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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●安全確保する、ね

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第259話 誰か来た、みたい?




 巨大な夜光石がいくつも突き出す第12層の天井。


「(ぺた、ぺた……)」


 魔法で宙に浮くファイはニナから預かった擬態用のピュレを、天井に張り付かせる。


 ユアが、というよりはエシュラム家が生み出す擬態用のピュレは、かなり特殊だ。最大の特徴は周囲の素材を模倣した質感や硬さを再現する性質を持つことだろう。


 また、生命維持に必要なエナもわずかで、大気中のエナが薄い第1層でも活動することができる。人を襲ったりすることもなければ、物を溶かす能力も持っていない。エナリアの重要な設備を隠したり守ったりするのに特化したピュレと言えるだろう。


 だが、そんな、ガルン人にとって都合の良いピュレは自然界には存在しない。エナリアに魔獣を派遣することを主な稼業とするエシュラム家が長い年月をかけて生み出した、エナリア用のピュレだ。


 その門外不出のピュレの分裂体を独自に進化させ、自身も分裂の特殊能力を持つようになった個体。それが、ユアのもとに居る擬態用のピュレだ。


『じ、実家のピュレと違って分裂するまでに必要な餌が多いのが、難点です……。なのでファイちゃん様には、頑張ってピュレを増やしたユアを撫でて褒める権利をあげます……っ』


 上目遣いに一生懸命、自身の擬態用のピュレについて教えてくれたユア。彼女の繊細なモフモフの手触りを思い出していれば、触れている天井の素材を読み取った擬態用のピュレが色を変え始めた。同時に“モチモチ”だった手触りに、コシが生まれ始める。


 もしこのままピュレが完全に天井と同化してしまうと、あとから撮影機をピュレの体内に入れてもピュレが“異物”として排除してしまって接着剤としての役割を失ってしまう。


(い、急がないと……)


 ピュレが固まる前に、急いで撮影機をピュレに突き刺すファイ。そのまま撮影機を固定していれば、ピュレの全身が天井と同化してした。


 きちんと天井に引っ付いてくれただろうか。ファイがゆっくりと撮影機から手を離しても、もう撮影機が落下するようなことは無い。


 ひとまず設置が完了したことを確認して、ファイは頭の上に置いていた通話用の青色ピュレを手に取った。


「ピュレ、音声出して。……あー、あー。私はファイ。リーゼ、聞こえる?」


 ファイがピュレに呼びかけること数回。


『はい、音声良好です、ファイ様』


 リーゼからの応答がある。彼女が居るのは第15層の通信室だ。そこに置かれた投影機が置かれていて、リーゼが画角の指示をしてくれることになっていた。


「ん、リーゼ。撮影機を付けた。何か映ってる?」


 必要であればこれから撮影機の位置や角度を調整することになるのだが、リーゼから返ってきたのは予期せぬ答えだ。


『……ファイ様。申し訳ありませんが、投影機なる物には何も映っておりません』


 リーゼの(いら)えに、ファイは小さく首をかしげる。


 通信が届かないということはないだろう。というのも、この階層に来た時点で一度、念のために映像が届くのかを確認してあるからだ。結果は数秒の時差があるものの届く、というものだった。


 つまり、通信面で映像が届いていないということではないはず。であれば、と、しばし考え込んだファイ。


「もしかして……?」


 擬態用のピュレに手を突っ込む。そのままハリのあるピュレの体内で、撮影機を触ること少し。


(あった)


 エナ源――機器を作動させるための機構――に当たる出っ張りを押してみる。


「ごめん、リーゼ。エナ源を入れてみた。……どう?」


 改めて通信室に居るリーゼに聞いてみる。と、


『……はい。ファイ様のお顔と青いピュレの姿がきちんと、映っております』


 待ちに待った回答が返って来たのだった。


『なるほど……。これがウルンの魔道具、なのですね……。確かにピュレによる遠隔監視とほぼそん色ありませんね』

「そう。魔道具、は、便利」


 感慨深げにつぶやいているリーゼの声を聴きながら、邪魔にならない場所に移動したファイ。天井に背を向け、撮影機が見ている景色を見てみる。


 はるか下。こちらに手を振っているのはニナだ。そんな彼女の周りには2体ほど、目を回している巨大な肉食恐竜の姿がある。


 良くも悪くも強者の気配を漂わせないニナだ。恐竜たちはちょっとつまみ食いのつもりで彼女を襲い、返り討ちにあってしまったようだ。このように、ファイの目にはつぶさに状況が見て取れるが、


「どう、リーゼ。ニナが手を振ってるの、見える?」


 そんなファイの問いかけに、ピュレの向こうでリーゼが首を振る気配がある。


『……いえ。お嬢様と思わしき小さな点の近くに、アレは……暴竜でしょうか。が、転がっていることしかわかりませんね』

「そっか」


 やはり、撮影機ではどうしても地上の様子を詳細に確認、とはいかないらしい。


 それでも、やはり監視の目があると無いとでは大きく違うというのはリーゼも意見を同じくするようだ。


『別に探索者だけではありません。ほんの少し前……サラ様の暴走も、こうした監視網があればいち早く発見できたはずです。……もう少し右……あ、行き過ぎですね』


 生きてきた年月の違いからか、ひと(ナルン)前の出来事さえも“少し前”と表現する。そんなリーゼの言葉に耳を傾けながら、ファイは撮影機の調整を続ける。


「これで、どう?」

『ほんの少しだけ下に……はい、そちらで大丈夫でしょう』


 リーゼからのお墨付きをもらったところで、ファイは擬態用のピュレから手を抜く。


 ファイが天井まで上がって設置を終えるまでにかかった時間は5分ほど。とはいえ、これと同じような作業をあと79回繰り返すことになるのだ。


 時間をかければかけるほど、また、上層に進めば進むほど、ファイ達の作業風景が探索者たちに露見する可能性が上がってしまう。


 慎重さと手際の良さが求められる仕事になりそうだ。


「――了解。また後で、ね。リーゼ」

『はい、ファイ様。お嬢様のこと、どうぞよろしくお願いいたします』


 そう言って、ピュレによる通話を切るリーゼ。強すぎるがゆえに設置作業に同道できないリーゼの分まで、自分がニナを支えないと。「ふすっ」と鼻を鳴らしたファイはひとまず、地上に向けて降下を始める。


