第25話 私が人を、増やせば良い
「エナリアには2種類の魔獣が居るの。野性と、養殖」
ファイの方を振り返ることなく、後ろ手に指を2本立てて見せたミーシャ。彼女の指先と、後頭部で1つに束ねられた金色の髪。ゆらゆらと揺れる黒毛の尻尾。また、腰に差してある護身用と思われる小刀を眺めながら、ファイはミーシャの説明に耳を傾ける。
「やせい、と、ようしょく?」
「そうよ。縄張りを追われてエナリアに逃げて来たガルンの動物たちが、独自の進化を遂げて繁殖する。それが、野生。反対に、こうやってアタシ達が育ててエナリアに放つのが、養殖ね」
立ち止まり、足元にやってきた体長15㎝ほどのリスを撫ではじめるミーシャ。その表情は、ひどく優しいものだ。
「そもそもどうしてエナリアに魔獣が必要なのか。ファイは知ってる?」
屈んでリスを撫でる姿勢のまま、横目で緑色の瞳だけを向けてくるミーシャ。リスの愛らしさに一瞬、意識を奪われていたファイだったが、すぐにミーシャの質問へと答える。
「えっと、多分、エナリアを正しい状態にしておくため?」
「あら、それは知ってたのね」
「うん。命の繋がりを考えたら、そうかなって。それに、ニナが『人が居ない』って言ってた時に、そんな感じのこと言ってた」
人が居なければ魔物が増えすぎる、と言っていたニナ。また、生物が食べて食べられることで命をつないでいることを、ファイはもう知っている。それらのことから、ファイはぼんやりと“食物連鎖”と呼ばれる構造を理解しつつあった。
「エナリアは、ガルン人にとっては貴重な資源なの。そのエナリアの生態系を保つために、アタシ達は魔物を使ってるってわけね」
ミーシャの撫でに満足したのか。それともエサがもらえないと分かったのか。リスが走り去ったことで、ミーシャの歩みが再開される。もちろん、彼女について行くよう言われているファイも、あとに続く。
「他にも、ガルン人を雇うだけだと絶対に不足するウルン人の間引きとかね。たとえウルン人を殺せなくても、多少は消耗させることはできるでしょ?」
間引き、というのはファイには分からないが、魔獣の役割に“戦い”があることは理解した。むしろガルン人にとってのエナリアの役割を考えるのであれば、探索者と戦わせる方が主だった役割であるのだろうというのがファイの見解だ。
実際、“不死のエナリア”で死者が出ていないかというと、そうではない。このエナリアで死者が0なのは“ガルン人による”という注釈が必ず付く。知性が低く、進化をしようとする本能が前面に出る魔獣たちによる死者は少なくない。そんな事前知識を、ファイは黒狼の人々からは聞かされていたのだった。
と、そうして魔獣に関する知識を蓄えていたファイはふと、気になったことを聞いてみる。
「ねぇ、ミーシャ。魔物……じゃない。魔獣って、どうやって増えるの?」
「……えっ!?」
『ぶふっ』
ピュレを通してファイ達の会話を聞いているらしいルゥが何かを吹き出したような音が聞こえた。が、指示ではない。ピュレの向こう側で何かあったのだろうと、ファイは聞き流すことにした。
(そんなことより……)
立ち止まって、思わずと言った様子でこちらを振り返るミーシャ。森に入って初めて、ファイは彼女と真正面から向き合うことになる。
驚いたような顔でこちらを見つめるミーシャに、ファイはもう一度同じ質問を重ねる。
「ミーシャは魔獣に詳しい。じゃあ、魔獣がどうやって増えるのかも、知ってるはず。ねぇ、どうやって増えるの?」
そう尋ねるファイの瞳には、少なくない好奇心が宿っている。
生き物が、どうやって増えるのか。それは、ファイにとって大いなる未知だ。自分に“親”が居ることは知っている。その“親”と呼ばれる存在が“子供”と呼ばれる自分を生んだ・作ったことも知っている。しかし、どうやって生んだのかは、知らなかった。
もし、魔獣が増える仕組みと自分たち人間が増える仕組みが同じなのであれば、ファイは自分を使って“人を”量産したかった。1人ではできないことも、複数人居れば事足りることもある。そうして自分自身を使って人を増やせば――。
(――人が足りないって言ってたニナの役に立てる!)
