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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●観察しないと、ね

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第268話 がっかりだよ、ニナ?




 ファイがニナと一緒にアミス達の様子を観察し始めて、体感時間で半日が経っただろうか。


 第3王女アミスティと聖女ノクレチア。2人の貴人を護衛する騎士団の一行は、壁際にある長い一本道で休憩を取っている。


 いくつか火を()いて何やら調理しており、騎士たちは待ちきれないというように火を囲っていた。


 休憩ということで、兜を脱いでいる騎士たち。男女は7:3と言ったところだろうか。これまでの観察から主に男性が前衛を務め、女性が後衛、あるいは遊撃をしていることが多い印象だった。


(たしか、身体を動かす、は男が得意。逆に魔法は、女が得意)


 フーカに教えてもらったウルン人の性差を思い出すファイ。


 ファイもそうだが、女性には一時的に著しく身体機能が低下する期間がある。その一方で同じ髪色であれば、女性の方が体内の魔素が多いらしい。その理由についてフーカは、


『じょ、女性の子宮が第2の魔素供給器官と呼ばれているからですねぇ。実際、子宮でもわずかながら魔素が作られ、貯蔵されていることが確認されていますぅ』


 こう説明してくれていただろうか。


 数値にして1割~2割ほど。それでも確実に女性の方が魔素を多く持つ。ゆえに魔素によって強化される身体能力も当然、女性の方が高くなるらしい。


『じ、実際、自然界の動物の多くが、メスの方が体内の含有魔素量が多いんですよぉ?』

『なるほど……。じゃあ、(オス)は弱い?』


 短絡的に結論を導こうとしたファイに、フーカは肩までの黒髪を揺らして首を振る。


『男の人は筋肉が付きやすいんですぅ。魔素による身体能力の加護は掛け算と言われているので、よく鍛えた男性と一般の女性。同じ髪色の2人が力比べをしたら、男性が勝ちますねぇ』


 と、フーカは性差による身体能力と魔法の差についての説明を締めくくっていただろうか。


 ふと、自身の二の腕をつまんでみるファイ。


(ふにふに……)


 確かに日々の仕事や、それに伴う魔獣退治などでファイの腕にはそれなりの筋肉がある。それでも、意識的に筋肉を鍛えているかと問われば、首を横に振らざるを得ない。


 ファイが視線を上げると、鎧の手入れをするために肌着姿になっている男性騎士が数名居る。彼らの太く盛り上がった腕とは比べるべくもない。


 つまり、理屈の上では、もしも男性の白髪がファイを組み伏せてきた場合、ファイは抵抗できないということだ。


 ウルン人でも、自分を力でねじ伏せられる存在が居る。ファイの意思に構わず、無理やり言うことを聞かせられてしまう。まるで、物のように。


 そう考えたとき、ついファイの身体はブルリと震えてしまうのだった。


「ファイさん? どうかされましたか?」


 突然、身を震わせたファイを、不思議そうに見つめてくるニナ。


「ううん、何でもない」

「そうですか? ですが、もしも寒さを感じたりしたのであれば、必ず、おっしゃってくださいませ」

「……? う、ん……」


 確かに雨音の階層は全体を通して、少しひんやりしている。それでも半袖で過ごせないことは無い気温だ。


 だというのに、どうしてニナは寒さを気にしたのか。表情こそ変えなかったが、ついニナを見てしまうファイ。と、そんなファイの視線から、疑問を感じ取ったのだろうか。


 アミス達の観察に戻ろうとする手を止めて、ニナは再びファイと向き合った。


「この階層は視界の悪さと水滴による音、匂いのかく乱が厄介な階層ですわ。ですが、実はそれだけではないのです」

「え、そうなの?」


 思わず聞き返してしまったファイに、頷きを返したニナ。彼女はおもむろに自身の眼前に手のひらを差し出す。と、その小さな手に水滴が1粒落ちて、跳ねた。


「天井から絶えず降り注ぐこの水滴。これはファイさんもご存知の通り、とっても冷たいのですわ」

「うん。だから、ニナも、私も。できるだけ避けてる、よね?」

「そうですわね。ですが、探索者さん達はそうもいっていられませんわ」


 夜光石が少なくて視界が悪いため、常に通路の警戒しなければならない探索者たち。確かに、彼らに天井から落ちてくる水滴を気にする余裕などないだろう。


「当然、冷たい水が探索者さん達を襲います。しかも水滴は流体ですわ。どれほど身を鎧で固めようとも隙間から体内に侵入し、身体を冷やす」

「あっ。なる、ほど……」


 身体が冷える。そんなニナの言葉で、ファイはこの階層の本当の厄介さを知る。


「冷たい、寒い、は、身体が動かなくなる……」

「その通りですわ。いわゆる低体温症というやつですわね」


 別に、天井から降り注いでいるのは毒液などではない。本当に、ただの水なのだ。だが、その水滴が服や身体を濡らすと話が変わる。


 ゆっくり、じっくりと。時間と共に体温を下げて運動能力を低下させる毒に変わるのだ。


 それを理解したうえで改めて騎士たちに目を向けてみると、なるほど。


 なにも騎士たちは料理を楽しみにして焚き火を囲っているというだけではないのだろう。身体を温めたり、濡れてしまった服を乾かしたりする意味もあるに違いない。


 1つ知るだけで、物の見え方が変わる。見え方が変われば、見ている景色の意味も変わってくることをファイは改めて知る。


 ここで「自分は何も知らない」とうつむくのは簡単だ。が、優秀な道具を目指すファイに簡単な道を選ぶという選択肢はない。


(もっと、もっと。知らないと)


