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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●職人と、ならず者……?

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第129話 私が考えるべき、は?




 ファイ達の前に姿を見せた、密猟者たちのまとめ役と思われる獣人族の青年。獣化をして体高3m(メルド)、体長4mほどの黄色い虎に姿を変える。


『許さない……! 特に僕をコケにしたお前とお前! 絶対に村のみんなの前で甚振ってやる!』


 ファイとムアを順に見て、唸り声をあげる青年。それに対して「え、私?」とファイがきょとんとする一方で、「わんっ♪」と嬉しそうに鳴いたのはムアだ。


「いーよ~、おにーさん♪ ムアが遊んであげる♪」


 言いながらファイの腕の中から飛び出すムア。すぐに人間の姿になると、手足を獣のものへと変化させる。


 なんとなくファイも分かっていたことだが、ムアの場合は人の姿の方が戦いやすいようだ。今もわざわざ獣化を解いて半獣化の状態になったことが良い証拠だろう。


 全裸になって手足を突き、獰猛に笑うムア。巨大な虎に相対するにはあまりに小さな少女の姿だ。だが、身にまとう戦意は決して引けを取らない。むしろ身内びいきもあるかもしれないが、ファイの目にはムアの方が“強者”に見える。


 だが、ムアが優位かというとそうではない。先ほどの密猟者たちとの戦いの傷が、ムアの全身に刻まれている。特に腕には真新しい打ち身や大きな裂傷が残っている。


 ムアの傷に気付いたのだろう。虎の姿の青年が、下手人を見つけたというように笑う。


「なるほど。お前が僕の部下をやったんだな?」

「あはっ♪ けっこー強かったよ! まぁ、ムアよりは弱かったけど~♪ って……――」


 身を低くして臨戦態勢を取っていたムアだったが、不意に顔を上げて姿勢を高くする。


「――おにーさん、ほんとにあの人たちの親玉?」

「……どういう意味だ?」

「え。だっておにーさん。身体おっきーだけで、ほんとにヨワヨワじゃん。さっき遊んでくれた人たちの方がよっぽど頑丈そーだったけど」


 相手を小ばかにするようないつもの口調ではなく、本当に思っていることだけを口にしているように見えるムア。


「ムア、弱い者いじめは好きじゃな~い。だから、よいしょ」


 ファイは半獣化を解いて、完全に人の姿に戻る。


「これで対等かな~。それじゃあ――」

「あんまり僕を舐めるなよ、雌犬(メスガルル)ごときが」


 一度の踏み込みでムアの目の前までやってきた青年が、ムアに向けて前足を振るう。身体に合わせて大きくなった前足は、50㎝ほどはあるだろうか。身長130㎝ほどのムアの胸から股下辺りにかけて、一息に薙ぎ払った。


 当然、攻撃をまともに食らったムアの小さな身体は吹き飛ばされ、通路の壁に激突する。壁は軽く崩れ、ムアも瓦礫の山の中へと消えていった。


「僕を馬鹿にするからだ! ……次はお前だ、角族の女!」

「はあ、(わたくし)、ですか?」

「そうだ! 舐めた目で僕を見やがって……。殺してや――へぶぅっ!?」

「わぅっ♪」


 ムアの声が聞こえて水色の髪が舞った瞬間、巨大な虎の頭は地面に埋まっている。瓦礫から飛び出したムアが、かかと落としを見舞ったのだ。


 新しい傷を身体に増やしたムアだったが、それでも。


「よっと……。さっ、ムアとあそぼ、ザコのおにーさん♪」


 着地して尻尾を揺らす彼女の顔には、それはもう楽しそうな笑顔が浮かんでいた。




 結論から言えば、青年は弱かった。ムアが言うところの「クソザコ♪」だ。最初こそムアに一撃入れたものの、その後はムアの独壇場。ボコボコだ。ファイとリーゼが止めに入らなければ、殺してしまいそうな勢いだった。


「お、覚えてろ~……」


 捨て台詞を吐きながら、青年がエナリアの外――ガルンへ走り去っていく。虎の姿なのは、人に戻ると全裸になってしまうからだろう。獣人族は着替えなどが大変そうだなとファイは思わずにはいられない。


