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エピローグ 沙耶の決意

 

 あれから、三日が経った。

 水曜日で、世間一般には平日であり、俺はちゃんと学校に行った。

 高校のクラスにおいては、サヤナミカ三人娘は一応、人気者であるので、皆が心配そうに「白坂くん、サヤナミカの三人は大丈夫なの?」「沙耶ちゃん達、いつ頃学校に出て来れそうなんだ?」と尋ねて来る。

 なので俺は「心配してくれて、ありがとな。三人共、元気だよ。ただ、検査とか色々あって、まだちょっと時間が掛かりそうなんだ」と言っておいた。それから少し迷ったが、ついでに「よければ今週末とか、見舞いに行ってやってくれないか? あいつらも喜ぶと思うんだけど……」と頼んでみると、クラスメイト達は皆、喜んで頷いてくれた。

 三人娘が来る前は、俺はクラスメイトとは一定の距離を置いていて、全くと言って良い程に喋らなかったのだが、この二ヶ月、三人娘が間に居たせいか、今では普通に会話を交わすようになっていた。

 そうして放課後を迎え、俺は制服のまま、地球防衛局関東第一支部の病室に向かう。

 ノックして開けると、昨日精密検査が終わり、一緒の部屋にまとめられることとなったスーパーロボット三人娘の姿があった。

「あーうー」「にゃあぁー」「一級品のスーパーロボットである我が、何故こんなことを……!」

 白いベッドの上にオーバーテーブルを出し、あるいは画板を使い、それぞれが呻き、顔をしかめ、シャープペンシル片手に原稿用紙の束と格闘していた。

「おーい、お前ら。ちゃんとやってるか?」

「あっ、北斗くん! 痛っ!?」

 こちらに気付いた沙耶が、ばっと立ち上がろうとして、オーバーテーブルに膝を打ち、悶絶する。

「沙耶。はしゃいでないで、ちゃんと反省文を書け」

 そう、彼女達は、関東第一部の司令――羽柱鈴音から反省文を書くように命じられていた。最低でも四百字詰めの原稿用紙百枚以上。

「無理だよ! こんなに一杯書くのは無理! 頑張って昨日からで二十枚くらい書いたけど! これ以上は何も思い浮かばないよ!」

 膝を打った痛さもあってか、半泣きになりながら、ぶんぶんと首を横に振って、ピンクツインテールを荒ぶらせる沙耶。

 ばんっ! とライトブルーポニーテールの少女がオーバーテーブルを叩き、沙耶にシャーペンを向けて、言った。

「ええい、うるさい! 集中出来んだろうが!」

「だって、奈美ちゃん! 百枚だよ、百枚!? 単純計算で四万字! 不可能だよ、こんなの!」

「元はと言えば、お前が後先考えずに、演習場のバリアー破って、発生装置を使い物にならなくしたのがいけないんだろうが! おかげで我までこんな目に……!」

「わざとじゃないよう! というか、あの状況でミストちゃんに勝つには仕方が無かったんだよう!」

「それに、お前はまだ楽な方だ! 見ろ、我なんか右腕を修理しているせいで、慣れない左手で文字を書いてるんだぞ!?」

 奈美は、肩から包帯で吊したギプス付きの右腕をアピールして見せる。

 言われてみれば、奈美の利き手は右であった。昨日俺から原稿用紙を渡した際には、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたが、特に文句を言って来なかったので、すっかり失念してしまっていた。

「奈美」

「何だ、北斗!?」

 俺が声を掛けると、イライラしている様子で振り向く。

「よければ俺が、代筆してやろうか?」

「なっ……はぁ!?」

 切れ長な瞳を丸くして、瞬きをする彼女。

「利き手が使えなくて、文字が書きにくいんだろ? だったら思い付いた文章を口にすれば、俺が代わりに原稿用紙に書いてやるよ」

 俺は適当な所にスクールバッグを置くと、奈美の隣に椅子を持って行って、腰掛ける。オーバーテーブルに身を乗り出すと、

「ちょっ……近い! い、いらん! 代筆なんて、いらん!」

 恥ずかしそうに顔を赤くして、首を横に振った。

「遠慮するな。その怪我をさせたことや、お前らが反省文を書くことになったのは、俺にも原因があるわけだし」

 何故彼女達が反省文を書かされているのかと言えば、奈美の言った通り、沙耶が必殺技で演習場のバリアーシステムを破壊してしまったことも原因の一つなのだが、正確には、総じて、模擬戦で色々とやり過ぎたことが問題になり、こうなっているのだった。

