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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●もう1回、行ってくる

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第141話 私は、なれない




 時刻はお昼過ぎ。フォルンが青空の天頂をわずかにすぎ、これからさらなる熱気を地上へともたらす頃。避難と憲兵の指揮を執っていたというフーカと合流したファイ達は、近くの店で昼ご飯を食べていた。


 店内は広く、大人数で食卓を囲むことができる席が目立つ。実際、フーカによる説明では、家族や恋人など複数人で来ることが多いお店のようだ。お品書きに書かれている料理も3桁の数字がほとんどで、ファイがこれまで見てきた飲食店よりも格段に安い価格設定だった。


 なお、なぜこのお店なのかと言えば、近場で開いていた店がここしかなかったからだ。


 先ほどの(わに)の騒動で、多くの店が「本日休業」の看板を出していた。町は静けさに包まれ、もとよりファイが感じていたフィリスの町の緊張感はより一層、高まっているような気がした。


 そんな中、例外的に開いていたのがこの店だ。選ぶというよりは食事をするならここしかなかった。


 広い店内に居るのはファイ達だけだ。窓際の6人掛けの席に落ち着いた3人は、色の多いお品書きからそれぞれ気になる料理を注文する。料理が届くまでの間、フーカが先ほどの騒動で現状分かっていることを教えてくれた。


 結局、聖なる白(フア・ワタ)による騒動は憲兵たちによって制圧されたらしい。怪我人や建物の被害こそいくつか出てしまったものの、死者は女性従業員の1人だけだ。


 アミスが言っていた通り、フィリスの町に多くの武装した憲兵たちが居たこと。そして、住民たちが冷静かつ速やかに避難したことが幸いしたらしい。さらなる被害の詳細については憲兵たちが調べるだろうというのがフーカの話だった。


 その説明の流れを受けて、口を開いたのはアミスだ。


「ファイちゃんはどう思っているか分からないし、これから私が言うこともただの意見だっていう前提はあるのだけど――」


 そう前置きをしたアミスは、ファイに携帯端末の画面を見せる。映っていたのは、フア・ワタに所属していることを示すあの模様だ。


「――言葉を選ばずに言うと、この模様を掲げている人たちは危険よ」


 わざわざ画面の模様を指さしながら、アミスはファイに言い聞かせてくる。が、ファイとしては、


「え、そうなの?」


 と言わざるを得ない。なにせファイの知るフア・ワタは、悪漢たちを懲らしめてくれた“良い人たち”だからだ。


 きょとんとするファイに、「そうよ」と改めて頷いたアミス。


「こいつら……コホン。この人たちの目的は、ファイちゃんたち白髪の力を神聖視しているの」

「あっ、し、神聖視というのは、『この人はすごい~!』って思って、言うことを聞くこと、ですぅ」


 アミスの言葉をすかさずフーカが補足する。


 フーカはアミスよりもファイとの付き合いが長い。難しい言葉を理解できないかもと思って、より平易な言い方にしてくれたらしかった。


「すごい人って思って、言うことを聞く……。私にとってのニナ?」


 認識は合っているだろうか。そんなつもりで尋ねたファイに、アミスとフーカがわずかな沈黙を返す。


「……ええ。そうね。きっとファイちゃんがニナ……ちゃんに抱いているものと同じだわ。ファイちゃんはニナちゃんの言うことを何でも聞くでしょう?」

「もちろん。私は道具で、ニナが持ち主、だから」


 無意識のうちにドヤ顔を披露してしまうファイ。一方、ファイの正面、隣同士で座っているアミスとフーカは、


「「ファイちゃん(ファイさん)……」」


 声を重ねながらファイの名を呼び、悲痛な面持ちを見せた。ただ、直後に2人の顔に表れたのは意を決したような表情だ。そのまま示し合わせたように、お互いに顔を見合わせて頷き合う。


「白髪教のヤバさはまた今度、説明させてもらうとして……」


 言いながらファイの方を見るアミスの顔には、隠し切れない緊張が滲んでいた。


「ファイちゃん。あなたさえ良ければ、なんだけど。王国民になる申請を受けてみない?」

「おうこくみん……?」

「は、はいぃ。このアグネスト王国に所属する、ということですぅ」


 そこからフーカによって説明されたのは、王国民になる利点だ。


 王国の臣民になれば、王国がファイの身分を保障してくれるという。すると、医療、教育、福祉。様々な福利厚生面での援助が受けられるらしい。


「と、特にファイさんは、一生働かずに、好きなことだけをして生きていくだけの補助金が出るはずですぅ」


 好きな場所に、好きな大きさの家を建て、好きなことをして暮らすことができる。たとえファイが“今”どんな生活をしていようと、絶対に良質な生活を保障してくれるとアミス、フーカが言ってくれる。


「ただ、多くは無いけれど王国民になる不利益もあるわ。最たるものは、ファイちゃんがすぐには他の国の臣民になることができないということね」


 国によって様々な決まりがあり、生活の水準がある。アグネスト王国はウルンでも有数の技術と生活水準だとアミスは言うが、たとえば魔道具開発に特化した国があったり、エナリア探索業に力を注いでいる国があったり。気温や動植物群などの風土も国によって違う。


