第24話 だから、ごめんなさい
煮込み料理ということで、出来上がるまでかなり時間を要すると言ったルゥ。また、ニナが起きるのももうしばらく後だということで、
『もうそろそろ落ち着いただろうし、ミーシャちゃんのお手伝いしてきてくれる?』
と、ファイはルゥから指示を受けたのだった。
そんなわけで、“不死のエナリア”の第7層にやってきたファイ。彼女が居る第5層~第14層までをニナ達は『中層』と呼んでいた。そこは、エナと魔素の均衡が取れており、多くの魔物にとって過ごしやすい環境になっているらしい。
また、気温も生物・植物群系も安定していることもあって、エナリアにいるガルン人の居住者の7割が中層にいるとファイは聞かされていた。
(つまり、ウルン人からしたら一番“敵”が多い場所……)
ウルン人による死者が出ていないこの“不死のエナリア”が11層以降踏破されていないのも、お宝や色結晶などの“ウルン人にとっての魅力”が少ないだけでなく、中層の魔物が上層とは比べ物にならないほど多いからだった。
と、目的地と思われる場所で足を止めたファイ。そこにあったのは、少し前、エナリアの“表側”に行くときに使用した梯子と同じものだ。ただ今回は、梯子の隣にガルン語で何かが書いてあった。
「ルゥ。着いた、よ?」
『は~い、了解。ちょっと待ってね。いまお鍋の火、止めるから』
今も迷彩服を着ている彼女の首元にある頭巾には、通信用のピュレが居た。
前回はニナの声が聞こえてきたが、今はルゥの声が聞こえてくる。また、今回は大きさもかなり小ぶりで、片手の手のひらに乗せてもまだ余裕がある。色も透き通った青色で、音声通話のみの能力を持ったピュレだった。
『よしっ、これで大丈夫かな! ……で、えっと。一応、文字の形をそれとなく教えてくれる?』
ルゥに言われた通り、梯子の横にある文字らしきものを言語化するファイ。一通りの説明を終えると、
『うん、合ってそう。ってことは、ちゃんと教えた通りの順番で、通路と階段を上ったみたいだね。えらい、えらい!』
ルゥに褒められて、ファイの心が少しだけ温かくなる。が、すぐに首を振って、温もりを見て見ぬふりした。
「当然。私は道具。言われたことを、ちゃんとこなすのが役割」
『うんうん、そうだね~。それじゃあ良い子のファイちゃんにはそのまま、梯子を上ってもらいましょう』
「――分かった」
良い子。つまりは、優秀だ。そう言われたファイは、本人も自覚しないまま、意気揚々と梯子を上る。すると、やはり梯子の先には横穴がある。その横穴を進むと、下へと続く縦穴と梯子があった。
ただ、天井に偽装したピュレが見えていた前回と違うのは、縦穴の底が見えていることだろう。どうやら梯子を下りた先は明るい部屋のようで、明かりがぼんやりと縦穴に漏れている。
ファイが今いる横穴から、梯子の先端――照明のある部屋まで目測で20mほど。
(これくらいの高さなら……えい)
わざわざ梯子を使うまでもないと飛び降りたファイは数秒とかからず、縦穴の底へとたどり着く。
着地の姿勢を解いて顔を上げたファイは、
「ぁ」
目の前に広がる光景に、思わず息をこぼしてしまった。
そこには、ここが洞窟であることを忘れてしまいそうなほどに広い森があった。
木々が生い茂っているため正確な広さは分からない。が、少なくとも反対側の壁を見通すことはできない。
200mはあるだろう天井で燦燦と輝く光る石。その眩い照明を受けて新緑を返す木々や枝葉。その木漏れ日を浴びて繁茂する、背の低い植物たち。そして、それら森の恩恵を受けて生活する、小さな魔獣たち。絶えず聞こえる鳥たちの歌声。葉擦れの音。その全てが、ファイに“命”を伝えてくるのだった。
生命力に満ちた森の声に、静かに耳を傾けていたファイ。しかし、
『………ちゃん。ファイちゃん~。聞こえてる~?』
背中の頭巾の中にいるピュレから聞こえて生きた声に、我を取り戻す。
「うん。大丈夫」
『よし。それじゃあまずは、そこのどこかにいるミーシャちゃんと合流しないとなんだけど……』
「任せて。――〈ヴァン〉」
ファイが手を掲げて詠唱した瞬間、上空で小さな爆発が発生した。
乾いた爆発音に、驚いた魔物たちが一斉に逃げていく声と気配がある。一方で、ファイの方に駆けてくる軽やかな足音を、ファイの鋭敏な聴覚が拾った。探索者が来ず、平和なはずのこの空間に突如として発生した異常。それを確かめようと森から飛び出てきたのは、
