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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●王国民に、なってみた

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第222話 動けなくなるくらい、なら




 ファイの視線の先で、憲兵たちが事態の収拾にあたっている。人の生首という衝撃的なものが転がっているため、すぐに交差点の一角には目隠しが行なわれた。


 あわただしく憲兵たちが見分と掃除を行なう中、ファイは目の前にいるアミスへと目を向ける。


「アミス、久しぶり。王国民? に、なりに来た、よ?」

「ええ、久しぶりね。……お話をする前に、少しだけ口調を変えるわね?」

「えっ、あ、うん」


 ファイが頷くと、アミスの表情から親しみが消える。


「ふふっ、ありがとうございます、ファイ()()


 顔は確かに笑っている。ただ、アミスとの間に見えない壁ができたように感じる。この雰囲気の変化に、どことなく覚えがあったファイ。


 何だっただろうかと記憶を探ってみれば、ニナだ。彼女がエナリアの主として、従業員たちに威厳を示す時に見せる表情や雰囲気の変化。それと同じことを、アミスもしているようだった。


「それじゃあ、アミス。役所……町役場? に行こう」


 こうしてアミスも到着したために町役場へ。そう思っていたファイだったが、アミス達から待ったがかかった。


「申し訳ございません、ファイさん。私としても今すぐにでも、といきたいのですが、いくつか準備をする必要がありまして」

「準備?」

「はい。例えばそうですね……。この服、でしょうか」


 アミスが琥珀色の瞳で示して見せたのは、自身が着ているピタッとした黒い服だ。ルゥが着ていたものと似ているが、ルゥの服には多少の装飾があり、きちんとした可愛さが感じられた。


 一方、アミスともう1人のぴっちり服の女性――ケイハが着ている服は、装飾も最小限。かなりの速度で走る自動二輪に乗るために、風の抵抗を極力なくすような意匠になっているのだという。


「今回、私は王女としてファイさんに会いに来ています。なので、面倒ですがそれなりの格好をしないといけないんです……」


 と、少しだけ本音を漏らしながら苦笑したアミス。普段の親しみやすい彼女が見えた気がして少しだけ緊張を緩めたファイに、アミスはまずティオのことを聞いてきた。


「ファイさん? あなたはどうしてティオさんと一緒に?」


 アミスの話では最近、白髪教の教徒たちがファイのことを探し回っていたのだという。その指示をしていた人物こそがティオであることを、アミスは独自の情報網で調べていたらしい。


 そのティオとファイが一緒にいる。ひいてはファイがティオに利用されているのではないか。心配してくれているらしいアミスに、ファイはフルフルと首を振る。


「違う、よ? 私が聖なる白(フア・ワタ)からティオを連れてきた。そうしたら……」

「……? ファイさん? どうかしましたか? 顔色が……」


 心配そうにファイの顔を覗き込んでくるアミスに、ファイは、足元に転がっている生首の原因が自分にあることを伝える。そのうえで、物知りなアミスに聞いてみる。


「ねぇ、アミス。どうやったら私はきれいになれる? どうやったら、この人たちに『ごめんね』できる、かな……?」


 ニナの道具であるために、ファイとしては可能な限り“汚れ()”を背負いたくない。エナリアに戻る前に、ニナに会う前に、少しでも“汚れ”を落としておきたかった。


 生首を見下ろし、眉尻を下げることしかできないファイ。だがアミスから返ってきたのは、「ふふっ」という笑い声だった。


「ふふっ! ファイさんは、優しいんですね。いえ、もう本当に……。あの環境で育って、どうしてこんな子に育つのかしら……?」


 奇跡ね、と、そう言って。アミスは優しい顔で目を細める。


「ファイさん。一般論として、この人たちの死は貴方のせいではありません。話を聞く限り、貴方を案内したという女性2人は自ら死を選びましたし、残りの6人にしても自害、もしくは白髪教徒が手を下しました」


 ゆえに彼らの死とファイの行動とに因果関係はない、と、アミスは明言する。


「これはきっと、私だけの意見ではないはずです。100人に聞けば99人は、あの頭のおかしい白髪教……コホン……。聖なる白の信者さんたちが『勝手に死んだだけ』と、そう言うことでしょう」

「で、でも……」


 自分はそうは思わない。そんなファイの答えを予想していたように、アミスは頷く。


「そうですね。ファイさんはそうは考えない。考えることができない。100人中の1人ということなのでしょう。ですけれど……ファイさん?」


 そこで瞳を閉じてスッと息を飲むような間を置いた彼女は、続ける。


「立場上、他者の命を背負わなければならない存在も居ます。例えば王女である私や、エナリアの主だというニナさん。私たちは、自分たちの庇護下にある人々の命の責任を負わなければなりません」


