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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●実験、してみる

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第168話 実験と、計算




 薄い板に台が付いたような魔道具――投影機。高さ25(セルチメルド)、横幅が30㎝ほどの板に映る自分の顔を、ファイはしげしげと眺める。


(…………。変な顔?)


 鏡で見るのとはまた少し違う自分の姿に、パチパチと瞬きを繰り返す。続いてファイは、手に持った投影機の“眼”をミーシャに向けてみる。すると、すぐ脇に置いた投影機には可愛らしい2つの耳と尻尾を揺らして調理を行なうミーシャの姿が映った。


(ミーシャは、一緒。なのに私は違う……?)


 画面に映る自分への違和感に、またしてもファイは首をかしげた。


 現在、ファイたちが居るのは“不死のエナリア”の第20層、ニナの執務室に程近い調理場だ。というのもファイとフーカは、アミスと別れて以降ロクな食事をしていない。そのためこうして、調理場まで戻って来ていたのだった。


「ふぁ、ファイさん? どうかしたんですかぁ?」


 撮影機を手で弄ぶファイに、フーカが尋ねてくる。


「フーカ。映像の私、変」


 投影機の画面に映る自分を指さしながら、ファイはフーカに違和感の正体を尋ねる。


「そ、そうですかぁ? フーカの目には、い、いつものファイさんが映ってるように見えますよぉ?」


 どうやらフーカの目には、普段のファイと変わらない姿に見えているという。つまりは自分の思い込みなのだろうかと、再び撮影機と投影機の観察に努めるファイ。


 彼女が興味津々に瞳を輝かせているように、無事、エナリアで撮影機は動いてくれた。これは何も偶然ではなく、ロゥナの職人技あってのことであることは言うまでもない。


 寸法を測り、その通りに色結晶を削って整えてくれた。彼女が居なければウルンまで色結晶を買いに行かなければならず、撮影機の稼働実験はさらに時間と手間がかかってしまったことだろう。


(それに……)


 ファイが密かに安心する理由は、もう1つある。それは、身をよじる彼女の股と下着の間にあるわずかな違和感だ。


 ファイの予想が正しければ、もうそろそろ自分は使用不可期間に入るはずなのだ。そうなると身体は金属のように重くなり、とてもお買い物という状態ではなくなってしまう。もちろんニナに言われれば無理を押してお使いに行くが、過酷な道のりとなるだろう。間違いなく時間がかかる。


 そういう意味でも、今回の稼働実験のお仕事を無事に終えられて、ファイとしては一安心だった。


「フーカ。まとめ、は、終わった?」


 撮影機の観察を切り上げたファイは改めて、フーカへと目を向ける。第20層に戻ったことでエナ中毒になっているのだろう。顔色を悪くしているフーカ。しかし、前回のように倒れるようなことにはなっていない。むしろ、


「あ、は、はい。もう少しですねぇ」


 そう言って机に置いた紙に筆を走らせる程度には、余裕があるらしい。少しずつだが、激しいエナ濃度の変化に身体が順応しているのかもしれなかった。


 そんなフーカがまとめているのは、今回の撮影機の実験結果だ。筆と紙は、先ほどお邪魔したニナの部屋にあったものを拝借している。


 もとは口頭だけで説明をするつもりだったファイ達。しかし、執務室に戻ってみるとニナが留守だった。彼女を待つ間にご飯を作ると言ったミーシャと、せっかくなら目に見える形で記録を残すべきだと言ったフーカ。それぞれが、それぞれ、自身の仕事を全うしている形だった。


 他方、第20層でも撮影機が使えるのかを確認し終えたファイ。


 何か手伝えることは無いだろうか。ファイがフーカの手元を覗き込むと、そこにはいくつもの線や数字、文字が並んでいる。もちろんどれもウルン語で、ファイがまだ見慣れない文字や数字たちばかり。ファイが見ても何が何やらさっぱりだ。


 一方、フーカはこうした文書の作成に慣れているのだろう。特に戸惑うような様子もなく、粛々と筆を走らせている。余裕をもって難しそうなことをしているフーカに、思わず金色の瞳をきらりと輝かせるファイ。


「フーカ、フーカ。これはなんて書いてある、の?」


 自身も同じことができればニナの役に立てるかもしれない。フーカに質問しながら、少しでも資料作成の手順などを学ぼうと試みる。


 この時ファイが躊躇なくフーカに尋ねることができたのは、ウルンでファイがフーカからたくさんのことを教えてもらったからというのがある。


 アレは何なのか、これは何というのか。それらファイの質問に、これまでもフーカは沢山答えてくれた。自然、ファイの中でフーカに何かを質問するという心理的な壁はほとんどなくなっていた。


 ただし、フーカが語る内容すべてをファイが理解できるのかどうかは、また別の話だ。


「そ、それですか……? 各階層の撮影機と投影機の画質から推測される“不死のエナリア”の階層ごとのエナの濃度と傾向。そ、そこにウルンで知られる距離による魔波(まは)……えとえと、つ、通信の核になっているエナの波の減衰率を入れて……って、ファイさん?」


