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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●お仕事は、宝箱の補充

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第22話 料理って、なに?

※更新が遅くなってしまってすみませんでした。




「これで食材の準備は終わり! ささっ、冷える前に戻るよ~」


 翼を体内に収めて言ったルゥの背を、ファイも追う。


 先ほどのルゥによる角族の説明全てを、ファイが理解できているわけではない。むしろ、半分ほどは分からない・知らない単語で埋め尽くされていた。それでも、のちのち理解するために、ルゥが発した言葉を逐一、記憶していく。


 優先順位は低いものの、ルゥもまた、ファイの主人の1人だ。使い手に寄り添うのは、考える道具としては当然のことだった。


「ついでに、ガルン人が進化でどういう力が発現するのかは先天的に決まってるらしいの」

「進化で手に入れる、力?」

「そうそう。うちの家系……レッセナム家は代々、尻尾が麻痺、魔眼が魅了って決まってて、実際わたしも尻尾は麻痺攻撃でしょ?」

「ルゥの尻尾が麻痺の攻撃……。うん、そう」

「つまり、次に進化して手に入れられる魔眼はきっと、魅了なの! つまり、ニナちゃんを催眠状態にしてあんなことやこんなことを……ぐへへ~」


 何か進化の話をして、身をくねらせているルゥ。彼女が変態と呼ばれる人種であることを知っているファイは、


(……きっと、ろくなことを考えてない)


 放冷石にも負けない冷めきった眼で見るのだった。


 やがて、広大な冷蔵庫から出て、明るい調理場へと戻ってきたファイ。


「……あれ? 変態って言えば、ミーシャは?」


 ファイに変態という概念を教えてくれた金毛の猫が居なくなっていることに、ようやく気付いたファイ。新天地で覚えることが多い今、自身にとって最も大切な存在――指示をくれる“主人”――以外への興味は、どうしても薄くなる傾向にあった。


「うん~? ファイちゃん~。どうして今、“変態”って単語が出てきたのか、詳しく聞かせてくれるかなぁ、う~ん?」


 と、笑顔を引きつらせるルゥをよそに、ファイは愛くるしい小動物を探す。と、音を立てて開いた調理場の扉の奥から、


「その言い方、やめてよね! まるでアタシが変態みたいじゃない!」


 眉を逆立てる小さな金髪少女が、姿を見せた。


 後頭部でまとめられた金色の髪に、緑色の瞳。対照的に黒い毛並みをした、耳と尻尾。彼女こそ、ファイがニナの異変に気付くまで一緒に居た人物で――。


「ミーシャ?」

「ええ、そうよ!」


 先ほどまでファイと一緒にいた愛くるしい四足歩行生物の、本来の姿だった。


「お帰り、ミーシャちゃん。服、取って来れた?」

「おかげさまで。獣化したら早く動けるのは良いんですけど、元に戻った時に裸になっちゃうのが難点ですよね……」


 文句を言いながら、ミーシャも手を洗う。どうやら彼女も一緒に調理をするらしい。


「さすがにあっちの姿で料理はできないもんね。それに、抜け毛もあるし」

「ご心配なく、ルゥ先輩。毛づくろいはちゃんとしてますし、換毛期でもないので。……それで? 今日は何を作るんです?」


 尻尾を揺らしながら尋ねたミーシャに、ルゥが今日の献立を説明していく。


「せっかくファイちゃんが狩ってきてくれたから『オウフブルの黒煮込み汁』かなぁ。付け合わせには『あぶりモモ肉』と『和え野菜』。黒煮込み汁は酸味が強めだから、調味タレは甘めにしたいかも」

「ってことは果物系ですね。麦餅はどうします?」

「お汁に浸して食べるから、堅麦餅で。ひとまずミーシャちゃんは野菜とタレ作りをお願い」

「分かりました」


 何やら早口で話し合った後、水で軽く洗ったまな板を調理台に乗せ、野菜や果物を包丁で切っていくミーシャ。


「ミーシャ。何してるの?」

「何って、料理じゃない。アンタも突っ立ってないで、手伝いなさいよね」

「りょうり? ……ルゥ。料理って、なに?」


 自身の知らない単語『料理』について、ルゥに尋ねるファイ。彼女はこれまで、出来合いの物しか口にしていない。基本的には、麦餅と薄味の野菜汁だけだ。そのため、食材に手を加えて料理をするという概念を知らない。


 ファイの中では、麦餅はどこかに落ちていて、野菜汁もどこからか湧いていたり、木の実の中に収まっていたりすると思っていたのだった。


「えっと、料理って言うのはご飯を作ること、かな。食材を切ったり、煮たり、焼いたり、味付けをしたり。食事を作る行為が、料理」

「食べ物を、作る? このお肉を食べるのは、ダメ?」


 生肉を指さして言ったファイのその言葉に、いよいよもってルゥが顔をしかめた。


「う~んと……。もしかしてこれは、アレかな。ガルン語だから分からないとかじゃなくて、料理って言う概念を知らない感じ?」


 そんなルゥの呟きに鼻を鳴らしたのは、ミーシャだ。


「バカ言わないで下さいよルゥ先輩。この身体の大きさになるまで生きてるくせに料理って言葉を知らないなんて。どんな苦労知らずのお嬢様だって話です。……で、どうなの? 本当に、料理を知らないの?」


