第231話 アレって、なんだろう?
“不死のエナリア”第20層。ニナの執務室。その部屋の片隅で黒光りする山を見つめるファイに、真正面――ニナから声がかかった。
「さて、ファイさん。まずは撮影機のおつかい、ありがとうございました!」
笑顔でねぎらってくれるニナに、ファイはゆっくりと首を振る。
「ううん。ニナのため、は、当たり前。気にしないで?」
そんなことよりも次の仕事はなんなのか。ファイが尋ねようとしたところ、背後で扉が叩かれる音がする。ニナの応えを受けて部屋に入ってきたのは、計2人の小柄な人物だ。
1人目はロゥナだ。緑色の髪に褐色の肌をした身長100㎝ほどの小さな彼女は、ファイと、ファイの隣にいるティオをちらりと見た後にニナへと目を向ける。
「ニナ様。前に言ってた試作機が完成したぜぃ。確認を頼む」
男勝りな口調で言って、にやりと笑う。
そんなロゥナの後ろに続いたのは、フーカだ。肩にかかるかどうかの黒髪と、長い前髪。2対4枚の透明な美しい翅を揺らす彼女もまた、入室に伴ってファイを見る。だが、直後、ファイの隣にいるティオを見た瞬間――
「えぇぇぇ~~~!?」
――まぁまぁな声量をもって、驚きの声を上げた。
当然、大きな音が苦手なファイの身体が硬直する。
「ふ、フーカ。ごめん、だけど、うるさい」
「あっ、ふ、フーカの方こそすみません……。ですが、なんでティオさんがここに……」
長い前髪の奥。赤い瞳でティオを見て目を瞬かせているフーカ。対するティオはと言えば、「この人、だれ?」と言いたげな目でファイを見てくる。
つい最近まで、アミスの側近として仕えていたフーカだ。アミスと同じように、王国で8人しかいない白髪であるティオのことを一方的に知っているようだった。
「ティオ。この人はフーカ。すごく弱い」
「ファイさん!? じ、事実ですけどぉ~……!」
あまりにもあんまりなファイの人物紹介に、フーカが驚きと抗議が混じった声を上げる。だが、「でも」と続けたファイの言葉を受けて口ごもる。
「けど、こう見えて大人で、すごく物知り。戦うとき、も。特別な魔法が使えて、頼りになる。ちょーすごい人」
ありのままのフーカへの評価を口にしたファイに、ティオはスッと紫色の目を細める。
「ふーん……。で? お姉ちゃんとはどういう関係?」
ティオに再び聞かれて、しばしの間フーカと自分の関係性について考えるファイ。やがて導き出した答えは、
「……先生?」
というものだ。フーカとのウルンの勉強の中で、学校制度についても語り聞いているファイ。その中で出てきた単語を、フーカに当てはめた形だ。
「さっきも言った、けど。フーカは物知り。いろんなことを知ってて、教えてくれる。だから、先生」
「あ、う……。そ、そんなことないですよぉ……」
ファイからの評価に謙遜を見せるフーカだが、崩れた相好はまんざらでもないといった様子だ。そんなファイとフーカを順に見たティオ。しかし、すぐに破顔してみせると、
「そうなんだ! よろしくお願いします、フーカおねーさん!」
元気いっぱい、折り目正しくお辞儀をしたのだった。
「コホン……。お前ら、さっきから何の話をしてんだ? それにそいつは一体……?」
咳ばらいを入れて困惑を示したのはロゥナだ。それもそのはずで、ファイ達はウルン語で会話をしていた。ロゥナからすると何が何やらだっただろう。
眉間にしわを寄せる職人の少女と、彼女を「小さくて可愛い~!」とキラキラした目で見つめるティオ。それぞれについて、エナリアの主であるニナが改めて紹介をする。
ロゥナに対してはガルン語で。ティオに対してはウルン語で。それぞれの世界の言語で軽く行なわれた人物紹介ののち、話題はまずロゥナたちのものへと移る。
「えっと、それではロゥナさんたちの案件から。……先日お話していたアレが完成した、ということでよろしいですわね?」
改めて用件の内容を確認したニナに、ロゥナがしたり顔で頷く。
「へへっ。そうだ。フーカの話を聞きながらだったが、一応、動くようにはしておいたぜぃ!」
ロゥナの言葉に、フーカがコクコクと頷いている。フーカも徐々にガルン語を理解し始めており、片言ではあるもののガルン語で会話もできるようになっている。聞き取りに関してはさらに理解が深いようで、日常会話程度であればきちんと聞き分けられるようになっているらしかった。
「ロゥナ。フーカ。“アレ”はなに?」
ファイの素直な疑問を受けて、ロゥナが一度、ニナの方を見る。それを受けてニナが頷いたことを確認すると、ロゥナは得意げに笑って見せた。
「『エナリア式昇降機』だ!」
黄色い瞳で自信満々にファイを見てくるロゥナ。彼女には悪いが、ファイはすぐにはピンと来ない。
「えっと。上り下りする『機械』?」
「ファイさん『機械』は機械、ですわ」
「おー、機械」
ガルン語の機械とウルン語の機械の意味を一致させながら改めて「エナリア式昇降機」なるものを考えてみるファイだが、やはりピンとこない。ファイは、昇降機を知らないからだ。
