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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●野菜を、育てよう

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第202話 うれ、小水?

※本エピソード、及び2話先(204話)、3話先(205話)では「失禁・小水」に関する表現が含まれます(先のお話は含まれる“予定”です)。なるべくマイルドな表現を心掛けましたが、苦手な方はご注意ください。




 キノコ状の岩の上。大小さまざまな岩が転がるその場所の、一番大きな岩の上に立って白い髪を揺らすファイ。


「〈フュール〉」


 彼女が唱えた瞬間、第7層の広範囲にわたってそよ風が吹き抜ける。そうして自身のもとへ集まってくる音に、ファイは静かに耳を澄ませた。


「…………。……うん、大丈夫そう」


 少なくとも、つい先ほどまで聞こえていた探索者たちの怒号は聞こえてこない。見た目にも、森の各所で見られた魔法の痕跡が見られなくなっていた。


 それらを確認して、ファイは岩から軽やかに飛び降りる。続いて、今回の事件の発端であり、収束させてくれた張本人――白い森角兎に歩み寄った。


「みんなを落ち着かせてくれて、ありがとう」


 ファイが労わるように毛をなでると、森角兎も『キュキュッ』と気持ちよさそうに鳴く。


 ユアの話では、この森角兎は進化をさせてくれた恩返しとして、ファイとユアに獲物――探索者たち――を持ってこようとしてくれたらしい。ついでに、ファイかユア。どちらかが自分を気に入ってくれたら良いと、そんな下心もあったようだ。


『つまりキューピョンはユア達の可愛さにやられて、種族を超えて欲情したわけですね』


 とは、ユアの言だ。


 自身よりも強い存在に気に入ってもらう。さらにはより強い子孫を生んでもらう。そういう意味では非常に魔獣らしい考え方だと言えるだろう。


 聞けば森角兎は繁殖力が強いのだという。今も立派な角をファイに見せびらかす森角兎も、より強い子孫を残そうとする、1匹のオスだということだ。


「ユア。私とのこの子で子供はできる?」


 さすがに“その気”はないが、知識の確認としてユアに聞いてみるファイ。すると、返ってきたのはある種、ファイの予想通りの答えだ。


「で、できません……。人と動物は遺伝子が違います、から」

「そう、だよね……」

「はい。前にも言った通り、人間族なら人間族。角族なら角族、獣人族なら獣人族。ほかの種族と交尾はできたとしても、子供はできません……」


 こればかりはどうしようもない、人体の仕組みのようだった。


「……ところで、ユア? いつまでそうしてる、の?」


 ファイが見下ろすのは、地面にあおむけで寝転ぶユアの姿だ。


 腕と足首を折りたたみ、ファイに向けてお腹を見せている。戦闘が終わってから今に至るまで、ユアは決してこの奇妙な姿勢を解こうとはしなかった。


「こ、これはユアがもうファイちゃん様に逆らえないことを示す体勢……です。ユアの意思ではどうにも……。それに、ほら、見てください」


 ユアが視線で示したのは、自身の下腹部だ。彼女が履いている布製の下衣には、広範囲にわたってシミが広がっている。


「ユア、失禁してしまっています……。もう本能的に、ファイちゃん様には逆らえないみたいです……」


 自身の粗相について、あくまでも冷静な見立てをしているユア。


 彼女が服従の姿勢を見せているように、先の戦闘はファイの圧勝だった。


 当然と言えば当然だろう。なにせユアは一度、実験場でファイと戦って負けているのだ。しかもあの時は、牙豹をはじめとする強力かつ大量の魔獣を従えていた状態だ。いわばユアの全力の状態だったにもかかわらず、負けている。


 そんな彼女が今回、第1進化を経たばかりの、せいぜい緑色等級だろう森角兎だけを従えた状態でファイに挑んだのだ。


 ファイがユアの特殊能力について熟知してしまっていることも大きかっただろう。目を合わせないように立ち回れば、ユアの最大の武器である特殊能力を簡単に封じることができてしまう。


 泣き落とし作戦が通じなかった時点で、もはやユアに勝ち目など無かったのだった。


「ゆ、ユアをこの体勢にしたのはファイちゃん様で6人目です……。ノノとナナ。それからムアとお姉ちゃん、ニナ様です」


 自身をこんな姿勢にするなどさすがだ、と言いたいのだろうユア。だが、果たして5人もの先達がいる中での6番目は、すごいことなのだろうかとファイはひどく疑問だ。


 なお、ユアが言った「ノノ」と「ナナ」はガルン語の「お父さん」「お母さん」を指す言葉だ。ただし、普段使いされる言葉とは違う、少し幼稚な言い回しだった。


「……ただ、失禁させられたのは今回が初めて、です」

「そうなんだ? えっと、ニナ達の時は何かが違うって、こと?」


 聞き返したファイに、ユアが左右色の異なる視線をそらしながら「それは……」と言いよどむ。気のせいか、彼女の顔も少し赤いように見える。


 これまで聞けばなんでも答えてくれていただけに、妙にユアの態度がひっかかるファイ。金色の瞳をきらりと輝かせた彼女はユアの視線の先に回り込んで、しゃがみ込む。


「何が、違う?」


 言いながらユアの顔を覗き込んでみるが、


「あぅ、あ……。くぅん……」


 困ったように鳴いたユアは、またしてもファイから視線を逸らす。その時の彼女の横顔には、疑いようのない朱色が差してあった。


(聞いてみても、答えない……。つまり、ガルン人の上下関係は絶対じゃ、ない?)


