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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●ウルンで、お泊り

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第210話 長期戦になる、かも




 雑談を交わしながら、ルゥと執務室を訪れたファイ。だが、ニナの姿はそこになかった。


 さすがに接吻の衝撃と騒動は和らいだが、決してなくなったわけではない。まだほんの少しだけ気まずさを覚えていたファイにとって、ニナの不在は少しだけ救いだった。


 代わりに置かれていたのは、次なるファイの仕事が書かれた指示書だ。


 着替えや装備の確認などなど。仕事に向けた準備を手早く済ませ、書類の山を整理しながらニナの帰りを待つというルゥと別れる。


 そのまま仕事場へと赴いたファイは1人、


「……暑い」


 フォルンの光に焼かれていた。


 まだまだ慣れないまばゆい光に目を細めるファイの格好は、いつになく簡素なものだ。白の無地の半袖上衣に、葉っぱの模様があしらわれた紺色のひざ下丈の裳。フォルンの光から頭と目を守るために、頭にはつばのある帽子をかぶっている。


 大きく膨らんだ濃緑色の背嚢(はいのう)も相まって、軽く山登りでもしようかという装いとなっていた。


 なお、アグネスト王国では帯剣するには国の許可が必要となることをフーカから聞かされているファイ。よって今回は、ミーシャやユアも持っていた黒い刀身の短剣を太ももに忍ばせている。ではその短剣を誰が貸してくれたのかといえば、ルゥだ。


 出発前、フーカからの忠告を忘れて意気揚々と帯剣しようとしていたファイを呼び止め、持っていた短剣を貸し与えてくれたルゥ。彼女によれば、ファイより前に来た従業員は全員、護身用としてこの短剣を与えられているらしい。


 彼女のおかげでようやく「帯剣」や「法律」について思い出したファイ。ルゥの厚意に甘える形で、短剣を預かったのだった。


「よいしょっ……」


 背嚢を担ぎ直したファイは、さっそく“不死のエナリア”の周辺に広がる雑木林を歩き始め――ようとして。


「待て待て、待つんだ、そこのお前さん」


 背後から呆れたような男の声が聞こえてくる。


 なんだろうかとファイが振り返ると、紺色の三つ揃えに身を包む男性がファイの方に歩いてきていた。


(この服、どこかで見たような……?)


 などとファイが記憶を探っているうちに、男性はファイから2mほどの位置で足を止める。彼が腰に差している剣を振るとファイに届く。そんな間合いだった。


 身長はファイより少し高いくらい。人間族の男性としては低い方だろうか。口もとには立派な髭があり、先端がくるんと巻いてある。フォルンの光を鮮やかに照り返す、つるつるの頭。その丸い線と恰幅の良いお腹のおかげで、どことなく愛嬌を感じさせる中年の男性だった。


「なに?」

「『なに?』じゃない。私は探協(たんきょう)の係員だ。パンッパンに膨れたその鞄の中身、見せてもらおうか?」


 言って、ファイが背負っている背嚢をごつごつした指で示してくる。


「これ? なんで? たんきょう、は、なに?」

「えぇい、いくつも質問をするな、馬鹿者が!」

「あ、ぅ……。ご、ごめんなさい……」


 怒られることに慣れていないファイ。中年男性の怒声に、しゅんと縮こまることしかできない。


「お、おいおい……。そんな殊勝な態度をされるとこっちも扱いに困るだろう。えぇっとだな……」


 コホンと咳ばらいをした男性が、ファイに向き直る。


「探協は探索者協会の略称だ。お前さんも探索者なら世話になっているだろうに」

「あっ、探索者協会!」


 ファイは2つの“理解”をもって目を輝かせる。


 1つは今おじさんが言ったように、探協が探索者協会の略称であること。もう1つは、彼が着ている紺色の三つ揃えが探索者協会所属を示す服だったことを思い出したからだ。


 前回、フーカやアミスと撮影機を買ったあの日。エナリアを出たばかりのファイは、足止めをしようとしてきた探索者協会の協会員たちと一戦交えている。その際、彼らが着ていた服と目の前の中年男性の服が、同じだったのだ。


「そうだ、探索者協会。で、私は出入り監視官のゼムだ。……あとは、分かるな?」

「ううん、全然」


 ファイが首を振ると、ゼムはなぜか転ぶようなしぐさを見せる。


「お、おいおい、お前さん、冗談はよしてくれ……。出入り監視官だ、出入り監視官。エナリアから採掘される色結晶を確認する役員だ」

「おー、そうなんだ?」


 細かなことは置いておいて、つまりゼムは鞄の中身が色結晶なのではないかと疑っているのだと理解したファイ。


「えっと、鞄の中身を見せればいい?」

「そう言っている。ほら、早くせんか」


 探索者協会に所属しているというゼムの言葉に素直に頷き、ファイは背嚢を地面に卸して口を開いた。


「えっと、大事なものだから、取る、は、ダメ……だよ?」

「内容次第だな。さてさて、色結晶はっと……って……っ!?」


 ファイの鞄に入っていたものを見るや否や、ゼムが分かりやすく驚く。


「お、おい、お前さん……。こりゃあ、いったい……」


 恐る恐るといった様子で聞いてくる彼に、ファイは白髪を揺らしながら首を横に倒す。


「……? お金。えっと、ガルド紙幣と、ガルド硬貨」


 そう言ったように、ファイの背嚢に詰まっていたのは数えきれないほどのお金だ。


 というのも今回、彼女に与えられた仕事は遠隔監視用撮影機の複数台購入だ。


 先日、ミーシャとフーカと共に行った撮影機の稼働実験。その結果、制限こそあるものの撮影機がエナリアの中でも機能することが分かった。そのため、同じ機材を同じだけ購入する運びとなったのだ。


