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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●職人と、ならず者……?

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第124話 密猟者が来た、みたい




 小人族の職人・ロゥナと彼女の家族たちとの挨拶と所用を済ませたファイとリーゼ。工房を出ると、黒と白毛が特徴的な犬が地べたに寝そべって眠っていた。


 だがファイ達が出てきた音に耳をピクリと動かし、大きなあくびを1つ漏らす。退屈していたと言わんばかりの仕草だった。


「ムア。待ってた、の?」


 ファイが問いかけている間に身を起こし、全身をぶるぶると震わせた犬。長い毛が揺れて、洗髪剤の香りが漂ってくる。どうやらムアは、お風呂に入って来たらしい。獣臭さを失って、さらに可愛らしい仕草を見せる犬にファイの目は釘付けだ。しかし――。


(……あれ?)


 なぜだろうか。目の前にいる犬に、そこはかとない違和感がある。身にまとう雰囲気やちょっとした仕草が、先ほどまで見ていたムアとは違うような気がするのだ。だが、何がどう違うのか、ファイの中で具体的な言葉が実を結ぶことは無い。


 右目が桃色、左目が水色。つぶらな瞳でファイ達を見上げた犬は、とことこ歩き出す。しかし、しばらく先で立ち止まると、ファイ達の方を振り返って立ち止まった。


「……どうやらついて来いとおっしゃっているようですね。ファイ様はどうされますか?」

「え? どう、って?」

「ひょっとするともう、お嬢様が戻られているかもしれません。執務室にお戻りになりますか?」


 ファイが答えやすいように、だろうか。「はい」か「いいえ」だけで答えられるものに質問を変えながら、再度リーゼが問いかけてくる。


「え、えっと……。ううん。もう少しリーゼ達と一緒、する」


 ファイ自身はあまり意識していなかったが、その解答には2つの裏がある。1つはもう少しリーゼと一緒に居て、彼女のことを知りたいというもの。もう1つは、少し先で面倒くさそうにこちらを見ているムア(?)の様子の変化が気になったこと。


 つまりは、好奇心に突き動かされるがまま、ファイはリーゼ達と共にいることを選んだのだった。


 そうして、たどたどしくも自分の意思を伝えたファイに、わずかに表情を柔らかくしたリーゼ。


「かしこまりました。それでは、参りましょうか」

「わん」


 話がまとまったことを察して再び歩き出したムアに続き、ファイ、リーゼの順番で15層の廊下を歩き出す。ムアがどこに向かっているのかは分からないが、目的地に着くまで暇であることには違いない。これまでと違ってムアがファイに「遊んでー!」とせがんで来ることもないため、静かな時間が過ぎていく。


 と、少ししてファイのやや後方からリーゼの声が聞こえてきた。


「ファイ様。魔獣についてはミーシャ様やユア様からあるていどお聞きになられましたか?」

「魔獣? うん、聞いてる。けど……?」


 急に魔獣について話すなんて、どうしたのだろうか。疑問を目で訴えかけるファイに、わずかに表情を柔らかくするリーゼが続ける。


「なるほど。であれば、野生の魔獣がどのようにしてエナリアの表側に行くのか。聞いたことは?」


 リーゼの問いに、ファイはフルフルと首を横に振る。


「野生の魔獣は、ガルン側の穴からくるって聞いた。けど、その穴の場所はニナに内緒って」


 エナリアの核の所在と同じで、ウルン側に続く穴については教えることができないとニナは言っていた。


「おや、そうなのですか? ですが、なぜ……」


 歩きながら頤に手をやり、考え込む素振りを見せるリーゼ。だがすぐになるほど、と理解の色をにじませると、


「ふむ。ファイ様は、例えばガルンに続く穴を教えてもらったとして、ガルンに向かおうと思われますか?」

「ガルンに? えっと……」


 興味が無いと言えば、嘘になるファイ。もし目の前にガルンに続く穴があったとして、“向こう側”に行ってみたいと思わない自信はない。確かにエナ中毒の恐れがあるにはあるが、エナの濃度が最も高い第20層に居てもファイは平気なのだ。


 恐らくガルンでも、ある程度であれば行動できるとファイは踏んでいる。


 それでも、実際にファイがガルンに行くかと言われれば、答えは「否」だ。


「ううん。行かない。だって理由が無い、から」


 興味はあるが、理由はない。であれば、道具であるはずのファイが自らガルンに行く理由はない。ニナに「行け」とでも言われない限り、ファイはガルンに行かないだろう。


 そんなファイの答えを受けて、大きく1つ頷いてみせた。


「ふむ。であれば、問題はなさそうですね」

「うん? 今から行く、の?」


 話の流れからするに、リーゼはムアがどこに向かっているのかを察しているらしい。そしてその行き先がどうやら、ガルンに続く穴の1つのようだった。


「ファイ様はこれまで、他のエナリアで“入り口”を見かけたことはありますか?」

「ううん、それも、ない」


 ファイが黒狼に使われる際、多くの場合は敵の足止めや討伐が目的だった。恐らくファイが余計な知識を付けないようにという黒狼の“配慮”だったのだろう。そのため、エナリアの内部構造にはあまり詳しくない。実際、ウルン側の入り口すらも知らなかったのだから。


