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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●攻略する、ね?

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第144話 えいしょう、してみる




「お帰りなさい、ファイちゃん。えぇっと……」


 何もなくなったファイの手元を見ているアミスに、ファイはコクリと頷く。


「邪魔になるかも、だし。壊れちゃうかもだから、置いてきた」


 もちろんファイは、アミスが本当に聞きたいことが「どこに、どうやって置いてきたのか」だろうことは分かっているつもりだ。その答えはもちろん、「エナリアの裏」ということになる。


 ただ、まだアミス達に裏側の存在を知らせるわけにはいかない。もっと言えば、それを判断するのはファイではなくニナ達だ。


(ほんとは言いたい、けど……)


 これ以上ないほどの誠意を見せてくれたアミス達。彼女たちに応えたいファイだが、迂闊な行動をするとニナに迷惑がかかる。優秀な道具として、それだけは許せない。ゆえにファイは確固たる意志でアミス達を第13層に連れて行くつもりだ。


(絶対にアミス達をニナに会わせる……!)


 そうすれば間違いなくニナがアミス達を受け入れてくれる確信が、ファイにはある。その確信の裏には「アミス、フーカと働きたい!」というファイの()()も存分に含まれているのだが、もちろんファイは気付かない。


「それで、ファイちゃん。私たちは第13層に行けばいいのね?」

「うん、そう。それじゃあ、行こう」


 言ったファイはおもむろにフーカへと歩み寄る。


「な、なんですかぁ……? どうかしたんですか、ファイさん……?」


 突然のファイの行動の意図が読めず、後退りながら身構えるフーカ。彼女のすぐ隣に居たアミスが反射的に、腰にある剣に手を持っていく。が、ファイへの信頼か、それとも別の理由があるのか。表情に緊張感を残しながらも剣から手を離し、ファイの行動を見守る姿勢を見せる。


 その頃にはもうファイはフーカの目の前に立っており、


「ちょっとごめんね、フーカ」


 一言だけ断りを入れて、フーカの背中上部と膝裏に腕を回したファイ。次の瞬間には、フーカの小さくて軽い身体を横抱きにする。誘拐犯から彼女を救った時と同じ、俗にお姫様抱っこと呼ばれる体勢でファイはフーカを抱え上げたのだった。


「あ、あああ、あのあの! ファイ、さん……?」


 腕の中。長い前髪で隠れる顔を真っ赤にしながらこちらを見上げる。そんなフーカと至近距離で目を合わせたファイは、自身の行動について説明する。


「食べ物とかなくて急がないと、だから。フーカ、足遅い……でしょ?」


 盗掘者だったとはいえ、エナリアの攻略ではなく探索についてはファイも他分野より精通しているつもりだ。


 今回、ファイ達は事前の準備なく第13層を目指している。食料も、替えの装備や衣服などもない。時間をかけてじっくりと攻略というわけにもいかない。それに何より、ニナがファイの帰りを待っている。


 つまり、いま求められているのは下の層を目指す速度だ。


「な、なるほどね。私たちの身体能力について来られないフーカを、ファイちゃんが運んでくれる。そういうこと、かしら?」


 どうにか行動の意図を察したらしいアミスによる確認に、ファイもコクンと首を縦に振る。


「そう。第8層までの最短の道のりは覚えてる、から。まずはそこまで一気に、行こ?」


 現状、ファイが知っている“不死のエナリア”の表の最短道程は第8層までだ。黒狼と共に行動し、ニナに拾われたあの階層までの道のりであれば、ファイはきちんと頭の中に入っている。


 そして、ファイの身体能力であれば半日ほどでその道程を駆け抜けることができる。アミスの身体能力に合わせるとしても、1日はかからないだろう。


「それに8層からはアミス達が知ってる、よね?」

「ええ、そうね。第10層の階層主の部屋と、その先の第11層までなら、私たちも案内できるわ」

「ん。じゃあまずはルゥの所まで行く、として……」


 問題は、早く行き過ぎるとニナ達の準備ができていない可能性があるのだ。


 ファイは先ほど荷物を置いてきた時に、ルゥの鞄の匂いを伝言鼠(チューリ)に嗅がせて拙いガルン語で書かれた紙切れを渡している。その内容は――


『今からアミス達とこのエナリアをこうりゃくする。じゅんび、おねがい』


 ――というものだ。


 前回、光輪が来た時はユアが上層でピュレの運用実験をしていたために運よくアミス達の存在が発覚した。だが、そう何度も幸運が重なるとは思えない。恐らくニナ達はファイの帰りをのんびりと待っていることだろう。


 ファイの知る限り、この階層に居るチューリがルゥの私室がある第17層までは最低でも1日程度はかかるだろう。また、チューリは気分屋だ。ニナ達のためにウルンで買った果物を与えたが、ルゥの所まで行ってくれない可能性もあるにはある。


 よってファイは保険を掛けることにした。


「えっと、フーカ。魔法には、強くする方法があるん……だよね?」

「ふぇ? ま、魔法を強くする、ですかぁ? ……あぁ、詠唱のことですねぇ?」


 ウルンでの常識を学ぶ中で、ファイは少しだけ、魔法についても教えてもらっていた。その際、魔法の規模や威力をあげる方法があると言っていたフーカの説明を、ファイは覚えていた。


「そう、えいしょう。これから〈ヴァン・エステマ〉を使うから、えいしょうを教えて欲しい」

「う、うーん……」


 ファイの腕に抱かれるフーカが、ちらりとアミスの方を見遣る。ファイに明かしても良いものか。可否を尋ねるようなフーカの視線を追うファイの視線の先で、アミスは小さく喉を鳴らしてから聞いてきた。


