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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●もう1回、行ってくる

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第134話 私は成長、しない!




 今回ファイに与えられたお仕事。それは、エナリアでも動く撮影機と、撮影機で映した映像を映し出す投影機の購入だった。


 ウルンに向かうにあたり、リーゼによって“おめかし”を施されたファイ。髪は黄色に。顔には化粧水と乳液、違和感のない色合いのおしろいを少々。色も肉も薄い唇には保湿液を塗って艶を出す。不自然さのないよう丁寧に調整された化粧だ。


 服に関しては、


『わたしの出番の気配がしたから来たよ!』


 と、仕事の合間の休憩をしていたらしいルゥが駆けつけてきた。そして、前回の“ファイの普段着が無い”という問題点を踏まえて新調したという服を持ってきてくれた。


 こうしてニナの私室を借りて着替えたファイは、執務室で待っていたニナ達のもとへと戻る。


「じゃじゃーん! 今回のファイちゃんの服は、こちらです」


 ルゥがファイに用意してくれたのは、薄手の1枚布でできた白い服だった。肩布が無く腕を露出させる形になるが、ファイとしてはむしろありがたい。前回、ウルン――というよりは夏真っ盛りのアグネスト王国――の暑さにやられたファイ。より涼しい服だとありがたいと、密かに思っていたところだった。


「とは言っても従業員用の侍女服とは違って完全に趣味だから。さすがにお仕事の間にちょちょいってなると、どうしても簡単なやつしか作れなくって……」


 ルゥはそう言っているが、裳に施されている細かなひだ飾りや腰にあしらわれている帯の装飾には、こだわりが見られる。


「本当は下衣が良いんだけど、ほら。ファイちゃん、成長期だから。すぐに大きさ変わっちゃうかもだし」

「せいちょうき……? せいちょうき……成長期!?」


 頬をかくルゥの言葉の意味を理解して、己の身を抱くファイ。自身の身体がふくよかになっていくのは、ファイにとって恥ずべきことだからだ。


「る、ルゥ。嘘は良くない。私は成長、しない」


 微かに耳と頬を赤くしながら抗議するファイだが、腕を組むルゥはしたり顔だ。


「それこそ噓だぁ~。実際、最近は下着、上下ともちょっときついんじゃない? お風呂でも言ったけど」

「――っ!?」


 ルゥに図星を突かれて、目を白黒させるファイ。ルゥの言う通り、最近、ファイは下着に窮屈さを感じている。だからこそ彼女は、自室では下着を付けずに過ごしているという側面もあるのだ。


「そ、そんなことない……。そんな、こと……っ!」

「あぁ、ファイさんの可愛らしいお顔が見たこと無いくらい真っ赤に……! ルゥさん、ファイさんをいじめないであげてくださいませ!」

「え、わたしが悪者なの!? ファイちゃんがふっくらするのはむしろ良いことのはずなんだけど!?」


 などというひと悶着こそあったものの、その後は着替えもそつなく進む。念のために羽織る薄手の淡い水色の長袖を肩に羽織り、日よけのための麦わら帽子を被ればファイのおめかしは終了だ。


「あ、そうだ。ファイちゃん。両手を上にあげて」

「……? こう?」

「そうそう。腕を出すから一応確認、ね」


 ルゥに言われるがまま、ファイは両手をピンと上にあげる。と、なぜかファイの脇を丁寧に観察し始めるルゥ。


「うん、もともと体質的に薄い方……って言うかほとんど無かったけど、わたしが言った通りちゃんとお手入れもしてるね」

「もちろん。言われたことはちゃんとしないと。身だしなみ、大事」


 表情を変えないまま自慢げに鼻を鳴らすファイに、ルゥも「えらい、えらい」と褒めてくれる。身だしなみは1日にしてならず、と教えてくれたのはリーゼだったか、ルゥだったか。とにかく、日ごろの小さな努力が大切であることを、ファイは教えてもらっていた。


 とは言っても、ファイは見栄や世間体を気にして身体をキレイにしているのではない。道具として、所有者であるニナの格を落とさないための当然の努力だ。自分のために自身のきれいさを気にすることができるほど、ファイはまだ“大切な自分”という感覚を掴めていなかった。


 そうしてルゥによる身だしなみ確認が終われば、今度はリーゼによる持ち物の確認だ。


「ファイ様。お金はきちんと持ちましたか? 買う物などを記した紙片は? 護身用の小刀も大丈夫ですか?」

「お金がこれで、紙は……これ。小刀は前のルゥのやつ」


 レッセナム家の家紋と思われる模様が描かれた革製の鞘。そこに収まる刃渡り10㎝にも満たない小刀もあることを確認して、いよいよ準備完了だ。


「それなら、良かった。えっと、それじゃあ行ってくる、ね?」


 肩掛け鞄の肩紐を握りしめ、大切な主人と大好きな同僚2人に出立の挨拶をするファイ。だが、彼女が扉を開こうとする直前、「待ってくださいませ!」というニナの声がかかる。


