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第19話 “奇跡の子”の、意味




 獣人族。それは、ウルンにもガルンにも存在する、動物の特徴を持つ人々のことだ。多くの場合、人が持つ丸い耳の代わりに、尖ったり、長かったり、垂れていたり。そんな、特徴的な耳を頭頂部に備えている。また、尾てい骨から毛でおおわれた尻尾が生えており、身体の平衡を保つのに一役買っているとされていた。


 そして、ガルンの獣人族には、ウルンの獣人族に無い特別な能力がある。それこそが、獣化。獣の姿となり、人の身では得られない筋力や五感を手に入れることができる力だ。


「『つまり、さっきの女の人が、ミーシャ?』」

『……そうよ』


 ファイとルゥ、そして、ルゥに抱かれたまま移動するミーシャ。ガルン語で話しながらニナが居そうな部屋を探していく。同時に、ルゥによってそれとなく紹介される各部屋の特徴やその配置を、ファイは順番に記憶していっていた。


 と、またしてもルゥがとある部屋の前で足を止める。


『ここが、書庫。名前の通り資料とか本とかが置いてあるんだけど……』


 ファイの言葉の飲み込みが早いことを察したらしいルゥは、容赦なくガルン語でファイに話しかけてくる。それらをつぶさに聞き取り、記憶して、整理するファイ。


(ブティ)たくさん(ステア)ある()場所()。それが、書庫(ブティエレ)(ブティ)保管庫(エレ)……)


 文法のようなものはもう既に7割がたを理解しており、それに付随する“名詞”や“動詞”についても覚える余力が生まれ始めている。そうして少しずつ、ファイとガルン人たちとのやり取りが会話になり始めていた。


「真っ暗だから、ここにもニナちゃんは居ない……かな」

「これで4つ目……。ルゥ、ニナのこと、分かってない?」

「何をぅ!? これでもニナちゃんもわたしもこ~~~んなに小っちゃい時から一緒に居るんだから!」


 空いている手で自身の太もも辺りを示して見せたルゥ。どうやら2人は、幼馴染と呼ばれる関係らしかった。


「ただ、お手洗いにも書庫にも居ない。お散歩に出てる連絡もない。となると、執務室ってことになるんだけど」

「執務室。私がニナからピュレと袋を貰った場所」

「多分、そうかな。でも、それだと、通信に反応しないわけないんだけど……」


 そう話しているうちに、当初のファイの目的地だった両開きの扉が見えてくる。ニナの私室へとつながる、執務室だ。なお、距離を開けてこの部屋の2つ隣が、ファイに貸し与えられている部屋でもあった。


「ニナちゃん~、入るよ~」


 返事を待たず、執務室の扉を開けたルゥ。その脇から、ファイも中の様子を確認する。と、


「ニナ!」


 夜光灯が明るく照らす部屋。そこには確かに、ニナが居た。ついに見つけた主人の名前を、思わず叫んでしまうファイ。しかし、彼女の呼びかけに、ニナが反応することはない。それどころか、執務机に突っ伏した状態のまま、ピクリとも動かなかった。


 そして、照明の光を反射する液体が、ニナの顔の周りに広がっている。


(もしかして、血――!?)


