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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●“かんさ”が、来たみたい

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第179話 何かあった、の?




「ファイ!」


 背後から聞こえた声に、ファイが振り返る。と、1つにまとめられたゆるく波打つ金色の髪を揺らして駆けてくるのはミーシャだ。


 今日、彼女が着ているのは白と黄緑色が印象的な、上下が分かれている水着だ。ヒダのついた布が装飾として多く使われていて、1つミーシャが動くたび(あで)やかに揺れる。機能性よりも見栄えに重きを置いたような意匠になっていた。


 少し息を切らしながらファイの目の前までやって来たミーシャ。フゥと小さく息を吐くと、ニッと歯を見せて笑った。


「ふんっ、来てあげたわ!」

「……? ありがとう?」


 よく分からないがとりあえずいつものようにミーシャの頭を撫でてあげると、ミーシャがご機嫌に尻尾を揺らし始める。こうして至近距離でミーシャと対面したからこそ、ファイには1つの気付きがあった。


(ミーシャ、目、腫れてる……?)


 身だしなみにはかなり気を遣う一方で、化粧をしないミーシャ。だからこそ分かるのだが、ミーシャの目元がわずかに赤く腫れあがっているのだ。それこそ、少し前まで泣いていたのではないかと思えるほどに。


 どうしたのだろうか。無意識のまま、ファイが労わるようにしてミーシャの目元に触れる。瞬間、「はっ!」と気付きの声を漏らした彼女は、ファイから距離を取った。


「ミーシャ――」

「アンタ達、こんなところで何してるのよ? 水遊びするんじゃなかったの?」


 そっぽを向いて横目でファイ達を見ながら、聞いてくるミーシャ。彼女の言う「アンタ達」はファイと、すぐそばで椅子の調整に励んでいるフーカ、ロゥナの計3人だ。


 ちょうど先日、撮影機の稼働実験をしていたと同じ顔ぶれということもあるのだろう。ミーシャの警戒心もかなり薄れているようだった。


 黒毛の耳を動かして尻尾を「?」の形にしているミーシャに、聞かれた通り事情を説明するファイ。作業の理由が、ミーシャにとって“守るべき存在”であるフーカにあったからだろうか。比較的、ミーシャの食いつきは良い。


「……なるほど。その子の椅子を作るため、ね」

「そう。あっ、フーカは大人だから子供は、ダメ。フーカが困る」

「ふーん、ソイツが大人、ねぇ……」


 どうやらミーシャはまだ、フーカが“大人”であるとは思えないらしい。


 そもそもガルンにおける大人は、1回以上の進化を経てあるていど強い存在のことを指す。その観点から見たとき、小さく童顔で、なおかつ弱いフーカは、ミーシャにとってどこまでいっても子供なのかもしれない。


「ま、一応、頭の片隅には入れておくわね。それで、あっちは……悲惨ね」

「あっち……?」


 ミーシャの視線をファイが追うと、そこには浅い方のため池がある。先ほどまでルゥとエシュラム家の双子姉妹が水打球で戦っていた場所だ。気づけばため池からは活気が消えており、勝負が決したことが伺える。


 くるぶしまでの浅瀬に立っている――つまりは勝負の勝者となった――のは、ルゥだ。


「はぁ、はぁ……。ふんっ、あんまり先輩を舐めないでよね!」


 水か汗かは分からないが、あご先から大量の水滴を豊かな谷間に滴らせて笑っている。


 一方、水に浮かんで目を回しているのが、敗者なのだろうユアとムアだ。


ムア(うあ)助けて(あうええ)ー……」

「くぅん……。身体がしびれるー……」


 明らかに呂律(ろれつ)が回っていないユアに対して、辛うじて口が動くらしいムア。彼女たちの様子や発言からするに、どうやらルゥが自慢の毒を使ったらしい。


 だが、ルゥの能力を知っているユアとムアだ。尻尾の針を刺されるようなヘマはしないだろう。かといって、ルゥの手に銃があるようにも見えない。


(ルゥのことだから胸に銃を隠してる可能性もある、けど……)


 初めてルゥと戦った時、彼女が胸の谷間から銃を取り出した光景は、ファイにとってあまりにも衝撃的だった。


 使いこなせたなら便利な技術であるためファイも小刀で何度か試してみたことがある。しかし、何の抵抗もなくストンと地面に刺さった小刀を見たとき、言葉にはできない虚しさを覚えたものだ。


 当時の虚無感を思い出して遠い目になってしまったファイだが、すぐに首を振ってルゥの毒について再度考える。


 いくらルゥが胸に物を隠せるのだとしても、あれだけ動けばさすがに谷間に仕込んだ物がまろび出てしまうに違いない。となると、別の方法だろうか。


 スゥッと目を細めたファイは、水中に垂れているルゥの尻尾が静かに脈打っているのを発見する。あの尻尾の動きは、彼女が能力を使っている際の特徴だ。


(もしかしてルゥ、ため池に毒を混ぜた、の?)


 ズルい、と言われることが多いように、ルゥは策略家だ。真正面から戦うことよりも、からめ手を使って戦うことを得意としている。


 そんな彼女のことだ。水打球が始まった時から浅瀬に毒を注入し続けて浅瀬を毒の池にして、じっくりとユアとムアに毒を回したのではないだろうか。


(ルゥの傷薬。飲まなくても、かける……触るだけで効果がある。毒も同じ、かも?)


