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第103話 馴れ初めが、大事




 一度エナリアの裏側へと戻り、第16層へと向かう道中。自身の過去について少しずつ明かしてくれたニナ。


「のちに分かったことなのですが、レッセナム家を始めとするいくつかの家が協力してわたくしの両親を殺したようです」


 淡々と、感情の見えない顔と声でニナは話す。その内容はおおよそ、ファイがルゥから伝え聞いていた通りだ。


(ニナの両親をルゥの家族が殺して。だから怒ったニナは、ルゥの家族を殺した……)


 だが、そうなるとファイが気になるのはニナの両親の馴れ初めだ。


 一体何がどうなれば、ウルン人とガルン人が出会い、言葉を交わし、子を成すに至ったのか。そこにきっと、ウルン人とガルン人が分かり合う鍵が隠されているような気がするファイ。


(そうしたら、ニナの夢のお手伝いもできる……はず!)


 ニナの両親への興味というよりは、ニナのために。ファイがミアとハクバの馴れ初めを聞いてみると、ニナは優しい顔で話し始める。


「こう、お父さまはファイさんのように好奇心がお強い方でした」


 確かそんな話だったなと、先ほどのニナの話を思い出すファイ。最弱の人間族でありながら頻繁に村を抜け出して、あちこちで知識と交流を得てきた。だからこそ、蛙の魔獣を倒すことができた。そんな話だったように思う。


「で、エナリアの長に就任したのち、お父さまの好奇心はウルンへと向いたみたいでして……」


 弱いということは、あるていど上の階層まで行ってもエナ欠乏症に陥らないということでもある。そしてハクバは、自身の身体で毒を試すほど旺盛な――異常な――好奇心を持っていた。


「もしかして、ウルンに行こうとした?」

「あはは……。その通りだったようですわ。なんならわたくしが生まれてからも、しばしばご自身で実験しては血まみれになって帰ってきておりましたもの」


 ただ、その理由は好奇心だけでなく、ミアに会いに行くためだったのだろうとニナは言う。


「そうして上層……第3層まで行ってエナ欠乏症で倒れていたところを、探索者さんだったお母さまに助けてもらったようなのです」

「ミア……。ウルン人がガルン人を助けたの? どうして?」


 敵同士である2人がどうして殺し合わなかったのか。素朴な疑問を口にするファイ。


「そこは人間族だったのが幸いしたみたいですわね。お母さまも、最初は行き倒れの探索者さんだと思っていたそうですわ」


 特に、ハクバがウルンの言葉をいくつか覚えていたことが大きかったらしい。言葉を介せる。たったそれだけのことなのだが、こうして2つの世界、2人の変わり者の交流が始まったらしかった。


「最初、お父さまはお母さまをウルン人の一例……言ってしまえば実験相手として見ていたようです。反対に、お母さまは探索者としてお父さまに取り入って、核の場所を知ろうとなさったようですわね」

「なるほど……」


 ミアからすればハクバはいつでも殺せる弱い魔物だ。なぜかすり寄って来る彼を逆に利用して、手短かつ確実に、このエナリアを攻略しようとしていたらしい。


(信じるじゃなくて、利用する。それがミア達の、始まり……)


 しかし、互いに別々の思惑を持ちながら出会いと言葉を重ねるうちに、お互いの心が通い合ってしまったのだろう。2人は愛し合った。


 と、そこで「……あら?」と気付きの声を漏らして立ち止まったニナ。


「お父さまとお母さまの出会い。そして関係性……。それはまるで……」

「どうしたの、ニナ?」


 やや頬を赤らめながらこちらを見てきたニナに、ファイは小首をかしげる。


「い、いえっ、なんでもありませんわぁっ! そ、それよりも、ですわっ」


 分かりやすく取り繕ったニナは、階段を下りる歩みを再開しながら声の調子を元に戻す。


「……レッセナム家にとっての“敵”の中には、お母さまも含まれておりました。ですが、探索者さんでもあったお母さまを“敵”はそうそう簡単に殺すことはできなかったのです。なにせお母さまはウルン人ですので」

「あっ、そっか」


 ウルンに若干の適性がある“奇跡の子”のニナですら、数十分と持たずにエナ欠乏症に陥るのだ。普通のガルン人など、1分と経たずに死んでしまう。しかも、その日ミアがどこにいるかもわからなかっただろう。そんな状態のミアを殺すなど、できないのではないか。


「じゃあどうやって……?」


 明け透けに聞いてしまうファイに苦笑したニナは、指を2つ立てて見せた。


「ファイさん。お母さま……ウルン人を殺す方法は2つありますわ。1つは簡単。エナリア内で殺してしまえばいいのです。しかし……」

「うん」


 ガルン人が襲い掛かってくるのは、ミアにとって日常茶飯事だっただろう。誰が刺客で、誰が狩人なのかは判別がつかなかったに違いない。だからこそ彼女はエナリアで常に気を抜かず、警戒していたはず。そんな彼女をエナリアで殺すことは難しい。