 戦闘後、ユアは自身の意に反して、ファイの指示通りに白い森角兎に指示を出して混乱を収めてくれた。


 この時、これから自分はユアの意思を無視して、あらゆることを強制することになるのかと心配だったファイ。だが、こうしてきちんとユアが拒否の姿勢を見せてくれていることを思うと、絶対に言うことを聞かせられるということではないらしい。


 思えばユアは、ニナの言葉を拒否する言動を何度も見せていた。一方で、ニナに懇願されると渋々言うことを聞かされていた場面もあった。


 それらから察するに、ファイが強く言わない限り、恐らくユアはファイの命令を無視できる。ユアの意思を踏みにじることにはならないということではないか。


 今この場面もそうだ。チラチラとこちらを見てくるユアにもう一度聞けば、おそらく彼女は強者に従うガルン人の本能として、答えてくれる。だが、ユアはそれを望んでいない。


 であるならば、ファイはこれ以上踏み込まない。


 ユアの態度が気にならないと言えば、もちろん嘘になる。実際に一度は好奇心のまま、ユアに聞いてしまったくらいだ。が、ユア自身にも公言したように、ファイにはユアをいじめる理由も意思もない。


 ユアはファイにとって守るべき対象であり、傷つけてはならない存在だ。それは身体的にも、精神的にも同じことが言える。


 嫌がる相手に無理やり口を割らせることが“いけないこと”だと判断するだけの良識を、ファイはきちんと持ち合わせていた。


 自身の中に芽生えた好奇心の芽を、力づくで引っこ抜いたファイ。立ち上がった彼女は常備している手拭いを水魔法〈ユリュ〉で濡らし、ユアに差し出す。


「はい、ユア。これで拭いて?」


 ファイも人生経験上、小水が付いたまま過ごすと股が蒸れてかゆくなることを知っている。


 どんな事情があるにしても、粗相をしてしまったユアは不快感を覚えているに違いない、と、解決策を提案する。


 そうして濡れた手拭いを差し出すファイの顔を、じっと見てくるユア。この時にはもう彼女の顔に赤みはなく、何かを見定めるようにファイの瞳を見つめている。


「や、やっぱり……。こうやってユアが弱みをさらしても、最後まで。ファイちゃん様はファイちゃん様、なんですね。いえ、それを本能的に察していたからこそ、ユアの身体は“うれ小水”を……?」


 早口で考え事を口にし始めたユアの瞳は、ファイのことを見ているようで見ていない。


「ユア……? ユア。どうかした、の?」

「……わふ? ファイちゃん、様……?」


 相当深くまで思考の海に潜っていたのだろうか。今気づいたというように、ユアがパチパチとファイのことを見上げている。


 仰向けで寝転ぶユアと、彼女を至近距離からのぞき込むファイ。お互いのきれいな瞳が放つ視線が、静かに交錯する。


 そのままお互いに固まること数秒。ファイの耳から、白い髪の束が零れ落ちたのを機に、ユアが「ぁ」と小さく声を漏らして赤面する。


 そして、転がるようにファイの下から抜け出すと、


「あ、ありがとうございましゅ……っ!」


 そう言ってファイの手から手拭いを奪い取り、近くの岩場まで駆けて行って姿をくらませるのだった。


 その後、再びファイの前に姿を見せたユア。さすがに濡れた下衣をそのままにはしておけなかったのだろう。ユアは自身が羽織っていた外套を裳のように腰に巻いた姿で現れた。


「お、お待たせしました、ファイちゃん様……」

「うん、お帰り、ユア。獣化しなかった、の?」


 服が汚れてしまった以上、獣化する選択肢を選ぶと思っていたファイ。獣化すると服は基本的に必要ないからだ。


 だが、ユアは少し無理をする形になってでも人の姿で戻って来た。その意図が知りたくて聞いてみたファイに、駆け寄ってきたユアはファイの服の裾をつまみながら答える。


「獣化すると、その、目が悪くなるので……」

「えっ、そうなの?」


 獣化すると五感がすべて強化されるものだと勝手に思い込んでいたファイ。だが、一概にそうとは言えないようだ。


 ユアの場合、人の姿でいる時よりも聴覚や嗅覚が鋭くなる代わりに、視力がグッと落ちてしまうのだという。数値にして10分の1にもなってしまうらしい。


「その分、動体視力は良くなるんです、けど……。今回はファイちゃん様の背中から、植物を探さないと、なので……」


 残る2つの種の採取のために、不快感と恥じらいを押して人の姿でいることを選んでくれたというユア。彼女の献身に、ファイの胸も温かくなる。


 ファイの服の裾を握って上目遣いに見てくるユアを抱きしめたくなる騒動を堪えて、ファイはユアに背を向ける。


「ん、分かった。それじゃあ、早くお仕事、終わらせよう」

「は、はい……!」


 頷いたユアが、ファイの背中に負ぶさってくる。その際、裳のようになっている外套の裾から見えたのは、ユアが履いている水色の下着だ。


 そういえば、ユアは汚れた下着をどうしたのだろうか。臭いなどがしないことから、恐らくユアは下着を履き替えたのだろう。ということは、ユアは下着の替えを持ち歩いていたということになる。


 「どうして?」と、ファイとしては思わなくもないが、ユアは天才だ。きっとあらゆる事態を想定して、常に替えの下着を持ち歩いているに違いない。そう結論付けて、ファイはユアを背負って立ち上がる。


(カイル達、無事、かな……?)


 騒動の鎮静化には成功したものの、被害の状況は確認できていない。第7層に来ることができる探索者が青色等級の森角兎にやられるとは思えないが、数が数だったはずだ。怪我くらいはしているかもしれない。


 幸い、この階層にいるらしき探索者たちの大まかな位置は先ほど確認した。


 植物を捜索するついでに被害状況を確認することも頭に入れながら、ファイはキノコ状の岩の上から飛び降りた。




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