「ふぁ、ファイさんは暑いのが苦手……ですよねぇ? 海を渡って北か南に行けば、もっと涼しい国もありますぅ」


 アグネスト王国の民になるということは、年間を通して温暖なこの地域に一生住んでもらうことになるということらしい。気温という点では、ファイに適していないかもしれない。そうアミス達はきちんとファイに明かしてくれる。


 だが、今いるこの飲食店のように、空調設備を整えれば問題は無いだろうとも彼女たちは言う。


「そ、それにぃ……。この国は『自由』を国是としています。ファイさんがもし他国への移住をお望みなら、きっと、良しとしてくれるはずです……よね?」


 この時だけはなぜかアミスの方をちらりと見ながら、住む場所の自由は残されるだろうとフーカは説明した。


「どう、かしら? ただ、あまり深く考え過ぎないでね。私たちはファイちゃんに幸せになってもらいたい。その手助けをさせて欲しいだけなの。だから、どうかお願い。王国の庇護を受けて?」

「アミス。フーカ……」


 アミス達の雰囲気から、この選択が自分にとって恐らく大きなものであることは分かったファイ。アミス達による説明を、時間をかけて咀嚼する。


 実際のところ、アミス達が示した王国民になる利点は、実はファイにとって利益足りえない。現状、それらは全て“不死のエナリア”内で満たされているからだ。


 王国民になれば“好きなように”暮らせるとアミス達は言うが、それもやはり利益足りえない。何せ道具を自称するファイに“好き”はあってはならないからだ。


 だが、アミス達の提案は即座に否定できるものでもない。


 ファイはもっとウルンについて知らなければならない。特に教育――知識を蓄える――という点では、アグネスト王国の手厚い支援を受けられるのは大きいだろう。


 ゆえに、ここでファイが確認するべきは1つだけだ。その答え次第で、ファイはアミス達の要求を飲むことになる。


「……えっと。もし王国の人になっても、ニナと一緒に居られる?」


 アグネスト王国は自由な国を謳っているらしい。であれば、自分がニナの所にいること、ひいてはエナリアで魔物と暮らすことを良しとしてくれるのか。


 アミスとフーカを順にジィッと見て尋ねたファイに先に反応したのはフーカだ。座席から立ち上がると、前のめりにファイの答えを肯定する。


「も、ももも、もちろんですぅ! ですよね、アミスちゃん!?」


 艶のある黒髪を揺らしながら振り返り、アミスに同意を求める。が、アミスが示したのはフーカとは真逆の答えだった。


「――それは無理ね」


 ゆるりと首を振ったアミスに「アミスちゃんっ!?」と驚きの声をあげている。そんな友人に構わず、アミスは正直にファイに事情を明かす。


「正確には、すぐにニナちゃんの所に戻ってもらうことはできないわ」

「……どうして?」


 首をかしげるファイに、アミスは硬い表情を崩さない。


「各種手続きもそうだけれど……。ファイちゃんには正しい教育機関のもとで、常識を身につけて欲しいの。それにはきっと、かなりの時間がかかるはずよ」


 数か月、数年単位で、ファイはニナの所に帰れないだろうとアミスは言う。


「だけど、それがファイちゃんのためになるって。私は信じているわ」


 自身の誠意と想いが可能な限りファイに届くよう、祈るように。自身の胸に手を当て、真っ直ぐにファイを見つめてくるアミス。


「お願い、ファイちゃん。私たちと一緒に来てみない?」


 切実な声で言って友人が差し出してくれる手を――ファイが取るわけにはいかなかった。


「ごめん……ね、アミス、フーカも。私はニナの物……ううん。ニナと一緒に居たい、から」


 なんとなく、取り繕った強い自分で答えるのは良くないと思ったファイ。恥を忍んで素の弱い自分を表に出し、アミス達とは一緒に行けないことを伝える。


 ファイは、ニナのために動き回り、ニナを取り巻く人々と一緒にいる“今”がまさに幸せだ。もしアミス達の言うように“これ以上”があるのだとしても、ファイは進んで手にしたいとは思わない。


(だってこれ以上“幸せ”だと、私は弱くなる、から……)


 今でさえ、かなりの頻度で弱い素の自分が顔を出してしまっている。もしこれ以上に満たされた環境に身を置いてしまうと、いよいよもってファイは強い自分――道具――で居られなくなる。それはきっと自分にとって最大の“不幸”に違いないと、ファイは思う。


 ニナからの命令がある以上、ファイは幸せにならなければならない。幸せで居なければならない。ファイにとって幸福とはある種の義務なのだ。だからこれ以上の幸せを手にして、不幸になるわけにはいかなかった。


 アミスとフーカの言葉や表情に、ファイはどこまでも純粋な誠意を感じた。心の底からファイのことを思って先の提案をしてくれたことも分かる。だからこそ、ファイはきちんとアミスへの答えを口にしなければならない。


 可能な限りアミス達の誠意に応えられるように琥珀色と赤色の瞳を順に見つめたファイは、改めて言った。


「私は、アグネスト王国の人にはなれない」




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