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第16話 食べるって、すごいこと




「狩った」


 声にわずかな達成感をにじませながら言ったファイ。他方、ニナから返ってきたのは困惑の声だ。


『え、えぇ~っと……。こ、粉々ですわね……』

「……?」


 ファイの中で“狩る”とは、敵を殺すことと同義だ。そのため、いつものように、なんの感慨も容赦もなく殺した。


 いや、正確には、ファイにとって主人であるニナに初めて見せる自身の得意分野――戦闘だ。ファイ自身も気づかないうちに力みが入ってしまった。また、元より赤色等級の実力を持つファイにとって青色結晶が生えている第4層にいる存在など、文字通り敵ではない。


 それら様々な要因が重なり、結果としては少々やり過ぎてしまったのだった。


 そうした事情を、ニナの声や状況からなんとなく察してしまったファイ。


「……間違ってた?」


 主人からの指示を正しく実行できなかったかもしれない。そんな不安が、ファイ本人の意図しないところで声や表情にわずかに表れる。


 眉尻を下げ、震える声で言ったファイに対して、焦ったような声を上げたのはニナだ。


『い、いえっ! むしろ血抜きの作業が済んだと考えることにいたしましょう! ひとまず回収できるお肉は回収してくださいませ。お渡しした袋の中に質感の違う袋があると思うので……』

「袋? ……うん、あった」


 風の魔法を解除して、新しい袋に散らばった肉を詰めていくファイ。その際、可能であればもう少し丁寧に殺すこと。また、ガルンでは食べる習慣のない内臓などはその場に残しておくことをニナから伝えられる。


 捨てられなかった。“次”がある。その事実にファイが内心ホッとしたことは、言うまでも無い。


「置いていくお肉はどうなるの?」

『しばらくすれば他の魔獣さんやお掃除用のピュレがやって来て、食べてくださると思いますわ』

「そうなんだ……」


 ニナの説明を聞きながら、ふと、血まみれの芝生や散らばった血肉を見つめるファイ。


(これを私や、他の生き物が食べる……)


 ファイにとって死は、ただの死だ。動かなくなる。何もなくなる。ただそれだけの事象でしかなかった。


 食事もそうだ。動くために、何でも良いからとりあえず与えられたものをお腹に物を詰め込む行為。それ以上でも、それ以下でもなかった。


 しかし、ふと。こうして殺した相手が胃の中に入って、自分の生に繋がると考えたとき。自身がこれまで当然のように行なってきた“食事”という行為がどのようなものなのかが、ほんの少しだけ分かった気がしたのだ。


(誰かが死んでも、誰かが生きる……。生きるために、殺す。それが、本当の“狩り”?)


 かすかに見えた命の繋がり。人が食物連鎖と呼ぶその図式の輪郭を、ファイはこの時はじめて知る。


 もちろん、こまごまとした事情をファイが理解しているわけではない。しかし、生き物たちが繋ぐ命のタスキを見つけたとき、それはファイにとって、ひどく尊いもののように思えたのだった。


「ニナ!」


 自身が得た気付きを早くニナに伝えようと、頭からピュレを取り出したファイ。


 頭巾を取って白髪が露出してしまったが、もともと人がいない場所だ。気にするまでもないと、そのままにしておく。彼女にとってはそんなことよりも、早くニナに、食事がすごいものであることを教えたかった。


『はい、どうかしましたか、ファイさん? 何か異常でも――』

「『食べる』って、すごいことなんだね?」

『――唐突ですわ!? 急にどうされ、まし、た……』


 ピュレ越しにファイの表情を見たらしいニナが、途中で言葉を止める。それはきっと、ファイの表情に微かな笑みが浮かんでいたからに違いない。


「ニナ? どうかした?」

『……ふふっ! いえっ! それよりも、どうしてそう思われたのですか?』

「うん。えっとね……」


 命が繋がっていること。死が、ただの死ではないこと。誰かの生は、誰かの死によって成り立っていること。それらを、自分の言葉で懸命に説明するファイ。言葉を探すのに必死で、自身の顔に興奮と優しい笑みが浮かんでいることに本人は気付いていない。


 ファイが自身の失態――感情を表にしてしまっていたこと――に気付いたのは、ファイにとっては世紀の大発見だった食物連鎖を語り終えたときだった。


(やっちゃった……)


 ニナに気付かれていないことを祈りながらスッと表情を消して、


「……だ、だから。食べるのは、大事」


 そう締めくくる。


『ふふっ、それは大発見ですわね! でしたら、これからは食事の時に、食べ物さん達にも感謝をお伝えせねばなりませんわね?』

「確かに。……ありがとう、牛。私たちのために死んでくれて」

『う、う~ん……? そちらの言い方でで合っている……のでしょうか?』


 ニナが漏らした困惑の声への返答を持っておらず、首をかしげることしかできないファイだった。


 やがて、あらかた肉の回収を終えたファイは、再び頭巾をかぶって補充作業に戻ろうとする。と、その時。


「……っ!」


 ふと視線のようなものを感じたファイ。風の膜を通して、視線の主を探す。が、そこにいたのは、草を()みながら自分を見つめているオウフブルの群れがいるだけだ。一応、その奥に通路はあるものの、人影は見えない。


(気の、せい……?)


