第159話 黄色結晶は、“あそこ”
お使いに続いて、買ってきた撮影機たちの動作確認を任されたファイ。執務室を後にして、さっそく第1層へと向かう。道中、魔道具の仕組みについてフーカが簡単に教えてくれる。
「う、ウルンにある魔道具は共通して、動力に色結晶が必要なんですぅ」
「おー、色結晶」
自分もたくさん目にして、時には採掘の協力もしてきたファイ。採掘した色結晶がウルンの生活を支えていることは知っていたが、どのような形で役に立っているのか。暗い部屋だけで暮らしていたファイは、きちんと目にしたことが無かった。
これから色結晶が使われているところを見ることができる。内に秘めた好奇心を能面で隠すファイの横で、「あっ」とフーカが声を漏らした。
「どうしたの、フーカ?」
「い、言ったように魔道具を使うには指定された場所に、指定された色結晶を入れる必要があるんですぅ。と、特に今回の撮影機材のような高性能なものは純度の高い色結晶が必要なんですけどぉ……」
言いながら、ファイが持っている撮影機の箱を検めるフーカ。
「……こ、これだと黄色等級以上の3型規格が必要みたいですぅ」
「さんがたきかく? 普通の色結晶とは違う?」
ファイが聞き返すと、フーカがこくんと頷く。なんでも探索者たち採掘した色結晶は、決まった形と大きさに加工されるらしい。3型規格というのもその大きさや形を示すものらしく、太さと長さはファイの小指くらい。断面は正六角形なのだという。
「で、ですがここにはそんな色結晶、ありませんよねぇ……?」
「うん。……えっと、それが無いと、これは動かない?」
「は、はいぃ……」
申し訳なさそうに頷くフーカ。
さっそく暗礁に乗り上げる撮影機の運用実験。ただ、乗り上げた暗礁を破壊できるだけの力と魔法を持つのがファイを含めた白髪という存在だ。
「――じゃあ、作ればいい」
無いなら作れば良い。簡単な話だ、と、ファイはガルン語で言葉を漏らす。いまや自然にガルン語を使ってしまうくらいには、ファイはガルン語に親しんでいた。
そんな彼女にツッコミを入れたのは、今までフーカという知らない人が居たことで黙り込んでいたミーシャだ。
「ファイ。アンタ、簡単に言うけど……。何か考えはあるんでしょうね?」
腕を組んで尻尾を揺らしながら、ファイに聞いてくる。思い付きで言っているのなら許さない。そう言いたげな彼女に対して、ファイは大きく一度頷いてみせる。
「もちろん。前までは無理、だったけど。いまはロゥナが居る」
「ロゥナ……? 誰よ、ソレ。また新しい女?」
「そうだけど、そうじゃない。フーカより前の女」
言いながら、ファイは自身の考えをまずはミーシャに伝える。
ロゥナというのは最近エナリアにやってきた小人族の職人だ。ファイの記憶では、彼女の工房には細やかな装飾が施された金細工や銀細工があった。また、フーカよりもさらに小さい見た目にそぐわず、鉄を加工する技術と力も持っている。
であれば、金属よりも柔らかい色結晶の加工もできるのではないか。そう考えたのだ。
「色結晶はどこかから持ってこなきゃ、だけど。ここはエナリアだから」
例えば最寄りの穴から“表”に出ると、少し探せば何らかの色結晶があるだろう。幸か不幸か“不死のエナリア”は探索者たちに圧倒的不人気で、攻略が進んでいない。おかげで、未踏破領域には色結晶がゴロゴロとある。
そして、ファイ達が今いるのはまだ第20層。表に出れば、最低でも橙色結晶、なんなら赤色や黒色結晶だってあるかもしれない。
(けど、魔獣も強いから……)
自身の実力を考えたとき、第20層に採掘に向かうのはあまりにも危険だ。どんな魔獣が住んでいるのかもわからなければ、土地勘も無い。勢いだけで行動すると、アミス達をここに連れてきた時と同じようなことになってしまう。
どこに色結晶があるのかを知っていて、魔獣たちにも対処できる。そんな場所を考えたとき、ファイは1つだけ心当たりがあった。
(“あそこ”にはちゃんと橙色と黄色の色結晶があったし、魔獣も対処できた)
それに何より、目的地である工房から近いのも評価できる。何せファイはロゥナに会ったそのすぐ後の出来事で、黄色結晶をその目できちんと見ているのだから。
「行こう、ミーシャ、フーカも。ちょっと寄り道する、ね?」
小さな2人を引き連れて、ファイは黄色結晶があった場所へと向かうファイ。手近な階段を上り始めた彼女に後ろから声をかけたのはフーカだ。
「あ、あの、ファイさん。どこに行くんですかぁ? というより、い、いま何と?」
ガルン語で行こうと言ったファイの言葉を、フーカは理解できなかったらしい。彼女の質問に答えるついでに、ファイは寄り道の先をウルン語で言い直す。
「第15層。大きい滝の階層。そこで黄色結晶を取ろう」
「な、なるほど、第15層……。大きい滝の階層……。って、だだだ、第15層ですかぁ!?」
「(びくっ)」「うにゃっ!?」
突然大きな声を出したフーカの言葉に、ファイが身をこわばらせ、ミーシャが驚きの声を上げる。
「うっさいわね! 急に大きな声出さないでよ、ビックリするじゃない!」
「あぅ……。な、なんて言ってるか分かりませんが、驚かせてしまったことは分かりますぅ、すみません~!」
背後から行われたミーシャによる怒りに、フーカは平謝りだ。そうして螺旋階段を上りながら行なわれる小さい者2人のやり取りを横目に見つつ、ファイはフーカの驚きの理由を探る。
