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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●“かんさ”が、来たみたい

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第174話 私は幸せ、だよ?




 ファイが不調から回復したのは、ウルンで4日が経とうという頃だった。


 エナリアの深部に居ればエナ中毒になるし、半日あればお腹がすく。さらに1日経てば眠くなる。そんな“普通の人の生活体験”の終わりを告げたのは、ファイの全身に戻ってきた“力”の感覚だ。


 身体は一切の体重を感じさせず、世界を鮮明に見聞きすることができる。頭痛も収まって思考はまとまるようになり、今しがたまであった眠気も全て吹き飛んだ。さながら、黒狼で打ってもらっていた気持ちのいい薬を体内に入れてもらったような、そんな感覚だった。


「ふっかつ!」

「ひゃわぁっ!?」


 気力たっぷりに寝台から起き上がったファイに、フーカが悲鳴を漏らす。


「フーカ、私、元に戻った! ニナの所に行こう!」

「わ、分かりました! 分かりましたから、服を着てくださいぃ!」


 顔を赤くしながら、手をバタバタさせているフーカ。


 実はファイは今しがたまで、フーカに香油を使った全身のもみほぐしをしてもらっていた。


『お、王宮に居た頃はそれこそ毎晩、アミス様にしてあげてたんですよぉ』


 と言ったフーカの言葉は正しく、小さな手で行なわれるフーカのもみほぐしは絶技と呼ぶにふさわしいものだった。特に初めてのもみほぐしを受けたとき、ファイは何度、全身の硬直と弛緩を繰り返したことだろうか。


 これまで、もみほぐしなどされたことのないファイ。10年以上も無理を続けて凝り固まった彼女の身体は、フーカが20年以上をかけて培ってきた技術を前に、あっさりと屈してしまったのだった。


 以来、眠る前に身体が勝手に求めてしまうほど、フーカのもみほぐしの虜になってしまったファイ。それは何も身体がほぐれる気持ち良さを求めただけではない。もみほぐしを受けた後は気分も落ち着いてぐっすりと眠れたし、起きてからの勉強や家事にも集中できたからだ。


 ニナのために。ついでに、わずかな快楽を求めて。ファイはフーカからの奉仕を甘んじて――本心では喜んで――受け入れていたのだった。


 だが、そうしてフーカに助けてもらうのも今日までだ。全身の香油をキレイにふき取ったファイは、急いで侍女服に着替える。そして、自身も寝間着から外着へと着替えたフーカと一緒に執務室へと向かうことにした。


 ところで、フーカと数日間一緒に寝食を共にしたことでファイには2つ、分かったことがある。


 1つは、きれいで美しい羽を持つ羽族の人々の暮らしが非常に大変だろうことだ。


 例えば眠る時だ。フーカの個室がまだ無いらしいため、彼女はファイと一緒に眠っていた。その際、フーカは羽根が傷まないように基本的にうつぶせで眠るのだ。


 一度ファイも真似をしてやってみたから分かるのだが、うつぶせで寝るとかなり寝苦しい。胸が寝台に押し付けられて痛いし、息も満足にできない。そんな眠り方を、フーカは慣れた様子で行なっていた。


 もちろん睡眠中は横を向くなどして寝返りを打っていたが、最終的にはうつぶせに収まる。枕に顔をうずめて眠る姿に、呼吸ができているのだろうかとファイは気が気ではなかった。


 椅子に座るときだってそうだ。羽が背もたれに当たらないよう、必ずフーカは背中を浮かせている。


 自分ではなく、自身の存在価値の大半を占めるという翅を中心とした生活。それが、フーカの暮らしらしいのだ。


 そして、もう1つ。


 フーカは「携帯」と呼ばれる魔道具を持っている。その携帯を、フーカは眠る前に必ず触っているのだ。


 何をしているのか聞いてみれば、日記をつけているらしい。エナリアの中で何があって、どのような学びを得たのか。フーカは携帯に書き込み、記録しているのだという。


 本来は離れた場所と通信したりもできるらしいのだが、エナリアの中からウルンと連絡を取ることはできないそうだ。


 それでも、いざアミスのもとに戻った時、思い出話をするために記録しているのだろうことはファイでも察せられることだった。


(……もしかしてニナ。フーカと一緒にいる、で、私にウルンのことを教えようとした?)


 ここ数日で、ファイはフーカにエナリアのことを。反対にフーカはウルンのことをファイに教えてくれた。また、生活を通して「フーカ」への理解が深まったことで、ウルンの一般的な女性の日常もぼんやりと想像できるようになってきている。


 ――朝、起きたらフーカに手伝ってもらいながら着替える。その後はフーカが作った美味しい朝ご飯を食べて、勉強だ。少し疲れがたまる夕方に、フーカが作ってくれた美味しいお菓子と紅茶で気分転換。夜、頃合いを見てフーカの作った夕食で心と体を満たす。お風呂ではお互いを洗い、眠る前には極上のもみほぐしをしてもらって、就寝。その繰り返し。


 自分が体験したこの生活を送っているというのが、いまのファイの考える一般的なウルン人の女性像だ。


 その女性像が真実かどうかはともかく。ファイがウルンのことを理解できるようにニナは慮ってくれたのではないだろうか。


(ううん、きっとそう。さすが、ニナ)


