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第三章 決闘までの二週間

第三章 決闘までの二週間


 翌日、サヤナミカの三人娘は無事に修理が完了し、家に帰れることになった。

 俺的には今日くらいは練習を休んでもいいだろうと思っていたのだが、なんと沙耶、奈美、未佳の方から、練習しようと願い出て来た。

 俺に断る理由は無い。なので、午前中から早速、合体練習を開始することにした。場所は勿論、地球防衛局東京第一支部の演習場だ。

 しばらくして、ラムネ菓子の入った袋を右手、ノートパソコンと計測機器を左手に姉さんがやって来て、ハートドライブの出力計測をし始めたが、彼女はパソコン画面から俺の方に視線を移し、ニヤリとほくそ笑む。

「どうした、姉さん?」

「どうしたじゃないだろう、弟くん。君だって、実は分かっているじゃないのかい?」

「まあ、何となくは」

 こうして二週間以上、合体練習を繰り返し見て来たから、データを見なくても分かる。

 一昨日練習した時よりも、合体シークエンス時の動きが明らかに良くなっていた。

 金属同士の衝突音がして、見上げる。本日十回目の合体失敗。だが、三機は空中で上手くブースターを使用し、体勢を持ち直して着地する。

 俺は拡声器を使って、彼女達に言った。

『よし、ここで五分休憩ー! ボディーの各部チェックして、異常があったらナノマシンで自己修復! それでも問題あったら、すぐ俺に言うこと!』

「うん。分かったよ、北斗くん!」

「言われずとも分かっている」

「ほーやん、了解や」

 そうしてから、俺は白衣の姉に向き直り、

「姉さん、データを見せてくれ」

「あいよ。ついでにラムネ食う?」

 ノートパソコンの画面と共に、小さく包装されたラムネ菓子が沢山入っている、袋の開け口をこちらに向けて来る。

 姉さんに餌付けされているような気がしたので、ラムネの袋は無視する。俺は計測データを見る。

「ん、貰う」

 が、すぐに気分が良くなり、やっぱりラムネを一つ頂くことにした。両端で捻ってある包装を解き、口に放り込む。サイダー味の爽やかな甘さが、口の中一杯に広がった。

「これが、怪我の巧妙ってやつかね」

 姉さんが同じように舌でラムネを転がしながら、くっくと笑う。

 果たして、三人娘のハートドライブ出力はそれぞれ上昇を見せ、スーパーロボット平均の五十パーセント以上を記録していた。一昨日が四十パーセント程度だったことを考えれば、驚きの成長である。

 宇宙怪獣にはこれまで沢山敗北してきたが、昨日の敗北は彼女達のハートドライブの感情領域に、大きな影響を与えたらしい。

 特にサヤだ。ナミとミカの出力が五十パーセント代前半なのに比べ、サヤは六十パーセント代にまで上昇を見せていた。

「……って、おい。何故にこちらへスマートフォンのカメラを向ける? バカ姉」

「へ? いやあ、弟くんが久方ぶりに笑っているからさ」

「な!? 笑ってねぇよ!」

「あっ、怒り顔になっちゃった! やっちった! 言うんじゃなかったぁー!」

 俺は自身の顔に触れ、ぐにぐにとこね回す。笑ってない。こんなことくらいで笑いはしない。

 俺が笑えるとするならば、いつか目的を果たした時だけだ。そうだとも。

 と、その時だった。

「はーっはっはっはっはー!」

 一番聞きたくなかった高らかな笑い声が、背後からした。

「うわぁ……」

 マジでか。よりによって昨日の今日という、このタイミングで。……いや、だからこそか。

 俺は振り返りたくないが、振り返る。

 当然ながら、薔薇の造花をくわえたオールバックヘアーの男がそこに立っていた。しかも今日は、何故か紫色スーツの上着の前側を開き、無駄に格好付けていた。ウザさ全開である。

 そして、今日も今日とて、無表情な紫髪メイドのミストさんも一緒。彼女はじーっと俺を見つめて来て、身体の前で手を重ね、「どうも」と丁寧にお辞儀をしてくれる。あっ、どうも。

