Ep.1 アシュリー・ホワイトの憂鬱 《前半》 〜序章〜
カーン…………コーン…………カーン
朝、教会の鐘の音で目を覚ます。今日は、白のダンジョンへ攻略に行く日だ。
…………面倒くさいなあ……誰か代わりに行ってくれないだろうか?
太陽の日差しが、起きろ起きろと急かしてくる。
「……起きよ」
ふわふわもこもこのクマの刺繍がしてある、お気に入りのパジャマを脱ぎ捨て、洗濯カゴに放り込む。
ガゴッーー
「よしっ……今日も命中〜」
3メートルパジャマ投げ選手権396日連続勝利!…………でも今日のダンジョンは正直気が乗らない……
「ハァ……ワタシ一人で良いって言ったのに……」
ーー十日前ーー
『ダメです!今回の潜入は最下層への攻略優先!こちらで既にパーティーグループが決まっているので、アシュリー様もそちらにご参加頂きます!』
うわ〜、メンドクセーと、テンションが下がる。基本一人のワタシにとって足を引っ張るザコ冒険者は邪魔者以外の何者でもない。正直言って、迷惑だ……。
『それじゃあ帰る……他の人達で頑張って……』
触らぬ神に祟りなし、面倒は避けるのがワタシのモットーだ。
『…………!お願いしますアシュリー様、数少ないSランカーのあなたの力がなければ今回の任務は成り立ちません!!報酬もそれなりに弾みますし、ドロップアイテムについても今回ばかりはギルド側からは何も口出ししませんので……!』
藪から棒に面倒ごとをいつもこの人は引っ張ってくる。第一、Sランカーなんてワタシ以外にもいるのだから無理にワタシに拘る理由も無いのに……。
『今回のダンジョンは最奥に竜が住んでいると噂されています……どうですか?胸が高なりませんか?』
いや、たかならない。
ていうか帰して。
うきうきのギルド職員とアシュリーには、炎と氷程に温度差があった。
『……ハァ、アナタ知ってるでしょ?ワタシは弱い奴とウザイ奴がこの世で一番大嫌いなのよ。全く……メンドクサイったらありゃしないわ……』
毒舌……とはよく言われるけれど、綺麗な言葉でラッピングして他人に犠牲を強いる偽善者よりかは幾ばくかマシだと思う……。現に白のダンジョンは本来Sランク冒険者及びSランクパーティーでなければ参加不可のダンジョンだ。
そんな危険な場所にAランクより下の貧弱者を焚き付けてもワタシ一人では守りきれない。
『そこは大丈夫だと思いますよ。今回は他のSランクパーティー『閃光の雷』とそのリーダー《閃光》のカイン様、《豪腕の猛者》のパーティーとそのリーダー《豪腕》ボノフ様が参加されます』
ぐっ、と親指を立ててこちらを見るギルド職員ーーピーナ。
じゃあワタシいらないじゃん!
『アナタ……かなり暴論ぶちまけてるのわかってる?冒険者にクエストを強要するのは完全違法行為ーー』
『アシュリー様が散々聖国から登用されるのをやんわりと断るの〜、大変なんですよね〜』
グサッーー
『あ〜あ……わたしったらせっかくSランクまで上り詰めたアシュリー様が世界で活躍する姿が見たくて見たくて仕方が無いのですよね〜』
グサグサッーー
『あ〜〜、誰か行ってくれないかな〜?今月わたしノルマが大変で……こういう時にギブアンドテイク?って言うのしてくれる人がいると心強いんですけどね〜』
……………………。
『…………ハァ、わかったわ。とりあえず参加だけするだけね……。全く……やらないとどうせアナタ、前みたいにワタシにだけ楽なクエスト回さなかったり、家の前で私の事ずっと見張ってくると思うし……』
そこまで言ったところでガシッーーと、ギルド職員がアシュリーの手を掴む。
『さっすがアシュリー様!私はこんな心優しい親友に恵まれて幸せ者ですね』
誰が親友じゃ!……というか、殆ど脅しじゃない!
と、ツッコミも程々に参加申請書をスラスラ書き込んでいくギルド職員。…………本人確認とは一体誰のためにある言葉なのだろうか?
