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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●もう1回、行ってくる

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第133話 強くなる、権利?




 調理場からつながる食事場でのこと。


 食事と共に、ニナが不在の間に起きていたことを報告したファイ達。特に密猟者については、ニナも普段以上に緊張感を持ちながら聞いていた。


 そんな中で明らかになったのは、密猟者たちが探していた“落とし物”の話だろう。ファイも薄々感づいていたことだが、獣人族たちが探していたのはやはりミーシャだったらしい。


「――つまり、ミーシャさんを追って、彼女が所属していた部族の方々がいらっしゃった、と。そして……」


 ミィゼルの死を思い浮かべたのだろうか。悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべながら、ニナはきゅっと唇を噛みしめている。


「はい。また、もし次に彼らがいらっしゃる場合、その時は本格的な戦闘になるかと」

「そうですか……。むむむぅ~……」


 腕を組み、うんうんと唸っているニナ。その様子に、ニナの背後に控えているリーゼがスッと青い目を細める。


「お嬢様のお望みとあれば(わたくし)が対処して参りますが?」


 いつ来るとも分からない“敵”を待つのではなく、こちらから仕掛けるのも手ではないか。静かな戦意をもって尻尾を揺らすリーゼに、ニナがこぶしを(おとがい)に当てる。


「もしミーシャさんの部族の方々がいらっしゃった場合、住民の(かた)に犠牲が出てしまうかもしれませんものね……」


 そんなニナとリーゼのやり取りを正面の席から眺めながら、ファイは思う。


 避難してきた人々にとっては、生きていける場所を提供してもらえるだけでありがたいのではないだろうか。迫害、暴力、無理解。様々な理由で生まれた場所を追われた人々は、新しい“幸せ”を見つけるための居場所を探していただろう。


 このエナリアはそんな人々にとっての大切な居場所になっているはずなのだ。


(私みたいに)


 だが、逃げてきた者を受け入れて場所だけを提供し、あとはご自由にどうぞ。そんなことを言うニナではない。受け入れた側の責任として、最大限、住民たちの“幸せ”探しを手伝おうとしているようにファイには見える。


 そして、エナリアに住む人々を「家族」と表現して愛するニナは、もう二度と大切な家族を失わないための努力を欠かすつもりはないらしい。


(だから、きっとニナの答えは……)


 ファイがスッと目を細めて見つめる先。目をつむってしばらく考え込んでいたニナだったが、次に目を開いた彼女の茶色い瞳に迷いはなかった。


「――今回は大丈夫ですわ、リーゼさん」


 「え」と喉から出かかった言葉をどうにか飲み込むファイ。


 てっきりリーゼに対処をさせると思っていたファイとしては、意外な答えだ。住民たちの安全を思うなら、間違いなく、ミーシャの部族を壊滅させた方がいい。そうでなくとも、戦力を削るくらいはしておいても良いとファイは思っていたからだ。


 同じ感想をリーゼが抱いたのか分からないが、「よろしいのですか?」とニナに再度確認をする。


「はい。来る者拒まず、去る者追わず。それはお父さまがおっしゃっていた、エナリアの基本的な姿勢ですわ。つまり、わたくし達から仕掛けるというのは、流儀に反すると思うのです」


 ニナのその言葉の裏には、彼女の罪があることはファイでも分かる。ニナはレッセナム家を壊滅させたあの日、その流儀を破った。結果、今もなお残る後悔だけを手にしている。その時の経験がニナに、自分たちから仕掛けることを躊躇させているのかもしれない。


「ですが、お嬢様。住民の方々についてはどうなさるおつもりのです? ミィゼル様のような犠牲者を許容すると?」


 感情の見えない声で、本当に良いのかと再三ニナに尋ねるリーゼ。案外、彼女が一番ミィゼルの死に――家族の死に――憤っているのかもしれない。


(だってリーゼも、優しい、から)


 血や泥で汚れることにも構わずミィゼルの亡骸に寄り添っていたリーゼの姿を思い出す。そんなファイの前で、ニナはゆっくりとかぶりを振る。


「いいえ、リーゼさん。ミィゼルさんのご家族には後ほど、わたくしも正式に謝罪に参ります。また、他の方々にも、今回の出来事を包み隠さずお伝えするつもりですわ」


 ピュレを使って、自身の不徳を喧伝するというニナ。誠実さを追求するニナらしいと思う反面、ファイとしてはどうしても心配だ。


 広いエナリアを彼女1人で守ることができると考えている住民はまず居ないだろう。魔獣による住民の被害もあるとファイは聞いているし、住民たちも死の可能性については常に考えているはずだ。


 だが、実際に人が死んでしまったとなると、どうしても感情が追い付かないとも思うのだ。ファイ自身、ミィゼルの死が未だに思考の端をちらついてしまっている。思考ではなく感情のまま、ミィゼルの死の責任をニナに負わせようとする住民たちもいるかもしれない。


