 慌てて近くの壁に手をついたファイ。体勢を立て直そうとするが、不思議なくらい手足に力が入らない。この感覚はルゥの毒を食らった時と似ているが、もちろん毒を吸引した覚えも、注入された覚えもない。


 ならば使用不可期間に入ったのかとも思ったが、あいにく、先日不調とおさらばしたばかりだ。まだまだ先だろう。


 では自分の身に何が起きているのか。ファイが理解したのは、自身のまぶたがひどく想いと気づいた時だ。


(そっか、睡眠……)


 休憩を取らず、ここまで働きづめだったファイ。仕事中は気を張ってそれどころではなかったが、裏に戻って無意識に気を抜いたことで、遂に限界を迎えたようだった。


(ピュレ、つぶれちゃう、し。撮影機も壊れる……から。どけてあげないと)


 背中側にある背嚢をゆっくりと廊下の床に下ろすファイ。だが、眠気によって膝に力が入らない彼女はそのまま、倒れ込んでしまう。


 眠りに落ちる寸前の、フワフワとした心持の中、ファイは改めて思う。なんと不便な身体なのだろう、と。


 もしもガルン人であれば、睡眠など取らず働き続けることができるのに。もっともっと、ニナのために役に立てるのに。自身の身体に対する恨み節も、眠気の前ではあまりにも無力だ。


(早く起きて、お仕事しない……と……)


 数秒とせず、廊下には1人の少女の静かな寝息が響くだけとなる。


 そうして無防備をさらす少女に、無数の小さな影が忍び寄っていた――。




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