 京極霧夜はわざとらしく靴音を鳴らしながらこちらに歩いて来て、薔薇を右手に持ち、口を開いた。

「やあ、自称天才パイロットの白坂北斗クン! おはよう!」

「……おはよう。で? 一体、何しに来たんだお前は」

「そんなもの決まってる。君達の意思を確認しに来たのさ」

「俺達の……意思だと?」

 京極が何を言いたいのか計り兼ねていると、演習場中央から「あー!」という大きな声がする。

「オールバック! それにミストちゃん♪」

 二者に対して正反対の反応を見せながら、ピンクのスーパーロボットがドドドドドッと突撃して来る。それに気付いて、ナミとミカもやって来る。

 彼女達は人間の姿になると、俺の横に並び、決闘の相手を睨み付ける。

 京極の方は、ふんと鼻を鳴らして、

「来たね、ポンコツ共」

「何ぃー!?」

 沙耶が、がるるるると噛みつかんばかりにいきり立つ。ピンクのツインテールが鬼の角みたいに逆立っている。

「これは驚いた。昨日、宇宙怪獣にあれだけ無様な負け方をしておきながら、奮起する程の根性がまだ残っていたとはね」

「うぐっ……!」

 沙耶は若干、宇宙怪獣への敗北を思い出したのか、しおしおとツインテールが垂れ下がって行く。

 京極はやれやれと肩を竦ませて、俺に視線を向ける。

「まあいい。僕が今日来たのは、昨日の敗北を踏まえた上での君達の意思を訊く為だよ、白坂」

「それはつまり……六月九日の模擬戦をやるかやらないかってことか?」

「その通り。君と、そこのピンクツインテールは、見ていたはずだ。君達が三機掛かりで立ち向かい、手も足も出なかった宇宙怪獣を、僕がミストリア一機で瞬殺する様を!」

「……」

 横を見やると、沙耶は俯き、ぐっと拳を握り締めている。

 京極は続ける。

「模擬戦まで約二週間と迫った今、あんな様では僕とミストリアに勝つことはまず不可能だ。悪いことは言わない。ここで諦めるんだ。そうすればこれ以上、無駄な恥を欠かずに済む。分かっているだろう、白坂」

「……それは出来ない」

「何故だい? 二ヶ月前までベテランパイロットに匹敵する戦果を上げていた、天才パイロットとしてのプライドが許さないからか? そんなもの、そこのポンコツ共のパイロットになったせいで失ってしまっただろうに。聞いたところによると──」

 彼はそこで、俺の隣……姉さんを指差した。

「どうやらそこの白坂博士に、パイロット権の剥奪を盾にして、脅迫されてるそうじゃないか」

 俺は驚いて、彼の顔を見る。

「何故そのことをお前が……!」

「なに、我が京極コンツェルンの権力ってやつを使って、調べさせて貰ったんだよ。僕の方が実力は上だと自負しているが、白坂も一応、僕と同じ最年少でスーパーロボットパイロットになった男だからね。そんな君が、宇宙怪獣を一体たりとも倒せないようなどうしようもないポンコツに、理由も無く乗り続けるはずがない」

 姉さんは「参ったな……」と後ろ頭を掻く。

 片手の薔薇を揺らしながら、京極は笑みを浮かべる。

「そうだ。一つ、君にとって良い提案をしようじゃないか。もし君が模擬戦の不戦敗を認めるなら、白坂博士が持っている契約書を無かったことにしてやってもいい」

「なっ!? そんなこと……!」

「出来るさ。京極コンツェルンの権力を舐めてはいけない。たかだか一パイロットの進退なんて、やろうと思えばどうにでもなる。このままつまらない模擬戦を行うくらいなら、多少金を使ってでも、不戦勝を手に入れた方がマシだと、僕は考える」

「……凄く魅力的な相談だな、それは」

 俺がそう口にすると、沙耶が瞳を大きくして、こちらを見る。

 未佳は暗い表情になって肩を落とし、奈美は眉間に皺を寄せる。

「だろう? ちなみに僕には、騙す気なんて毛頭ない。こんな分かりやすい嘘を付く程、僕は馬鹿じゃないからね。何なら、ここで新しい契約書を作って、サインをしても構わないよ」

