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第11話 道具にとって、勉強は大切




 ファイがニナの指示を受けて“好きに食べて”いた時だった。


『ニナちゃん~! 王様から招集が……』


 背後にあった扉が開き、1人の魔物――ガルン人の少女が姿を見せた。


 身長はファイと同じか少し低いくらい。黒い髪は背中に届くほど長く、海のような深い青い瞳をしている。やや伸びた前髪の奥にある垂れた目元は優しさや包容力を感じさせる一方で、声色や表情には、ニナにも似た活発さのようなものが伺えた。


 しかし、ウルン人のファイにとって何より異質に映るもの。それは、やはり、少女の側頭部についている深い紺色の巻き角だ。ウルンにいる羊とよく似たその角こそ、彼女が魔物――(つの)族と呼ばれるガルン人であることを示していた。


「んくっ……」


 ステーキを丸飲みにしたファイの瞳と、角族の少女の青い瞳が交錯する。瞬間、ドアを開けた姿勢のまま少女が動きを止めた。


『まぁ! ルゥさん! どうかなさいましたか?』


 部屋に入ってきた少女を『ルゥ』と呼んで、笑顔を見せたニナ。一方で、時を止めたままなのは、見つめ合ったまま固まるファイとルゥだ。


「…………」

「……(ぺろり)?」


 とりあえず口元についていた調味タレ(ソース)を舐め取りながら、姿勢を正す。そんなファイを部屋に入って来た時の満面の笑みで見つめていた少女だったが、


『……ニナちゃん! 王様から招集命令が来てるよ!』


 ひとまず見なかったことにしたようだ。ファイの存在などないかのように横を素通りし、机を回り込んでニナ横に立つ。そして、


『もう、ニナちゃん! またお口汚れてるよ? こっち向いて?』

『わわっ、本当ですかっ!? 気を付けていたのですが……』


 ファイの目には全く汚れのないように見えるニナの口元へと布をあてがうと、優しく拭いていく。しかし、ニナの口元を拭いているルゥの青い瞳はファイに向けられており、なにかを警戒するように鋭い目つきになっていた。


(……?)


 ルゥの行動の意味も視線の意味も分からなければ、自分が何をすれば良いのか分からない。そもそもガルン語で話されていたため、話の内容を聞き取ることすらできない。そうして状況説明を求めるファイの視線を、ニナも敏感に感じ取ったようだ。


『る、ルゥさん……。苦しいですわ……』

『あっ、ごめんね!』


 そんなやり取りでルゥを下がらせた後、改めてファイに少女を紹介した。


「ファイさん。この方はルゥさん! ルゥ・ティ・レア・レッセナムさんですわ! 少し前までルードナム家に仕えて下さっていたレッセナム家の、お嬢様なのです!」


 なぜか誇らしげにルゥについて紹介したニナの言葉に、しかし、ルゥがムッと頬を膨らませる。


『もう、ニナちゃん! わたしはただの“ルゥ”! そこは絶対に間違えたらダメって、何回も言ってるよね!?』

『はわわっ、そうでしたわ! 申し訳ありません……』

『……えっへへぇ~、良いよ~♡』


 眉尻を下げたニナを、ルゥが何か言いながら抱きしめる。親しげな2人の姿を見ながら、ファイはひとまず角族の少女がルゥであることだけを記憶にとどめておく。


『そして、ルゥさん! この方がファイさん! これからわたくしのエナリアで働いていただく、ウルン人の女の子ですわ! お可愛いでしょう!?』

『か、かわ……っ!? ニナちゃんはこんな食事の作法もなってないような子が好みなの!?』

『……? そこが良いのではないですか』

『なっ、なに言って……ううん、待って。待つのよ、ルゥ。だからニナちゃんはわたしになびかないんじゃ……?』


 2人はガルン語であるため、ファイには会話の内容がよく分からない。しかし、断片的に聞こえた“ファイ”という単語や雰囲気から、紹介されていることを察する。


「私、ファイ。本来なら生まれた村名と国名が――」

『よろしくね』


 座ったまま自己紹介をしようとしたファイの言葉を遮って、ガルン語で挨拶をしたルゥ。しかし、その青い瞳はすぐに、ニナに向いた。


『そんなことより! ニナちゃん。ゲイルベル様がエナリアの運営状況について聞きたいって』

『あぅ……。また怒られてしまうのでしょうか……』


 何やら話し込み始めたニナとルゥを、ファイはただひたすらに観察し続ける。そして、その会話の雰囲気や表情から単語の意味を類推。また、文法についての学習もしていく。使用者たるニナの母国語を知ることで、より深く、ニナの指示を理解するためだ。