 何せ最終的に、サヤナミカ三人娘もミストリアも、消える宇宙怪獣と戦った時より損傷が酷くなってしまった。サヤに至っては、大破寸前だった。本当はバリアーシステムが破壊された時点で、模擬戦を中止するよう、スピーカーから指示が出ていたそうなのだが、全員が全員勝負に熱くなって、完全に聴き逃していた。

 模擬戦の後、三人娘とミストさんは整備室に運ばれ、俺と京極は司令室に呼ばれて、鈴音さんに滅茶苦茶怒られた。

 あそこまで怒られたのは、スーパーロボットパイロットになって以来初めてだった。

 俺と京極には、一週間の謹慎処分と三ヶ月の減俸が下された。あれだけやらかしたにも関わらず、あり得ないくらい寛大な処置だった。

 姉さんから聞いたところによると、サヤナミカの開発グループと、京極工業の開発グループの面々が、模擬戦に感動して、最後には互いに握手を交わしたりして、俺達の処分を軽くするよう、鈴音さんに頼んでくれたらしい。

「に、人間と一緒にするでない! 我はスーパーロボットなのだから、利き手じゃなくても文字くらい書ける! ただ少し慣れないだけだ! ……というか、貴様だって、反省文百枚とその他報告書とか諸々、課されていたであろう!? 代筆なんかしてる暇があったら、そっちをやれ!」

 奈美が原稿用紙とシャーペンを守りながら言う。

 俺は諦めて身を引きながら、ため息をつく。

「見えないところで真面目にやってんだよ。昨日の夜だって、反省文二十五枚書いて、報告書の山と格闘してたんだ」

 朝方までやっていた為、若干寝不足である。

「にゃー、ほーやーん」

 と、金髪癖っ毛の少女が俺を呼ぶ。

「どうした、未佳?」

「代筆するならむしろ、ウチの方を手伝ってやー」

「あー、確かに辛そうだな」

 未佳は他の二人と違い、ベッドに固定された器具で包帯ぐるぐる巻きを両足を吊しているので、上半身を起こすのが辛い体勢であり、オーバーテーブルを使えず、代わりに画板を腹部に立てて、原稿用紙を書いていた。

