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第12話 これが、お風呂……?




 王様とやらに謁見に行くと言って、ニナが去ったエナリア。ファイはお世話係として自身に付けられた、侍女服姿の角族の女性・ルゥの案内のもと、とある場所に連れて来られていた。


 そして、その場所に着くや否や、服を剥ぎ取られ、丸裸にされてしまうのだった。そのままルゥに手を引かれ、高さのない椅子の上に座らされたかと思うと、


『ふんっ!』


 そんな掛け声とともに、背後に立っていたルゥから大量の水をかけられてしまうのだった。


「……!? (プルプル)……!」


 慣れない水の感覚に身体が震え、反射的に頭を振って水滴を飛ばしたファイ。その姿は、濡れた犬のようにも見えなくない。飛び散った水に『ちょっ、まっ……』と困惑の声を漏らしていたルゥだったが、


『この……生意気なっ! えい……えいっ!』


 仕返しとばかりに、ルゥは容赦なく、何度も、何度も、ファイに()()()()を浴びせかける。もうその時にはファイは反抗せず、道具らしく、されるがままに濡れそぼった自身の前髪を見つめることにした。


 そんなファイの背後で、ルゥがほっと安心したような息を吐く。


『そうそう。大人しくしててね……』


 背後から伸ばされたルゥの手が、触れれば折れてしまいそうなファイの首元に伸び、通過して、ファイの目の前に置かれていた透明な瓶に伸びる。そして、瓶に入っていた、とろみのある白濁液を適量、手に垂らすと、


『……てりゃ!』


 思いっきりファイの頭を撫でまわし始めた。


「――っ!?」


 瞬間、ファイの全身を、知らない快感が走り抜ける。ルゥにわしゃわしゃと頭を撫でられるたび、頭部から足先へと奇妙な感覚が抜けていく。


「あ、んぅ……」

『ちょっ、ファイちゃん!? あんまり暴れないで……って、力強いな、この子!?』


 くすぐったさに身をよじって逃げようとするファイの身体が、ルゥによって押さえ込まれる。しかし、白髪で、高い身体能力を持つファイだ。そんじょそこらのガルン人では、抑え込むことも出来ない。


『……仕方ない! あんまり使いたくないけど、とりゃっ!』

「……!?」


 ルゥの掛け声の直後、ファイの背中にチクリとした感触があった。見れば、背中に棘のようなものが刺さっている。その棘の出どころを探ると、ファイと同じく裸で立っているルゥの、尾てい骨あたりへと行き着いた。


(尻尾! さっきは服に隠されてた……!)


 攻撃された。それを自覚したファイがルゥから距離を取ろうとするも、


(……? 身体が、動かない……)


 身体が痺れて、思うように動かない。


 様々な特殊能力を持つガルン人の中でも、角族の能力は多岐にわたる。背中に翼を生やして空を飛んだり、“魔眼”と呼ばれる特別な目を持っていたり。個体差が大きいことで知られる魔物だ。


 そして、ルゥのように尻尾を持つ角族は、その尻尾を使って様々な攻撃を仕掛けてくる。


 その中の1つ――麻痺攻撃を受けたと理解した時にはもう、ファイの身体にはほとんど力が入らなくなってしまっている。弱体化してしまった彼女の身体は、簡単にルゥによって押さえ込まれ、抵抗できなくされてしまうのだった。


「麻痺、攻撃……?」

『おわっ!? わたしの攻撃受けて、喋れるの!?』


 ファイの問いかけに、青い瞳を見開いて驚いて見せたルゥ。


『まぁ、呼吸が止まらないように手加減したのはそうだけど……。2進化してるわたしでも無理とか、さすが、白のナーダム(ウルン人)だなぁ……』


 ファイの問いかけに応えることなく、ルゥは呆れ半分、感心半分といった様子で髪を撫で続ける。すると、清涼感のあるいい匂いが立ち込めるとともに、ファイの頭に数えきれない泡が出現し始めた。


 いま自分が身体を洗われているのだと、ファイは理解していない。ファイの知る“身体をきれいにする”は、濡れたタオルで身体と髪を拭いて終わりなのだ。こうして洗髪剤を使って髪を洗ったことも、ましてや温かい水を使って身体を濡らすという行為も、ファイの知識には無かった。


 ゆえに、いま自分がいる場所が浴室であること。また浴槽や散湯器から出るお湯が、第14層の瀑布から引いた天然水を、溶岩溢れる第17層の熱を活かして温めたものであること。世間一般では身体をきれいにすることを俗に“お風呂に入る”と言うこと。それらの事実をファイが知るのは、もう少し先の話だ。


『泡立ちわるすぎっ!? それに、髪もキシキシ……。医務室に運ばれてきたときもめっちゃ臭ったし、どんだけお風呂入ってないんだろ、この子……』


 不思議そうな顔で、何やら言っているルゥ。ファイの頭を撫でる彼女の手つきは、ひどく優しい。


(敵意は、無い……? けど、私の髪をどうするつもりなんだろ……)