 身体能力で劣ることは理解していたのだろうルゥ。水打球で真正面から戦おうとせずにあくまでも自身の“得意”を――毒を――押しつけていく戦い方は、ファイにとって見習うべき姿勢だった。


 と、そうしてファイが探索者の性としてルゥの能力を解析していた時だ。不意にファイの胸に、ささやかな重みが加わる。見れば、ミーシャがファイに抱き着いていた。


「……ミーシャ?」


 問いかけてみるが、反応はない。ファイの胸に、黒い三角形の耳が特徴的な頭を押し付けてくる。


 いつもの“匂いこすりつけ”だろうか。だが、なんとなく違うような気がする。どうしてなのか。違和感の正体を探るファイの視線が、ミーシャの背中で止まった。


 普段、ミーシャが匂いをこすりつけている時は、ゆっくり並みを打つように揺れている尻尾。それが今日は、力なく垂れてしまっている。ミーシャが落ち込んだり、怖がっていたりする時に見せる尻尾の動きだ。


(やっぱり、何かあった)


 出会い頭、目元が赤かった彼女に抱いた疑問が、ファイの中で確信に変わる。


 恐らく、ここに来るまでにミーシャには何か悲しいことがあったのだ。それを押して普段と変わりない様子を見せていたが、ため池周辺を満たす陽気に気分が沈んでしまったのだろう。結果、手近な位置に居た自分を使って顔を隠している。ファイはそう判断した。


「よし、よし」


 普段そうしてあげているように、金色の髪を撫でてあげるファイ。先ほどは拒否されてしまったが、今回はそんなこともない。ミーシャは撫でられるがままだ。


 こういう時、ファイはミーシャが拒絶しない限りは撫でてあげるようにしている。そこに深い理由はない。ミーシャという、自分よりも幼く弱い子供に寄り添ってあげたい。その一心だ。


 と、そうしてファイがミーシャと抱き合っていると視線を感じた。見れば、ニナだ。ユア・ムア姉妹を水中から回収し終えた彼女が、遠くからコチラを見ている。


 てっきり、いつものように「あ~!」と憤慨の声を漏らして駆けてくると思っていたファイ。だがこの時のニナが浮かべたのは、困ったような笑顔だ。駆け寄ってくる様子も、怒っている様子もない。苦笑したままファイに向けてゆっくりと唇を動かし、ファイに伝言してくる。


(「そのまま」……?)


 ニナはきっと、ミーシャに何があったのかを知っているのだ。そのうえで、今だけはファイの所有権をミーシャに預けている。


(そういえば、ニナとミーシャ。実験のあと、居なくなってた)


 エリュやマィニィと出会う直前、ニナはミーシャを連れてどこかへ姿を消していた。ちょうど、敵――密猟者たち――を排除したとニナが宣言した頃だっただろうか。


 ファイの記憶が正しければ、密猟者たちはミーシャを追ってこのエナリアに来ていたはずだ。その出来事とミーシャの涙が無関係と考えるほどファイも能天気ではない。


 一方で、何があったのかを察するには、ファイの中には情報が足りない。ミーシャが悲しんでいる理由が、ファイには分からなかった。


 それでもいま目の前には悲しんでいる少女が居て、大切な主人からは寄り添ってあげる旨の命令が出ている。


 であるならば、ファイのするべきことは1つだけ。ミーシャの小さな身体を包んで、温もりを感じてもらうことだけだ。いつもファイが、ニナにしてもらっているように。


(大丈夫、だいじょうぶ)


 一歩間違えれば壊れてしまうミーシャの身体を、それでもファイは可能な限り強く、強く。抱きしめてあげるのだった。




 そのまま、果たしてどれくらい時間が経っただろうか。近くで行なわれていたロゥナとフーカの椅子制作が、目印に沿って椅子を切っていく段階に入った頃。


 クイクイと服を引っ張られるような感触がファイを襲う。見れば、ミーシャが胸の中から上目遣いにファイを見上げていた。


 泣いていたというわけではないらしい。ミーシャの目元の腫れに特段の変化はなく、ファイの服が濡れている様子もない。本当に、ただ気持ちを落ち着かせていただけのようだ。そんな彼女が、「ふぁ、ファイ……」と、牙を覗かせてファイの名前を呼ぶ。


 不安に揺れる緑色の瞳は、ミーシャが何か要求をファイにしようとしている時によく見られるものだ。


「ミーシャ? どうかした?」

「ねぇ、ファイ。その……。あの、ね……? アタシと……」


 ファイとため池を交互に見ながら、胸元でキュッとこぶしを握るミーシャ。


 もとより主人の考えを察することに人生を捧げてきたファイにとって、ミーシャが何を言わんとしているのかを察するのは容易だ。


(ミーシャ。きっと、お水で遊びたい)


 ただ、ファイは道具であるために「一緒に遊ぼう」と言ってあげるわけにはいかない。「~しよう」は要望を表す言葉であり、ひいては心の存在を想起させる言葉だからだ。そのため、ここでファイが取るべき行動はミーシャの背中を押してあげることだ。


「ミーシャ。私は何をすればいい?」


 あなたに従うよ、拒否しないよ、と。自分と同じで言葉を紡ぐのに時間が居る少女に、ささやかな応援を送る。


 と、ファイを見上げて宝石のような緑色の瞳を見開いたミーシャ。真っ赤に染まった顔を隠すように俯く一方で、ファイの上衣をぎゅっと握る手に力を籠める。そのままファイの胸に頭をこつんと当てると、


「あ、アタシと泳ぐ練習、しない……?」


 消え入りそうな声で、言うのだった。




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