 と、その時だ。


 偶然、ファイは遠方で立ち上る土煙を発見する。しかもその土煙を巻き上げる何かは、ニナのもとへと向かっているらしい。


 距離は1(キルロメルド)ほど。遠すぎて何が近づいてきているのかは不明だが、向かってくる速度からしてかなり身体能力が高い――つまりは強い魔物だろうことは容易に推察できる。


(あの方向……。確か、次の階層に行く穴がある方。もしかして、魔物の遡上(そじょう)……?)


 下の階層に居る魔獣が何らかの理由で――今回で言えば魔物にとってご馳走であるファイの匂いを嗅ぎつけて――やってきた可能性がある。


 まさかニナがやられるとは思えないが、念のために合流を急ごうか。


 そう思ってファイが地上を見下ろすと、当然というべきか。ニナも向かってくる魔物の気配に気づいているらしい。土煙の方を見ながら、艶やかな茶髪を揺らしている。


 と、不意に足を大きく広げ、戦闘の構えを見せたニナ。


「ニナ――」


 まさか、と、ファイが思った次の瞬間には、ニナの姿が消えている。数瞬遅れて、ニナが元居た地面が放射状に割れた。この階層の地面では、ニナの踏み込みに耐えられなかったのだ。


 それは同時に、ニナが全力で踏み込まなければならないと判断したということでもある。こちらに向かってくる存在はニナをして「ヤバい」と思わせる“何か”だったということだ。


(けど、ニナ。笑ってた……?)


 一瞬しか見えなかったために定かではないが、土煙の方に向かって突貫する直前、ニナは楽しそうに笑っていたようにファイには見えた。


 一体全体、何が起きているのか。


 ニナが踏み込んだことで割れた地面が土煙を上げてファイの視界を遮る。事態も把握できていない今、地上に降りるのは危険だろう。


 そう判断して、上空にとどまるファイ。彼女に向けて土煙の中から何かがものすごい勢いで飛んできたのは、数秒後のことだった。


「……っ!?」


 その攻撃をファイが避けられたのは、15年近く培ってきた戦士としての本能があったからに違いない。だが飛来物の速度はすさまじかったらしい。かすっただけで白髪のファイをして頬は軽く裂かれ、わずかに血しぶきが舞った。


「……っ!」


 つい顔をしかめたファイが素早く振り返るが、飛来物はもう土煙の向こう側だ。


(魔獣自身の攻撃? それとも地面から何かを投げられた? ううん。戦闘は後。まずはニナと合流しないと!)


 この階層の魔獣は、ファイが1人で倒すのに少し時間がかかるくらいの実力となる。階級にすると黄色等級以上と言ったところだろうか。


 しかし、自分が視認できないような動きや攻撃をできるなどとファイには思えない。となると、やはり下階からやって来たのだろう先ほどの魔物による襲撃なのだろう。


 そうなると、その魔物はニナの攻撃をかいくぐったということになる。いや、かいくぐっただけならいい。もし、万が一にもニナが返り討ちに遭っていた場合、ファイはまずニナの救護を優先しなければならない。


 ファイが優先順位を整理する頃には、彼女の足は地面についている。自分の身の安全よりも、ニナとの合流を優先するためだ。


 突然の事態に、魔獣や動物たちも鳴き声を上げて逃げ惑っている。音でニナの存在を拾うのは難しい。視界についても土煙が邪魔となる。


「〈フュール〉」


 ファイが土煙を吹き飛ばすために風の魔法を使ったのと、


「ふぅぅぅあぁぁぁいぃぃぃ~~~~~~っ!」


 遠方から聞こえてきたファイを呼ぶ声、そしてその声の持ち主がファイの目の前に現れたのがほぼ同時だ。


 半獣化した黒毛の手足、水色の髪が見えた瞬間、ファイは襲撃者がムアだと知る。知ったうえで、大怪我を予感する。もうムアは目の前に居て、ファイのがら空きのお腹を狙っている。


 ムア本人としては力試し、あるいは遊びの一環なのだろう。だが、ムアの身体能力はニナに勝るとも劣らない。実際、音の速さに近い速度でムアはファイに突進してきているのだ。


 そんな彼女の全力の突進を受ければ、ファイのお腹は良くて肋骨や背骨を骨折、悪くて内臓破裂。最悪、死ぬ。とにかく、ニナが悲しむ事態になることは間違いない。


(ごめん、ニナ!)


 心の中で呟いたファイが、せめてもの抵抗として後方に飛んでムアの突進の勢いを殺そうとする中、




「お座り、ですわ!」

「きゃいんっ!?」




 土煙を割って現れたニナがかかと落としをムアに見舞い、地面に蹴り落とす。おかげでファイは、どうにか一命をとりとめることになった。




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