 彼女は言った。

「この体勢だと、胸が邪魔で、原稿用紙が見づらいんや」

「自慢かっ!」

 奈美がキレた。

「ちゃうって、本当なんやって。ほら、こう仰向けやと、ウチ胸が大きいから、どうしても視界を遮るようになって」

「我慢しろ、それくらい! おい、北斗! そんな奴の代筆をする必要は無い! やるくらいなら、我の代筆をしろ!」

「えっ、今さっき、代筆はいらないって……」

「気が変わったのだ。ほら、横に座れ!」

 そう言って、オーバーテーブルを叩くライトブルーポニーテールの少女。

 未佳が、にゃふっと笑って、

「何怒っとるんや。なーやんは、自分のスレンダーな体型に自信を持っとるんやろ?」

「その通りだ! そんな脂肪の塊など、あるだけ邪魔だ!」

「だったら、別に怒る必要なんかあらへんやないか。何言われたって、平気なはずやろ?」

「ああ、平気だとも!」

「貧乳」

「ふん、そんな安い挑発……」

「絶壁」

「……」

「妖怪ぬりかべ」

「ふっ……ふふっ……どうやら我の概念効力で、貴様の口を動かなくする必要があるようだな……!」

 恐ろしく怒りの沸点が低いスレンダー少女であった。

 奈美は左手にエネルギーを集中させ、青白く輝かせる。

 しかし、未佳は全く恐れる様子がなく、枕元に置いてあるフルーツバスケットの中からリンゴを取り、俺に視線を向ける。

「ほーやんほーやん、代筆はともかく、昨日みたいにリンゴ剥いてくれへん?」

「ちょっ!? 我を無視するな、未佳!」

「うにゃー、だって、なーやんの概念効力って、触れた者の行動を一つ、凍結するだけやろ? しかも現状、数秒しか保たへんし。ほーやん、リンゴ~」

「はいはい、分かったよ」

「おのれ、覚えていろよ未佳! 我はいつかこの概念効力を進化させ、行動だけで無く、周囲の時間をも凍結出来るようにして──」

「なるほど、それで胸の成長も凍結されてるってわけやな?」

「貴様ぁぁぁー!」

「にゃははは! 冗談や! 冗談やってー!」

 ついにはベッドから起き上がる奈美。未佳は楽しそうに笑いながら、それを相手している。

 俺は病室に設置されてる食器棚から、折り畳み式の果物ナイフと皿、楊枝を取り出し、リンゴを手早く剥き始める。

 と、一番窓際のベッドで反省文を書いている沙耶に呼ばれた。

「北斗くーん」

 手招きされているので、椅子ごと彼女の隣に持って行く。リンゴを剥きつつ、

「どうした? 代筆ならお断りだぞ」

「酷くない!? 一応ボク、一番損傷が酷かったんだけど!」

「お前はもう、ピンピンしてるじゃないか。別に腕と足とか使えないってわけじゃないし」

「いや、よく見てよ! ボク、五体満足に見えて、割と全身包帯ぐるぐる巻きだからね!? ほら!」

 パジャマの裾をめくって、腹部を見せてくるピンクツインテール娘。

 俺は容赦なく額にチョップをくらわす。

「あ痛っ!? 何するのさ、北斗くん!」

「男に平然と腹とか見せるんじゃない。はしたないだろ」

「でも、北斗くんは平然と、ボク達のパンツとかブラジャーとか干したり畳んだりしてるじゃん!」

「言っとくけどソレ、別に好きでやってるわけじゃないからね!? お前らが誰一人家事やろうとしないからだからね!?」

 一度、本気で家事をボイコットしてやろうかと思う今日この頃である。

「というか、ボクは代筆で北斗くんを呼んだわけじゃないよ。ちょっと話があるから呼んだの」

「話?」

「うん。今後のことで、決意表明をしておこうと思って」

 俺が何事かと首を傾げていると、沙耶は張り切って言う。

「あのね、今回の模擬戦を通して、ボク、改めて思ったんだよ。ボク達のパイロットには、やっぱり、北斗くんが良いなって!」

「それはつまり……俺に、サヤナミカの正式なパイロットになって欲しいってことか?」

 剥き続けて皮の長くなりつつあるリンゴに視線を落とす。

「うん! ただ、北斗くんは今のところ、ボク達をサヤナミカに合体させたら離れて行こうって考えてるんだよね?」

「……まあ、そうだな」

 今まで明言はして来なかったが、間違いなく事実なので頷く。

 奈美と未佳には聞こえていないようで、胸のあるないで言い合いを続けている。

「だからね、ボク、決めたんだよ」

「何をだ?」

「ボク、北斗くんを惚れさせる!」

 果物ナイフの強弱をミスって、全体の三分の二くらいまで繋げていた皮を切り、落としてしまう。

 俺は思わず、沙耶の顔を見た。

 彼女は笑っていた。

「サヤナミカに合体出来るようになるまでに、北斗くんが乗りたいって思うような、強くて格好良いスーパーロボットになってみせる!」

「……ふぅん」

 俺はリンゴの皮剥きを再開する。

「北斗くんは天才パイロットなんだから、当然、優れたスーパーロボットに乗りたがるよね? だから、ボク達がもっと強くなって、他のスーパーロボットよりも優秀だって示せればいいんだって、気付いたんだよ! あと、ついでに女の子としても魅力的になって、惚れさせちゃうと完璧だよね! 公私共にパートナー、みたいな! えへへー♪」

 自分で言ってて照れ臭くなったのか、赤くなった頬を押さえる沙耶。

 リンゴの残り三分の一が剥き終わる。六等分に切り、皿の上に乗せて、楊枝を一本刺す。

「……じゃあ、俺からも一つ言っとくがな」

 彼女に皿を差し出して、告げた。

「──俺の理想は、滅茶苦茶高いぞ?」

 楊枝の刺さったリンゴを手に取ると、力強く頷き、

「望むところだよ!」

 彼女は、シャクシャクとリンゴを咀嚼する。美味しそうに顔を綻ばせて、

「んふっ、あま~い♪」

「はっ……」

「あっ、北斗くん、笑った!? 今、笑ったよね!?」

「お前が悪い。そんな緩んだ顔をするから」

「だって、リンゴが美味しいんだもん! 北斗くんだって、食べてみれば分かるよ、ほら!」

 楊枝に新しいリンゴを刺して、俺に勧めて来る沙耶。

 なので俺は、そのリンゴを指で取り、口に放り込む。

「ちょっ!? せっかくボクが、あーんってしてあげてるのに!」

「そんな小っ恥ずかしいこと、男はしないんだよ」

 噛み締めたリンゴは、確かに、甘くて、美味しくて。

 そして、とても爽やかな味がした。

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