最後の署名欄まで書き終わった所でピーナは申し込み書をアシュリーに手渡す。
アシュリーが署名欄を書き込む間、ずっとニコニコと笑っているピーナだったーー。
『…………ホント最悪……』
…………………………………………。
「…………ハァ、ホントに最悪」
気だるげに着替えた、上が黒でスカートが白のゴスロリファッションに、いつもの左目に付ける特注の眼帯とリボンのチョーカー。白い髪に似合うようにデザインした黒色のシュシュでポニーテールに結び、日傘を差して、外に出る。《星》に聞いたところ今回のダンジョンはここから馬車に乗って小一時間ほど南西へ向かった方角にある。
《星》の魔術。ワタシが《星の魔術師》と呼ばれるきっかけになった魔術。ワタシが干渉するこの世の全ての問いに答えてくれる、非常に有能な魔術だ。が、当然弱点とリスクがある。
一つ目は、魔気の消費量。通常の人間であれば1分間使用しただけでフルマラソンを完走するくらいの疲れがどっと来る。ワタシみたいに〝異常体質〟で生まれ付き魔気の総量が多い人間でないと乱用出来ないし、ワタシだって魔気の消費を最大限抑えながら扱う事で日常的に常用できるレベルにまでなった。
二つ目は、〝魔術無効化〟されると、一定時間使えなくなる事。
この《星》の魔術は〝特級魔術〟という事もあって、魔術無効系の技を使われた際の再使用インターバルがものすごく長い。
まあーーそもそも魔族や人間以外だと魔術無効系の技を扱う魔物は殆どいないため、今回のダンジョンに限っては弱点といえる程ではないが…………何が起こるかわからない。
もしかしたらあるいは、今回組むパーティーの人間が、何かしらの目論みがあってワタシに敵意を向けて来る可能性もなくはないのだ。
「ハァ〜、しんど…………」
ため息を溢しながら、ダンジョンまで直通の馬車に乗る。
今回のクエストは大人しくサポートに回った方が賢明だろう……。
何よりワタシが楽できる……!
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今回の潜入は主に5パーティーで、状況に合わせた交代制。事前に資料をもらったため、メンドクサイけど馬車の中で読み耽ける。
《閃光の雷》パーティー
Sランク 《閃光》カイン・エヴァフ
Aランク 《水癒》エリン・ウォーター
Aランク 《双斧》ガルー・フフ
Aランク 《霊杖》ネネス・マリネット
総合ランクSランク
《豪腕の猛者》パーティー
Sランク 《豪腕》ボノフ・エンドルフ
Aランク 《重拳》ダイ・ドングル
Aランク 《百撃》ウラヴィ・クラヴィ
Aランク 《巨躯》ギジェロ・ヴァッハ
総合ランクSランク
《孤高の猪》パーティー
Aランク 《孤高》ウェルフ・ホールデム
Aランク 《小心》テネ・パッチ
Aランク 《突進》ツノ・トッシン
Aランク 《逃げ足》ギジー・アドネス
総合ランクAランク (特定条件合格)
《親愛の支援者》
Aランク 《慈愛》 エネス・ユースティア (Sランクパーティー《親愛の修道者》より派遣)
Aランク 《水姫》 ミネラ・サミー
Aランク 《祈祷師》 パネ・ピー
Aランク 《老父》 ヴァロ・アンドルシュ
総合ランクAランク (特定条件合格)
《星の魔術師》
Sランク 《星の魔術師》 アシュリー・ホワイト
総合ランクSランク
…………単体で呼ばれたの、ワタシだけなんだけど……?
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ほどなくして、今回のクエストの集合場所である白のダンジョン前に到着する。既にアシュリー以外の4パーティーは揃っており、何やら談笑をしていた。
「お!?来たようだね!」
明らかに他のパーティーメンバーとは纏っている魔気が違う二人。《閃光》のカインと《豪腕》のボノフがいたーー。
「おーい!アシュリー君〜」
金髪で騎士服に身を纏い、気さくな笑顔で呼びかけてくるカインが、こちらを見て手を振って挨拶する。
その姿を見てキャッキャしている女子メンバーがちらほらいるが……正直言ってワタシは苦手なタイプだ……。
てくてく、と日傘を差しながら近づいていくと、腕を組みながら黒髪で無精髭を生やした男ーーボノフが口を開く。
「おい貴様!遅刻とはいい度胸だな……今回の任務は集団行動だと言うのに、自分だけ遅れて来ておいて謝罪の一言も無いのか?」
…………前言撤回。こういうタイプが一番キライだわ……。
「……別に。集合時間にも間に合ったんだしよくない?そもそもワタシはアナタのパーティーメンバーでも無いし、謝罪を強要される筋合いは無いと思うのだけれど……?」
「……何だと……?」
こみかみがピキピキッとなってて怒りなのがよく分かる。
バチバチッと、火花が散り始めたところで、カインが仲裁に入る。
「ま、まあまあ……。確かにボノフの言う通り時間より早めに出た方がいいのはもちろんなんだけど……、アシュリーの言っている事もごもっともだし、今回はその辺にして、作戦会議に入らない?」
八方美人……とはよく言うが、カインの場合は十方美人とも言えるか……。
