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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●改装作業、ちゅう

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第184話 ――しても、――しない




 ファイが執務室の扉を開けると、いつものようにニナが笑顔で出迎えてくれた。


「ファイさん! ご機嫌ようです、わ……!?」


 元気な挨拶をしてくれたニナだが、ファイの頭の上に座る生物を見て目を見開いた。そのまま椅子から立ち上ってファイの方に駆けてくると、


「ふぁ、ファイさん! 頭上にいらっしゃるそのお可愛らしい生き物は何でしょうかぁっ!?」


 目をキラキラと輝かせる。そのまま高速でファイの周囲を移動し、様々な角度からファイの頭上――真っ黒な幼竜ベルを観察し始める。


「えっと。ここに来る途中で見かけた、から」


 ベルには「拾ったと言え」と言われたが、ファイにもニナに嘘はつかないという道具としての矜持がある。ベルの要求と自信の矜持。そして、ベルに逆らうまいとする無意識の生存本能が合わさった答えが、先の発言だった。


「あら? この子を、このエナリアで、ですか? どこかから迷い込んでしまったのでしょうか……。それに鱗の色と言い、角の色と言い……。偶然、でしょうか……?」


 ぶつぶつと可能性について独り言をつぶやいていたニナだが、不意にファイと幼竜を見上げてくる。


「差し当たって、お預かりしてもよろしいでしょうか?」


 出自不明の魔獣を野放しにするまいと考えたのだろうか。幼竜の引き渡しを要求してくる。


 常であれば、ファイはにべもなくニナの提案を飲んだことだろう。しかし、無意識によって支配されているファイの思考と身体は、


「……どう、する?」


 ベルに指示を仰ぐという行動を導く。他方、ファイに尋ねられたベルはと言えば、そっぽを向いて「イヤ」だと態度で示して見せた。


「はわっ!? き、嫌われてしまったでしょうかぁ……」

「ち、違うと思う。けど、今は気分じゃない、の……かも?」


 あからさまに落胆するニナを、慌てて弁護するファイ。しかし、ファイの努力も虚しく、ニナの顔に笑顔が戻ることは無い。


「あぅ……。ミーシャさんもそうですが、どういう訳かわたくし、動物さん達に避けられてしまうことが多いのですわ……」


 言いながら、とぼとぼと執務室の奥へと歩いていく。


 ファイの主人は、気に入ったものに構い過ぎるきらいがある。もちろんファイは何とも思わない――むしろ嬉しい――のだが、ミーシャなどは煩わしく感じてしまうことも多いようだ。結果、避けられてしまっているのだろう。


(他にも、ニナの強さが悪さをしてる、のかも?)


 ただ、ベルとニナは初対面のはず。そして、出会い頭でニナを嫌う存在など居ないと、ファイは本気で信じている。


 有事に備えて両手を空けるために頭上に座らせていたベルを両手でそっと掴み、手のひらの上へと移動させる。そして、竜の姿になってもなお印象的な、吸い込まれそうな黒目と目を合わせた。


「……ベル。なんで?」


 先ほど、ベルはニナのところに案内して欲しいと言っていた。つまり彼女は、ニナに会いに来たはず。だと言うのに、ベルはニナに触れられることを拒否した。


 行動に矛盾が見えて、ファイは頭上のベルに問いかける。が、ベルから反応が返って来ることは無い。静かに首を横に振るだけだ。


 先ほど幼竜の姿でも話していたため、喋れないということもないはず。だが、どういう訳かベルは、言葉を封印しているようだった。


 と、そうしてファイが手のひらの上のベルと話をしていると、視線を感じる。見れば、椅子に座り直したニナが、ジットリとした目をファイに向けていた。


「ファイさんは良いですわね。ミーシャさんとも、ムアさんとも、ユアさんとも仲良し、ですものね(ぷいっ)」


 珍しく言い方に棘を感じさせながら、頬を膨らませている。そうして不機嫌を露わにするニナには、ファイもタジタジだ。ひとまずベルを足元に置き、これ以上触れ合わないようにする。


「に、ニナ。えっと、ごめん、なさい……。けど、“仲良し”は、ニナのためだから」

「……わたくしのため? どういうことでしょうか?」

「え、えっと……」


 ファイは、自身を実験素材としながらガルン人の従業員と積極的に交流することで、今後、ウルン人とガルン人が仲良くなるための手がかりや前例を作ろうとしているのだとニナに説明する。


「ルゥ。ミーシャ。リーゼ。ユアとムア。サラと、それからロゥナたち……。みんなが何を好き、で、何が嫌い・苦手か、私が知る。それをフーカとかに言えば、喧嘩もない……よね?」


 可能な限り衝突を回避し、自分たちを含めた従業員を参考例としながらウルン人とガルン人が共生できる道を模索する。ファイが従業員たちと積極的に交流する裏には、そんな事情もあった。


「でも、何回でも言う、ね。私はニナのもの。ニナのためなら何でもする、し、ニナが他の人と“仲良し”するなって言うなら、しない」

「ファイさん……。お、おほん! ど、どうしてそこまでわたくしに尽くしてくださるのですか?」


 なぜか咳払いを入れつつ、さりげなくを装って聞いてくるニナ。それに対してファイが「私はニナのものだから」と答えようとするが、さすがはファイの主人と言ったところか。すかさず、釘を刺してくる。