 料理、を知らないのか。尋ねられたファイは、素直に首を縦に振る。


「うん。私、りょうり、知らない」

「……ふ~ん、そう」


 憮然とした様子で言って、調理作業へと戻ったミーシャ。


「……アンタ、これまでご飯、どうしてたのよ?」


 ファイの方を見ることなく聞いてくるミーシャの声には、なにか感情を押し殺したような気配がある。


「ご飯は、時間になれば勝手に出てきた――」

「じゃあそのご飯を作ったのは誰なのって話」


 バンッと包丁をまな板に叩きつけて、ファイに聞いてくるミーシャ。その緑色の瞳には、疑いようのない怒気が含まれていた。


「……ミーシャ、怒ってる? どうして? 私が、料理を知らないから?」


 少しだけ眉尻を下げて困惑を示すファイの問いかけに、ミーシャが答えることは無い。黒毛の耳と尻尾をピンと立てて、ファイを睨みつけるばかりだ。


 と、そんな2人の間を取り持ったのは、ルゥだった。


「はいはい、ケンカしないで、2人とも。包丁があるこの場所だと、刃傷沙汰にもなっちゃうから」


 あくまでも冷静に、落ち着いた声色で2人を――主に殺気立つミーシャを――なだめる。しかし、顔を赤くするミーシャの怒りは鎮まらない。


「だ、だって、ルゥ先輩! 料理を知らない。ポンと出てくるだけだと思ってるなんて……そんなの──」


 言葉を飲み込もうとして、それでもできなかったらしい。


「──丹精込めて、愛情込めて、料理や食材を作ってくれてる人たちのこと……先輩たちのこと、馬鹿にしてるのと一緒じゃないですか!」


 早口に言い終わったその時には、ミーシャの目端にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 彼女が何を言ったのか、ファイにはさっぱり分からない。それでも、金髪を揺らして必死にルゥに言い募る姿は、ミーシャが“料理”に並々ならないこだわりを持っていることを察するに余りある光景だった。


 ただ、熱くなるミーシャに対して、ルゥは至極冷静だ。


「ミーシャちゃんは、わたし達のために怒ってくれたんだね。それは素直に、ありがとう」

「あ、え、はい……」


 長い黒髪を揺らしながら、ゆっくりと頭を下げたルゥ。その優雅な所作に勢いを削がれたらしいミーシャの顔から怒気が少し引いたのが、ファイには分かった。


「でもね。ファイちゃんは、料理って概念それ自体を知らないっぽいでしょ? 馬鹿にするとかそれ以前の問題なんじゃない?」

「それはっ! ……そうかも、ですけど――」


 冷静なルゥの態度に引っ張られるように、徐々にミーシャの声にも理性が戻り始める。


「――なんの苦労もせず、勝手に料理が出てくるなんて。ファイは、自分がどれだけ恵まれた環境にいたのか知るべきだと思います……っ」

「ほんとに? 何の苦労も知らないような子が、訳ありの子しか来ないような、こんな落ち目のエナリアに来るって本気で思ってる?」

「あ、う……」


 諭すように、なだめるように。年配者として優しい口調でミーシャに語りかけるルゥ。


 しかし、まだ獣人族の子供らしいミーシャは、ルゥほど分別のつく大人ではないらしい。不服そうな顔で、むっつりと黙り込むだけだ。


 そうして唇を尖らせたまま俯いてしまったミーシャに、ルゥが優しい笑顔を向ける。


「うん! とりあえずご飯はわたし達で作るね! ミーシャちゃんはさっき言いつけてた中層階の魔物のエサやりの続き、やってきてくれる?」


 そんなルゥの言葉にハッと顔を上げたミーシャ。その際に浮かんでいたのは絶望したような表情だったが、自身を覗き込むルゥの顔を見て何かを察したのだろう。


「……分かりました」


 渋々と言った様子で頷くと、早足で調理場を出て行ってしまった。


「ミーシャ……!」


 反射的にミーシャの揺れる尻尾を追おうとしたファイを、


「ファイちゃんは、わたしのお手伝いね。良い?」


 ルゥの言葉が引き留める。


「ルゥ……?」

「ごめんね。でももうちょっとだけ、あの子に考える時間をあげて?」


 ミーシャをこのまま行かせてしまって良いのか。わずかに眉毛を寄せて考えたファイだったが、最終的には、


「──分かった」


 道具らしく、言われたことにだけ従事することにしたのだった。




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