 使用者にとって理想的な道具であることにかけて、ファイは努力を欠かすつもりはなかった。


『いつ王城に参上すればよろしいと?』

『今だって言ってたよ?』

『今からですのっ!? あ、相変わらず急ですわね……。そんなに火急の用件なのでしょうか』

『う~ん、どうだろ。ゲイルベル様がニナちゃんに会いたいだけって気もするけど……』


 そんな2人の他愛ない会話も、ファイはその全てを記憶していく。指示を聞き逃すまい、忘れまいとするファイにとって、会話の記憶はお手の物だ。戦闘とエナリアに関する知識しか与えられていないはずのファイが最低限の会話を成立させているのも、黒狼の組員たちの会話をつぶさに観察・記憶し、整理していたからだった。


 そのまましばらく、ファイがガルン人2人の会話を聞いていた時だ。


『――え~~~っ!?』


 ルゥから驚きの声が上がる。続いてファイをちらりと見た後、嫌がるような、面倒くさそうな顔でニナに何かを言い始めた。


(あの顔。それに、声色……。文句、かな?)


 不満を漏らしているらしいルゥに対して、ニナが困った顔をしながら説得をしている。その際、ファイが見ていることに気付いたニナは、困ったような愛想笑いを浮かべていた。


(どう、したんだろう……?)


 ニナは、何を話しているのか。どうして、そんな顔をしているのか。それを知りたいと思っている自分にファイが気づいた時、


(――うん。私、良い道具になれてる)


 無表情ながら、心の中で拳を握る。


 主人のことを知りたいと思える。それはファイにとって、自分がちゃんとニナを新しい主人として認識し、彼女に“使われる側”である意識ができていること。ひいては道具であることを証明する材料となるように思えたのだった。


 そんなファイが、ニナとルゥの口論――とは言っても、感情的になっているのはルゥだけでニナは終始、諭すような口調だ――を見つめること、さらに少し。


「――お待たせしました、ファイさん」


 ようやくニナから、声がかかる。


「これから少々、わたくしは席を外します。その間、ファイさんのお世話はこのルゥさんに任せようと思います」


 主人からの言葉に頷いてみせたファイが、金色の瞳をルゥに向ける。そして、


『よろしくね、ルゥ』


 先ほど聞いたガルン語で、挨拶をしてみせる。


「まぁっ、ファイさん! 早くもガルン語をっ!?」

「うん。さっきルゥが私に使った挨拶っぽい音を、再現した。意味・発音も、間違ってない?」

「はい、問題ありません! 可愛らしくて頭も良い……さすがファイさんですわぁ~!」


 自身の頬に手を当て、ファイをほめそやしてくれるニナ。ただ、褒められることに慣れていないファイは、反応に困った挙句、


「ありが、とう?」


 自身の反応が正解なのか。探るようにして、お礼の言葉を返すことしかできなかった。


 そして、最後の1人。侍女服姿の巻き角族の女性ルゥはと言えば、唐突にガルン語を話し始めたファイに驚いたのか。はたまた、ニナがファイを絶賛したことに思うところがあったのだろうか。


『……きょ、強敵の予感……! よ、よろしくね~、ファイちゃん~?』


 引きつった笑顔で、ファイに挨拶を返すのだった。




※ご覧頂いて、ありがとうございます。以下、AIイラストを用いて作った、ヒロイン『ルゥ』のイメージ画像です。参考にしていただければ幸いです。


●ルゥ(・ティ・レア・レッセナム)


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】

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