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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●強く、なろう

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第254話 なん、で……?




 第17層、ルゥの私室に程近い場所にある治療室で、ファイは横になっていた。


 防寒着の下に着ていた肌着はファイ自身の血で汚れ、腕と足はピクリとも動かせない。息をするだけで胸が痛いことから、肋骨(ろっこつ)も何本か折れてしまっているのだろう。


 なぜ彼女がボロボロなのかと言えば、もちろん、第18層で無茶な戦闘をしたからだ。


 氷の下から襲ってくる巨大な鯨に、上空から集団で襲い掛かってくる鳥や飛竜の群れ。あり余る膂力と体力を備えた真っ白な熊や、牙豹たち。


 放冷石を探す間に、ファイとリーゼは多種多様な魔獣たちと戦闘を繰り広げることになった。そして、そのどれもが赤色等級かそれに近い危険度を誇る魔物たちだ。いくらファイといえども、連戦となれば気力も体力も集中力だって落ちてくる。


 そうして最後。どうにか放冷石の採掘を終え、リーゼと2人で手分けして放冷石を運んでいたところ、毛深猿(けぶかざる)という魔獣の群れに不意を突かれてしまったのだった。


 毛深猿は名前の通り、モッフモフの毛でおおわれた体長1mくらいの白い猿だ。見た目には可愛いげもあるのだが、彼らの性格は決して可愛くなかった。


 毛深猿たちは狡猾だったのだ。ファイとリーゼが連戦で疲れたところを的確に狙い、しかも、ファイ達の戦いをきちんと観察していたらしい。


 リーゼとファイの実力差を把握したうえで群れを分け、リーゼには数で足止めを。本命となるファイには少数精鋭を仕向け、丁寧にファイを殺そうとしてきたのだった。


 結果はこうしてファイが生きて帰ってきていることからも分かるように、ファイ達の勝利で終わった。だが、辛勝だったことは言うまでもない。


 自分に襲い掛かってきた数十の毛深猿の半数を倒したところで、ファイの魔素が切れたのだ。そうして魔法を使えず剣しか使えなくなったファイは物量に押され、こうして深手を負ってしまったのだった。


「あぅ、ぐっ……」


 治療室の寝台の上で、全身を襲う痛みに顔をわずかにしかめるファイ。


 彼女を助けてくれたのはもちろん、リーゼだ。自身を足止めしていた毛深猿だけでなく、100体近く居た群れを丸っと焼却処分していた。


『奴らは狡猾です。1体でも残すと情報を持ち帰り、さらに人を狩る術を身に着けて厄介になります。なので……』


 ファイを襲っていた毛深猿を焼き尽くした彼女はその足で、近くの岩場の影に飛んでいく。そして、慌てて飛び出してきた子猿たちも残さず丁寧に焼き尽くす。


 そうしてこんがりと焼かれ、あるいはリーゼの拳や尻尾を受けて全身を砕かれた毛深猿たちは全員、氷の下に居た鮫や鯨の餌になったのだった。


(やっぱり私、弱い……)


 仕事の終了間際、最後の最後でやられてしまったことに、奥歯をかみしめるファイ。


(……けど)


 唯一動く首を動かして、全身を見る。自身の強さの現在地を確かめるという意味ではとても有意義な仕事だったように思う。


(少なくとも前の私なら、毛深猿を何体も倒せてない)


 ファイが言う「前」とは、このエナリアに来る前、つまり黒狼にいた頃の自分だ。


 使える魔法の威力も数も、黒狼にいた頃と大きくは変わっていない。だが、やはり武器が違う。恐らく黒狼にいた頃に使っていた刃こぼれした剣であれば、第18層の魔獣の表皮に傷をつけられなかっただろう。


 また、体力や筋力が上がった自覚もある。たくさん食べ物を食べて、運動をして。そうして体に必要な筋肉が付いたのだろうというのが、ファイの予想だった。


 それら自分の成長を確かめることができた一方で、やはり自分は弱いのだとファイは思い知らされた。


(……第18層は、まだ無理。魔獣の数が多すぎる)


 治療室の天井を見上げて、ゆるゆると首を振るファイ。


 この“不死のエナリア”の特徴でもあるが、第18層の氷上に居る魔獣たちは皆、群れで行動していた。そして、1体1体が赤色等級ていどの脅威度を持ち、ファイが「どうにか戦える」魔獣たちだ。そんな魔獣たちに群れを形成されては、さすがにファイも「無理」の一言に尽きる。


 ただ、例えばアミスやフーカ、階層主として戦った探索者たちと一緒であれば、まだ可能性はあるように感じる。


(ほかの人、が、魔獣を分断してる間に、私が1体ずつ仕留める……?)