「リーゼ。良かった、の?」


 青年を逃がしても良かったのか。そう尋ねたファイに、リーゼは「恐らくは」と小さく頷く。


「大丈夫でしょう。むしろ、余計な血が流れずに済むかもしれません」

「え、どういうこと?」

「そうですね。そろそろお嬢様も戻られていらっしゃるでしょう。裏に戻りながら説明いたしましょうか」


 通路の隅に置いてあった紐でくくられた毛深蟹を手に、もと来た道を戻り始めるリーゼ。エナリアの裏側に引き返す道すがら、リーゼは丁寧に今後予想される未来を語る。


 もしもあの場で青年を殺していた場合、彼らの部族は“落とし物”を探しに別の人々を送って来ただろうとリーゼは言う。


「どうして? 落とし物……獣人族の子が、大事?」

「いえ。彼らが大事にしているのはミー……獣人族の子供の命ではありません。青年が言っていたように、体面ですね」

「たいめん……。さっきの人も言ってた、ね」


 集団の規律を保つうえで欠かせないものが「体面」なのだという。体裁とも言い換えられるらしい。かみ砕いて言えば相手に舐められないための“格”のようなものだとか。


「決まりを破った者には厳しい罰が与えられる。それが分かっているからこそ人々は、個々に定められた決まりを守っているわけですね」


 しかし、決まりを破った者を1人でも見逃してしまうと、他の人も決まりを破るようになってしまうのが集団心理なのだとリーゼは言う。


「たった1人で?」

「はい。1つの例外。たったそれだけで、驚くほど簡単に規律というものは揺らいでしまうのです」


 そして、このエナリアに居るらしい獣人族の子供こそが、青年のいた集団における例外なのだという。


「その子を見逃すと、体面が悪い。最悪、仲間が分裂しちゃうかもしれない。……だからあの人の部族は子供を追いかけてくる?」

「そうですね。まさに地の果てまでという表現がふさわしい執念でしょう。……ですが」


 ここで話しは青年を逃がして良かったのか、という話に戻ってくる。


「あの方を逃がしたことで少なからず、(わたくし)たちやこのエナリアの情報が彼らの部族に伝わることでしょう。恐らく、想定よりもはるかに“危ない場所”だと理解していただけるはずです」


 つまりは舐められることがなくなるということらしい。ここは危ない場所だ。足を踏み入れても死の危険性が高い。そう思わせることができれば、密猟者たちはやって来なくなるのだという。


「ですが、もしあの場であの方を殺していれば、今後も獣人族の方々が小分けに密猟者を派遣してきたことでしょう」


 言動から察するに、先ほどの青年は部族でもかなり高位に居る人物だとリーゼは予想しているらしい。そんな人物も居なくなったとなれば、“落とし物の子供”だけでなく青年の捜索部隊も送られてきた可能性が高かったようだ。


 そうして密猟者が増えればこのエナリアの治安も悪化し、ミィゼルのような犠牲者が出る可能性も高くなる。ついでに、密猟者という汚れたちでニナのエナリアが汚れてしまう。


「そんな事態を避けるためには、彼には生きていてもらわねばなりませんでした。ですが、残る可能性として一度だけ、彼ら獣人族の方がここにいらっしゃる可能性があるんです」

「そう、なの?」


 顔をあげたファイと目が合ったことを確認して、リーゼは視線を前方へと戻す。


「はい。その際は恐らく全力……部族の方の最高戦力で、このエナリアの捜索にいらっしゃることでしょうね」

「全力で……」


 密猟者の数や頻度は減らすことができたが、その代わりに、強大な敵がやってくる可能性だけはどうしても残ってしまうらしい。


(そっか……)


 ここでファイには1つ、気付いてしまったことがある。ニナはこのエナリアを、困窮している人々の隠れ家として提供している。それは同時に、多くの厄介事を抱え込むということなのではないだろうか。


 まさに今回が良い例だろう。逃げてきた獣人族の子供を(かくま)っているせいで密猟者たちがやってきているのだ。


 もちろんニナも面接などを通して事情を把握し、選別はしているらしい。それでもこのエナリアに逃げ込んで来た人々の数だけ事情があって、厄介事がある。


(逃げただけが“幸せ”じゃない。みんなずっと一緒。笑う、が、幸せのはず……)


 エナリアに逃げ込んで、新しい生活を手に入れること。平穏に、みんなで笑い合って過ごすことがファイの知る“幸せ”だ。そのためには住民たちが安心できる状態――安全を確保しなければならない。


 もちろんニナは住民たちに通信用のピュレを渡したり、ガルンの入り口にピュレを配置したりするなどして対策はしている。人の言うことを聞く魔獣の開発も、探索者だけでなく住民を守るという側面もあるはずだ。


 誰もが幸せになることができるエナリアを作ろうと、ニナは頑張っているとファイは思っている。


 だが今回のように、不測の事態はいつだって起きてしまうものだ。もうミィゼルが戻って来ることは無いし、恐らく彼女の家族が“幸せ”になるにはかなりの時間がかかるだろう。いや、ひょっとすると、もう二度と、“幸せ”になることはできないのかもしれない。


「密猟者……」


 ニナの夢を阻む障害。ファイにとって、疑いようのない“敵”だ。もしファイが密猟者に出くわすことがあれば、躊躇なく剣を振り下ろすだろう。


 だが、別にファイはガルン人を殺したいわけではない。失われた命は戻って来ず、命を奪ったことで身についてしまう“汚れ”が消えることもない。ファイも自身が奪ったガルン人の命を無かったことにはしていない。ニナと同じで、自身の汚れを自覚し、一生背負っていくことに決めただけなのだ。


(けど。私はニナみたいに強くない、から……)


 ファイは自分の弱さを知っている。この先ガルン人の命を奪い続けた場合、いつ罪の意識で動けなくなってしまってもおかしくない。


 そうでなくても、汚れた自分がニナの隣にいるためには、可能な限りこれ以上の汚れを許容するべきではないはずなのだ。


 であれば自分が考えるべきは――。


(――どうしたら今回みたいなことを防げる、か……?)


 ファイはもはや自然に、エナリアの運営について考えてしまうようになっていた。




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