第27話 私、子供を作れない……っ
大黒熊の襲撃から、少し。ファイはミーシャに連れられて、エサやりを続行していた。なお、倒された大黒熊は、“エナリアのお掃除屋”ことピュレたちのエサになっている。
『これが、エサやり?』
死骸に群がるピュレたちを眺めながらファイが首を傾げた頃には、
『違うから!』
ミーシャも気力を回復できたようだった。
そんなこんなで再開された、魔物へのエサやり。外から見たときはただの森だったが、中に入ってみると、ところどころに人工的な建物がある。それらすべてが倉庫になっているらしく、エサはもちろんのこと、様々な大きさの檻なども置いてあった。
そんな倉庫の1つに連れられて来たファイ。ミーシャがエサの準備をしている間は手持ち無沙汰だったため、知識を蓄えることにする。
「ミーシャ。これ、何に使う?」
頑丈そうな檻を見て言ったファイに、大きな袋から穀物と思われるエサを取り出しているミーシャが答える。
「当然、魔獣を運ぶためよ。ほら、この階層。表に大樹林があるじゃない?」
「うん。ここと似てるけど、比べ物にならないくらい大きな森」
“不死のエナリア”第5層から第7層にかけて存在する、大樹林の階層。それは、エナリアを観光資源として見たときに、目玉となる場所だ。細かな通路や部屋が無い代わりに直径100㎞はあると言われる広大な森と湖が広がっており、多くの魔物たちが住んでいた。
「そう。その大樹林の生態系が乱れた時に、ここで養殖している魔獣たちを運び入れることがあるの。その時に、その檻を使うわ」
「えっと……。“せいたいけい”が“壊れる”した時に、檻を使う?」
初出のガルン語が多く、聞き返してしまうファイ。
「そうよ。……って、分かってないみたいね。仕方ないから教えてあげるわ」
口では面倒くさそうにしながらも、生態系という単語について丁寧に説明してくれるミーシャ。途中、ファイもエサやりの準備を手伝いながら説明を聞き終えたとき、
(なるほど。やっぱり、命は繋がってるんだ)
少し前、食べるという行為から導き出した命の繋がりが、生態系の根幹にあることを理解するのだった。
「つまり、食べられちゃうような弱い魔獣が減った時は、ここに居る小さい魔獣たちを森に運ぶ。あと、食べる側……強い魔獣を、減らす?」
「ええ、そう。他にも、エサを食べ過ぎて強くなり過ぎた魔獣が居たら、檻を使ってもう少し下の階層に連れて行くこともあるらしいわ」
そんなミーシャの言い方は、彼女がまだ、強すぎる魔獣を下層に運ぶ作業をしたことが無いことを物語っていた。
ただ、大抵の場合は裏側の人々が手を加えずとも、勝手に“調整”されるらしい。ましてや、この“不死のエナリア”は数十年以上も存続しているエナリアだ。あるていど森は自立し、そこに暮らす動物・植物群系も安定しているという。
それほどまでに、生態系という名の命の繋がりが生み出す自然の回復力は強固なのだとミーシャは語る。
「けど、毎日、毎日、探索者が来るエナリアで、自然の回復力を待ってる暇はないの。だから必要に応じて、アタシ達が手を加えて、アンタ達ウルン人が知る『エナリア』にしてるのよ!」
そう言って胸を張ったミーシャの顔は、どこか誇らしげだ。見事なまでのドヤ顔を内心で微笑ましく思いつつ、ファイは、かつてニナが語っていたことを思い出す。
『エナリアを人のためのモノ……いえ“ウルン人にとって都合のよいモノ”にしているのは、わたくし達ガルン人なのです!』
自然なものに見えるエナリアが、実は人工物である。そうニナは言っていた。
放っておくと、ただの洞窟でしかないエナリアを整備し、拡張し、活用している。
(きっとエナリアは、ガルンの人たちが時間をかけて作った、大切な建物なんだ)
ファイは、そうして人が労力と時間をかけて作り上げたものをウルン語で何というのか、知っている。たまに黒狼の組員たちが、同じく時間と労力をかけて作ったファイについて話す時に使っていた言葉だからだ。曰く――。
「ミーシャ達にとってこのエナリアは芸術品なんだね?」
顔にこそ出さないものの、自信満々に言ったファイ。しかし、
「は? げいじゅつひん? ガルン語で言いなさいよ」