 第18層の攻略方法についてファイが参考にしているのも、先日の階層主戦だ。


 あの時の探索者たちは、ファイという強い敵をけん制して足止めしている間に、弱い銀狼たちを的確に排除していた。


 毛深猿たちも同じだ。実力で敵わないリーゼを数で足止めし、弱いファイを確実に、少数精鋭で仕留めようとしてきていた。


 ずっと独りで戦い続けてきたファイ。ゆえに彼女の戦い方は独りよがりで、アミス達に迷惑をかけたこともあった。


 だからこそ、ファイは学ぶ。強くなるため、ニナの役に立つためにはあらゆる手を尽くさなければならない。その中には当然、集団戦闘も含まれる。


 ウルン人が単独で倒せる魔物など、赤色等級が限界だろう。それ以上、例えばリーゼやベルを倒すためには絶対に、集団での戦い方が求められる。


 そんな中、これまではほとんど得られなかった“集団戦闘”の知識が少しずつ、ファイの中に蓄積され始めている。ある時はアミス達と仲間として。またある時は敵として客観的に、集団での戦い方を学んできた。


(何人いれば、鯨は倒せる? どうしたら、私たちを観察してた毛深猿の存在に気づけた? どうしたら……。どうしたら……)


 こと戦闘においては貪欲かつ高速で思考を巡らせることができるのがファイだ。痛みのせいで興奮物質が脳内にあふれている彼女はいつしか時を忘れ、ただひたすらに戦い方について考え続けるのだった。


 そんなファイの思考を遮ったのは、治療室の扉が開く音だ。


 いや、その程度であればファイはまだ思考の集中を切らさなかっただろう。しかし、


「ファイさん~~~っ!」

「ぐぇっ」


 涙目のニナがファイに抱き着いてきたことで発生した全身の痛みによって、無理やり、ファイは現実へと目を向けさせられたのだった。


 と、あまりの痛みについ漏れてしまったファイの声で、ニナは「はっ!?」と自身の過ちに気づいたらしい。パッとファイの身体を離して、「も、ももも、申し訳ございませんわぁ~!」と深々と頭を下げてくる。


 相変わらず騒がしく、忙しい。そんな主人に金色の視線を向けて、ファイはゆっくりと首を振る。


「だ、大丈夫。私は道具だから。痛い、は、無い」


 脂汗をかきながらも、どうにか言葉をひねり出す。


「そんなことより、ニナ。私、第18層からちゃんと戻ってきた……よ?」


 自分は危険な場所でも生きて帰ってくるだけの力と頑丈さがある。今回は“少し”怪我をしてしまったが、それでもニナが心配するほどじゃない。


「だから次からも、“危ない”は大丈、夫」


 自分のことなど気にかけず、もっと好きなように、危ない仕事も任せてほしい。


「私は、ニナの道具だから――」

「ファイさん!」


 口の端から血を垂れ流して言うファイに、ニナは喜んでくれない。それどころか、声に怒りの感情を乗せて、ファイの名前を呼んできた。


 反射的に怒られる・罵られると身構えるファイ。全身に力が入ってしまったせいで、またしても骨と筋肉がきしみを上げる。「ぁぐ……」と喉が鳴ったファイが恐る恐るニナに目を向けると、ファイの主人は震える手でぎゅっと自身の裳の裾を握っていた。


 そのまま何度も口を開きかけては止め、数十、数百の言葉を飲み込んでいるらしいニナ。


 一方のファイも、こんな自分のふがいない姿に彼女がどんな言葉をかけてくるのか、気が気ではない。ありえないとは思っていても、もし万が一「この程度でダメになる道具なんていりませんわ」などと言われれば、ファイはこのまま死んでも良いとさえ思う。


 どんな罵倒も受け入れる。だからせめて、拒絶しないでほしい。見捨てないでほしい。


 すがるような思いでファイが見つめる先。幾千幾万の言葉から慎重に言葉を選ぶような間を置いて、


「よく、頑張ってくださいましたわ……っ!」


 ニナは笑ってくれる。第18層から辛くも戻ってきたファイを、きちんと称えて労ってくれる。


 だがファイは、今もなお服の裾を握って離さないニナの両手から目が離せない。まるで“本当に言いたい言葉”をその手の中に隠しているかのようだ。


 ――なんで。


 口をついて出そうになる言葉を、ファイもまたグッと飲み込む。


 どうしてニナは、喜んでくれないのだろうか。これだけボロボロになって仕事を、与えられた使命をやり遂げたのだ。しかも、ニナの言いつけ通り死んでいない。きちんと自分はニナの役に立ったはずなのだ。


 なのに、どうしてニナは喜んでくれないのだろうか。


 確かに今のニナは笑っている。「頑張ったね」と労ってもくれた。それでもニナが心から喜んでいないことが分からないほど、ファイもバカではない。まして、


「第18層でも活動できるなんて、さすがわたくしのファイさんですわ!」


 そんな上辺だけの気遣いの言葉をニナに言われてしまっては、ファイとしても情けないことこの上ない。


(私、何か間違えた……? 何がいけない、の……?)


 目の前で、明らかに無理をして笑っている主人の内心をどうにか推し量るファイ。興奮物質に侵されて高速で回る思考は「もしかして」と、すぐに答えを導く。


(もしかして、怪我をする、も、ダメ……?)


 傷薬は貴重品だ。ファイがこうしてルゥの到着を待っているのも、ルゥお手製の傷薬の予備がもうないからだ。


(私、最近は傷薬をたくさん使ってた。だから……?)


 手傷を負ったファイに貴重な傷薬を何本も何本も使うことを、実はニナは良く思っていないのではないだろうか。


 何せファイは道具なのだ。道具の手入れ“ごとき”に貴重な傷薬を使うなど勿体ない。ニナがそう考えていても何ら不思議ではない。


 普段のファイであればニナの人となりを考えて「そんなはずない」と言えただろう。だが今のファイの脳には興奮物質に侵されている。決して冷静とは言えない状態だ。


 そんな自分にも気づかないままファイが導く答えは、しかし。


(――だったら。……これからは、大きな怪我もしないようにしないと……っ!)


 案外、ニナの想いと近い位置にあるのかもしれなかった。




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