「『ニナのものだから』は禁止ですわ!」

「じゃあ、私はニナの道具――」

「『道具だから』もダメですわぁっ! それ以外の……ファイさん自身の言葉で、お聞かせくださいませっ!」

「あ、ぅ……」


 進退窮まるとはこのことだろう。もはや素の自分を出す以外の道はなくなってしまい、ファイの顔が一気に羞恥に染まる。


 そうして口をもにょもにょと動かしながらどうにかこうにか言葉を探すファイを、ニナはどういう訳か期待のまなざしで見てくるではないか。


 ファイにはニナが何を期待しているのかが分からない。道具としての強い自分ならともかく、素の弱い自分に、果たしてニナは何を期待しているのだろうか。


 羞恥と困惑で思考が完全に焼き切れてしまったファイは、結局。


「に、ニナが一番だいじ、だから……っ」


 黒狼を出てニナのもとに居ると決めたときからずっとあるたった1つの想いを、口にすることしかできなかった。


 果たして、こんな情けない自分をニナはどう評価するのか。


 怖くても、主人からの評価を確認しなければファイは自身の行動の是非が分からない。あまりの羞恥で目端に薄っすらと涙を浮かべるファイ。彼女が、ゆっくりと、上目遣いにニナの表情を伺ってみると、ニナは優しい顔で目をつむったまま動かなくなってしまった。


 そこから執務室には長い沈黙が広がる。


「……ニナ?」


 こらえきれなくなったファイがニナに呼びかけてみるも、反応はない。その後も二度、三度と呼びかけるが、ニナは優しい顔で目をつむったままだ。それこそ、眠っているようでもある。


 どうしたのだろうか。足元に居るベルと顔を見合わせて首を傾げたファイは、おずおずとニナに歩み寄る。そのまま机の前に来ても、ニナが目を覚ますことは無い。


「……ニナ?」


 至近距離で呼びかけても、ぷにぷにモチモチの頬をつまんでみても、ニナは安らかな顔で目を閉じたままだ。それに、ファイの気のせいで無ければ、ニナは呼吸をしていない。その証拠に、胸も、お腹も、全く動いていないのだ。


 ふとファイの脳裏によみがえる、ニナ対アミスの戦いの記憶。剣がお腹を貫通した状態で動き回ったニナは、死にかけていた。


 温かいニナの身体から熱と力が失われていく生々しい感覚が、徐々にファイの手に、身体に、再現され始める。


 ファイにとって、ニナは全てだ。生きる意味と言い換えることもできるだろう。ニナの夢がファイの夢で、ニナが進もうとする未来がファイの歩くべき道だ。


 よくファイはニナをフォルンと例えるが、そこには何の誇張もない。ニナが居なければ、ファイはどこを歩けば良いのか、どう生きていけば良いのか分からない。だからこそファイは人生で唯一、ニナと一緒に居ることを自らの意志で選んだ。


 そんなニナが、居なくなってしまうかもしれない。疑いようのない恐怖がファイの中で膨らんでいく。


「に、ニナ? ニナ! ?だいじょうぶ――」

「ぷはぁっ!?」

「――(びくぅっ)」


 至近距離で呼びかけてようやく、ニナは茶色の瞳をハッと開いて声を上げた。突然のニナの声と、ちょっとした恐怖体験に身をすくませるファイ。


 どうやらニナは死んだふりをしていたらしい。


「ふぅ……。ファイさんのあまりの尊さに、危うく死んでしまうところでしたわ……」


 そう言って何もなかったように振る舞うニナ。


 彼女が無事だと分かって、ファイは“心の底”から安心する。だが、同時に、なぜだろうか。先ほどまでニナの死を予感して膨らんでいた不安がそのまま、別の感情に置き換わる。


「(むぅぅぅ~~~!)」

「ふぁ、ファイさん!? どうされたのですか!? ほっぺたがお餅のようにふっくらと――」

「ニナ! 冗談は良くない!」


 心配させて、安心させて。自分を道具でいられなくするニナの悪い冗談に、つい声を荒らげてしまうファイ。まさか彼女が“怒る”とは思っていなかったのだろう。目を真ん丸にしたニナは、


「も、ももも、申し訳ございませんでしたわぁぁぁ~~~!」


 机に頭をこすりつける勢いで、ファイに対する謝罪の意を示すのだった。


「わ、分かれば、いい……。……ぁ」


 ニナの謝罪で留飲を下げたファイ。しかし、冷静さを取り戻した彼女は、自身が言い訳もできないほど感情を露わにしてしまっていたことに気付く。


 ましてやファイにとって、主人であるニナを糾弾するなどもってのほかだ。


 ファイは普段からニナに、自分のことなど気にかけないでほしいと言っている。だというのにファイは今、“心配させないでほしい”と言ったに等しい振る舞いをしてしまった。


 ファイが夢見る真に優秀な道具であれば、ニナの冗談にも表情1つ変えずに対応しなければならなかったのだ。


(私、また……っ!)


 ニナが絡むとどうしても冷静でいられなくなってしまう自分に、嫌気が差す。そして、嫌気がさす、モヤモヤするということは、不幸であることと同義だ。ニナから幸せであることを“お願い”されているファイにとって、自分を卑下することも許されない。


(下を向く、は、ダメ。道具は“学習”しても、“後悔”しない)


 いつだって前を向いて、失敗はありのまま受け入れて。ファイは、全ての経験をより良い振る舞いへと昇華させなければならない。


 フゥッと小さく息を吐いて次に顔を上げたファイはもう、道具の顔に戻っている。わずかに羞恥が残るのは、ご愛敬だ。


 そして、先ほど怒りを爆発させてしまった自分になぜか優しい顔を向けているニナに、ファイは尋ねる。


「――ニナ。次のお仕事は、なに?」


 そんなファイとニナのやり取りを、足元からベルが静かに観察していた。




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