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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●調教してあげる、ね

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第114話 いいよ。来て?




 痛みをこらえて歩き続けるファイを、暴竜が放った光の玉が襲う。手負いだろうが赤色等級の魔物による攻撃だ。ファイでなければ身体が木端微塵になってしまっていただろう。だがファイは軽いやけどを負いながら天高く宙を舞うだけだ。


 重い音を立てて地面に落ちた後は再び立ち上がり、歩みを再開する。


『……!? ……ブォァ、ブォァ、ブォァ!』


 何度も、何度も。暴竜はファイを仕留めるために光の玉を撃ち出す。そのことごとくを、ファイは真正面から受け止める。そのたびにファイが着ている侍女服は布面積を減らし、代わりに露出した肌に火傷の痕が増えていく。


 だが、ファイが暴竜に歩み寄る足を止めることは無い。


「痛くない……。怖くない……。私は道具。ニナのために、この子を調教しないと、だから……」


 金色の瞳を輝かせながら、真っ直ぐに暴竜へと向かっていく。彼女のある種異様な姿に、成り行きを見守る牙豹も、遠く通路の陰からファイ達を観察するユアも、動くことができない。


 そんな中、ついに暴竜が賭けに出る。もう10m(メルド)もない位置に来ていたファイに向けて大きな口を開いたかと思うと、光を収束させていく。出会い頭にファイに向けて放って見せた強烈な息吹を、至近距離でファイに撃つことにしたらしい。


 これにはさすがのファイも、立ち止まらざるを得ない。暴竜に向けて右腕を掲げる。だが、それだけだ。攻撃をするわけでも、魔法で身を守るわけでもなかった。


 恐らく息吹を受け止めることになるだろう右腕は無事では済まないだろうし、最悪、全身を焼かれてしまう可能性もあるだろう。


(けど、多分、死ぬことは無い……はず)


 これまでもファイは多少の無茶はしてきた。だが、ファイの想像以上にファイの身体は丈夫だった。きっと今回も大丈夫だろうという謎の自信がファイにはある。というよりも、暴竜ていどの魔獣が一撃で自分を瀕死にできるはずもないというのがファイの見解だ。


 ニナに言われているのは、死なないようにすることだけだ。裏を返せば、死ななければ何をしても良いということでもある。


 白髪としての驚異的な身体能力と魔法をもってすれば、大抵の相手を屈服させることができる。しかし、ファイは自身の圧倒的な力を、相手を受け止めるために使うことにする。なにせファイの身体は、ニナの全力の「お帰りなさいませ!」を受け止めても壊れないのだから。


「――いいよ。来て?」


 暴竜の全力を受け止める姿勢を見せたファイに、暴竜の口の中の輝きが増していく。至近距離にある熱源に、ファイの肌がチリチリと焼かれる感触がある。


(…………。…………。……や、やっぱり。ちょっとだけ、怖い、かも……?)


 さすがに大怪我は免れないことが察されてファイがほんの少し弱気になったその瞬間、暴竜が強力な息吹を解放した。


 ぎゅっと目をつむり、痛みと熱に備えるファイ。しかし、なぜかすぐに熱がファイを襲うことは無い。それでも数秒すると、激しい爆発音と地鳴りが実験場を襲った。


「……!?」


 何事かとファイが音のした天井を見遣ると、ちょうど自分たちに向けて大小さまざまな石の塊が落ちてくるのが見えた。


「……え? わ、わわっ!」


 何があったのかは分からないが、押しつぶされれば死んでしまうだろう大きさの石も落下物には含まれていることは確認した。ファイは急いでその場から退避して、天井の崩落をやり過ごす。


 同時に状況をあるていど把握したファイは、暴竜が息吹を天井に向けて撃ったのだろうことを理解する。


 その意図は様々考えられるが、ファイにとって一番困るのは暴竜がファイとの心中を目論んでいた場合だ。その場合、暴竜は間違いなく瓦礫に押しつぶされて死んでしまっている。そうなっては、調教してニナに暴竜を献上するという目的を果たせなくなってしまう。


 舞い上がる粉塵の中、懸命に暴竜の姿を探すファイ。すると、


(居た! 無事で良かった……)


 粉塵の向こう側で堂々と立っている暴竜の陰を確認する。どうやら暴竜は自分の直上ではなく、ファイの頭上だけに瓦礫が落ちてくるように“意図して”息吹を撃ったらしい。息吹でファイを殺せないと察した暴竜は、瓦礫で押しつぶしてファイを殺そうとしたようだった。


(暴竜、賢い。けど、それなら――)




 やがて土煙が収まった頃。実験場には、至近距離で向かい合うファイと暴竜の姿がある。


「……もう、いい?」


 もはや構えることもなく、棒立ちのまま暴竜に問いかけるファイ。そんな彼女に、暴竜がゆっくりと鼻先を近づける。そのままファイを食べてしまうのかと思われたが、暴竜は鼻息を何度かファイに吹きかけるだけだ。もはや暴竜に、敵意は見られなかった。


(……良かった)