重要な部分をウルン語でしか表現できなかったため、ミーシャには鼻を鳴らされて終了する。しかもファイには、ウルン語の芸術品の意味について聞いてくるミーシャに説明できるだけの知識がない。そのため、
「……ううん、何でもない」
一世一代のエナリアの表現は、不発に終わってしまう。ただ、
「……? ま、まぁ、ファイに十分な知識が付いた時にまた、げいじゅつひんについて聞かせてちょうだいね」
歩み寄りを見せてくれたミーシャの言葉には、わずかに口角を上げてしまうのだった。
そうして、主に小動物たち用のエサを持って倉庫を出たファイとミーシャ。
これまでと同じように、揺れる黒い尻尾を追いながら、ファイも森を行く。先ほどまで大黒熊に怯えて黙っていたらしい鳥や小動物たちも、今は森に歌声を響かせている。葉擦れの音を背景に彼らが奏でる心地よい音楽をファイが堪能していた時。
目の前を行くミーシャが思い出したように足を止め、ファイの方を振り返った。その顔には、いつにない緊張が見て取れる。
「あ、あのね、ファイ。アタシ、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの……」
なんだろうか。首をかしげるファイだったが、思い当たる節があった。
「もしかして、どうやったら私たちで人を増やせるのか、教えてくれる気になった?」
「にゃっ!?」
『ぶふっ』
ミーシャの驚いたような声と、ルゥの吹き出すような声が聞こえてくる。
「そ、その話。まだ、続けるつもりだったの!?」
なぜかまた赤面するミーシャだが、ファイとしてはかなり重要な案件だったりする。自分の身を使ってニナの困りごとを解決できるのであれば、一考の余地があるからだ。それに、ファイの頭巾の中からは、
『行け行けファイちゃん~!』
というルゥの後押しもある。ということで、ファイは改めてミーシャに尋ねる。
「うん。ミーシャ。どうやったら人を増やせる? どうすれば私たちが“親”になって“子供”を作れる?」
相変わらず表情一つ変えずに尋ねたファイの視線の先。ぎゅっと目をつぶったミーシャが、ついに生き物の繁殖に必要な行為を口にする。
「せ、接吻、よ! 接吻!」
その瞬間、ファイの頭巾に隠れていたピュレから「そう来たか~!」というルゥのため息のようなものが聞こえた。
「せっぷん? なに、それ?」
「こ、こう、ね。唇と唇を重ねるのよ。そ、そうしたら、あ、赤ちゃんができる……らしいわ!」
耳も尻尾もピンと立てて、投げやりに言ったミーシャ。
「唇と唇を合わせる……。それで、子供ができる……。簡単、覚えた」
子作りの仕方をきちんと覚えたファイは、もちろんミーシャに言う。
「それじゃあミーシャ。接吻しよう?」
「なんでそうなるのよ!?」
「……? さっきも言った。エナリアに人が足りてない。じゃあ、増やせば良い」
「――っ! そ、そういうことじゃないの! 好きな人同士でしかそういうのはしちゃダメなんだから!」
「好きな、ひと……!?」
好きな人同士でしか子作りできない。その事実に、ファイが衝撃を受けたこと言うまでもない。
好き。それは、心を吐露する行為だ。しかし、ファイが道具であるためには、心というものを徹底的に廃さなければならない。そのため、たとえいま自分がミーシャを好ましく思っていたとしても、それを口にすることは許されない。
それどころか、道具を目指すうえでは、何か・誰かを好きになることすらも許されていなかった。
(子供を作るためには、「好き」……心が必要。でも、道具である私は心を持っちゃダメ。つまり、私は子供を作れない……!?)
驚愕の事実に、崩れ落ちるファイ。なるほど。だからミーシャはこの事実を口にすることをためらっていたのかと、1人で納得する。
「ちょ、ちょっと!? どうしたのよ、ファイ! 急にへたり込んじゃって……」
「ごめん、ミーシャ。どうやら私は、子供を作れないみたい」
「なんでよっ!? えっ、もしかして重い病気とか……? だとしたらアタシ、無神経なこと言っちゃった……」
地面にへたり込んだまま悲壮感を漂わせるファイを、黒毛の耳と尻尾をしおれさせるミーシャが介抱するのだった。




