第214話 ニナだから、気持ちいい?
※いつもご覧いただいてありがとうございます。可読性を高めるため、「ティナ」の名前を「ティオ」に変更しております。改稿前の212話をご覧いただいた読者さまを混乱させてしまうことになってしまい申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。
ファイが次に目を覚ました時、
「ふんふん、ふ~ん♪」
すぐ目の前に、白髪の童女が居た。彼女はファイの足にまたがる形で座り、楽しそうに体を揺らしている。
ミーシャとよく似たゆるく波打つ癖を持つ長い髪。ぱっちりと開かれた目は、活発さを感じさせる。身にまとう服も飾り気の少ない真っ白な一枚着で、唯一色を持つ彼女の部位である紫色の瞳を美しく映えさせていた。
「むご? ……む?」
だれ? と聞こうとしたファイだが、自分の口が布のようなものでおおわれていることに気づく。また、手は後ろ手に拘束されており、足も同様にそろえた状態で縛られてしまっている。
黒狼の頃に慣れ親しんだ、ひんやりと硬い拘束具の感触。それは、白髪のファイの力をもってしても破壊できない、黒鉄と呼ばれる金属でできていることを示していた。
そうして現状を確認したファイが正面に向き直ると、こちらを覗き込む童女の紫色の瞳がすぐそこにあった。
「あっ、目、覚めた? けど、ちょっと待ってねー。いま、ティオがお姉ちゃんを着せ替えてあげてる最中だから♪」
子供らしい高い声で楽しそうに言ったティオは顔を離すと、再び上機嫌でファイの服を触り始める。
この時ようやくファイは、自分が着ている服が変わっていることに気づく。もともとは動きやすい白の上衣に紺の裳だったのだが、今は全身が桃色だ。
普段も侍女服という装飾の多い服を着ているファイだが、いま着せられている服はさらに派手だ。数えきれないひだ飾りに、ふんわりと膨らんだ裳。生地も柄物で、かなり“見た目”に重きを置いた服らしい。
しかもファイが自身の格好を見渡して気づいたこととして、頭にも桃色の帽子のようなものを被らされている。足にもどうやって歩くのかという踵の細い靴が履かされており、帽子も靴も可愛らしいひだ飾りが施されていた。
手足を拘束されてしまい、できることもないファイ。手持ち無沙汰に室内を観察して、情報収集に努める。
部屋の大きさは、かなり広い。ファイの私室を8個ほど並べたくらいだろうか。壁一面はケリア鉱石と呼ばれる無色透明な石でできていて、窓掛けの布越しにフォルンの光を室内へ届けてくれている。
そんな広い部屋は、壁も床も天井も、白い。何人が眠るんだという巨大な寝台も、扉や衣装棚でさえも、真っ白に塗装されている。
そんな調度品たちの中で色を持つのは、無数にある人形たちだ。色とりどりの服で可愛らしく飾り付けられた人形たちが、作り物の瞳でファイ達のことを見つめている。
そのほか、例えば寝台の上に脱ぎ散らかされた服や下着など、この部屋の主――ティオの私物と思われる物だけは、きちんと色をもっていた。
「はい、完成。ん~~~! お姉ちゃん、めちゃカワ♪」
言って、ファイの方を見ながら嬉しそうに微笑む童女――ティオ。ファイの首に腕を回した彼女は抱き合うようにしてもたれかかってくる。
「スゥー、ハァー……。これが夢にまで見た、お姉ちゃんの匂い、温もり……柔らかさ……♪ ヤバすぎ……っ!」
ファイの首筋辺りで何度も深呼吸をしながら、全身でファイのことを堪能している。
「むぐ、むご……?」
「あ、そりゃそうって感じだよね! いまティオがお口を解放してあげる♪」
言うと、ティオはファイの口を覆っていた布を取ってくれる。
「ぷはっ!」
「はぁ~……♡ これがお姉ちゃんの、お口……。唇は色も肉も薄くて、でも、張りがあって……じゅるり……」
ファイの唇を眺めながら目を「♡」の形にしているティオ。自分の世界に入り込んでいる彼女に、ファイは状況の説明を求めることにする。
「えっと、ティオ?」
「あぅっ♡ お姉ちゃんがティオの名前、呼んでくれたんだけどっ! はぁ、はぁ……もう、ムリ!」
「えっ、ティオ、待っ――」
ティオの顔が近づいてきたかと思うと、そのままファイの唇はティオの唇によってふさがれる。その衝撃もさることながら、続く感触にファイはさらに金色の瞳を見開くことになる。
なぜならティオがファイの口の中に、柔らかなもの――舌を入れてきたからだ。慣れない感触に顔をそらすファイだが、ティオは決してファイを逃がしてくれない。顔を逸らした先でファイの唇を無理やり奪っては舌でファイの口内を蹂躙する。
「くちゅ、れろ……あむっ……ぷはっ……。ティオ、チューは初めてなんだけど……。なんでだろ、やり方わかるかも♪」
ファイの腰に足を、首に腕をそれぞれ巻き付けた状態で艶やかに笑うティオ。彼女とファイの間で、透明なよだれの橋が架かる。
「ま、待って、ティオ。説明を――」
「もう1回しよ、お姉ちゃん……♡ ……はむ、じゅる……っ」
昼下がりのフォルンの光が差し込む部屋で、交わる2つの白い髪。湿った音と2人の息遣いが室内に響く。
手足を拘束されて抵抗できないファイの唇を馬乗りになったティオが一方的に貪る様は、まさに食事だ。
呼吸がなかなかできない状況で、徐々に思考力が低下していくファイ。
接吻は、彼女が待ち望んでいたものだ。たった一瞬、ほんの数秒ニナと接吻しただけで、ファイの心はかつてないほどに満たされた。
あの麻薬のような気持ちよさを、ファイは秘かに求め続けてきた。
そしてその願いは今まさに叶っている。接吻と呼ぶにはあまりにも荒々しい行為だが、確かに、ファイ他人と唇を重ねている。
たとえ相手が見ず知らずの人物だろうと、もちろんファイに“嫌”はない。ニナの迷惑にならないのであれば、もし通りすがりの人物に接吻を求められたとしても平気な顔で応じるのがファイという少女だ。
ニナに「慎重に」と言いつけられているのは性交渉であって、接吻はその限りではない。そもそもファイは接吻という行為がどのような意味を持つのか、理解していない。
誰と唇を重ねても、接吻だということには変わらない。それがファイの考えだった。
だというのに、どうしてだろうか。ティオと唇を合わせても、ぜんぜん満たされない。
確かに気持ちが良いし、頭もふわふわしてきている。
だが、ニナと接吻した時のような強烈な衝撃や多幸感は、どこにもない。ただ単に「今自分はティオと接吻しているのだ」という事実だけが、ファイの中にポツンとある。
(やっぱり、ニナは特別……?)
