第135話 せきにん、重大!
ファイの名前を聞いた瞬間、探索者協会を名乗る男たちの顔に緊張が走ったのが分かった。
「……少々、失礼」
今一度ファイに断りを入れると、またしても男たちはひそひそと何かを話し始める。やがて1人が話し合いの輪から外れると、小さな携帯端末を使ってどこかに連絡を取り始めた。
(あれ、フーカも使ってた。たしか、「けーたい」……?)
前回の買い物でフーカがよく手に持っていた通信機器だ。遠く離れた相手と通話できる、ピュレと同じ道具だったと記憶している。
あれもひょっとすると遠隔通信手段としてエナリアで使えるかもしれない。瞳の色を隠すためにかけている色付き眼鏡の下で、金色の瞳を輝かせるファイ。と、そんな彼女のもとへ1人の男が近づいて来た。
「ファイさん。よろしければ我々に同行いただけませんか?」
敵意が無いことを伝えるためだろうか。両手をあげて、ファイの3mほど手前で足を止める男。彼の背中に生えているのは、茶色い羽毛に覆われた立派な翼だ。どうやら羽族、さらに詳細に言うなら翼族らしい。
「あなた達に? どうして?」
リーゼから、「知らない人にはついて行かない」と言いつけられているファイ。先ほどまで武器を向けられていたこともあって、警戒をしながら尋ねる。その問いに対し、男は背後にいる仲間へと目を向けてからファイに向き直る。
「この国の第3王女、アミスティ・ファークスト・イア・アグネスト様がお待ちです」
「あみすてぃふぁーく……なんて?」
「アミスティ・ファークスト・イア・アグネスト様です」
「…………。……だれ?」
実はファイがアミスに会った時、アミスはいずれも探索者としてその場にいた。そのためファイは、アミスの本名も、本当の身分も知らない。彼女の中でアミスはただのアミスであり、アミスティではなかった。
いずれにしても、目下ニナからの大切なお仕事中のファイ。朝方とはいえ生ぬるい風に、早くも汗をかき始めている。暑さを苦手とする彼女はまだ気温がマシな今のうちに町に行って、涼しいお店の中へと向かいたい気分だ。
「えっと、ごめんなさい。私は『先を急ぐ』……じゃない、早く行く、から。あなた達と一緒、は、できない」
うっかり出てしまったガルン語をウルン語に言い換えて、話は終わりと男たちに背を向ける。だが、歩き出そうとしたファイの足を止めたのは、背後から命令口調で飛んでくる「待て!」の声だ。
どうしても治らない条件反射を自覚しつつ、ファイは再び男たちを振り返る。と、そこには再び武器を構える男たちの姿がある。彼らから向けられる“敵意”につい反応してしまうのもまた、長年エナリアで生きてきたファイの条件反射だった。
「……なに?」
色付き眼鏡の下。すぅっと目を細めるファイに、男たちが一瞬たじろぐ。それでも武器を下ろすことは無く、ファイの出方を伺いながら陣形を整え始める。
「悪いが、俺たちも仕事なんだ。無理やりでも連行……はできないだろうが、足止めくらいはさせてもらう」
「お仕事……。それなら仕方ない、ね? でも――」
“仕事”の大切さはファイもよく知っている。命に代えても実行しなければならない、大切な役割であり、生き甲斐だ。
なぜ彼らがファイを止めようとしているのか、ファイ自身はまったく理解できていない。それでも、ファイの足止めが彼らの仕事であるならば、きっと彼らがもう鉾を納めることは無いのだろう。
(だってお仕事だったら、私も退かない、から……)
お互いの使命が相反するのであれば、ぶつかり合うのもまた必然だ。
――敵は殺せ。
ニナに次ぐ命令権を持つルゥからの大切な命令が、ファイの脳裏にちらつく。男たちはファイに武器を向けており、ニナから貰った大切なお仕事を邪魔しようとしてきている。
そっと目を閉じ、覚悟を決めるファイ。
「――私もお仕事、だから」
「「「おぉぉぉーーー!」」」
気迫のこもった男たちの声が雑木林に響く。ただし、一度たりとも剣戟が響くことは無い。ましてや魔法の残滓が残されることもない。肉と肉がぶつかる重くて鈍い音が数度、響いただけだ。ついでに同じ回数、野太い悲鳴が上がる。
1分と経たずに静けさを取り戻した雑木林から、黄色い髪を揺らす少女が出てくる。服にも顔にも、乱れ1つ無い。ただ1点、少女の手に握られている麦わら帽子。戦闘の際に落ちてしまったその帽子に付いた砂埃だけが、唯一残る戦闘の痕跡だった。
(暑くなる前に、早くフィリスに行かないと)
鼻息荒く裳を揺らすファイ。彼女の背後には――。
「「「う゛ぅ……」」」」
――うめき声を漏らして目を回す5人の男たちが居る。
(あの人たちは“ガルン人”じゃない、から。良い……よね、ルゥ?)
