第263話 いつか壊れる、けど――
ファイとニナが第12層に設置予定の撮影機をすべてつけ終えた頃。ファイが地面に降りると、
「すぅー、すぅー……わふぅ……♪」
遊び疲れたのだろうか。泥だらけのムアが、傷だらけの暴竜にもたれかかって眠っていた。実年齢は不明だが、ムアも3回も進化を経た立派な大人のガルン人だ。
眠気というものを感じないはずのため、気力と体力を効率よく回復するために眠っているのだろう。
裏を返せば、この黄色等級以上の魔物がウヨウヨといる階層でのんきに眠っても問題ないとムアは判断したということだ。
身体能力はニナに匹敵し、鋭い五感を活かして未来予知にも似た動きをする。第15層の階層主として立ちはだかるらしい彼女を倒すウルン人は、果たして現れるのだろうか。
そんなことを考えながら、素っ裸で熟睡するムアに乾かしておいた彼女の服を着せてあげるファイ。最後に少しだけムアの耳と尻尾の毛並みを堪能した後、立ち上がる。
「じゃあ、ね、暴竜。また遊びに来ると思う」
『ブフー……』
ファイの別れのあいさつに、鼻息を漏らす黒毛の暴竜。
この暴竜も特異個体と呼ばれる魔物なのだ。つまり、この友人もまた、いつかはウルン人に倒される運命にある。
さすがに今日明日に、ということは無いだろう。が、時間と共にエナリアは攻略され続け、やがては破壊される。
宝箱の補充をできるようになったり、色結晶の再配置ができるようになったり。エナリアを立て直せば立て直すほど、 “不死のエナリア”を攻略するうまみが出てくるということでもある。そうして攻略の機運が高まるほど、ファイの家は破壊され、友人は殺されていく。
(最後、は。エナリア主のニナも、きっと……)
押し寄せる寂しさともどかしさを表に出さないように、胸元で握った拳で握りつぶすファイ。彼女が感傷に浸っているわけにいかない理由は、
「それではファイさん! 次の階層に参りましょう!」
前方で、今もなお笑顔で手を振るニナが居るからだ。
彼女も今ファイが抱いている葛藤――エナリアの立て直しが結果的にエナリアの破壊につながること――に気づいているに違いない。
それでもニナは、エナリアを立て直し、自身の理想を叶える場所として選んでいるのだ。
であるならば、彼女の“いちの道具”になろうとしているファイもまた、覚悟を決めなければならない。
たとえ進む未来に待っているのがエナリアの破壊、ひいてはニナの夢の終わりなのだとしても。ニナの夢を叶えるために、ファイは前進あるのみだ。
「うん。行こう、ニナ」
ムア。暴竜との別れを済ませ、美しく舞うニナの茶色い髪を追いかけるファイだった。
そのまま、同じ要領で第11層にも撮影機を設置し終えたファイ。群がってくる魔獣たちは地上のニナが軽やかに対処し、飛んでくる魔獣にはファイが魔法で対処する。
そうして安全を確保しながらリーゼの指示のもと、撮影機の画角を調節して、移動する。
たとえ階層が変わっても、おおよそはその繰り返しだ。
ファイの体感で軽く半日を過ぎた頃。一度“裏”を経由したファイ達がやって来たのは第10層だ。ここから第8層までが雨音の階層と呼ばれ、高さ50~100mほどの広く長い洞窟の地形となっている。
安らぎの階層と違って死角も障害物多く、撮影機を設置しやすい。半面、水に弱い撮影機が濡れてしまわない場所に設置しなければならないらしい。
また、槍のようにトゲトゲした岩が床や天井から突き出す雨音の階層だ。天井部分にほとんど平面はない。たとえ天井に設置できる場所があったとしても、棘が邪魔で撮影機の視界を遮ってしまう。
「なので、この階層ではあちこちにある柱に設置することにいたしましょう!」
「ん、分かった」
ニナの指示のもと、ファイは早速、近くの柱に擬態用のピュレを張り付けて撮影機を設置していく。
なお、高い天井に設置するわけではないこの階層では、ニナも撮影機を設置できる。単純計算で、作業は2倍の速さで進んでいくことになる。
そんなファイ達の作業に次なる変化があったのは、第10層のすべてに設置し終えて向かった第9層。先日改造を終えたばかりのその階層に、撮影機を設置していた時のことだった。
この階層でも順調に進んだ設置作業。最後の設置場所となる階層入り口にたどり着いたところ、ニナが足を止めた。
「ニナ?」
どうかしたのか。パチパチと金色の目を瞬かせるファイの視線の先で、ニナが顔にわずかな緊張をのぞかせる。
「ファイさん。少しお待ちくださいませ。お客様ですわ」
「お客様……? あっ、探索者」
ニナに言われてファイも耳を澄ませてみると、確かに。今まさに目の前にある上層――第8層――へ続く安全地帯から、探索者のものと思われる声が聞こえてくる。