“不死のエナリア”に最も足りていない部分を補える。このとき初めて、ファイは、自分が人であること――生き物――であることに、感謝したのだった。
そうして隠し切れない好奇心を持ってファイが見つめる先で、ミーシャはなぜか赤面する。先ほどまでピンと立っていた三角形の耳が、力なく垂れているようにも見える。
「ふぁ、ファイ……。それ、本気で聞いてるの?」
「うん。魔獣も、私たちも、生き物。そして、ニナは人が足りないって言ってた。じゃあ私やルゥやミーシャで、人を増やせば良い。子供を作れば良い」
そう語ったファイの顔は、少し前、食べることの大切さをニナに説いた時と同じ表情をしている。ファイにとって、“自分たちで人を増やせば良い”という考えは画期的で、これまた世紀の大発見と言えた。
が、前向きなファイとは対照的に、ミーシャは後ろ向きなようだ。現に、
「あ、アタシ達で人を増やす……!? そ、そんなの、良くない……じゃない!」
顔を赤くしながら、ファイの意見に反対している。
「良くない? どうして良くないの? ミーシャは“人が足りない”を解決したくない?」
「そ、そりゃあ、ね。できることなら、したいけど……」
ではなぜ、ミーシャは消極的なのか。少し考えたファイは1つの気付きを得る。
そもそも、何も知らない自分が思いつくような案など、他の人も考えついていて当然だ。事実、ミーシャは人を増やす方法を知っているらしい。恐らく、いまもなおピュレの向こうで笑いをこらえているルゥも、ニナも、その方法を知っていると思われる。
にもかかわらず、人を増やしていない。
「もしかして、人を増やすって、大変? 大きな部屋とか、特別なことが、必要?」
「と、特別と言えば、特別だけど……。うぅ~~~……っ!」
ついに羞恥をこらえきれなくなったのか、ミーシャが頭を抱えてうずくまってしまった。
(やっぱり、人を増やすって大変なんだ……)
ミーシャの反応から、人の増殖が難しいことを察するファイ。ただ、そうだとしても、聞かずにはいられない。生き物が増えるその仕組みの理解は、主人であるニナを助ける最も効率的な手段となるのだから。
「お願い、ミーシャ。どうやったら、生き物は増える? 何をしたら、私は子供を作れる?」
膝を抱えてうずくまるミーシャの顔を無理やり上げさせて、自分と無理やり見つめ合わせるファイ。その時には、ミーシャの緑色の瞳は、ほんのりと涙で濡れていた。
もう許してと懇願するようなその瞳に、ファイは無表情を崩さない。教えてもらうまで逃がさないと、目で訴えかける。
いつの間にか鳥や小動物たちの声が一切聞こえなくなった、静かな森の中。ファイとミーシャが見つめ合うことたっぷりと10秒ほど。
「わ、分かった! 教えればいいんでしょ、教えれば!」
根負けをしたミーシャが、白旗を上げる。それでもファイは彼女の頬を両手で挟んだまま、逃がさない。
「うん。教えて」
ただそう言って、目の前で涙を浮かべるミーシャを見つめるだけだ。
ついに、どうやっても逃げられないことを察したらしいミーシャ。気まずそうに目を逸らした彼女が、ゆっくりと口を開く。
「せ……」
「『せ』? せ、をすれば良いの?」
「ち、違うわ! せっ……」
「『せっ』、なに?」
相変わらず表情一つ変えずに尋ねたファイの視線の先。ぎゅっと目をつぶったミーシャが、ついに生き物の繁殖に必要な行為を口に――しようとした瞬間。長年培ってきたファイの剣士としての直感が、危機を伝えて来た。
「――っ!?」
「せっ――んにゃっ!?」
「ごめん、ミーシャ!」
「ま、待って! アタシ達にそういうのはまだ早くて……」
暴れるミーシャに構わず彼女を抱きかかえ、その場を後にしたファイ。直後、先ほどまでファイ達が居た場所が爆ぜて、湿り気を帯びた土が大きく宙を舞った。