 無知なファイでも分かることだ。きっとニナも重々承知だろう。それでもニナは住民たちに、自分の至らなさと共に密猟者の可能性を伝えると言う。


「リーゼさん。それにファイさん、ムアさんも」


 そう言ったニナは、同じ食卓を囲むファイとムアにも目を向けた。


「確かに強者は弱者を守る責務があると、わたくしは思いますわ。弱者を受け入れている立場であるわたくしは、特に。なので全力をもって、愛する家族を守ろうと思っております」


 ですが、と、ニナは決然とした顔で話を続ける。


「ですが守られる側にも、強くなる権利があるはずですわ」


 その言葉で、なぜかニナの背後に立つリーゼが大きく目を見開いたことをファイは見逃さない。が、立ち位置からニナは気付かなかったらしい。特段リーゼの変化に触れることなく、そっと目を閉じる。


「逃げて、隠れ続ける。そんな選択肢もありますわ。ですが強くなって、己の身を守る術を手にすることもまた、1つの選択肢なのだと思います」


 早くに両親を失ったニナは、一生守られ続けることはできないし、守り続けることもできないことを理解しているのだろう。だからこそ、守られる側が身を守る術を、自分たちだけでも生きていくことのできる力を身につける機会を設けたいと語る。


(そっか。だからニナは、住民の人を“裏”に入れないんだ……)


 もし本当に住民の安全だけを考えるのであれば、彼ら彼女らをエナリアの裏側に住まわせれば良いだけの話だ。少なくともファイがここに来て、裏側で命の危機を感じた経験はない。危険な魔獣が入ってくることもなく、密猟者たちと出くわす機会も無いはずなのだ。


 丁寧に、丁重に。逃げてきた者たちを安全な場所に隔離して、隅から隅まで面倒を見て、守り続ければいい。


 しかし、ニナはそうしていない。住民たちをそれぞれの強さに応じた階層に住まわせ、生活させている。その理由こそ、住民たちが自分で生き方を選べるように、ということらしい。


「わたくしは、幸せの形を“守られること”だけに限定したくないのですわ。自分の足で立ち、行く先を決めて、歩む。自分だけの幸せを探して欲しいと、そう思っております」


 目を閉じて胸元でぎゅっと両手を握るニナ。きっと今、彼女の頭の中にはここで働く・住んでいる人々の姿が思い浮かんでいるに違いない。が、不意に目を開くと、


「と、まぁこのように格好をつけてはみたのですが……」


 先ほどまでの“エナリアの主”としての格好よさは鳴りを潜め、何とも頼りない苦笑を浮かべる。


「正直なところ、自信が無いのですわ。これから先も増えていくかもしれない住民の方々。彼ら彼女らをわたくし達だけで守る、その自信が」


 だからこそ住民たちには成長してほしいのだと、ニナは言う。自分たちの身くらい、自分で守る。そう思ってもらうためには、やはり危機感が必要なのではないかとニナは考えているらしい。


「なので今回の件。完全な安全を保障するのではなく、『来るかもしれない』と。そんな姿勢で住民の皆さんには構えていてもらいたいのですわ」


 もちろん前提として、自分たち従業員は住民を守るための最善を尽くさなければならない。そう語ったニナ。


 ミィゼルのような被害者を出さないためにはどうすれば良いのか、考えていたファイ。1つの方法として安全な裏側に住まわせるという方法も考えていたが、どうやら別の案にした方が良さそうだった。


「――お嬢様のお考え、よく理解いたしました。ですが理想は理想。現実は現実です。最善を尽くすとは具体的に何を? また、実際に不届き者がやってきた場合はどのように対処をなさるのですか?」


 考えを整理させるようなリーゼの問いかけに、ニナは改めて思案顔を見せる。


「そうですわね……。リーゼさんにはしばらくの間、(くだん)の獣人族の方々の動向の監視をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「処理ではなく監視、ですね。かしこまりました。であれば、(わたくし)でなくとも大丈夫でしょう。家の者に連絡を入れておきます」

「よろしくお願いいたしますわ。次に……ムアさん?」


 会議の時は戦力外になるムア。犬の姿になって椅子の上で丸くなっていたムアに、ニナが声をかける。


「なにー……?」

「この後すぐ、わたくしと遊びましょう!」


 ニナからの提案に退屈そうな態度から一転。「わふっ♪」と嬉しそうに鳴いて椅子の上に立ち上がったかと思うと、尻尾を激しく振っている。


「ニナと殺し合い!? やるー!」

「はい! ですがもしわたくしが勝ちましたら、ムアさんには各階層の入り口付近を見回る頻度を増やしていただきます」

「あぅ……。入り口近くって魔獣が多くないから退屈だけど……。分かった! で、どこでやる!?」

「この後、すぐにでも。場所はいつもの大空洞で。そして最後に……ファイさん」

「なに?」


 待ちに待った仕事の時間に、金色の瞳を輝かせるファイ。


「監視機器の件、リーゼさんから聞きましたわ。エナリアやガルンでは使えないそうですわね?」

「うん。そうみたい。けど……」

「はい。エナリアでも使うことのできる撮影機があるかもしれないのですわね? 上層の監視はこのエナリアでも急務の課題です。なので――」


 この話の流れから与えられる仕事は、ファイの予想した通りのものだった。




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