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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●ウルンで、お泊り

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第208話 絶対に、じゃない!




 ミーシャ、ユア両名と共に第4層に戻り、つつがなく耕地作業を終えたファイ。正確にはミーシャとユアが相変わらず口喧嘩をしていたものの、土を掘り返して(うね)を作る作業の手が止まることは無かった。


 位置を考えながら植物系の魔物の種を植え、それ以外の部分に野菜や植物の種を()く。最後に、半球状になっている菜園の壁や天井に這うようにして取り付けられている散水機で水をやれば、晴れてニナから与えられた作業は終了だ。


 見晴らしがよくなった菜園。広さは直径1(キルロメルド)ほど。高さは200m(メルド)くらいだろうか。


 かつてはニナが趣味の一環として砂糖の原料となる植物をはじめ、様々な野菜を育てていたようだ。しかし、彼女がエナリア主になってからはほとんど放置されていたという。


 そこにチューリなどの小動物が棲みつき、増殖。そうして増えた動物たちを、動物喰らいは養分としていたようだった。


「(じぃー……)」


 湿った土にしゃがみ込んだファイは、植物が生えてくるのをじっと待つ。


 フォルンの光がなくても育つエナリアの植物が、本当は“不思議なもの”であることをファイはまだ知らない。彼女にとって洞窟に植物があることこそが普通であり、日光が無くても野菜や果物が実ることは当たり前だった。


「や、野菜が()るまでもうしばらくかかります……。ゆっくり待ちましょう」

「そうなんだ?」


 当然、植物の成長にどれくらいの時間がかかるかも知らない彼女にとって、ユアの言葉もまた驚きに満ちたものだった。


 だが、植物に関するファイの驚きは、次なる驚きによってかき消される。というのも、ユアの小ぶりな鼻から一筋の血が流れ始めたのだ。


「ゆ、ユア……!? 鼻血が……」

「ふぇ……? あっ、ほんとです。エナ欠乏症、ですね……。そろそろ戻らないと……」


 自身の身に起きていることを冷静に分析しているユア。


 貧弱なせいで忘れがちだが、彼女は2進化を経た“それなりに強い”魔物だ。このエナリアで言えば、大樹林の階層の上端である第5層くらいまでが、ユアの活動限界となる。


 一方、いまファイ達が居る場所は第4層だ。本人が何も言わなかったために気づくのが遅れたが、どう考えても無理をしてこの場にいるようだった。


「ちょ、ちょっと、大丈夫なの……?」


 さすがのミーシャもこのときばかりは悪態をつくのをやめ、ユアを心配している。


「ザコ(ニャム)さんに心配されるほどじゃありません……。ですが、もう少ししたら動けなくなると思います……」

「にゃっ!? 人がせっかく心配してあげてるのに……っ!」


 フシャーッと唸るミーシャに構わず、螺旋階段がある方へと歩き始めるユア。


 ニナもベルもそうだったが、彼女たちはエナ欠乏症に対して危機感が足りなすぎるとファイは思う。一歩間違えれば死んでしまうというのに、なぜ彼女たちは悠長にしていられるのだろうか。


 たとえ本人が大丈夫だというのだとしても、ファイはユアを失うわけにはいかない。ニナのためを思うと従業員が減るというのは困るし、何よりファイ自身、ユアが死ぬのは嫌だ。


「ミーシャ。私はユアを急いで下に連れていく。ミーシャはどうする?」

「う~ん、そうね。まだ眠くないし、培養室の様子でも見てくるわ」


 ファイと違って、ミーシャにはコレと決められた仕事がある。例えば培養室――魔獣が減った時のに補充する魔獣を育てる場所――の管理だったり、通信室にいるピュレの餌やりだったり。適度に休憩をはさみながら、いくつかの業務を回しているのだ。


「分かった。それじゃあ、また、ね」

「ええ。……あっ、待って」


 言うと、ファイの方に駆けてくるミーシャ。そのままファイの背中に抱き着くと、ファイが来ている侍女服にスリスリと頭や身体をこすりつけてくる。これこそが、獣人族における軽い方のパッフなのだろう。


「……ん。それじゃあ行ってらっしゃい」


 少し寂し気に尻尾を揺らし、それでも別れの言葉を口にしたミーシャ。不器用な彼女の見送りに頷いたファイは今度こそ駆け出して、


「わふっ!?」

「ユア、ごめん。急ぐ」


 道中でユアを回収。急いで下層へと降りるのだった。


 その後、第11層まで降りてユアを彼女の私室の寝台に寝かせたファイ。さらに急いで第17層まで降り、緊急事態ということで伺いもなしにルゥの部屋に突入する。


「んっ、ニナちゃん、そこは――」

「ルゥ、居る?」

「――んにゃぁぁぁ!?」


 ファイの侵入に、ミーシャもかくやという悲鳴を上げたルゥ。椅子の上ではだけた格好をしている彼女に構わず、ファイはユアがエナ欠乏症の初期状態にあることを伝える。


「だから、ユアを見てあげて?」

「分かった! 分かったから! 用件はそれだけ!? じゃあ出てって!」

「あっ、うん……」


 顔を真っ赤にするルゥに命令口調で言われたファイは、すごすごと彼女の部屋を辞する。


(私、ルゥを怒らせた……?)