さすがは100人を超える人数のパーティーグループ《閃光の雷》をまとめ上げるパーティーリーダーである。
現に互いに牽制の念を解き、フンッとそっぽを向く。
「あ、あはは……これ〜、今回大丈夫かなー…………?」
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「以上が今回の作戦の布陣なんだけど……どうかな?四人とも」
「異議なしだ。前衛に徹することこそ我らの力を存分に発揮できる。さすがだな……《閃光》よ」
「わたくしどもは異論ありませんわ。にしてもさすがは《閃光の雷》のリーダーですね…………。今回初めて組むパーティーでもここまで細部まで得手不得手を見抜き念密な作戦を立ち上げるとは。わたくしの主ーー《親愛の聖女》アリス様の妹君であらせられるルカ様にも匹敵し得るやも知らない手腕ですわね。」
「オレ等も異存ねぇ……、群れるのはあまり好きじゃねぇしな……、気に入ったぜ、この案!」
皆、一様に同意の念を示しており、作戦に不満は無いようだ。
だが、ワタシはーー
「反対ね……」
意外そうに、目を丸くするカイン。
「アシュリー……?君は前方で《星》の力で敵の動きを察知して、極力無理せず戦う方針の方が君のスタイルに合ってると思うんだけど……何かまずかったかな……?」
おそるおそる問いかけるカイン。確かにこの作戦は完璧と言っても差し支えない……だが……。
「だって、これじゃあワタシがサボれないじゃん。後方で相手の動きを察知して指示を出す方が、安全で楽」
あちゃー、と。額に手を当てて思い悩むカイン。
まるで問題児を見るような目をしているーー。失礼な。
他のパーティーリーダーも同様にどうしたものかと思い悩んでいた。
「…………貴様、ここがどこだかわかっているのか……?ここは〝白のダンジョン〟だぞ!!一階層から桁違いの強さを誇る魔物がうようよする魔窟であり、貴様がぬくぬくとだらけている家じゃないんだーー!!」
ダンッーーと、机を叩きつけるボノフ。それだけでピキピキッと、机にヒビが入り今にも割れそうになる。
「正直、今回はボノフと同意見だな……。アシュリー、君が面倒臭がりなのは知っている。だけど、君の力があれば、いざという時他のメンバーよりも一瞬早く、前衛の味方を守れるかもしれない……。もちろん、君に何か無いように、僕たちも全力で君を守るつもりさ……。だから、今回はどうか、僕の顔を立てると思ってお願い出来ないかな……?頼むーー」
深々と頭を下げ、頼み込むカイン。
別にワタシにとってはアナタの顔に一金の価値も無いのだけれど…………
まあ、断るのは容易だけど、いちいち突っかかってメンドー事が増えるよりはマシ……か。
「…………ハァ、しょうがないわね。なら、前衛に出てあげる代わりにーーワタシはワタシのやり方でやらせてもらう…………。それなら条件を呑んであげてもいいわ……」
「本当か!?ありがとうアシュリー!やっぱり君は優しいんだな!」
「フンッ!意気地なしが……いっその事今からでもお家に帰ればどうだ?」
「やめなよボノフ……。せっかく彼女がやる気になってくれたんだから……。さぁ、作戦も決まったし、早速行こうかーー!」
ハァ…………集団行動って本っ当にメンドイ…………。
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白のダンジョンB1階層ーー。
白のダンジョンはB100階層以上あり、それぞれ10階毎に出るモンスターやトラップが変わってくる。
序盤の10階層はSランカーなら息をするように倒せるけど、Aランカーだとそうは行かない……。
「すご〜い、階段に付いてる灯りが魔晶石で代用されてるんだね〜」
「本当だあ〜、キラキラしてて綺麗〜」
女性冒険者達が目をキラキラさせながら、そこかしこの照明がわりの魔晶石を見てキャッキャと騒いでいる。
「基本的に白のダンジョンはどこも魔晶石が灯りの代わりに付いてるんだ。逆に黒のダンジョンはマグマの溶岩が照明代わりになってるんだよ」
「へえ〜、やっぱりカイン様は修羅場を潜っているだけあって、物知りなのですね〜」
「あ、このエロ女、カインから離れなさいよ!」
そんなほのぼのとしたやりとりを尻目に、とうとう階段を降りきり、ようやく辿り着くーー。
〝白のダンジョン〟第1階層ーー。
「コボルトがたくさんいるわね……」
「フンッ!コボルトごとき、この俺様の手で握りつぶしてやろうっ!」
「油断しないでよボノフ、君が怪我をすればチームとしては致命傷だーー!」
Sランカー三人を筆頭としたーー〝白のダンジョン攻略〟への道が、今始まったーー
お待たせ致しました!!本日より毎日1話、更新していきます!!今回は《転生した鍛冶師の娘》のスピンオフ作品となっておりますのであまり長くないかと思いますが、お付き合いご拝読よろしくお願いします!!あと、結構初期の頃に描いた部分が大元となっておりますので読みづらかったりしたらすみません、、次回は明日8/1日のお昼3時頃の更新を予定しております!!それでは、長くなりましたが今後ともよろしくお願いします!!