「なにごと……って、ファイ?」
迷彩柄の作業着を着たミーシャだった。
「ミーシャ……」
喧嘩別れしたさっきの今で、どう声をかけて良いのか分からないファイ。少し気まずくて視線を下げたファイは、ふと、先ほどルゥから伝え聞いたミーシャの過去を思い出す。とは言っても、ファイが教えてもらえた情報は少ない。
ミーシャもファイ同様、少し前にエナリアに迎えられた新人であること。本来はここに移り住んでくる予定だった獣人族の一家の、一人娘だったこと。けれども当日、家族は姿を見せず、しばらく後にミーシャだけが下層で魔獣に襲われているところを発見されたこと。
その3つの事実を、教えてもらった。
(ルゥは、ミーシャが捨てられたか、家族が魔獣に食べられちゃったんじゃないかって言ってたけど……)
エナリアはガルン人にとっては狩場であると同時に、避難所でもあるとニナは言っていた。ミーシャも、その例に漏れず、何らかの過去を抱えて逃げて来たということだろう。
『いずれにしても、あんまりいい環境では育ってこなかったんじゃないかな。それこそ今日・明日の食べ物にも困っちゃうくらいの毎日だったんだと思う。だから人一倍、食べ物とか命に、敏感なのかも?』
ミーシャが怒った理由について、ルゥはファイにそう助言してくれた。
(それにルゥは、ここに私だけを送り込んだ。その理由、指示の意図はきっと――)
そこまで考えたファイは、今度こそ、こちらにやって来るミーシャに金色の瞳を向けるのだった。
ひとまずファイの前で足を止めたミーシャ。一瞬、申し訳なさそうにファイの方を見て、何かを言おうとした彼女。しかし、すぐにうつむいて口をつぐむ。そしてまた口を開きかけて、やめる。それを繰り返すこと、さらにもう一度。
「……い、今の爆発。アンタのせい?」
最終的には、腕を組んで、ファイを軽く睨むようにして、そう聞いてくる。
「うん。ミーシャを呼ぶのに一番、効率的だと思った。違う?」
「ちが……わない。けど、動物たちが驚いちゃうから次からは普通に声で呼んで。アタシの耳なら、多分聞こえるから」
頭頂部にある黒毛の耳を指して言ったミーシャに、ファイはコクリと頷く。
「それで? 何しに来たの?」
「ルゥが、ミーシャの手伝いをして来てって。それと……」
「……? 『それと』、なに?」
尻尾を揺らして聞いてくるミーシャに、ファイはぺこりと頭を下げた。
「さっきは私の“知らない”でミーシャを怒らせた。だから、『ごめんなさい』を、言いに来た。……ごめんなさい」
料理することの大切さと意味、そして料理をする人への配慮が欠けていたことを詫びるファイ。すると、頭上、ミーシャが息を飲んだ気配があった。
「――っ! アンタの、そういう素直なところが、アタシは……っ」
「……?」
ミーシャが感情を押し殺すようにして言った言葉の意味を確かめようと、顔を上げたファイ。そこには、目端に涙を浮かべるミーシャの姿がある。が、ファイの視線に気付くと、着ていた作業着の袖で涙を拭ってしまった。
「ミーシャ――」
「良いわ、許してあげるっ」
涙の訳を問いただそうとしたファイの言葉は、ミーシャの許しの言葉によって遮られてしまう。
それでも知ること・理解することを諦めないファイ。ミーシャの涙の訳を問いただそうと口を開こうとしたが、
「ルゥ先輩にアタシを手伝うように言われたのよね?」
ミーシャが尖った牙を覗かせる方が早かった。そして、質問には答えるようにできてしまっているファイの口が、反射的に返答してしまう。
「――うん。ミーシャに色々、教えてもらうように言われた」
そうしてミーシャに会話の主導権を握られたせいで、先の涙の意味を聞く機を完全に逸してしまうのだった。
「色々、ね……。分かったわ。とりあえず、ついてきなさい」
踵を返したミーシャが、尻尾揺らしながら再び森の中へと歩みを進めていく。
「……ルゥ。ついて行けば良い?」
念のために現在の主人であるルゥに小声で聞いてみると、
『うん! わたしは黙ったまま、もうしばらく2人の様子を聞かせてもらうね。もしミーシャちゃんに何か言われたら、従ってくれていいから』
そんな返事が返ってきた。どうやらルゥは、極力ファイ達に干渉しないつもりらしい。
ルゥからの指示に「了解」とだけ返したファイは、離れていくミーシャの背後で揺れる尻尾を急いで追うのだった。