 そう、俺にとって、この交渉はメリットしかない。二ヶ月前ならともかく、サヤナミカのパイロットになり、幾度も敗北を味わって来た今は、負けの一つや二つ増えたところで、大して何も変わりやしない。それでサヤナミカとおさらばし、新たなスーパーロボットに乗り換えることが出来るなら、万々歳だ。

 俺は京極の目を見て、言った。

「断固拒否する!」

「何!?」

「はっきり言って、死ぬほど魅力的な提案だ。こいつらみたいな変なスーパーロボットを任されて、正直参ってたからな。嬉し過ぎて涙が出そうなくらいだ。でもな!」

 泣きそうになっている沙耶の頭に手を置き、くしゃくしゃに撫で回しながら、

「俺はやり切ってもいねぇ内から諦めんのは、大っっっ嫌いなんだよッ!」

 どれだけ負けようが、傷付こうが、変わることのない、自身の誇りを口にする。

「お前の提案を受けるってことはつまり、自分はサヤナミカを合体させられない、勝たせられないって認めるということだろ? あり得ないな! 何故なら俺は、天才スーパーロボットパイロット! 一度役目を引き受けた以上、サヤナミカは俺が意地でも合体させて見せる! 模擬戦にだって勝つ!」

 京極が顔を怒りで歪める。

「白坂、君は……!」

「悪いが、そういうわけだ、京極。俺達の意思は変わらない。模擬戦は予定通り、二週間後に行う! そうだろ、沙耶、奈美、未佳!」

 俺は自分の機体である、三人の少女を見やる。

 奈美は腕組みポーズでため息を吐き、

「愚問だな。我は、白坂博士が開発した至高のスーパーロボット。恐れることなど何も無い」

 未佳は笑顔を取り戻して、頷く。

「やっぱり、ほーやんはほーやんや……! ウチのパイロット様がそう言うなら、全力でやるしかないやろ!」

 そして、沙耶は目元を拭い、

「うん! 負けない! 北斗くんと一緒に、絶対勝つ!」

 力強い表情を京極に向けた。

 彼はギリッと歯噛みをして、

「つくづく理解出来ない……!」

 と洩らしたが、その後深呼吸をし、薔薇の造花を左手で弄びながら、ふっと鼻で笑う。

「――しかしまあ、どちらにせよ僕の勝利は揺るがない。模擬戦をやろうがやるまいが、同じことだよ。先程、君達の合体練習も、少しばかり拝見させて貰ったしね」

「それで? 何か分かったのか、京極」

 俺は落ち着いて、探りを入れてみる。

 京極も俺と同じく、最年少となる十四歳でスーパーロボットパイロットになった男だ。サヤナミカのことを幾ら馬鹿にしていても、舐めて掛かるようなこと、手を抜くようなことは一切しない。そういう隙のない男であることは、俺が一番よく知っている。

「せっかくだから教えてあげるよ。僕は勝利を確実にする為に、自分の持つ力をフル活用して、二週間前から白坂達の偵察を行っていたんだ」

 京極コンツェルンの御曹司としての権力で、人を使ったということだろう。

 彼は右手の人差し指と中指を立てて、俺に見せつけて来た。

「そうして得た情報と、今日実際に自分の目で見たものを総合し、分かったことが二つある」

「二つ?」

「一つは、このまま行けば模擬戦で、サヤナミカが合体して来ることは、まずあり得ないということ」

「ほう、断言するか」

 しかし正直、かなり難しいだろう。何の根拠があるわけでも無いが、おそらく全機のハートドライブ出力を、最低でも並のスーパーロボット平均に達しなければ、合体は成功しない気がする。