 決意を新たに、ファイもニナに倣ってアミス達から“何か”を学ぼうと注目する。


 と、その時だ。騎士団員数名が、連れ立って一団から離れていく。注目すべきは、彼ら彼女らの格好だろう。


 例によって鎧で身を固めた騎士数名が、鎧を脱いで武器だけを手にする軽装の騎士数名を護衛するように移動している。


 そのまま野営地から適度に距離を取ったところで男女に別れ、物陰に消えて行った。


「ニナ。あれって……」

「ファイさん。それ以上は言わないであげてくださいませ」


 騎士たちも人だ。半日も経てば、お手洗いにだって行きたくなるというものだ。実際、ファイも少しだけ行きたい。もちろん、道具である彼女が「お手洗いに行きたい」などと口にすることは無いが、ともかく。


「ですが、なるほど。これも盲点でしたわね……」

「え、どういうこと?」


 目を瞬かせるファイに、やけに真剣な顔つきでニナが言う。


「ファイさん。エナリアの表にもお手洗いを設置するのはどうでしょうか?」


 冗談なのか、本気なのか。判断しかねるファイに、ニナはなおも真面目な顔で続ける。


「そうすれば、探索者の方も魔獣におびえず安全に用を足せますし、衛生面も確保されますわ」

「エナリアに、お手洗いを……」


 薄暗いエナリアの中に、突如現れる謎の人工的な光と施設。中に入ってみれば、そこは花の香りがする衛生的なお手洗いだった。その光景を脳裏に描いたファイは、


「うん。それは、ない」


 ニナの提案を、即座に否定してみせる。


「り、理由をお聞きしましても?」


 理由を深堀してくるニナに思わず「え?」と。正気なのか、と、声が漏れてしまうファイ。なにせファイでさえ「それはない」とすぐに思えたのだ。


 自分よりも知識も常識も持っているだろうニナが本気でエナリアの表にもお手洗いを設置しようと言っているとは、思えなかったからだ。しかし、


「(じぃー……!)」


 こちらを見上げるニナの瞳は真剣そのものだ。これほど真っすぐに見つめられてしまっては、ファイも真剣に答えるしかない。


 まずは、分かりやすい理屈の部分を言語化する。


「違和感がすごくて景観? が崩れるだろう、し。排泄物も、ピュレが食べるから問題ない、でしょ?」

「ふむふむ、そうですわね。……それだけ、ですか?」


 やけにあっさりとファイの意見に頷きつつ、さらなる理由をファイに聞いてくるニナ。だが、これ以上となると、もはや感覚的な話になってしまう。


 ファイにとってエナリアの醍醐味と言えばたくさん戦えることと、様々な自然に出会えることだ。


 見上げるほどの高さから落ちる滝、凍てつく氷河、泡立つ溶岩。それら迫力のある光景だけではない。ささやかに歌う森も、朗らかに笑う花畑も、ひっそりとたたずむ不思議な形をした岩も。


 ファイが瞳を輝かせるには十分な魅力を持っている。


 そんな、見ているだけで心躍る自然の中に、唐突に人工的な建物が現われるのだ。それも崩れた遺跡や神殿などではなく、清潔で現代的でお手洗いが、だ。そんなもの――


「――がっか、り……。うん、そう。ガッカリ、だよ。ニナ?」


 どうにか自分の知る言葉で、ファイは自分なりの感覚を言葉にする。


「ふぐぅ……!? 文脈的に違うと分かっておりますが、わたくしがガッカリと言われてしまった気がしますわぁ……」


 なぜか心に傷を負ったように胸を押さえているニナだったが、すぐに「ふふっ」と笑う。


「そうですわね、『ガッカリ』ですわよね! ならば、お手洗いの件はナシにいたしましょう!」


 ファイが導いた答えをわざわざ復唱し、あっさりとお手洗いの設置については水に流すと言った。まるで最初から設置するつもりなど無かったかのように。


 さすがにもう、ニナがわざと今の問いかけをしたのだとファイも気づく。


「……ニナ。なんでそんな変なこと言う、の?」


 不毛に思えるやり取りに、つい視線の温度を下げてしまう。そんなファイに対して、ニナは笑顔を崩すことなく言う。


「ファイさんがきちんとわたくしの案を否定してくださるのか。確認したかっただけですわ」

「それは……当たり前。ただ従うのは、普通の道具。私がなりたいのは、自分でも考える優秀な道具」


 主人のためであれば、時に主人の意見に反対することもできる。それもまた、ファイが考える“優秀な道具”だ。


「ファイさん? この先も、ダメなものはダメ。嫌なことは嫌、と。きちんと申してくださいませ?」


 そう言って丁寧に釘を刺してくるニナだが、やはりファイの答えは決まっている。


「ニナ、ニナ。ダメを言う、は、良い。けど、私にイヤは無い。だから――」

「い、い、で、す、わ、ね?」


 ファイの胸の中心をツンツンしながら、いつになく強気に念を押してくるニナ。


 間近にあるニナの顔と彼女の勢いに飲まれ、気づけばファイの口からは短く「はい」という返事が漏れている。


 瞬間、再び破顔したニナ。彼女はくるりと回ってファイから距離を取ると、分かればいいのです、と言うように眩しい笑顔を咲かせるのだった。




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