「あっ、でも。ニナの面接に付き合ったときに1回だけ。多目的室の穴は見てる」


 多目的室は、ニナ達と序列を決める決闘をした第20層の大部屋だ。あの部屋には通路から続く人間族用の扉の反対側に、巨人族でも入ることができるような大きさの扉があった。


「ふふっ、このエナリアの玄関ですね?」

「そう。最初、ニナが面接するって言って連れて行ってくれた部屋、だけど。……そっか、あそこしか入り口が無かったら、デデンはエナリアに入れてない」


 ニナと出会うきっかけを作ってくれた――ファイを痛めつけた――巨人族の男のことを思い出しながら、思考を巡らせるファイ。


 もしエナリアに入る手段があそこしかない場合、入り口は通路へと続く人間用の扉しかないということになる。つまり、人間族よりも大きなガルン人はエナリアに入ることができない。ましてや魔獣は人よりも大きいことがほとんどだ。


 だというのに、エナリアには巨人族や、暴竜などの大きな魔物がたくさん居る。リーゼが玄関と表現したあの穴以外にもガルンと繋がる穴がある。予想するのは、いまのファイには容易なことだった。


「その通りです。さすが、ファイ様ですね」

「あ、ありがとう……」


 尊敬するリーゼから手放しでほめられて、恐縮してしまうファイ。わずかに耳を赤くするファイを知ってから知らずか、リーゼは話を続ける。


「現在、確認されているこのエナリアの入り口は、ウルンにある物も含めて計9つです。ユ……コホン、ムア様はその1つ、第14層にある穴へと案内してくださっているようですね」


 ここでリーゼが幸いだと語ったのは、その入り口が全て14層より下にあることだという。その階層であれば、ガルン側の入り口をピュレで見張ることができるからだ。


「どんなガルン人、魔獣が入って来たのか。これについてはおおよそ把握できているわけですね」

「待って、リーゼ。私、通信室に居たけど、穴? は無かった気がする、よ?」


 さすがに全てを記憶しているファイではないが、1週間以上もピュレに張り付いていたのだ。もしウルンに続く穴のようなものがあれば、自分であればミーシャに尋ねていると思う。だが、そんな記憶はない。


 実はもう既に入り口を見ていたのか。自分が見落としてしまっていたのか。少し不安になったファイに、リーゼが優雅に腰を折る。


「申し訳ございません。言い方がよろしくありませんでした。映像として見張っているのではなく、とある条件を満たした場合のみ、ムア様とニナお嬢様に通知が行くことになっているのです」

「つうち……」

「お知らせ、ですね」

「通知。お知らせ。……分かった。えっと。つまり今ムアがその穴に行ってるってことは、“何か”があった?」


 リーゼの丁寧な説明を紐解いたファイの予想を、リーゼは金髪を揺らしながらコクンと頷く。


「はい。どうやら例の通知が来たようですね」

「おー……。ゴクリ。じゃあ、その通知って?」


 もはやリーゼから質問させられているような形になっているが、ファイ自身が気付くことは無い。何も知らずに生きてきたが故の“素直さ”からくる質問に、再三、リーゼが表情を和らげる。


「ガルン人が来たようですね」

「ガルン人が……。住民ってこと?」

「一応、その可能性もあります。が、このエナリアの場合、密猟者であることがほとんどですね」


 密猟者。それは、エナリアに許可なく侵入してウルン人を狩る、不届き者のことを言うらしい。ウルンで言うところの盗掘者に当たる存在だが、ガルン人がエナリアに来る目的は色結晶ではなくウルン人を狩るためだ。そのため、「密猟者」という表現をリーゼ達は使っているようだった。


「密猟者……。良くない、よね?」

「はい。もし万が一、密猟者が探索者と鉢合わせるようなことがあれば……」

「うん。間違いなく、死者が出る。そうしたら、ニナの夢がダメになる」


 勝手にエナリアに入ってきているということは、ニナの決まりを知らないことだろう。先ほど、ロゥナがそうだったように。


 そして、もしガルン人によるウルン人の死者が出ようものなら、ニナが積み上げてきた努力と時間が水の泡になる。


「……あれ? リーゼ。実は“緊急事態”、だったりしない?」


 悠長に散歩の歩調で現場に赴いているが、事態は一刻を争うのではないか。ハタと気づいてしまったファイがリーゼを振り返ると、彼女は鷹揚(おうよう)にうなずく。


「そうですね。現状、探索者の方々が下層にいらしたという話は聞いておりませんが、侵入者が階層を上に移す可能性もあります。可及的速やかに侵入者を排除せねばなりません」


 口ではそう言っているのだが、なぜだろうか。やはりリーゼにも、ついでに前方でフサフサの尻尾を揺らすムアにも急ぐ気配はない。かなりチグハグに思える現状に、もはやファイの混乱は最高潮だ。


「えっと。ムアも、リーゼも。急がない、の?」

「はい。どうせ今頃、“彼女”が密猟者と遊んでいるはずですので」

「……?」


 リーゼの言葉の意味をファイが知ったのは、それから少ししてからのことだった。




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