 思い当たる節といえば、入室前に伺いを立てなかったことだろうか。急いでいたとはいえ、申し訳ないことをしてしまったかもしれない、と、ファイは再びルゥの部屋を訪ねる。


「ルゥ。さっきはごめ、ん……」

「あっ……」


 ファイが再び扉を開けると、ちょうどルゥが下着を履いているところだった。屈んだ彼女の青い瞳と、小首をかしげるファイの視線が静かに交わる。


「……えっと、ルゥも私と同じ、部屋では裸?」


 そんなファイの問いかけにも、ルゥはうつむいたまま何も答えようとしない。


 時を止める部屋。だが、少しして下着を履き直したルゥが顔を上げる。上衣に下着姿となった彼女の顔には、微笑みが浮かんでいる。しかし、なぜだろうか。こめかみ辺りには無数の青筋が浮かんでいた。


「ファイちゃん? ひとまず、お座り」

「えっ。お座り……?」

「そう。あっ、こういった方が良いかな――」


 腕を組み、口の端をひくつかせるルゥが、改めてファイに命令する。


「――そこに座れ」

「ぁぅ……♡」


 瞬間、ファイの身体は忠実に、ニナに次ぐ権限を持つもう1人のご主人様の言うことを実行する。足は折りたたまれ、手は膝に。彼女の身体は勝手に、正座の姿勢を取っていた。


 そうして始まる、ルゥからのお叱り。入室するときに伺いを立てる重要性、また、相手を思い遣ることの大切さについて、懇々と語り聞かされる。


「次やったら、ニナちゃんに言うから」

「そ、それは、困る。絶対にしない」


 ニナに自身の“使えなさ”が露呈するのは不味いと、ファイはきちんとルゥの説教に頷く。それに対して「分かればいいの」と頷いて留飲を下げてくれたように見えたルゥだが、すぐに「それと」と追い打ちをかけてくる。


 次は何を言われ、怒られてしまうのか。内心でビクビクのファイに、ルゥは優しい笑みを見せてくれる。


「それと。緊急事態でわたしを呼びに来てくれたのはとってもありがたいし、大事なことだから。そこは~……えらい! もし同じようなことが合ったら、ためらわずわたしを呼びに来てね」


 言って、正座するファイの頭を優しく撫でてくれる。


 厳しかったり、怪しかったりといった行動も多いルゥだが、こうしてたくさん褒めてくれるルゥがファイは大好きだ。しかも先ほど座るように命令してきた彼女の口調と姿、雰囲気はまさに、ファイが求める理想の主人だった。


「あれ、聞いてる、ファイちゃん?」

「聞いてる! もし身近な人が“危ない”だったら、ルゥに知らせる! 絶対!」


 正座のままルゥを見上げるファイは表情こそいつもと変わらないが、瞳は歓喜に輝き、声には生気が宿っている。


「あっ、コレ。本当にそういうときがあったらエナリア中を走ってわたしを探すやつだ。い~い? 絶対にじゃなくて、わたしの居場所が分かってたら、ね?」

「分かった! 絶対に、じゃない!」

「めっちゃ不安だ!? ファイちゃん、いつになく生き生きしてるし……って、ニナちゃんが悩んでたのはコレかぁ~……」


 引くような、呆れたような声で言って、頭を抱えるルゥだった。


「……よしっ、着替え終わり!」


 普段の見慣れた侍女服を揺らすルゥが、ファイの前で息を吐く。


「休憩はもういい、の?」


 ファイが知る限り、彼女が休んでいたのは耕地と種まきの作業が終わるまでの数時間ほどだろう。それまでは恐らく数日、ともすれば1週間単位で休んでいないだろうルゥ。こんな短い休憩で身体を壊さないのだろうか、と、自分のことは棚に上げて聞く。


 そんなファイにルゥが向けてきたのは、じっとりとした目線だ。


「誰のせいだと思ってるんだか……」

「……? あっ、も、もしかして、私の……せい?」


 主人の邪魔をしてしまったかもしれない。不安からかすかに眉尻を下げるファイの顔を見て、ルゥはクスッと冗談めかして笑った。


「嘘うそ。ファイちゃんのせいじゃないよ。単純に、最後に発散しておこうかなって思ってただけだから」

「発散……?」

「あっ、それは聞かない方向で、ヨロです」


 聞くなと言われれば聞けないのがファイだ。その代わりに、ファイは念のために確認しておく。


「ほ、本当? 本当に私が悪い、じゃ、ない?」

「しつこいぞ~。それとも何? ファイちゃんのせいって言って欲しい? あっ、ひょっとしてわたしに怒ってほしい、とか?」

「ルゥ。私は道具。何々したい、何々してほしい、は、ない」


 例によっていつもの返しをするファイに、ルゥはジットリ呆れた目を向けてくる。


「でも、道具でいたい。命令が欲しい。仕事がしたい。甘いものが食べたい。きれいでいたい。ミーシャちゃんやユアちゃん達をモフモフしたい。それから……ニナちゃんと一緒に居たい。……でしょ?」

「ち、が……、わ、ない……」


 ルゥに言われて、ファイは否定できなかった。彼女が言ったことは全て、ファイの内心を的確に捉えているからだ。


 何より、最後にルゥが言った「ニナと一緒に居たい」という部分を、ファイは否定するわけにはいかないし、否定したくない。


「ファイちゃんさ。そろそろ気付こうよ。今のファイちゃんのやり方……っていうか在り方? だと多分、いつまで経ってもファイちゃんは変われないよ?」

「あぅ……。け、けど、変わらない、は、大事……」


 道具として、不変であることはファイにとって喜ぶべきことだ。自身の価値観と照らし合わせて言ったファイに、「でも」とルゥは否を叩きつけてくる。


「でも、それって強くなれないってことだよ? ファイちゃんは今の自分のままで……。ニナちゃんより弱いままで良いの? 守られてるだけ、良いの?」

「――っ!」


 ルゥのその問いかけは、ファイの胸に深く突き刺さった。




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