「しかもお母さまは、黒色等級の探索者さんでしたもの!」

「黒色探索者……!?」


 螺旋階段で立ち止まって見事なドヤ顔でこちらを見上げてくるニナに、ファイも驚きの声を返す。


 黒色等級は探索者の頂点。確かな実力と実績。そして地位を得るための人脈も求められる。


 厳密には探索者ではなかったファイに、正確な“強さ”は分からない。だが、文字通り“最強”の探索者だったのだろうことは、娘であるニナを見れば分かりそうなものだった。


「実力者だったお母さまを“普通に”エナリアで狩ることは難しい。そのため、レッセナム家の方々は、もう1つの方法……リグルム家の方々の助けを借りて、ウルンで、お母さまを殺したのです」

「リグルム家……?」


 初めて聞いた気がする家名を、オウム返しするファイ。


「はい。リグルム家は主にウルンの情報収集をなさっている方々ですわね。最近も、ファイさんをお迎えに上がる際、黒狼について色々と調べていただいたばかりです」


 ウルンに関する情報を専門に扱う機関。それを有するのがリグルム家なのだとニナは語る。


「ウルンについての情報を集めるには、ウルンの方々の協力を得るのが一番。どうやらリグルム家の方々はウルンの方に独自の伝手を持っているようなのです」


 その伝手を使って賊に依頼をし、ニナの母親が最も油断する瞬間――眠っているところを襲った。


 最後はそう悲痛な面持ちで言ったニナに、ようやくファイは自分がかなり残酷なことを聞いてしまっていたのだと自覚する。


「あっ、ごめんね、ニナ……」

「いえいえ! 話し始めたのはわたくしですもの。ファイさんがお気になさることではありませんわ。それに……」


 ファイの方を振り返ったニナは、


「ファイさんにはわたくしのことを知ってほしいと。そう思いますもの」


 そう言って、笑う。その笑顔の裏には確かに“何か”が隠されているようにファイには見える。が、同時に、知ってほしいという言葉が嘘ではないということはなんとなく察された。


「さて。こうして長々とわたくしの昔話を聞いていただきましたが、ここから、ですわね」


 階段を下りきったその場所は、第16層。その裏側だ。


「これからファイさんには、わたくしの罪……ファイさんが言うところの汚れをご覧いただこうと思いますわ」


 ニナの罪。汚れ。そう言われても、もうファイに動揺はない。恐らくこの第16層には、先ほど話してくれたニナの過去の続きがあるのだろう。


「ですがその前に1つだけ。……ファイさん。あなたのおっしゃった汚れは、汚れではありませんわ」

「そんなこと――」


 否定しようとしたファイの言葉は、ニナが突きつけてきた手でとめられてしまった。


「わたくしがそう考える理由は3つもありますわ。1つ。襲い掛かってきた相手に立ち向かうのは、当然ですわ。ファイさんは生きる権利を行使しただけにすぎません」


 次に指を2本にするニナ。


「2つ。ファイさんは黒狼の方々に言われた通りに指示を実行しただけですわ」


 これがもし“普通の人”であれば、自分で考えて行動をしろという話になるのだとニナは言う。だが、ファイは知識・思考の両面を支配され、言われたことに逆らえない状況にあった。


「そして3つ。ガルンでは弱さこそが罪ですわ。殺される方が悪いのであって、基本的は殺した方は悪くありません。むしろ正義……となるのが一般的ですわ」


 力こそ、強者こそが全て。まさにガルンらしい考え方だといえるだろう。ただ、この考え方にはやはりニナも思うところがあるのだろう。歯切れは悪かった。


 ただ、いずれにしても。


「ファイさんがご自身をどう思おうと、それはファイさんの自由ですわ。ですがそれと同じように、わたくしにもファイさんをどう思うのかという自由があるはずです。その上で申し上げますと……」


 ズビシッとふぃあのことを指さしたニナは、高らかに宣言した。


「ファイさんは無罪! 白! むしろそんな自身の行ないを反省できる時点で、ファイさんの心は汚れておりません! 証明終了、ですわ!」


 早口で言ったニナの勢いに飲まれて、二の句を告げない。いや、実際、ファイがなんと言おうとニナがその考えを改めるつもりはないように思えた。


 そうしてパチパチと瞬きを繰り返すファイの目の前で、大きく深呼吸を繰り返すニナ。


「すぅ、はぁー……。言いたいことは言わせていただきました。……そ、それでは、参りましょう!」


 さすがに緊張しているらしく、声を上ずらせる。彼女が言う汚れとは何なのか。それが果たしてファイ自身の汚れとどう繋がるのか。ファイには分からない。だが、ニナが自分の“大切なこと”を話そうとしてくれている。そう思うと、なぜだかファイの胸が温かくなる。


 ――もっとニナのことを知りたい。


 その熱に浮かされるまま、ファイは歩き始めたニナの背中に続いた。




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