要約すると「敵は殺せ」となるのだが、ファイが記憶しているルゥの核心となる言葉はこうだ。
『もしこの先、ファイちゃんがガルン人を相手にすることがあっても、殺すことを躊躇しないでね』
冷静に考えたとき、ルゥの言葉にはウルン人を殺せという意味は含まれていないとファイは考えている。将来的に自分を害する存在を殺せという意味なのだとしても、ウルン人にはガルン人と違って「進化」という体質が無い。今日明日に急に強くなって背中を刺しに来ることなどまずないだろう。
また、前回ファイを誘拐しようとした悪漢たちとは違う。
少なくとも今回の男たちに殺意はなく、ファイの障害となるだけの力も無かった。しかも、男たちは負けると分かっていてもなお立ち向かってきたようにファイには見えた。仕事という至上命題をこなそうとする彼らの気概には、もはや共感すら覚えてしまう。
男たちがエナリアの入り口の監視を役目とする非戦闘員たちだったことも大きかっただろう。色んな意味で、今回ファイが相手にした男たちは“敵”ではなかった。
「……ごめん、ね?」
背後で目を回す彼らに一言だけ詫びをいれたファイは朝焼けの中、今度こそフィリスに向けて歩き始める。が、首筋を伝う汗を自覚してすぐに立ち止まる。
「……むぅ」
このままではフィリスの町についた頃には汗臭くなってしまうかもしれない。そう考えたファイはまず、自身の身体を風の魔法で包み込む。そうして出来上がる風の卵を、今度は強烈な風の魔法で持ち上げる。エナリアの、長い長い階段を登る際にも使っているファイならではの移動手段だ。
周囲に人が居れば暴風に巻き込んでしまいかねないが、今はファイひとり。フィリスの町までの道のりも距離もおおよそ分かっているため、魔素の配分も十分に考慮できる。何より、氷の魔法を使って内側の風の卵に極小の氷を混ぜ込むと、涼しい。
(うん、快適♪)
こうしてファイは、宙を漂いながら移動することにする。街道を行くと人とすれ違って迷惑をかける可能性もあるため、少し上空を飛ぶ。風で帽子が飛ばないようにするのは少し億劫だし、風で裳もめくれあがってしまう。が、ファイにとって、暑さをしのげるのであれば大した問題ではなかった。
そのまま、上空を漂いながら移動すること30分ほど。ファイはフィリスの町の外れに着地する。もう既にフォルンは水平線から完全に顔を出しており、気温も着実に上昇し始めている。
「ふぅ……」
小さく息を吐いたファイは、少しずつ馴染みを持ち始めているフィリスの町を眺める。と、前回来た時よりも心なしか、町が色めいている。具体的には、建物の間に色とりどりの旗が飾ってあったり、玄関先には動物を模した置物が置かれていたりするのだ。色のついた透明な石柱は色結晶を模しているのだろうか。
道路わきに立っているのぼりに書かれた『新世祭』の文字。そのウルン語をファイが読むことはできないが、町全体がどこかせわしないような印象に包まれていた。
同じフィリスの町なのに、なぜこうも雰囲気が違うのか。ウルンが見せる不思議に目を輝かせつつ、ファイは町の中心部へと歩を進める。
途中、ファイが広場で見かけたのは時計だ。円が赤橙黄緑青紫の6色に等分されており、時間を示す短針と分を示す長針がある。午前中が“白”、午後が“黒”。1日を12等分したものが、ウルンの時刻だ。
フーカに教えてもらった時計の読み方を参考に読み解いた時刻は短針が緑のちょうど中間の位置。長針も赤の中ほどの位置にある。数字に直すと7時過ぎ。町の食事処が開き始める時間だったはずだ。
前回、ファイが撮影機を買ったお店が開くのが白の紫ピッタリの時刻であるため午前10時。移動する時間を考えても、時間的な余裕は十分にある。
「えっと……」
ファイが鞄から取り出したのは、リーゼから渡された紙片だ。そこには買ってくる物と一緒にファイのへの指示が書かれている。その中の1つに、「ウルンでご飯を食べて来てくださいませ!」とニナの字で書いてあった。
(さっきご飯を食べたばかりだからあんまりお腹は空いてない、けど……)
ひとまずファイは、軽食を取ることができそうな店を探すことにする。
今のファイにとって大切なのは、ウルンを知ることだ。現状、“不死のエナリア”で働く人々の中でウルンのことを調べられるのはファイのみ。誇張抜きに、ファイの語るウルンがニナ達にとってのウルンであり、ウルン人となる。
ウルン人の探索者を“幸せ”にするためにも、ウルン人への理解は欠かせない。
(せきにん、重大!)
間違えても誤ったウルンの情報を持ち帰ることが無いように、ファイは慎重に自分が生まれた世界である「ウルン」を見つめなければならない。
今のフィリスが第3王女アミスティによって厳戒態勢が敷かれていることも、実はこの町に王女自らが滞在していることも知らないまま、ファイは涼と甘味を求めて手近な喫茶店へと吸い込まれるのだった。