距離もあるために何を話しているのかは不明だが、数は多そうだ。かなり本格的な探索者の徒党であることが予想された。
「ファイさん。まずはリーゼさんに来客の知らせをお願いいたします。住民の方の安全を確保しませんと」
「了解。ピュレ、音声出して。……リーゼ。お客さんが来た。場所は第9層の入り口。伝達、お願い」
通信士を務めていたころの経験をもとに、要点だけを手短に言ったファイ。すると、数秒とかからずピュレの向こうから「承知しました」というリーゼの声が聞こえてくる。
そんなファイとリーゼのやり取りは、隣に居るに何も聞こえていたのだろう。ファイと目が合うとこくんと頷きを返してくれる。
「さて……。いちおう変装はしておりますが、わたくしとファイさんは局所的に有名人になっているそうですわ。なのでひとまず隠れて、様子見いたしましょう」
「……? 裏に戻る、じゃない……の?」
可能な限り、エナリアに裏があることは隠したいはず。であれば身を隠すのではなく近場の裏口からエナリアの裏に帰るべきではないのか。尋ねたファイに、ニナはゆるゆると首を振る。
「わたくしが把握している限り、改装後の第9層に探索者さん達がいらっしゃるのは今回が初めてのはずですわ。なので、この目で、彼らの動きを確認したいのです」
現状、第9層はただ机上論だけで構成された場所になってしまっている。各所にある罠や経路、宝箱の位置などは、実際に探索者がどのように動くのかを確認してから再度、調整する必要があるとニナは言う。
「今から通信室に戻って遠隔から監視、というのも手なのですが……」
『お嬢様はその目で、探索者様がたの動きを確認したいのですね?』
「はぅ!? そ、その通りですわ、リーゼさん……」
ピュレを通して話を聞いていたらしいリーゼが、ニナの考えを言い当てる。
現状、ファイ達はエナリアにやって来た探索者と言い張っても問題ない格好をしているつもりだ。であるならば、最悪見つかっても、言い逃れができる。
「というわけで……ファイさん、隠れますわよ!」
「えっ、あっ、わわっ!」
ニナに半ば強引に引っ張られる形で、ファイは手近な岩の影に隠れる。
そのままニナの小さな肩と身を寄せ合いながら探索者たちが来るのを待つのだが、
(に、ニナ……。近い……)
岩の陰から階層の入り口を見ているニナとの距離が、近い。彼女が身じろぎするたびに艶やかな茶髪が揺れて、良い匂いがしてくる。
また、触れ合っているニナの肩やわき腹から彼女の高い体温がじんわりと染みてきて、ファイを温めてくる。
あれほど触れたい・触れてほしいと思っていたニナと、触れ合っている。だというのに、いざその時になると、ファイはなぜか逃げ出したくなっている。
(ニナが良い、のに。ニナが……嫌?)
なぜなのか。どうしてなのか。奇妙な心の動きに翻弄されるファイの頬が、ニナの体温に冒されるようにして熱くなり始める。
このままでは“赤面”という、道具としてありえない振る舞いをしてしまう。そんな危機感をファイが抱き始めた、まさにその時。
「来ましたわ!」
ニナが探索者の到着を伝えてくれる。
これ幸いと自身の心から目と思考を逸らしたファイ。岩陰から顔を出す主人に倣い、ニナの頭上からひょっこりと顔を出して探索者たちの姿を確認することにした。
「おー……いっぱい」
やはり一行の数は相当なものだ。ぱっと見ではあるが、軽く30人以上は要るのではないだろうか。隊列を組んでやってくる一段の中には2台ほど、食料や装備の予備を積んでいると思われる小型の馬車が同道していた。
と、そんな一団の先頭に居た見覚えのある顔を確認して、ファイとニナは上下で顔を見合わせる。
「「アミス(アミスさん)!?」」
声を潜めるファイとニナの声が、きれいに重なる。
どういうわけかアミス率いる探索者の一団が、“不死のエナリア”の攻略にやって来たらしい。
だが、今回は探索者組合『光輪』としてやってきているわけではないようだ。そうファイが判断した理由は、付き従っている人々がみなお揃いの鎧を身にまとっていて、統一感があるからだ。
ファイが見てきた探索者という人々は、己の身を守るために自身にあった武器や防具をしっかりと選んでいる。色は統一していることもあるが、形状はここの身長や体型に合わせたものがほとんどだった。
その点、今のアミスが引き連れている面々が身にまとっているのは、画一的で量産されたように思える。
身を守ることよりも自身がどこに所属するのかを示す重そうな鉄色の鎧は、一瞬一瞬の判断と動きを求められるエナリア攻略には向いているように見えた。
それでも、この第10層まで来ることができているのだから、鎧姿の人々の練度は高いのだろう。また、重そうな鎧でここまで来られる気力と体力も、相当なものと思われた。