ここでファイが言う特別とは「ニナが主人だから」、「“奇跡の子”だから」といった意味合いしかない。
道具である自分は、主人との接吻でしか満たされない身体なのではないか。あるいはニナが何らかの特別な力を持っているから、接吻が気持ち良かったのだ。
今もなお懸命にファイの唇を吸っているティオの顔を見ながら、そんなことを考える。
もしも主人との接吻が特別なのであれば、ルゥとの接吻はどうなのだろうか。彼女の肉厚でぷっくりとした唇はきっと、自分やニナのものと比べて柔らかいに違いない。いや、筋肉と同じなのだとするなら案外、ぷっくりとした唇は硬いのだろうか。
ティオからの熱烈な接吻のせいで呼吸が満足にできないファイの頭は、麻薬に等しい衝撃を持っている接吻のことでいっぱいだ。
(もしニナが“おかわり”してくれたら……)
道具であるファイからは絶対に接吻のおねだりはできない。しかし、もし何かのご褒美などでニナが再び接吻をしてくれた時、ファイは彼女に気持ち良くなってほしい。
(だって“気持ちいい”になれば、ニナはその後も接吻してくれるかもしれない、から)
自分を参考にするなら、「気持ちいい」が「もう1回」につながるとファイは考えている。もしそうであるならば、ニナ、あるいはルゥとの次なる接吻に備えて行動するべきではないだろうか。
具体的には、気持ちのいい接吻の方法をより詳しく知るべきだ。
その点、今こうして長くティオと唇を交わしていられることは大きい。口内のどこを舐められると気持ちが良いのか、身体がゾクリとするのか。ファイは自分の身をもって知ることができる。
そして、自身の感覚が正しいかどうかについては――ティオを使って確かめればいい。
「ちゅっ」
「きゃっ!? お姉ちゃん!? どうしたの、急に積極的じゃん……♡」
初めて積極的に舌を絡ませたファイに、ティオが面食らった様子を見せる。
お互いのよだれでびちょびちょに濡れているティオの口元を見ながら、ファイは能面のまま言う。
「はぁ、はぁ……。ティオ、もっと、しよ?」
「~~~~~~っ♡」
ファイの言葉に声にならない悲鳴を上げたティオが、再びファイの顔に吸い付いてくる。ただ、ファイが積極性を見せるのはいつだって、ニナが絡んでいるときだけだ。
「お姉ちゃん……、ファイお姉ちゃん……♡ ……んちゅっ」
一方的な食事だった接吻がこの瞬間、双方向の交わりに変わる。
一生懸命ファイの口を貪るティオと、彼女の反応を確かめながら冷静に舌を這わせるファイ。
自然光が照らす白い部屋の中。白髪2人が発するなまめかしい音が続く。やがて――
「ぬちゅ、えぉ、あむ……ちゅっ。ぷはぁ……っ! はぁ、はぁ……」
真正面。唇を離したティオが荒く息を吐きながら、紫色の瞳でファイのことを見つめている。一方のファイも能面ながら頬を上気させていた。
「ふぅ、ふぅ……。ティオ。満足……した?」
「はぁ、はぁ……。お姉ちゃん、ヤバすぎぃ~……」
先ほどまでのつやのある雰囲気はどこへやら。額や頬に汗をかきながらあどけない顔で笑うティオ。裏表のないその笑顔を見れば、ティオがファイを“使って”きちんと満足してくれたことが分かる。
道具を自認するファイにとって、これ以上嬉しく光栄なことは無い。
一方のファイも、どうすれば相手が満足してくれるのかをあるていど学ぶことができた。残すはニナ、ルゥに対する“実践”のみ。そう冷静に考える余裕すら、ファイにはある。
長く、長く、唇を重ねていた2人。だが、ティオが子供で、ファイも練習と考えていたからだろうか。互いに荒い息を吐きながら汗をかいて見つめ合う2人の間には、淫靡というよりむしろ、運動後のさっぱりとした清涼感が漂っていた。