「ファイちゃんはそれを知って、どうするの?」


 魔法の力の底上げをする理由を聞いてくるアミスに、ファイは偽ることなく答える。


「エナリアを攻撃する。そうしたら多分、ニナ達が気づく」

「そう。ニナ……ちゃんに知らせるため、ね……」


 腕を組んだ姿勢でしばらく考え込んでいたウルンの友人だったが、数秒もせずに諦めたような溜息を吐いた。


「はぁ……。死地(エナリア)に行くなら命を懸けよ、よね。……ふふっ! いいわ、教えましょう!」

「……? 良い、の?」


 あまり芳しくない反応だったため、拒否されるかと思っていたファイ。思わず聞き返してしまった彼女に、アミスはニッと笑顔を見せる。


「良いの! だって私、詠唱を使ったファイちゃんの魔法がどうなるのか、気になるもの!」


 そう言って好奇心に瞳を輝かせる。なぜだろうか。その笑顔はフーカと買い物をしていた時と同じで、より素に近い彼女のようにファイには見える。そして、屈託なく笑うアミスの笑顔には、他人をも笑わせてしまうような不思議な力がある。


 自身も微笑んでしまいそうになるのを懸命に堪えるファイのすぐそばで聞こえるのは、フーカのため息だ。


「あ、アミス様の悪い癖が出てしまってますぅ……」


 何度もアミスの好奇心に振り回されてきたのだろうか。やれやれと言ったように首を振って頭を押さえる彼女の声には、長い年月をかけて積み重ねられたらしい苦労の色が存分に滲んでいた。


 その後ファイは改めて、〈ヴァン・エステマ〉の詠唱について教えてもらう。


 そもそも魔法は、ある種の才能だ。ある日突然、魔法の名前と、それによって生じる現象の“()”が脳裏に思い浮かぶ。その画が無ければ、どれだけ魔法名を唱えても魔法は発動しない。


 ただし、ある方法を使えば廉価版の魔法を使うことができる。その方法こそが、詠唱らしい。言葉を紡ぎ、自身の中に無理やり“画”を作り上げて、魔法を行使する。


 本来は持ちえない力を使うわけだ。当然、“本物”よりも規模も威力も小さく、それでいて消費する魔素は大きくなる。そのため、持ちえない魔法を使うための詠唱は、相手の意表を突いたり、苦肉の策として使用されたりすることが多い。


 ただ詠唱にはもう1つの使い方がある。それこそが、魔法の強化らしい。自身の中にある魔法の“画”を詠唱による“画”でさらに膨らませ、強化する。その代わり、相手にどんな魔法を使おうとしているのかが分かってしまったり、魔法によっては長い詠唱を求められて隙だらけになったりするようだ。


「けれど〈ヴァン〉だったり〈ユリュ〉だったり。ウルンで一般的な魔法は研究が進んで、どんどん詠唱が現代化・簡略化されているわ」

「おー……。だから〈ヴァン・エステマ〉も短い?」

「そう。逆に少数派の魔法は馬鹿みたいに長かったりするし、昔の言葉だったりもするわ。そもそも人によって、どうしたって使えない魔法だってあるんだもの」


 最終的にはやはり魔法は才能なのだと、アミスは結論づけた。


「っていうわけで、やっちゃって、ファイちゃん!」

「ん、分かった」


 キョロキョロと周囲を見回したファイは、人気(ひとけ)が無いことを確認する。どれくらい魔法が強化されるのかはファイにも未知数だが、〈ヴァン〉は広範囲を焼き尽くす魔法だ。万が一にも近くにガルン人が居ると、巻き込んでしまうことになる。


(この辺りだと、小人族の人……。それからミーシャみたいに、未進化の獣人族の人が居る、かも?)


 ただ、基本的に彼らはもう少し下の階層に住んでいるはずだ。第1層は入り口に近く、最もウルン人との遭遇率が高い。なおかつ、ウルン人は疲弊していない。出くわせば簡単に殺されてしまうからだ。


 そのため、大抵は食料となる魔獣も多く入り口から離れた階層――第4層に居たはず。従業員としての思考を働かせつつ、ファイは念には念を入れて〈フュール〉で音や匂いを探って、人が居ないことを確認しておいた。


「それじゃあ、えっと。〈フュール・エステマ〉」


 自身と、腕に抱いたフーカ。ついでにアミスを風の膜で覆って、熱風と音から身を守る環境を整えれば下準備は完了だ。


 狙いは少し先。入り口から真っ直ぐ続く通路の先に見える、小さな部屋だ。


 風の膜の向こうにある薄暗い小部屋に向けて、ファイは起伏のない声で詠唱を紡ぐ。長年、魔法と付き合ってきたウルン人たちの生活と研究の歴史がギュッと凝縮された、短い詠唱だ。


 重要なのは詠唱そのものではなく、言葉から連想される“画”そのもの。難しい言葉についてはきちんとアミスとフーカに説明を自身の中にもう既にある画を参考としながら、ファイはそっと魔法を唱える。


「響く、崩壊の音色。(とどろ)く火炎、我が障害を砕き、行く先照らす灯火となれ――〈ヴァン・エステマ〉」


 急速に空気が圧縮される甲高い音がエナリアに響き渡った次の瞬間、時空の狭間(はざま)に浮かぶとされる超巨大な構造物である“不死のエナリア”全体が小さく揺れた。




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