表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/245

第14話 初めての、お仕事




 それからしばらく後。ファイの姿は、“不死のエナリア”第4層にあった。


 それも、これまで探索者として潜ってきた薄暗い洞窟ではない。分厚い壁を1枚隔てた場所にある、エナリアの裏側。ガルン人たちが移動や生活に使う部分だった。


 夜光灯の明るい光に照らされた人工的な通路を歩くファイ。第20層からここに来るまで、長い階段と通路を使って体感で約1時間。


 黒狼に捨てられた第8層まで、可能な限り戦闘と罠を避け、最短距離を辿って半日以上かかっていたことを思うと、


(裏通路。便利)


 数百・数千の階段とどこまでも続く廊下を平和に移動するだけで4層にたどり着ける。便利と言わずにはいられなかった。


 そんな彼女の手には、地図が握られている。その他にも、ニナから渡された指示書が数枚。背中には、宝箱に補充するための物資が入った麻袋を背負っていた。


 小物だけでなく装備なども入っているため、その重さは優に100(キルログルム)を越える。そんな麻袋をファイがひょいと担ぎ直した時だった。


『あー、あー。ファイさん、ファイさん、聞こえますかー?』


 ファイ以外誰も居ない通路に、ニナの声が響いた。声がした方向は、ファイの背中側。頭巾の中に隠れている、プヨプヨとした扁球状(へんきゅうじょう)の生物『ピュレ』と呼ばれる魔物からだ。大きさは、ファイが両手で持って少し余るくらいだろうか。色は透き通った緑色をしていた。


 ピュレは、様々な物を溶かして食べる、魔物の一種だ。そうして取り込んだ物が一定に達した時、自身の分身体を作ることでも知られている。その分身体は本体と共振したり、感覚を共有したりすることができる能力を持っていた。


 原種のピュレは猛毒や強烈な酸を内包する危険な生物だが、品種改良を重ねる中で無害化され、こうして通信用の生物として、販売されている。価格は通話だけの素体1体が約1万D(ダルラ)。そこに様々な能力を足していくことで、価格も倍々になっていく。


 麦餅(パン)1つが1Dのガルンにおいては、かなりの高級品だが、素体を確保できれば、あとはエサを与えれば増殖してくれる。ニナが持つこのピュレも、両親から引き継いだ年季物のピュレだとファイは聞かされていた。


 今回、文字と地図が読めないファイが仕事をするにあたってニナが提案したのが、この方法だ。遠隔でファイの状況を確認し、逐次、指示を与える。この方法であれば、文字も地図も読む必要が無かった。


 空いている手で頭巾の中に潜ませていたピュレをむんずと掴み、自身の目の前に持ってきたファイ。


「うん。聞こえる、よ? ニナの方も、ちゃんと見えてる?」

『はい! ファイさんの可愛いお顔も、4層の通路も、きちんと見えておりますわ!』

「……そう」


 可愛い。そんな賞賛の言葉に少しだけ高まってしまった胸を悟らせまいと無表情で居ることに努めるファイに、ニナからの指示が飛ぶ。


『お食事の場所でも申しましたが、これからファイさんには宝箱の補充を行なっていただきます。注意事項は、覚えておられますか?』


 ニナからの確認に頷いたファイは、自身に与えられた役割を改めて復唱していく。


 1つ。適切な場所に、適切な物資を置くこと。


 1つ。物資を補給した宝箱は必ず閉めること。


 1つ。特定の宝箱には罠の機構が付いているため、注意すること。


「――あと、補充作業は人の目に付かないようにする。この4つで、合ってる?」


 問いかけたファイに対して、『はいっ!』というニナの元気な声が返って来る。いま確認した4つの技能には、当然、熟練した技術が必要となる。そのため、各エナリアは1名以上、補充専門の人員を持っている、と、ファイは聞いている。


 もちろん人材不足の“不死のエナリア”に、そんな要員は居ない。また、良くも悪くも、ニナのもとに居る従業員たちは強力な力を持つガルン人たちばかりだ。エナが薄い上層での活動に、大きな制限がかかってしまう。


 その点、ウルン人であるファイには、上層での活動制限が無い。


 ウルン人を理解することに並んで、ガルン人では制限がかかる上層の業務をしてもらうこと。それもまた、自分を雇った理由だと、ファイは聞かされている。ただ、そう語っていたニナが「いま思いつきました!」という顔をしていたのは、気のせいだろうか。


『ついでにファイさんには、しばらくできていなかった扉の立て付けの確認や、魔獣……動物系の魔物さん達によって殺された探索者さんの遺品回収をお願いします』


 プルプル震えながら話すピュレに頷いて、ファイは頭巾を深くかぶる。今の彼女は、エナリアの闇に溶け込めるよう迷彩柄が施された、動きやすい服装をしていた。頭巾の中にピュレと髪を入れ込んで、ヒモをきゅっと縛る。エナリアの中では際立つファイの白髪を隠すための措置だった。


「……服の中からでも視えてる?」

『問題ありません。頭巾の生地自体は薄いので、中から外は見えておりますわ! ついでにピュレさんの変形機能を使いまして……』


 頭巾の中でアーチ状に形を変えたピュレが、ファイの両耳を覆う。


『こうすれば、小さな声でも良く聞こえますでしょう?』


 耳元で聞こえるニナの囁き声。慣れない感覚に思わず身を震わせたファイ。しかし、不思議と、嫌な気分ではない。


「……うん。ニナの声、よく聞こえる」

『静かなエナリアで、大声でお話をすると目立ってしまいますものね。ファイさんとお話しできなくなるのは残念ですが、ここからはまた、最低限の会話だけで参りましょう』

「了解。それじゃあ、エナリアに入る、ね」


 エナリアの中に居るのに、エナリアに入る。自分の言った言葉に違和感を覚えつつも、ファイは目の前にある梯子を上っていく。そのまま天井付近に開いている横穴へたどり着いた。直径は2mほどと、ファイでも少し圧迫感を覚える大きさだ。


 しかも夜光石も夜光灯もない。通常は手持ちの照明などが必要になるのだが、ファイにとっては問題ない。ファイの特別な目は、暗闇の中でもしっかりと物の形や地形を見ることができる。


 100m(メルド)以上続いた横穴を数秒で走破すると、今度は下に下りるための縦穴があった。


 備え付けの梯子を下りていくと、縦穴は行き止まりになっているのだが、


『暗くて分かりませんが、縦穴に着いた……のでしょうか? 底の方に見えているのは、天井に擬態させているピュレですわ。そのまま飛び降りて下さいませ』


 ニナからの指示を受けて、ファイはためらいなく梯子から手を離す。すると、地面に見えていたその場所は水のようになっていて、ファイの身体を優しく包み込んだ。そのまま、ぬめりのある水の中を沈んでいく感覚が数秒続いたかと思えば、ピュレの中を通り過ぎたのだろう。


 身体にまとわりついていた水気が消えて、ファの身体が自由落下に入った。


 素早く地面との距離を測って着地したファイ。そこは高い天井と扉以外に何もない、小さな部屋だった。


『恐らく、小さな部屋に出たかと思います。その扉は中からしか開けられないようになっているので、外に誰も居ないようであれば、そこからエナリア内へ入ってください』

「了解」


 扉に張り付いて聞き耳を立ててみるが、人の気配はない。


『ま、まぁ、宝箱の補充が不十分で、探索者さん達がこの層にいらっしゃることは稀なのですけれど……』


 苦笑するニナの声を聞きながら、ファイが慎重に扉を開けると、


(……久しぶり?)


 いつ振りか分からない、夜光石のほのかな光が照らすエナリアの表側へと出るのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