 どうしたのかと振り返るファイに、満面の笑みを見せてくれるニナ。


「ふふふっ! ……ファイさん。必ずわたくしのもとへ帰って来てくださいませっ」


 ファイの帰る場所は“ここ”なのだとそう言うように自身を手で示しながら、ファイに言ってくれる。その眩しさと温もりに、きらりと金色の目を輝かせるファイ。


「……それは、命令?」


 本人も意図しない期待が込められた問いかけが、口から漏れる。が、ニナが「違いますわ!」と即答したために、すぐに瞳から輝きが消える。スンッと無表情に戻るファイにニナが続けたのは、


「これは命令なんて他人行儀なものではありません。わたくしとファイさんの『約束』ですわ!」


 そんな言葉だった。


「やくそく?」

「はい! ファイさんは必ずここに帰ってきて、わたくし達はそれを笑顔で迎える。そんな温かな取り決め、ですわ」

「やくそく……。約束……」


 命令ではない、約束。命令をこそ至上とするファイにとって、約束などという“おためごかし”は本来、唾棄すべきものなのかもしれない。だが、なぜだろうか。ニナに「約束」と言われたこの時、ファイは命令を受けた時とは異なる、言葉の温かさのようなものを感じた。


 その温もりは、命令を貰った時に湧き上がる歓喜には到底及ばない。命令を貰った時の、全身の細胞が打ち震えるようなゾクゾクが、快楽があるわけでもない。


 にもかかわらずファイは、約束という言葉の方が“良い”と思える。もっと単純に言い換えれば「好き」だ。もちろん心を否定するファイが「好き」を認めることは無く、ゆえに判断の結果と言える「良い」という言葉を使うのだが、とにかく。


(あったかい……)


 胸にじんわりと広がる熱を確かめるように、目を閉じ、胸元に手を当てるファイ。まぶたを閉じてもなお、ニナの温もりを感じられる気がする。


「――分かった。死んでもニナの所に帰って来る、ね?」

「怖すぎますわ!? 生きて帰って来てくださいませぇっ!」

「うん、冗談」

「冗談!? ほっ……。それなら良かったですわ……って、ファイさんが、冗談!?」


 もともと大きな目をさらに丸くするニナの顔に、わずかに口角をあげるファイ。そのまま執務室の扉を開けて、ウルンへと向かう。


「か、必ず! 必ず帰って来てくださいませぇ~~~!」


 そんなニナの叫びを最後に、重い執務室の扉は閉まるのだった。


 こうして始まった、ファイの2回目のお使い。ファイがウルンに出たとき、空は白み始めていた。どうやら今は早朝らしい。


 吹き抜ける生ぬるい風に麦わら帽子と羽織った服が飛ばされないよう、それらを押さえつける。


 まだフォルンも登り始めた頃だというのに、気温はファイが前にウルンを訪れた時と同じくらいに感じる。時間が経ってお昼になれば果たしてどんな酷暑が襲ってくるのか。暑さが苦手なファイは。考えただけでげんなりしてしまう。


(けど、ニナのために!)


 フィリスへの最短の道のりは前回で学んでいる。この時間だとまだお見せは開いていない。焦らず、歩いてフィリスに向かおう。意気込んだファイが一歩踏み出そうとした、ところで。


「待て!」


 ファイの背後から、鋭い声が飛んでくる。振り返って見てみれば、そこに居たのは紺色の三つ揃えを着た数人の男たちだ。種族も年齢も髪色も様々な男たちは、それぞれの得物を手にファイのことを見ている。


(憲兵、じゃ、ない……?)


 濃紺色の服を着ていた憲兵とは違う組織の人々だろうか。肩の刺繍も、憲兵たちの服に合ったものとは違う。


「あなた達、だれ?」

「我々は探索者協会だ。この“不死のエナリア”の出退を管理している。お前、いつここに入った?」


 険しい顔つきでファイを見てくる男たちの問いかけに、懸命に記憶を探るファイ。


「うんと……。少し前? 具体的には分からない、けど。ひと(ナルン)くらい前」

「30(フォルン)以上も前、だと……? 仲間の組合員はどうした? それにその身ぎれいな格好は……いや、待て」


 矢継ぎ早にファイに質問を飛ばしてきた探索者協会を名乗る男たちだったが、不意に仲間内で話し合いを始める。が、それもすぐに終わったらしい。先ほどからファイに質問してきていた人間族の男が、改めてファイに向き直る。


「失礼した。念のため、あなたの名前を聞かせてもらってもいいだろうか?」


 言動を丁寧なものに変えて、ファイに名前を聞いてくる。そして、ウルンにおける自身の存在の価値と重要性を知らないファイは、偽ることなく素性を明かす。


「なまえ? えっと、ファイ。ファイ・タキーシャ・アグネスト。人間族」


 ファイが指先に魔法で小さな火をともして自己紹介をした瞬間、男たちに一層の緊張が走った。




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