 普段と変わらない口調ながらも饒舌に語られたフーカの説明に、ファイはポカンとすることしかできない。


「えっと、ごめん、フーカ。もう少しだけ、簡単に……」

「そ、そうですよねぇ! 難しいですよねぇ! えっと、なんと説明しましょうかぁ……」


 そこから、改めてなるべく平易な言葉で行なわれた説明をまとめると、こうだ。


 そもそもファイ達は先ほどまで、上層で撮影機の映像がどこまでの距離なら投影機に映るのかの実験を行なった。その結果の1つとして、エナリアの入り口付近に設置した撮影機であれば、第4層――オウフブルたちが居た草原の階層――の裏側まで鮮明に届くというのが分かった。


 しかし、さらに階層を下りていくと映像が粗くなり、5層に下りた時点ではほとんど像を結ばないような状態になっていた。


 他にも数か所、ファイが表に出て撮影機を設置しては、ミーシャとフーカが映像を確認する作業を繰り返した。


 フーカは、そうして実験から得られた結果を数値化。算数――というには複雑だが――を使うことで「大気中のエナリアの濃度」「距離」によって、撮影機が発する「魔波(まは)」と呼ばれる信号がどれくらい減衰するのかをおおよそ導き出したらしい。


「算数をするとどうなる、の?」

「そ、そうですねぇ……。今後は各階層のおおよそのエナの濃度と距離さえ分かれば、撮影機の映像がどこまで届くのか、推測できると思いますぅ」


 つまり今回のようにエナリアを駆けずり回らずとも、ある場所に設置した撮影機の映像がどこまでなら届くのか、分かるのだという。


 この先、地道に肉体労働で撮影できる範囲を調べるのだろうと思っていたファイ。当然、かなりの長期戦を覚悟していた。だというのに、フーカは調理場のこの小さな椅子に座ったまま、撮影機の魔波が伝わる範囲を調べたのだという。


「ま、まだ専門の人からしたら笑われちゃうくらい雑な式ですけどぉ。もう少し具体的な数値があればもっと確実性の高い――」

「フーカ、すごい!」

「――ひゃわぁっ」


 目をキラッキラに輝かせてフーカの手を取るファイ。そのせいで驚いたフーカが変な悲鳴を上げてしまったが、構わずファイはフーカをほめそやす。


 なにせ数日、数週間、数か月以上かかったかもしれない作業を、フーカは今この場で解決してしまったのだ。それは、ニナの夢がすさまじい速度で前進したということなのではないか。フーカは、ファイには絶対にできない方法でニナの夢の後押しをしてくれたのだ。


「フーカ、すごく凄い! 計算? もすごいけど、フーカもすごい!」

「ふぁ、ファイさん!? 何が何だか分からないですぅ!」


 どうしたら自分の中にある感謝と感動と尊敬を言葉にできるのか。残念ながらファイの知識では「すごく凄い」以外の単語が見つからない。それでも少しでもフーカに自信を持ってほしくて、ファイはフーカの小さな頭を抱きしめる。


「フーカはすごい。えっと、かっこいい、可愛い、きれい、あとは……『先輩』?」


 自身が人生の中で知っている数少ないウルン語の賞賛の言葉を浴びせて、フーカの黒髪を撫でまわす。途中、ファイの中では尊敬と同義の「先輩」という言葉が混じってしまったのはご愛敬だろう。


「ふぁ、ファイさん? 何度も言うんですけど、フーカはもうとっくに大人ですぅ。なのでこういうのは、ちょっとぉ……」

「あ、う……。そうだよ、ね?」


 気持ちを言葉にできないもどかしさを、せめてもの「よしよし」で伝えたかったファイ。だが、フーカのやんわりとした拒否の意味合いを聞き逃すこともできない。


 名残惜しくもフーカから身を離したファイは代わりに、最も言わなければならないことを言っておく。


「フーカ。ありがとう」


 大切で大好きな主人――ニナの夢を後押ししてくれて、ありがとう。そんなファイの言葉足らずの感謝の言葉を、


「……? ど、どういたしまして……?」


 首をかしげるフーカが理解してくれたようには見えない。


(残念……)


 自分が何も知らないせいで、伝えたいことが伝わらない。もどかしさが、ファイの眉尻をわずかに下げさせる。


「ミーシャ。言葉って難しい……ね?」


 同じ悩みを持っているだろうミーシャなら、分かってくれるだろうか。そう思ってミーシャの方を見て見ると、いつの間にやらこちらを見ていたらしい緑色の瞳と目が合う。その瞬間、ミーシャの顔には羨ましさと寂しさが滲んでいたようにも見えたのだが、


「んにゃっ!? し、知らないわよバカ!」


 結局はいつものように、不機嫌そうに、そっぽを向かれてしまうのだった。


 とにもかくにも、こうして遠隔監視用撮影機の稼働実験を無事に終えたファイ達。まさかこのすぐ後にボロボロになったニナが帰ってくるなど、この時の彼女たちが知る由もなかった。




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