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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●強く、なろう

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第250話 わたくし、我がまま娘ですわ




「では、行って参ります、お嬢様」

「行ってくる、ね」

「はい! 行ってらっしゃいませ、リーゼさん、ファイさん!」


 第18層へと向かう2人を笑顔で見送ったニナは、


「…………。……ふぅ」


 ファイ達の足音が聞こえなくなると同時に小さく息を吐いた。だが、それは別に疲れたからというわけではない。2人の従業員に対する主人としての心の持ちようから素の自分へ、切り替えるための吐息だった。


 その証拠に、息を吐いた直後のニナの顔には笑顔が浮かんでいる。


「ふふっ! まさかファイさんがあんな“奥の手”を隠していらっしゃったなんて。わたくし、予想外でしたわ!」


 今も目を閉じれば、あのリーゼに膝をつかせたファイの勇姿がありありと浮かんでくる。


 先日のリーゼ対ファイの戦闘。ニナはリーゼが追いつめられるなど、微塵も思っていなかった。


 それはファイを舐めていたわけではない。何ならファイの実力を過大評価して、かつ自身にはリーゼに対するひいき目があることを意識したうえで、公正に実力差を測ったつもりだ。そのうえで、ファイはリーゼに敵わないと判断したのだった。


(ですが、ファイさんはいつだって。わたくしの予想を良い方向に裏切ってくださいますわ~!)


 ニナでさえ、リーゼには一度たりとも膝をつかせたことなど無いのだ。だというのに、ガルン人よりも身体能力で劣るウルン人のファイが、魔王の直系たるブイリーム家の当主を追い詰めたのだ。


「今頃、魔王様のところに報告書が届いているはず……。満足してくださると()ろしいのですが……」


 魔王ゲイルベルは、気分屋で、享楽主義だ。面白そうだと思えば、ガルンにおいては絶対であるはずの個々の力量さえも無視をする。それゆえにアイヘルム王国の国民は“力”以外、例えば“技術”や“知識”を磨きやすい環境にあるとニナは見ている。


 他国が力だけを突き詰める一方で、アイヘルムは多様性をもって国家間の戦闘に備えていると言えるだろう。


 (ちから)一辺倒の政策と、多様性を持った政策。勝つことこそがすべてのガルンで、どちらが良い・悪いというのはニナには分からない。


 だが今回、ゲイルベルがファイを使ってウルン人の実験をしようとしている点についてだけは、ニナとしては不服も不服だった。


「魔王様の人となりが好ましくない方向に傾いた結果、ですわね……」


 そもそもゲイルベルがファイと接触をしていたこと自体が、ニナとしては予想外だったのだ。ファイはゲイルベルの興味を引いてしまい、結果、玩具にされているような状況だった。


「しかも、恐らくそれをきちんと伝えるとファイさんは目を『キラーン!』とさせるのでしょうね……」


 玩具。つまりは道具だ。ニナがどれだけ言葉を尽くそうと、ファイは“道具であることが全て”という考え方を変えるつもりはないらしい。


 当初、ニナはファイが「道具であろうとすることの異常性に気づかないようにしている」のだと思っていた。育ってきた自身の環境を直視して心が壊れてしまうことを恐れている。そう思っていた。


 だが、ファイと長い時間を過ごし、たくさんの言葉を交わす中で、どうやら違うらしいことにニナは気づいた。


 ファイにとってはむしろ、人間であることこそが“悪”なのだ。


 いつの間にか人が人らしくあることを“良いこと”と思っているように、ファイにとっては道具であることこそが“善”であり“全”なのだ。


 だからこそ彼女は、かたくなに道具であることにこだわる。彼女にとってそれは当然で、もはや世界の理に見えているのかもしれない。ここ最近、そう感じてばかりのニナだ。


(ファイさんにとっては笑わないことこそが喜びで、幸せ……)


 ニナは自分の“幸せ”に関する感性が、世間と大きくずれているとは思っていない。人らしくあることが良いことだと思うし、大切な人と手を取り合って、笑い合う。それが幸せの形だと信じている。


 だがニナは、人には人の幸せがあることも理解しているつもりだ。


 例えば強者と子を成す一方、好きなものと生活を共にするというガルンの結婚文化にわずかながら違和感がある。


 ニナは好きな人と結ばれたいし、その人との間に子を成したいと思ってしまう。ウルン人とガルン人で結ばれた。そんな両親の馴れ初めを知っているからかもしれないが、思い合う相手と結ばれたいと思っている。