 ゆえに現在、ファイが背負っている背嚢には、必要資金が詰まっている。


『この中から「魔道具」の購入に必要な分だけ、お金を使ってくださいませ!』


 そんな置手紙と共に置かれていた背嚢には、これまで“不死のエナリア”で死んでいった探索者たちが落としたお金が詰まっている。


 文面からも分かる通り、ニナは、ファイが撮影機の購入に必要と思われる額だけを持っていくと思っていたに違いない。だが、あろうことかファイは背嚢をそのまま持ってきていた。


 金銭感覚がまだ未熟で、金勘定もできないファイ。また、側に居たルゥも、ウルンでの価値基準が分からない。硬貨はともかく、ガルド紙幣などただの紙切れだ。そのため、「どれくらい要るかわからないし、全部持っていけば?」と言った彼女の言に従う形で、すべて持ってきてしまった形だった。


「お金ってことくらいは分かる! 私を馬鹿にしているのか!?」

「あっ、ちがっ……。ごめんなさい……!」

「あぁ、いや、すまない。くそぅ、調子が狂う……。私が聞きたいのは、これだけの金をどこで手に入れたのか、だ。まさかほかの探索者を襲ったりはしていないだろうな?」


 どうやら彼は、ファイがお金を強奪したのではと疑っているらしい。


「そんなことしない、よ? 人のものを盗る、は、ダメ」

「お、おう、それはお前さんの言う通りなんだが……さて、どうしたものか……」


 口ひげを手で遊ばせながら考え事をしていたゼムは少しして、「そういえば」と何かを思い出したらしい。


「私としたことが、肝心なことを聞き忘れていたな。お前さん、名前はなんと言う? 所属する組合の名前と一緒に教えてくれ」

「……? ファイ・タキーシャ・アグネスト。組合には所属してない、けど。光輪……アミスと友達」


 聞かれたことに素直に答え、ついでに、知っている探索者組合の名前を出すファイ。


「光輪って言うと、ファークストを拠点にしている赤色等級の探索者組合だな?」

「ファークスト……? は知らないけど、アミスに聞いてみてほしい」

王都(ファークスト)を知らない、だとぅ……? まぁいい。ちょっと待っていてくれ。今、本部に問い合わせる」


 言うと、協会員のおじさんは懐から携帯を取り出し、どこかの誰かと通信し始めた。


(探索者協会……。確か、エナリアで掘った色結晶の質と量を確認して、お金を取る人)


 正確には税金なのだが、国の資源であるエナリアの管理を代理で行なう国際機関が探索者協会だ。


 探索者になるためには、必ず協会に登録しなければならない。誰が、いつ、どこのエナリアに入ったのか。また、世界中にあるエナリアの情報――魔物や階層の特徴、色結晶の採掘状況など――を、一元的に管理しやすい仕組みが作られているのだ。


 探索者は協会に登録する代わりに、集積されたエナリアの情報を利用することができる。また、働きに応じて黒~白色等級の階級や賞与が与えられ、国によっては様々な福利厚生と社会的信用を保証してもらえる仕組みになっていた。


 先日フーカから教えてもらった探索者協会についての説明を、きちんと覚えているファイ。前回のように力業で押し通るようなことはせず、可能な限り穏便な対応をすることにした。


 手持ち無沙汰に、木の葉で隠れた空を見上げるファイ。


(フーカが居たら、もっと楽だった……?)


 足止めを食ってしまっている現状に、つい、そんなことを考えてしまう。


 ウルンの事情に詳しいフーカ。彼女の力添えがあればファイも安心だったのだが、ニナの指示書にはどういうわけか『ファイさんお1人で』と書いてあった。


 フーカといえば、最近はずっとロゥナと一緒にいるという。フーカが持つウルンの魔道具の知識をもとに2人で何やら作っているらしい。


 ただ、誇張抜きに、現在“不死のエナリア”で働いている人々の中で最弱なのはフーカだ。彼女がぽっくりと死んでしまわないか、ファイは気が気ではなかった。


(あっ。そういえば……)


 フーカからの繋がりで、アミスとの約束を思い出したファイ。


 ニナの殺害未遂があったあの日のこと。ファイはアミスと約束を交わしてる。次にウルンに来たときは「役所」と呼ばれる場所に寄って、必要な手続きをせよというものだ。それにより、ファイはアグネスト王国民となり、様々な福利厚生を受けられるようになるという。


 そのアミスとの約束は、ファイだけでなくニナとの間でも交わされたものでもある、と、ファイは記憶している。


 そして“次にウルンに来たとき”とは、まさに今回だ。もしも役所に行かなければ、ファイだけでなくニナもアミスとの約束を破ってしまうことになる。ニナの信用に、泥を塗ってしまいかねない事態だ。


 つまりファイは今回のウルン訪問で“必ず”「役所」に寄って手続きをしなければならない。だが、思えばファイは「役所」の役割も場所も知らないし、これまで案内役をしてくれていたフーカもいない状況だ。


(長期戦になる、かも……?)


 今回のおつかいは、泊りがけも想定しなければならないかもしれなかった。




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