 自分が何をされているのか分からないファイは、上を向かされた姿勢のまま、ルゥを見つめることしかできない。


『まぁ、髪が短いのが救いかなぁ……。はい、目、つぶってね~』

「……?」


 ルゥに何かを言われたが、ファイにはよく分からない。そのため、目線や動きからルゥの意図を読み取るために、ジィッとルゥの青い瞳を見つめる。


『う~ん、これは伝わってないなぁ……。どうしよ……』


 困ったように考え込んでいたルゥだったが、やがて名案を思い付いたようだ。一度、泡のついた手を洗ったかと思えば、片手でファイの目を覆ってくる。


 真っ暗な視界。ファイの目は暗闇でも物体の形を見通すことができるが、さすがに手で覆われてしまっては視界がゼロになってしまう。


 何をされるのか。ルゥに敵意はないと分かっていても、つい身構えてしまうファイ。そんな彼女の頭に、再び、温かな水がかけられた。そして、しばらくするとまた、ルゥの優しい手の感触がファイの頭を撫で始め、髪が泡立つ。


 また泡を洗い流して、泡立てて。また洗い流して、泡立てる。最初はファイの髪に引っかかっていたルゥの指先も、回を重ねるごとにその回数は減っていく。そして、洗髪4回目を迎えてようやく、ルゥの指がつかえることがなくなったのだった。


 その時にはファイも他人に髪を洗われる感覚に慣れ始め、ただ胸を満たす心地よさに目を細めることになる。また、ルゥへの警戒心というのも消え去ってしまっていて、


『うん! ようやく、きれいになったかな! 次は髪用の栄養剤っと……』


 ルゥが別の瓶から新しい薬液を取り出しても、身構えることが無くなっていたのだった。


 そうしてルゥにされるがまま髪の手入れを任せることになったファイは、目線の先にいるルゥとその上半身へと目を向ける。


 ウルンにいる羊とよく似た、巻き角。長い黒髪が今は後頭部で丸くまとめられていて、先ほど見た時よりもさらに大人びて見える。しかし、頭頂部にぴょこんと主張している髪の毛がそこはかとない幼さを感じさせ、親しみやすさのようなものを演出しているように思えた。


 そして、ファイの目の前で揺れる、大きな胸。同じように、ルゥの背後では、先ほどファイを麻痺させた、先の尖った尻尾が楽しげに揺れている。


『~~♪ ~~、~~~~♪ ラン、ララ~~♪』


 鼻歌を口ずさみながら慣れた様子でファイの髪の手入れをするルゥ。その姿や、これまでの親しげな様子を見るに、普段からルゥがニナの世話をしているのだろう。


(ニナ、いつもこんなことしてもらってるんだ)


 耳馴染みが良く、聞いていると心安らぐルゥの歌声。触れられているだけでフッと全身から力が抜けてしまう、優しい手つき。これを何度も味わっているだろうニナを思うと、少しだけ、羨まし――


(――ううん。私は、道具。……羨ましいと思う“心”は、ない)


 首を振って、誰にともなく言うファイ。しかし、


『は~い。それじゃあ、次は頭皮のもみほぐしもしとこうね~』

「あ、え? ……ふわ」


 ルゥに頭の手入れをされるファイの顔は、わずかながらも確実に(とろ)けた表情をしていたのだった。


 やがて、1時間近くかかったお風呂から上がったファイ。温風器でルゥに髪を乾かされるころには、


「……(うと、うと)」


 どうしようもない睡魔に襲われていた。人生初の紅茶でのどを潤し、エナリアの従業員の面接を途中まで見守り、熱々の美味しいご飯を食べて、温かかくていい匂いのするお風呂に入る。


 元より、起きてからしばらく――ウルンの時間にして5日間――飲まず食わず、かつ、不眠状態だったファイの限界は、すぐそこまで来ていた。


 他方、うつらうつらと舟をこぐファイとは対照的に、ルゥの士気は高い。


『うっわぁ……髪、さらっさら! お肌もすべっすべ! 紫外線って言葉知らないじゃないかってくらい肌も髪も白くて……。こ、これがニナちゃんの求める物……!』


 なにやら興味と羨望が込められた声でそうに言って、ファイの肌や髪を触ってくる。時間が経って、ルゥによる麻痺攻撃の後遺症はもう無い。それでも、もうファイは、ルゥに触られるのを嫌がらない。


 そもそも、道具であるファイにとって、他者からの働きかけを拒否する理由はない。嫌がることはそれすなわち、心が存在すると言ってしまうようなものだからだ。先ほども、慣れない感触とくすぐったさに反射的に反応してしまっただけで、ファイの本心ではなかった。


『てか、この子。さっきから全然、動かないけど……。お~い、生きてる~? 麻痺で息が止まってる……わけじゃなさそうだけど……』


 ファイの口の前に手を持ってきたり、左胸のあたりに触れてたりしてくるルゥ。心配そうにこちらを見てくるルゥのきれいな青い瞳と、聞き心地の良い声が、眠りに向かうファイの意識の背中をどんどん押してくる。


 そして眠るまいとするファイの限界は、意外とすぐに来て――。


「……きゅぅ」

『えっ、なに!? 急に気失っちゃったけど……。はっ! もしかしてコレ、()()()()()()()() “睡眠”……? だとすると――』


 自分の身体が持ち上げられたところまで確認したところで、ファイの意識は完全に落ちてしまうのだった。





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