 立ち止まったまま金色の瞳でジィッと一点を見つめるそんなファイを、不思議に思ったのだろう。


『ファイさん、どうかなさいましたか?』


 ニナが、ファイに声をかけてきた。


「……誰かに見られた気がしたけど。多分、牛。問題ない」

『お仲間がやられて殺気立っているなどは?』

「ううん。のんびり、草を食べてる。可愛い」

『ふふっ! 若いオス以外は温厚な性格をしておりますものね』


 そんな会話をしている頃にはもう、ファイは次の宝箱を目指して移動を開始している。


 そのまま補充作業を再開してから、さらに少し。これまでの宝箱よりも少しだけ装飾の凝った宝箱に出会う。それは、4層では数少ない、罠付きの宝箱だった。


「どうして罠をしかけるの? 罠が無い方が、探索者にとっては快適」


 同じ層の他の宝箱に比べるとほんの少しだけ価値の高い武器を入れながら、ニナに尋ねるファイ。同時に、他の宝箱には無かった罠を仕掛けるための突起などを利用して、ニナの教え通りに罠を準備していく。今回、宝箱に仕掛ける罠は、ふたを開けると矢が飛び出す機構のようだった。


『ウルン人を効率よく殺すために致死性の罠を仕掛けるエナリアもあるようですが、わたくしの場合は“緊張感”と“特別感”を演出するため、ですわね』


 同じような品質のものばかりが入っていては、探索者も飽きてしまう。そのため、罠を仕掛けて「この宝箱は特別ですよ~」と探索者に分かりやすくしているとニナは語る。ほかにも、あえて宝箱の色を変えることで特別感を演出することもできるそうだ。


『そんな特別な宝箱の中に入れる道具類ですが。目安としては次の階層の魔物さん達にやられない程度のものを用意してあげるのが一般的ですわ』


 そうして希少な宝箱から手に入れた品質の高い武器・防具は、次の層へ挑むための装備品にもなる。探索者たちの射幸心と向上心を生むために、ニナは罠を仕掛けているらしかった。


「緊張感っていうのは?」

『エナリアを“安全で退屈な場所”にしないため、ですわね』


 ニナ曰く、罠の要素が無ければ、魔物などを無視して高速でただひたすらに宝箱を開けて回る“周回作業”をする探索者がいてしまうらしい。


『それをされてしまうと、他の探索者さん達が宝箱を開ける“楽しみ”が無くなってしまうのです』

「なるほど。けど、それでも周回作業をする人もいる、よね?」

『もちろん! ですが、そんな探索者さんが少ないのは、こわ~い噂があるから、ではないでしょうか?』

「怖い噂……。あっ」


 ファイも黒狼の組員が話しているのを聞いたことがある。曰く――。


「『一定時間内に宝箱を開けすぎると、どこからともなく強力な魔物が出現する』……?」

『その通り、ですわ! 周回作業をされて困るのは、どこのエナリアも同じなのです。なので、やり過ぎた方には、エナリアの管理者直々のお仕置きが待っているのです』

「ごくり……」


 竜を素手で殴り殺す少女の、お仕置き。一体どんなものなのだろうとファイが最後の仕掛け――矢を設置した時だ。


「あっ」


 誤って機構に触れてしまい、矢が飛び出す罠を発動させてしまう。しかし、


「……!」

『ゼロ距離で矢を回避!? さすがファイさんですわ~!』


 そそくさと後方に飛んで行った矢を回収。再び仕掛けて、また罠を発動させてしまって、回収。そんな作業を3回繰り返してようやく、罠がある型の宝箱の補充も無事に終える。


「……宝箱のくせに、なかなかやる」


 神経の使う作業がひと段落したことにファイが汗を拭っていると、頭上からニナの声が聞こえてくる。


『ファイさんは、アレですわね。物覚えは大変よろしいのですが、少しだけ、ぶきっちょさんなのですわね? いえ、まぁ、存じてはおりましたが……ふふっ!』


 クスクスと可笑しそうに笑う主人の姿が目に浮かぶようで、思わずファイも笑みをこぼしそうになる。


(ニナも、強敵……)


 なかなか自分を道具で居させてくれない新たな主人に、ファイも内心で苦笑することになった。


 こうして、終始、和やかに、それでも時折、罠のある宝箱に苦戦もしながらも。ファイはエナリアにおける初めての“お仕事”を完遂するのだった。




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