 この時ようやく、ファイは自分の方法が間違っていなかったのだと確信する。


 相手に無理やり言うことを聞かせる方法は、ファイは1つしか知らない。だが、相手に言うことを聞いてもらうだけなら色々と方法があることを、ファイは知っている。


 特に、敵意を持っている存在に対して自分の言うことを聞いてもらう方法には、馴染みがあった。例えばガルン人を敵視していた自分自身に、ニナがそうしてくれたように。あるいは最初はフシャーと唸ってばかりだったミーシャに、そうしてあげたように。


 まずは自分が敵ではないことを、きちんと相手に伝えなければならない。


 だからファイは、攻撃をしない・敵意を見せないという方法で暴竜に分かりやすく示して見せた。ついでに、痛めつけるという方法以外で、暴竜に「敵わない」と思わせたかったのだ。


(攻撃しても無駄。それも、“敵わない”になる……)


 サラの不死者から手がかりを得た形だった。


 ただし、まだまだ自分の言うことを“聞かせる”段階にはない。現状、暴竜と話し合う環境を整えただけに過ぎないからだ。


(…………。うん? ここからどうすれば?)


 ここから何をどうすれば魔獣が言うことを聞いてくれるようになるのか。いや、そもそも魔獣が人の言葉を具体的に理解してくれるのだろうか。助けを求めるようにユアの方を振り返ると、


「うそ……!? ファイちゃん様、暴走した魔獣を手懐けちゃったんですか……!?」


 驚愕を露わにしながら駆けてくるユアの姿がある。そしてファイと肩を並べるや否や、こちらを見下ろしている暴竜と目を合わせた。


「……お話、できる! この子とお話できますよ、ファイちゃん様!」


 尻尾をブンブン振りながらぴょんぴょん飛び跳ね、全身で喜びをあらわにする。その興奮は、人見知りを忘れてしまうほどらしかった。


「手懐けた? 調教、できた?」

「はい! こうやって、きちんとお話さえできれば! この魔獣さんも……」


 さっそく自身の特技を生かして、魔獣との意思疎通を図るユア。だが、時間が経つにつれて彼女の表情は曇っていく。それに伴って、尻尾の揺れも控えめになる。


「え? は? ユアの言うことを聞くのは嫌、ですか? この白い奴……ファイちゃん様にしか従うつもりはない? ……あのですね。これまで誰があなたを育ててあげたと……は? 知るか、ですか!? なんて恩知らずな!」


 ややお怒り気味のユアだが、暴竜の方に気にした様子はない。その様子を見て、ファイも察することができるというものだ。


「やっぱり調教は、まだ?」


 どう見てもユアの言うことを聞いていない暴竜の鼻先を撫でてあげながら、言うことを聞かせられる段階にないのかと尋ねてみる。だが、暴竜と親しげなファイの態度が、良くなかったらしい。


 水色と桃色。左右で色の違う神秘的な目を大きく見開くと同時。ユアが一気に顔を紅潮させる。どうやら自分が人前に居ることを思い出したらしい。素に戻り耳をぺたんとさせたユアが、うつむき加減に話し始める。


「み、見せつけてくれますね。なんですか? ユアより強い魔獣を従えられるっていう当てつけですか? ……はっ!? まさかこのまま可愛い可愛いユアを魔獣のエサにするつもりじゃ……!?」


 それはユアがしようとしていたことではなかっただろうか。ここに来る前のニナ達の予想を今になって思い出しながら、内心で密かに眉をひそめるファイ。その間にも、ユアの妄想はどんどんと膨らんでいく。


「そ、それともその魔獣を使ってユアを脅す気ですかいえそうに違いありませんだってユア達は可愛いですから欲望のまま好きにしたいですよね(はら)ませたいですよねですが何をしようとしても無駄ですだってムアが必ず助けに来てくれるんですから!」


 涙目になりながら早口で言っていたユアが最後に叫んだ瞬間、ファイの全身が危機を知らせた。


 直感のまま、全力でその場から退避したファイ。直後、先ほどまでファイがいた場所を、鮮やかな水色が通り過ぎていく。そのまま地面に激突した水色の人影が、ゆらりと立ち上がる。


 粉塵の向こうに見える影は、耳の形も、体型も、尻尾の形すらも。ユアと全く一緒だ。しかし、纏う雰囲気はユアとまったく異なる。


 ファイがユアを見たときに感じたのは、“可愛い”だ。本能的に守りたくなってしまうような庇護欲をそそる雰囲気を纏っていた。だが――


「あっは♪ おねーさん、やるー♪」


 ――ユアと全く同じ見た目をしていて、髪と瞳の色が違うだけ。声もせいぜい、ユアより少し高いくらい。そんな違いしかないというのに、この時ファイがムアに感じたのは“可愛い”ではない。


(強い……)


 戦う気満々になったニナやリーゼに感じるものと同じ感覚だ。


「言っとくけどー。お姉ちゃん(ユア)を泣かせた代償は、絶対に払ってもらうねー♪」

「待って、ムア。私は敵じゃ――」

「とりあえず、死んじゃえ♪」


 ムアの声が聞こえた瞬間、凄まじい衝撃と共にファイの身体は宙を舞っていた。




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