「しょうこうき……。昇降機……」
どうにか単語から機械の全体像を模索するファイ。と、そんな彼女を救ったのはパンッと手を叩いたニナだった。
「折角ですし、ここにいる皆さんで見に参りましょう! ロゥナさん、フーカさん。案内していただいても?」
「もちろん良いぜ! なっ、フーカ?」
「は、はいぃ!」
ということでファイ達はロゥナ、フーカの案内のもと、ピュレ式昇降機のもとへと向かうことになった。
先頭はロゥナと、彼女に開発の経緯などを聞くニナ。その後ろにファイとフーカ、ティオが並ぶ。
「ふぁ、ファイさん。それで、その……。ど、どうしてティオさんが“不死のエナリア”に……?」
ファイの左隣。翅から美しい燐光を散らすフーカが、事情の説明を求めてくる。
「あ、うん。えっと……実はさっきまでウルンに行ってた」
「ふぇっ!? そ、そうなんですかぁ!? あ、あのあの、アミス様とは……?」
真っ先にアミスのことを聞いてくるフーカ。そういえばアミスも出会い頭にフーカのことが心配だ、的なことを言っていたように思うファイ。相変わらず強い絆で結ばれているらしい2人のことを内心で微笑ましく思いつつ、ウルンでのアレコレをフーカに聞かせる。
その間のティオはと言えば、フーカの背中の翅に興味津々と言った様子だった。話の合間に聞いてみれば、ティオは翅族を見たことが無いのだという。
「初等部でも同じ学級に翅族の子はいなくてさ~。あっ、翼族の子は2人居たよ!」
とのことだ。その流れで話は少しだけアグネスト王国の種族ごとの人口比率に移る。「先生」ことフーカの話では、アグネスト王国の人口の4割は人間族らしい。ついで3割ほどが獣人族。1割ほどに森人族と海人族、羽族がいるようだ。
「海人族? 見たことない、よ?」
「そ、そうなんですか? こ、こう、耳がヒレのようになっていて、首のあたりにエラがある種族さんなんですが……」
フーカに聞かれても、ファイは海人族と会った記憶がない。ただ、気づいていないだけかもしれないとフーカは言う。
「も、森人族の人も、海人族の人も。昔は、その……。ひどい差別を受けていたことがあったんですぅ……」
ファイはまだ理解できずにいるが、見た目が似ているからこそ“少し違う”だけで他人を攻撃してしまう人が居るらしい。
「獣人族は違う、の?」
人間と似た見た目をしているのは獣人族も同じだ。だというのに、差別されていた人々の中に入っていない。不思議に思ったファイの疑問に答えてくれたのは、ティオだ。
「ティオ、知ってるよ? 獣人族の人は数が多いから、だよね、フーカおねーさん!」
「は、はいぃ。よくお勉強してますねぇ、ティオさん」
フーカの賞賛に、ティオが「えへへ~」と相好を崩す。
「数が多いと差別されない、の?」
「まぁ、おおよそはそう、ですねぇ。も、もし差別されても、数が居れば対抗できますから」
むしろ数が多い人同士が差別しあうと、最終的には戦争という大きな戦いになってしまうらしい。
しかし、人数が少ない森人族・海人族たちは事情が違う。抗おうにも、相手は自分たちの数倍もの数が居る。差異はあるが、差別を無理やりに受け入れさせられてしまうような状況だったようだ。
そうして危害を加えられることを恐れた森人族・海人族の人々は、人間族と“違う部分”を隠すようになったという。森人族であれば、長く尖った耳を。海人族であればヒレのような耳と、首元のエラをといった具合に。
「か、髪の毛や服で身体的な特徴を隠すんですぅ。王国ではそうした差別を禁じていて、森人族も海人族の人も人間族として扱うんですけどぉ。それでもここ100年ほどの歴史でしかなくて……」
「あっ、ティオも! 小さいころ、お父さんたちに耳はなるべく隠せって、言われ……て……っ」
途中、「お父さん」と口にした辺りで不意に語気を弱め、ファイの服の裾をぎゅっとつかんでくるティオ。彼女のふわふわの髪を手で梳いてあげながら、ファイは自分が思っているよりも多くの種族に会っているのかもしれない事実に思いを馳せる。
同時に、その事実に気づけない――気づかれないようにしている人々が居る歴史的な背景についても、きちんと記憶しておくことにしたのだった。
交流と勉強を図りながら長い通路を行くこと、15分ほど。見えてきたのは、上層へ続く螺旋階段の1つだ。
普段ファイが使っているものとは反対方向にある階段であるため、ファイも、一目見てわかる階段の変化を知らなかったようだ。
その変化というのが、螺旋階段の中央だ。普段、ファイが飛び降りているように、壁際に沿って続く螺旋階段の中央には直径5mほどの穴が開いている。
階段の終点は踊り場、つまりは開けた場所になっていて、ファイはいつもそこに着地しているわけだが――
「おー……」
その踊り場にいる巨大な装置を見て、ファイは思わず金色の瞳を輝かせた。