 ルゥの脇をさっとくぐり抜けてニナに駆け寄ったファイが見たもの。それは、


「ふへ、ふへへへへ……。ファイさん、たぁんと召し上がってください……」


 よだれで水たまりを作りながら気持ちよさそう眠る、ニナの姿だった。


「……ニナ?」


 呼びかけながら、ニナの身体を起こすファイ。ねっとりとした唾液が、ニナの頬と机とを結ぶように透明な線を描く。しかし、そこまでしても、ニナが目を覚ますことは無い。


「あぁん、もう……。わたくしを食べても美味しくないですわぁ……むにゃ」


 ただ幸せそうな顔をして、寝言を呟くだけだ。


 どうして、ガルン人であるニナが眠りこけているのか。困惑でわずかに眉根を寄せるファイとは対照的に、慣れた様子なのはルゥとミーシャだ。


「もう、また居眠りしてる……。ここしばらく寝てないみたいだったし、仕方ないんだろうけど」


 焦った様子もなく、黒髪を優雅に揺らしながらニナに歩み寄るルゥ。また、彼女の胸から机へと軽やかに降り立ったミーシャも、


「机、よだれでベトベトじゃない……。まったく、勿体ない」


 そう言いながら、机に広がったニナのよだれを小さい舌で舐め取っていく。


「あっ、ミーシャちゃん! わたしの分も置いといてよね!」

「分かってますよ、ルゥ先輩。そんなことよりも、早くニナを寝室に連れて行ってあげてください。それともアタシが、ニナの寝かしつけをしましょうか?」

「あ~、う~、あ~……」


 ガルン語で、かつ早口で行なわれた会話。その意味聞き取りはファイにはまだ難しいが、それよりもファイには確認しなければならないことがあった。


「……ねぇ、ルゥ」

「よっこいしょ……。あ、うん、どうしたの?」


 ニナを椅子から抱え上げたルゥが、青い瞳を向けてくる。


「ニナは、ガルン人だよね?」

「え、うん、そうだよ? それがどうしたの……って、なるほど」


 ファイの視線が眠るニナに向けられていることから、聞きたいことを察したルゥ。手が空いているファイに、執務室から寝室へと続く厳重な扉を開ける手伝いをさせながら、ニナが眠っている理由について明かす。


「もう聞いてるかもだけど、ニナちゃん。正確には、半分ガルン人で、半分ウルン人なの」

「うん。“奇跡の子”って自分で言ってた」


 ファイの記憶が正しければ、“進化する”ガルン人の肉体と、“魔素供給器官を持つ”ウルン人の特徴を併せ持つ。そんな話をしていた。


「そうそう。だからこの子は生きてるだけで“進化”する最強のガルン人なんだけど……よいせっ」


 無骨な金属製の扉を開けると、そこには存外、可愛らしい部屋があった。大きさはファイが使っている部屋と、そう変わらない。寝台が1つと、小さな机。そして、数え切れない数のぬいぐるみが置いてある。


「ここは?」

「ニナちゃんの寝室。多分、エナリアの中で一番、安全な場所」


 ファイの質問に答えながら、ニナの身体を寝台に寝かせる。そして、慣れた手つきで服を脱がし始めた。


「さっきの話。ニナちゃんはガルン人とウルン人、その両方の特性を持ってるの。長所も、短所も、ひっくるめて、ね」

「悪いところ……」

「うん、そう。それこそウルン人たちが持つ特性……“睡眠”なんていう、ガルンでは致命的な行動が必要なところとか」


 一部、意味が分からない部分もあったが、おおよそルゥの言っている内容を聞き取ったファイ。


「つまりニナは、ガルン人だけど、ウルン人でもある?」

「まぁ、うん、そうかな。“いいとこどり”とも言えるし、“中途半端”とも言えるかな」


 ルゥがそういう頃にはニナの服が完全に取り去られ、傷1つない裸体だけがさらされている。


「他にもこの子が特異なところは、ガルン人なのにウルンで行動できること。普通、ガルン人がエナの薄いウルンに出たら、10歩も持たずにエナ欠乏症で死んじゃうけど、ニナちゃんは1万歩くらいなら余裕で行動できる」


 ガルンには明確な時間の概念が無いため、時間的な概念は各々の尺度で語られる。ルゥの場合はそれが、歩数のようだった。


「ニナ、すごい」

「そうだね。けど、ウルン人でもあるニナちゃんは、ガルンでも同じような行動制限を受けるの。確か、ウルンで行動できる倍くらい動いたら、エナ中毒で倒れちゃうんじゃなかったかな?」


 衣装棚から取り出した寝間着を着せながら、ニナが抱える身体的問題について、ルゥは語る。ただし、初めて聞く単語がいくつかあり、また、やや遠回しな言い方をされているらしく、ファイには彼女が言いたいことが分からない。


「えっと……?」

「つまり、ニナちゃんが何も気にせず、普通に生きていける場所。それって、エナが薄すぎず濃すぎないこの場所――エナリアだけなの」




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