 大好きな主人を内心で持ち上げるファイが、フーカを連れて執務室の扉を叩く。


「ニナ、いる?」

「ファイさん、ですわね? 少々お待ちくださいませ」


 扉越しにニナの声が聞こえたかと思うと、扉の向こうで話し声が聞こえてくる。どうやら先客がいるらしく、ファイが同席しても良いのかを尋ねているのだろう。相手は声からして恐らくマィニィだ。のんびりとした彼女の声と話し方は、ファイも印象深い。


 監査とやらは終わってしまったのだろうか。結果はどうなったのか。ついそわそわしてしまうファイに、ついにニナから声がかかった。


「どうぞ、入って来てくださいませ」


 きちんと許可が下りたことを確認して、扉を開くファイ。と、赤いじゅうたんの敷かれた執務室にはニナと、ファイの予想した通りマィニィの姿がある。先日見かけた時と身体の花の色や位置が変わっているような気もするが、ファイはひとまずニナへと視線を向けた。


「ニナ。私、ふっかつ!(むふーっ)」

「ふふっ、そうなのですわね。きちんと家事とお勉強の方、していただけましたか?」

「うん。ニナと……フーカのおかげ」


 言いながら隣にいるフーカを一歩前に進ませて、彼女の功績であることをきちんと言っておく。


「あら、フーカさん。少しずつここでの暮らしには慣れていただけているでしょうか?」

「は、はい、お、おかげさまでぇ! る、ルゥさんのおかげで、エナ中毒もほとんど大丈夫ですぅ」


 いつか話した危ない薬を常用し、エナ中毒の症状を押さえながら身体を慣らす日々だったらしいフーカ。最近は目に見えて薬を飲む回数も量も減って、少しずつエナリアに順応し始めているようだった。


 ここまではウルン語で行なわれていたやり取り。だがここでマィニィが会話に加わったことで、ガルン語に切り替わる。


「ファイさん。それにフーカさんも。ここでの暮らしはどうですか?」


 閉じられた瞳をマィニィから向けられたファイは、早速フーカにも分かるように翻訳する。


 一応、不調の期間もファイと一緒にガルン語を勉強していたフーカだが、まだまだ「習得した」と言えるような段階にない。その点、1か月と経たずにガルン語――別の世界の言語――を習得してしまったファイが異常だと言えるだろう。


「フーカ。エナリアの暮らしは、どう?」

「ど、『どう』ですかぁ? まだ恐らく1週間ほどしか経ってないので分かりませんけど、ニナさん達は一生懸命寄り添おうとしてくれていますぅ。ふ、フーカとしても、助かってますぅ」


 つまりは満足しているのだろうか。問い直したファイに、フーカは首を縦に振った。


「ん。フーカは満足してるって」

「そうなのですね。では、ファイさんは?」


 マィニィの質問に対して、ファイの答えは決まっている。


「幸せ、だよ?」


 もちろん、その言葉はファイの本心に近しいものだ。しかし実際には、半分近くが義務感によるところでもある。


 ファイにとって幸福は義務だ。ニナが自分に幸せになれと言った以上、ファイは常に幸せでいなければならない。もし万が一、不満を抱えていたとしても、ファイは不満があることさえも幸せと考えなければならないのだ。


 ファイがこのエナリアで抱くあらゆる思考・感情は、幸せに昇華されなければならない。何も“今”に限った話ではない。過去も、これから訪れる未来も。発生するすべての事象を、ファイは幸せと捉えなければならない。


 ファイが目指すのは主人の願いを叶える優秀な道具だ。その観点から見たとき、自分を幸せなのだと捉えることはファイにとっては当然のことで、黒狼に居た頃と何ら変わりのない、あまりにも不変の事実だった。


 自分なりの、自分だけの考え方を持って、能面のまま自分は幸せなのだと口にしたファイ。


「ファイさん!? いま、ファイさんは“幸せ”なのだ、と。そうおっしゃいましたか!?」

「うん、そう。だってニナが言った。私に幸せになれって。だから私は、何があっても、どんな時も幸せ……だよ?」


 道具としての理論で、自分は幸せなのだと口にするファイ。きちんと幸せでいる義務を果たしていると、そう口にしたつもりだ。なのに、どうしてだろうか。ニナの表情がすぐれない。


「こ、この感じ……。やはりファイさんはまだ幸せの価値基準が“外”にあるのですわね……」


 困ったように笑って、難しい独り言を漏らしている。そんな彼女に微笑みを浮かべて歩み寄るマィニィ。


「ふふっ。ニナさん? 最後の項目――『従業員の満足度』にも問題がある。そう評価してよろしいですね?」

「あぅ……。最も幸せになって欲しい方が幸せではない……。認めざるを得ませんわぁ~」


 ニナの了承を得て、手にしていた紙に筆を走らせるマィニィ。その際チラリと見えた紙には、数え切れないほどの赤い文字と、バツ印が並んでいた。




※いつもファイ達を応援していただいて、ありがとうございます。本日より再び、週5~6日更新に戻したいと思います。ファイ達の日常が皆様の夏バテ対策に少しでも貢献できるよう、努めて参ります。(※特にここから数話は“涼”を感じていただけるかと思いますので、楽しみにしていただけたのなら幸いです)

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