 ですが、と、そう言って目を開いてファイを見つめるアミス。彼女の顔は、真剣そのものだ。まっすぐに、ファイの問いに答えようとしてくれている。


「ですが、ファイさんは違います。貴方は自分で、背負うべき命と責任を選ぶことができる立場にあります」


 ファイが背負う、お金がパンパンに入った背嚢を見つめながらそんなことを言うアミス。


「確かにファイさんは白髪で、人よりずっとたくさんのものを背負えます。ですがもしもの時……ニナさんに何かあったとき、重い背嚢を背負っていればどうなるでしょうか?」


 過去に奪ってきたガルン人の命すべてを背負っているせいで、ニナの隣に立つことに引け目を感じている。そんなファイの内心を見透かすように、アミスが問いかけてくる。


「あ、ぅ……。……う、動けない?」


 実際に今、こうして苦悩して動けずにいるファイは、自己紹介をしている気分だ。


「そうです。だからこそ、私はファイさんに選んでほしいです。自分が何を背負うのか。もっと言えば、自分にとって本当に背負うべき、大切なものは何か、ということを」

「背負うべき命……。大切なもの……」

「はい。ファイさんは、どこにでも飛べるきれいな羽を持っています。その羽を、自ら汚そうとする必要などない。私はそう、思います」


 ファイの問いに対する答えを、そう締めくくったアミス。


 比喩を用いた彼女の説明全てを、ファイは理解できたわけではない。だが、何でもかんでも自分のせいだととらえることの危険性を、アミスはいま教えてくれたのだろう。


 白髪教の人々が勝手に死んだだけだという一般論――“普通”の考え方――は、アミスが教えてくれた。


 しかし、ファイとしては納得できない。今回の白髪教徒の死について、ファイは自ら罪を背負いに行っている。そうアミスは言ったのだ。


(けど、そのせいで……。私が背負い込むせいで、ニナの役に立てなくなるくらい、なら)


 主人(ニナ)のためなら自身の信念も、考え方も変える。それがファイという少女だ。見ず知らずの他人の死を気に病んでニナの役に立てなくなるくらいなら、“気にしない”ことにする。


(それに、ニナ、言ってた。……格好いい顔で、言ってた♪)


 あれは、アミス達と“不死のエナリア”を攻略し、フーカを迎えることになった後のことだっただろうか。ファイは、ニナと一緒に居ても良いのか、と聞いたことがあった。


 その際、ニナは思考実験も兼ねてあることをファイに命令している。


『ファイさん? あなたを捨てるかどうかはわたくしが決めることですわ。よってあなたは黙って、わたくしに付き従えば()いのです』


 今も思い出すだけで胸の奥がキュンとしてしまう、ニナの勇ましい姿。失敗を恐れず行動せよ、と。ファイの主人としての顔をした彼女は命令してくれた。


(また私は汚れた、けど。私を捨てるかどうかを決めるのは、ニナ。だから私は、ニナに今回のことを話して、“一緒”してくれるか考えてもらう)


 もしダメだったときは自害――はニナによって実質、禁じられている。そのため、部屋の隅で丸くなって抜け殻になることを決める、ファイだった。


 と、その時だ、立てるくらいには元気を取り戻したらしいティオが、ケイハを連れて駆けてくる。


「お姉ちゃん~! っとと……えへへっ」


 例によって抱き着こうとしてきたが、自分が吐しゃ物まみれであることを思い出したのだろう。すんでのところで立ち止まる。感情のままに行動せず、一度立ち止まって自制できる。甘い物を前にするとつい視線が釘付けになってしまうファイとしては、見習わなければならないところだろう。


 一方で、ティオも子供だ。ニナやムアのように、感情のまま飛び込んできてもいいのに、と、ファイとしては少し残念でもあった。


「ティオ、気分は大丈夫?」

「うん! へーき! でも、服、汚しちゃった……」


 ファイの問いかけに、普段通りに答えるティオ。だが、まだ少しだけ顔色が悪いように見えるのはファイの気のせいではないだろう。


 普通の生活をしている人が血や生首を目にする衝撃を、ファイは想像することができない。自分がもう“普通”を基準にした価値観を獲得できないだろうこと。それはファイも理解しているつもりだ。


 ただ、目の前で汚れた服を見て眉尻を下げる少女に何をしてあげられるかを考えることはできる。そして、黒狼にいた頃の服に無頓着だった自分とは違って、何をすればティオが笑顔になってくれるのか。おおよその正解と思える方法を、導くことができる。


「……ティオ。服、買いに行く?」


 恐る恐るファイが聞いてみると、暗い表情から一転、花が咲くようにティオが紫色の瞳を輝かせた。


「まじで!? いいの!?」

「う、うん」

「やっっったぁ~~~! 好きな人(しゅきぴ)と服のお買い物とか、夢みたいなんだけどぉ~♡ あっ、お姉ちゃんもちろん服、買うよね! ティオが選んであげるね!」

「えっ、私……も?」


 ぴょんぴょん喜んでいるティオ。無邪気な彼女の姿は、暗かったこの場の空気を払しょくするだけの輝きを持っていた。


「それでは、ファイさん。ティオさんも。貴方たちは服を買いに行ってきてください。戻ってくる頃には、私たちも準備を済ませておきます」


 アミスの言葉に、ファイはコクンと1つ頷いて見せる。


「それから……。申し訳ありませんが、また白髪教の奴らにファイさん達が襲われたらたまったものではありません。ファイさん達に護衛を付けさしていただきますね」


 というアミスからの配慮のおかげだろうか。


 この後に繰り広げられたティオ主催のティオとファイの“お着替え公演会”は、つつがなく終わる。この頃にはティオも普段の調子を完全に取り戻し、曇りのない笑顔をファイに見せてくれるようになっていた。




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