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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●“かんさ”が、来たみたい

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第169話 ニナの道具、なのに




 ミーシャがファイとフーカに作ってくれたのは、『森蜥蜴(リーキュラー)のひき肉焼き』だ。牛の肉と比べると脂身が少なく淡泊な蜥蜴肉を、塩味と香草の香りが効いたタレで頂く。付け合わせは甘い玉蜀黍(とうもろこし)をぜいたくに使った野菜盛りで、主食の塩味と調和を持たせる献立になっていた。


 さらにミーシャは、蜥蜴肉から出た脂を使って雑炊を作っていたらしい。本人は全力で否定していたが、エナ中毒で弱っているフーカのためだろうことはファイでも分かることだった。


 そうしてミーシャ、フーカ両名と共に食事を終えたファイ。調理場で汚れた食器を洗い、残った料理を他の職員のために取り置きしていた時だ。


「……?」


 ふと、調理場の外――廊下で人の気配がした。ファイだけなら“勘違い”で済ませてしまったかもしれない。しかし、ファイと身体を引っ付けて皿を拭いていたミーシャも耳と顔を調理場の入り口へと向けた。


「この足音……。ニナ、かしら?」


 持ち前の鋭敏な聴覚は、見えないところにいるのが誰なのかさえも分かってしまうらしい。


 念のために洗い物の手を止め、2人仲良く入り口を注視するファイとミーシャ。やがて勢いよく開いた扉からは、ミーシャの予想通りニナが姿を見せたのだが――。


「お腹が、すきましたわぁぁぁ~~~……っ!」


 倒れ込むようにして、調理場に転がり込んでくるニナ。


 相変わらずせわしない彼女の姿をファイが微笑ましく思えたのも一瞬だ。調理場にぺたんと倒れ伏すニナが血だらけの泥だらけなことに気付くと、一瞬にして肝が冷えてしまった。


「ニナ! どうしたの!?」


 手を濡らしたまま倒れるニナに駆け寄るファイ。服や手が汚れるのも構わず、ニナが座り直すのを手伝う。


「あはは……。ありがとうございますわ、ファイさん」

「ううん、私はニナの道具だから、当然。それより……」


 改めてボロボロのニナを見遣るファイ。今日の彼女は珍しく裳ではなく動きやすそうな下衣をはいている。よく見れば身体の各所には防具も見られ、明らかに戦闘を意識した格好だ。


 そして、ニナの服や身体の至る所に刻まれている、数本が平行に並ぶ鋭い切り傷。それは、魔物の爪による切り傷に違いなかった。


「――敵?」


 端的に何が起きたのかを尋ねるファイに、ニナは苦笑をこぼす。


「大丈夫ですわファイさん、それにミーシャさんも!」


 よっこいしょ、と、立ち上がったニナは、いつものように胸を張る。


「無事、敵は一掃して参りました!」


 そう語るニナの目は、ファイではなくミーシャに向けられている。一方のミーシャは話が見えない現状に怪訝そうな顔だ。


「……あっそ。とりあえず服を着替えて手を洗ったらどうなの? ここ、食事場じゃなくて調理場よ? 衛生面には気を付けなさいよね」

「はわっ、そうでしたわ! 美味しそうな匂いがしていましたので、つい……」

「ふんっ、しっかりしなさい」


 言いながら、新しい食器を取りに行くミーシャ。ニナが服を着替えに行く間に、ニナの食事を準備してあげるつもりなのだろう。


 そんなミーシャの気遣いを、ニナが察したのかどうかは分からない。ただ、食事の準備に向かおうとした彼女をニナが呼び止める。


「ミーシャさん。少しお時間、よろしいでしょうか?」


 ニナの声に含まれる感情に気づいたのだろうか。耳をピクリと反応させたミーシャが足を止め、振り返る。彼女の顔に表れていたのは、困惑と怯えだ。


「う、にゃ……。アタシ、何か気に障ること言っちゃった……?」


 大きく眉尻を下げ、宝石のような緑色の目でチラチラとニナの方を見ている。


「あ、いえ、そうではありませんわ! その、実はミーシャさんにお伝えしなければならないことがあるのです」

「アタシに……?」


 怒られるのではないと分かって安心したのだろう。ゆらりと尻尾を揺らして「?」の形を作っている。


 どうやらニナはミーシャに用があるらしいことは分かったファイ。また、自分たちがここにいると話しづらい内容でもあるらしいことも察する。


「――フーカ。ちょっとお手洗いに行こう」


 ファイは、ガルン語が分からず事態を静観していたフーカを連れ出すことにする。


 ファイがするべきことはニナの手助けであり、ニナのために動くことだ。少しすればニナがミーシャを連れ出したかもしれないが、ニナは空腹でもあるらしい。彼女が話しながらお腹を満たせるように、自分たちが部屋の外に出る方が、何かと都合が良いのではないか。ファイはそう考えたのだった。


「ふぇ!? お、お花摘み、ですかぁ?」

「うん、そう。フーカが言った。私と同い年のウルン人は一緒にお手洗いに行く」

「そ、それは学舎での話でぇ……きゃぁ!?」


 混乱しているらしいフーカには悪いが、ファイの中では“ニナのため”が全てにおいて優先される。ミーシャよりも小さいフーカの身体を軽々と抱き上げ、そそくさと調理場を出て行くことにする。


 そんなファイの行動が意外だったのか、一瞬、茶色い瞳を大きく見開いたニナ。だがすぐに微笑みを見せると、


「ありがとうございます、ファイさん」


 主人として、ファイの行動に丸を付けてくれるのだった。




 それから少し。自身の発言を嘘にしないためにきちんとフーカと一緒にお手洗いを済ませたファイ。次に2人が調理場に戻った時、もうそこには誰の姿も無かった。


 それなら、と、執務室に行ってみるが、ニナの姿はない。


「に、ニナさん、どこに行ってしまったんでしょう?」


 フーカに問われ、少しだけ考えてみるファイ。


「……多分、お風呂かルゥのとこ。身体をキレイにする、か、けがの手当て」


 他にもミーシャと一緒にどこかに行った可能性もあるが、その場合はファイに思い当たる節は無い――。


(あっ、密猟者……?)