「……もしかしてフーカ。私たちが今いるここ、何層か知らない?」
「は、はい? あっ、そうですねぇ。ですが15層に向かって“上っている”ことを考えると、16層以下、ですよねぇ?」
「うん、そう。第20層。“不死のエナリア”の、最深部」
「な、なるほど。第20層……」
なんとなく。本当になんとなく、この先のフーカの行動が読めたファイ。ミーシャにガルン語で「耳を塞いで」と言って、混乱しつつもミーシャが頭頂部の耳を両手で押さえた頃。
「第20層ですかぁ!?」
案の定、フーカが二度目となる叫びを漏らす。背後から浴びせられるミーシャの殺意のこもった視線に気付いた様子もないフーカが、食い気味にファイに聞いてくる。
「だ、第20層っていうと、一番大きなエナリアの規模ですよぉ!? そ、それこそ黒色等級の……!」
「そう。だから多分、“不死のエナリア”は黒色等級エナリア。一番攻略が難しい場所」
「そ、そんなぁ~!?」
自身が居るのがどんな場所なのか。改めて理解したらしいフーカが、頭を抱えている。
てっきり眠る前の移動で、自身がどれくらいの階層を移動したのかをフーカは知っているものと思っていたファイ。ただ、思い返してみれば、彼女は早々にエナ中毒で倒れ、ニナに運ばれていた。
それに階段が螺旋階段なのも良くないのかもしれない、と、ファイは思う。
どこまでも続く無機質な階段を上下していると、自分がどれくらい移動したのか分からなくなる。階層ごとに階段があるという前情報が無ければ、どれくらいの高低差を移動したのか、判然としないものなのかもしれない。
「ふ、フーカたち。実はとんでもない所に居るんじゃぁ……!? 呑気にお風呂なんて入ってる場合じゃなかったですよぉ!」
「フーカ。分かる。私も最初はビックリした、から」
初めてニナにここが20層もある巨大なエナリアだと知らされた時、ファイもフーカほどではないが驚いたものだ。この部分に関する自身の感覚、ひいてはウルン人としての感覚に間違いはなかった。フーカの反応を見て、ファイも確信する。
「あぅ~。で、ですが、確かに。ニナさんの実力を見ても、前に会った角族の実力を考えても、何ら不思議じゃありません」
ぶつぶつと独り言を漏らすフーカ。だが不意に、足を止めて上を見上げた。
どうしたのだろうか、と、ファイが不思議そうに。ミーシャが「早く行きなさいよ」と言わんばかりに睨みつける先で。
「あ、あの、ファイさん。フーカいま、もう1つ恐ろしいことに気付いてしまったんですけどぉ――」
フーカが呆然とした様子で呟く。相変わらず彼女の視線は上に向いたままだが、声には幾分か困惑と恐れが滲んでいるように聞こえる。
果たして何に気付いてしまったのか。ファイがコクッと喉を鳴らしながら見つめる先で。
「――もしかしなくても第15層まで、この階段で移動するんでしょうかぁ?」
フーカは自身の気付きを口にした。
途端、ファイの全身から力が抜ける。なんだ、そんなことか、と。数千、数万の階段を移動するなど、ファイだけでなくこのエナリアで暮らすなら当然だ。
「もちろん。階層1つ分を階段だけで移動できる。便利」
「『便利♪』じゃありませんよぉ! ふ、フーカの足が……足が死んじゃいますぅっ!」
相当に精神的な衝撃を受けたのだろう。階段の上でうずくまるフーカ。
「……? フーカ。足は生きてないから死なない、よ? あと危ないから立った方が良い」
「物の例えですぅ! ……ど、どうして昇降機をつけないんですかぁ……?」
フーカの説明によれば、ウルンには上下方向に移動する際に昇降機と呼ばれる魔道具を使うらしい。簡単に言えば箱と紐を結んで、機械で紐を引っ張って楽に上下移動するのだそうだ。
箱の中でジッと突っ立っているだけで移動できる。これであれば、普段は最低でも1時間ほどかかる階層の移動を効率的かつ楽に行なうことができるらしかった。
ではなぜファイ達が昇降機の存在を調べなかったのかと言えば、単純に、異動に不便を感じなかったからだ。時間という概念に追われていれば、あるいは移動を効率化しようと思ったかもしれない。
しかし、ガルン人たちは時間に関しては非常におおらかだ。しかも未進化のミーシャですら、階段の移動を不便には感じない程度の身体強度を持っている。自然、誰も階段で移動することに不満も疑問も覚えなかった。
「しょうこうき。便利」
「そ、そうなんですぅ! ぜ、ぜひともニナさんに設置を直訴しましょう!」
昇降機についてニナに提案する。
とは言っても、すぐに昇降機が作られるわけでもない。少なくとも今は、第15層までを階段で移動しなければならない。それはフーカも理解しているらしい。
「も、目測で階段の高さが15㎝。1層ごとの高さが大体300m、岩盤が1㎞あったとして、5層を移動するわけですから……」
最低でも4万3,000段。ファイがまだ理解できない「いっぱい」の数値を口にして、フーカがその場で四肢を突く。
「フーカ。計算早い。すごい」
「ふ、ふふっ。できれば計算できない方が、絶望せずに済んだかもしれませんねぇ~……。あはは」
なお、下りるときは螺旋階段の真ん中にある穴の部分を飛び降りるだけで楽。そんなファイの言葉を聞いて、フーカは再び白目をむいていた。