 だからといってガルンの結婚文化が悪いものだとは思えない。


 身近なところで言えばリーゼだろうか。彼女はニナの父――ハクバに懸想して生涯の相手と決めた一方で、ハクバとの間には子を成さなかった。


 それでも、他人との間に生まれた子であるエリュを母として愛しているようだったし、何より幸せそうだった。


 サラもそうだろうか。


 現状、彼女は一生を第16層にある棺の中で過ごすつもりらしい。ニナにとっては理解しがたいが、サラにとってはあの棺の中に居て、時々、大好きな(ルゥ)と話す贖罪の生活こそが幸せなのだという。


 人には人の数だけ考えがあって、幸せの形がある。そして自分は、そうした個々の“幸せ”を尊重できる。ニナは自分をそう評価していたのだが――。


(どういうわけか、ファイさんの在り方だけは“変えて差し上げたい”と。そう思ってしまうのですわ……)


 ニナ自身も不思議なのだ。


 リーゼの幸せの形も受け入れて素直に祝福できたし、サラの幸せの形も理解できないながら許容できている。ユア、ムア姉妹にも自分たちの幸せの形を築いてもらっているし、ミーシャにもそろそろ自分の幸せの形を見つけてほしいと純粋に思える。


 本当に、ファイに対してだけなのだ。


 ニナが、もっと別の幸せの形を――大切な人と手を取り、笑い合える未来をつかみ取ってほしい。そんなニナ自身が思い描く幸せの形を、ファイにも理解してほしいと願ってしまう。


「うぅ……。これではわたくし、ただのわがまま娘ですわ……。背が縮んでしまったのも、きっとお父さまたちがそんなわたくしに喝を入れてくださった証に違いありません……」


 身長。そう自分で口にしたことで、ニナの脳裏に先日の“背比べ”が思い出される。


 あの時、確かにニナはミーシャに背を抜かれたことに驚いたし、自分の背が縮んでいたことに落ち込んだ。だが、部屋に戻って1人になった理由は、違う。


 あの時ニナは、ミーシャをうらやましいと思ってしまったのだ。


 ガルン人であれば、進化によって急激な身体の成長を手にすることができる。背は高くなり、男性であれば筋肉が、女性であれば子を産んで育てるための脂肪がつく。


 そうして手にする“大人の身体”は、ニナにとって憧れの象徴だ。


 この間、ミーシャの部族の人々がやって来た時もそうだった。ニナは子供っぽい見た目のため、非常に舐められやすい。


 そして、エナリア主であるニナが舐められると、このエナリア自体に厄介ごとを呼び込んでしまうことになる。そうなれば、住民や従業員たちが危険な目に遭ってしまう可能性が大いにあるのだ。


(そ、それに……)


 内心で口ごもったニナの脳裏には、ファイの姿がある。


(た、例えばの話ですが! ファイさんのような身長の方と、その……せ、接吻をするとき。今のわたくしの身長では、こう、情けない姿になってしまいますわ)


 また少しだけ背が伸びたらしいファイ。相変わらず彼女の顔はニナが少し見上げなければならない位置にあって、接吻をしようとするとぐいっと背伸びをしなければならないのだ。


 あるいはリーゼか。物心ついた時から一緒に居るためにもはや気にならないが、リーゼとの身長差などもはや大人と子供のそれだろう。


 彼女たちに少しでも近づきたい。そう思って自身の身体的な成長を期待していたニナだが、どうやらもう、限界を迎えてしまったらしい。


 そしてニナは、ガルン人の中で唯一進化がない人間族だ。身体的な成長の停止は、この先の人生もずっと今の身体のままだということでもある。


 だからこそ余計に、ミーシャがうらやましかった。これから彼女にはまだ、第2、第3の進化が待ち受けている。そのたびにミーシャの身体はもっと大人びて、ファイやリーゼと肩を並べるほどになるに違いない。


 ひょっとすると彼女たちよりも身長が高くなって、強くなって。2人を守り、支えるような存在になることだってできるのだ。


 ――良いな。


 口から出かかった言葉を、ニナはグッと飲み込む。


 その言葉を口にした瞬間、人間族である自分の生まれを、ひいては両親の出会いや愛情を否定してしまうような気がしたからだ。


(進化のない人間族として生まれた時点で、成長の限界は覚悟していたはずですわ! 無い物ねだりなど、みっともない。そうでしょう、ニナ・ルードナム!)


 ふすっと鼻を鳴らして椅子から立ち上がったニナは、気分転換も兼ねてある人物のもとを訪ねることにした。




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