 ニナとミーシャ。そして敵というニナの表現。それらを当てはめたとき、ファイの中でニナが戦ったのだろう相手が誰であるのか、像を結ぶようになる。


 だとするなら、ファイとしては不服も不服だ。何せ自分は戦いこそが取り柄なのだ。だというのにニナはファイを別の仕事に従事させ、自身は密猟者の対処へと向かっていたことになる。


(私はニナの道具、なのに……)


 何度も何度もファイはニナに言っている。自分はあなたの道具であり、あなたには自分を使う権利と義務があるのだと。ニナが傷つく前に傷つくべきがファイであり、ニナが死ぬよりも先に壊れるべきなのもファイなのだ。だというのに、ニナは自分を使ってくれない。


 挙句の果てには、先ほどのように自分だけがボロボロになって帰ってくる。


「……むぅ」


 まだ自分はニナの信頼に足る優秀な道具になることができていないらしい。そんな自分への苛立ちと、自分を大事にしようとしてくるニナへのわずかな不満。何より、ニナが傷ついた場面に一緒に居られなかった寂しさと不甲斐なさ。


 それらたくさんの感情がファイの頬に溜まり、わずかに膨らませる。一方で眉尻は下がり、怒りながら困るという器用さを表情ににじませていた。


 どうしたらニナは、もっと雑に自分(ファイ)を使ってくれるのだろうか。やはり知識と力をもっとつけなければならないのだろうか。奇妙な表情のままファイが考え込んでいた時だ。


「ふぁ、ファイさん。だ、誰か来ますよぉ?」


 隣にいたフーカが、ファイの侍女服の袖を控えめに引っ張る。


 彼女の言動に我を取り戻したファイ。前髪で覆われたフーカの視線を追うと、彼女の言う通り廊下の先から確かに誰かが歩いてくる。


 リーゼとよく似た白金色の美しい髪は、肩にかかるかどうかの長さだ。物珍し気にキョロキョロ揺れる青い瞳も、リーゼと同じで深い青色をしている。


 ただし前髪を割るようにして突き出す真っ直ぐな角は、青っぽいリーゼのもとは違う神秘的な白色だ。彼女の背後で揺れる尻尾も碧ではなく、黒く艶やかに光っていた。


 身にまとっているのは装飾の少ない機能性重視の侍女服だ。そのためファイは一瞬、彼女がこのエナリアの従業員なのではないかと予想する。しかし、先日、このエナリアに住む全員と顔を合わせた、という内容の話をしたところだ。


(つまり、従業員じゃない。……仲間じゃない、ガルン人)


 密猟者という存在を知っているファイ。ニナ達と戦った多目的室にある巨大な門――玄関から入って来たガルン人であれば、こうして裏側に簡単にやって来ることができてしまう。


 そして、密猟者たちの目的は他でもない、ウルン人だ。


「フーカ。ひょっとしたら戦いになる、かも。私の後ろに」

「……っ! はい」


 ファイの言葉に聞き返すことなく反応して身を寄せてくれるフーカ。この辺りは、探索者としてアミスの側で守られてきた経験が生きているのだろう。


 ただ、ファイ達が今いるのは高さ2m、幅3mほどの狭い廊下だ。戦闘になった場合、フーカを守って戦うのは骨が折れるだろう。ファイとしては、可能ならば戦闘を避けたいところだった。


 自身の背中に守るべき存在の気配をきちんと感じつつ、ファイは金色の瞳を細めて、歩いてくるガルン人を見つめる。


 果たして、角族の女性はどのように動くのか。ファイが見つめる先で、白い角の角族がファイ達に気付いたらしい。ぱっちりとした青い瞳でファイを不思議そうに見ている。


 わずかに蛇行しているが、真っ直ぐに視界が通る廊下。彼女との距離は100m以上あるだろうか。何か閃いたように手を打ったかと思うと、わずかに姿勢を低くした。


(……? ……っ!)


 彼女が、突進のために足を溜めている。ファイが察したのとほぼ同時、角族の女性はファイ達へ向けて飛び出した。狭い廊下に小さな翼を広げ、空中を滑るようにして向かってくる。その速度はルゥより少し早いくらいだろうか。少なくとも、ファイが反応できない速度ではない。


 ただし、ファイの背後にはフーカが居る。そのためファイは真っ直ぐに飛んでくる女性を真正面から迎え撃つほかなく――。


「フゥッ!」

「――っ!」


 短い息を吐きながら空中で転身した角族の女性が振り下ろした黒い尻尾を、ファイは交差させた両腕で受け止める。


 肉と肉がぶつかる鈍い音が廊下に響き、ファイを支えてくれていた廊下の地面が大きく陥没した。




※いつもご覧いただいて、ありがとうございます。私生活が少し多忙で、7月半ばまで隔日更新とさせていただきます。納得のいく形でファイ達の姿をお届けしたいという私の都合になってしまい申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

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