 京極は首を横に振り、

「違うね。そうじゃないよ、白坂。僕が言いたいのは、今まで成功したことのない合体を、模擬戦の切り札に持って来るかどうかって話さ」

 俺は、はっとなる。

 何も言えないでいると、京極は俺の心を見透かしたように笑って、

「まあ、自称天才パイロットたる白坂北斗クンは、そんな一か八かの賭けを主軸には持って来ないだろうね。冷静に考えて、二段構えの作戦として、別の主軸があると考えるのが当然。そして、分かったことの二つ目だ」

 沙耶を横目で見つつ、言った。

「今日の合体練習時の動き、態度、それと事前に入手していた情報、河原での技の練習。それらから考えられるのは、そこのピンクツインテールが、模擬戦での勝ち筋を担っている可能性が高いってことだ。おそらく、今回の決闘で白坂が乗り込む機体のは、彼女だろう?」

「……」

「だとすれば、ミストを破る為の策というのが、練習している技と考えるべきだろう。例えば、一点突破の必殺技とかね。ああ、そうだ、言っておくけど、カウンターを当てるなんて甘いことは考えない方がいい。自身のスーパーロボットの弱点くらい、把握しているつもりだよ」

 こめかみを嫌な汗が伝う。

 京極には、作戦の全てを見切られていた。

「まあ、合体もロクに出来ないスーパーロボットごときに僕が負けることはあり得ないが、模擬戦は、全力で行かせてもらうとするよ。獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。そして僕は、兎に噛み付かれるような真似はしない」

 彼の瞳が真剣なものに変化する。熱くも、冷静な、覇気すらも纏った視線。

 俺は直感的に悟る。

 ……このままじゃ、サヤナミカは負ける。

「じゃあ、僕はそろそろ失礼するよ、白坂。お願いだから、模擬戦ではせいぜい楽しませてくれ」

 そうして紫色のスーツを着たオールバックは、再び薔薇の造花を咥えると、「……失礼します」とお辞儀する無表情なメイドを連れて、演習場を去って行く。

 沙耶が、思い詰めた瞳で、服の袖を引っ張って来る。

「北斗くん、ボク……」

「心配するな。明日が試合ってわけじゃないんだ」

 もう一度、わしわしとピンク髪を撫でてやる。

「やってやるさ」

 何か、京極が予想も出来ないような、新たな策を思い付く必要がある。




 沙耶にああ言ったものの、そんなすぐには良い策が思い付かない。

「んー」

 白坂家の暗い自室で、デスクの明かりだけを点け、ボールペン片手にメモ帳と格闘するが、何度ペンを走らせても、結局は丸めた紙屑に変わってしまう。

 先程考えたのは、奈美のハートドライブ属性である氷を最大限に活用した策で、決闘開始と同時に、奈美にアイスブリザードを使用させ、演習場の地面をスケートリングのように凍らせるというもの。大型のスーパーロボット・ミストリアの重量ならば、幾ら分身しようとも、実体が存在する場所の氷が重さに堪え切れず、砕けて足跡が残るはず……なのだが、分身が十体、加えて高速で実体交換されようものなら、俺でも見切れる自信がない。むしろ、足跡が残るということを京極に利用される可能性もある。

「あー、駄目だ、思い付かん!」

 もっとシンプルで、相手に利用されず、どちらに転んでも良い作戦を考案しなくてはならない。以前のように俺一人で戦うなら、多少難しい作戦でも、技量さえあれば何とかなるだろうが、今回は三人娘と共に、四人で戦うのだ。

 多少融通の利く策でなければ、見切られた際に、一つの小さな穴からダムが決壊するかのごとく、あっという間にコンビネーションを崩されて、敗北してしまうだろう。

 だが、融通の利く策と言っても、こちらの切るカードの枚数が、余りにも少な過ぎる。

 最も強力なカードであるところの沙耶は、既に京極に見切られている。実質、手札は全てオープンされたと言っても、過言ではない。

 手首のSRコマンダーを見ると、午前の二時を回っている。

「今日はこんなところか……」

 二週間はあっという間だ。なるべく早く考えなければ、準備が間に合わなくなる。しかし、早朝のラブファイヤーパンチの練習を怠るわけにはいかない。完全に見切られているとはいえ、ミストリアに対して最も有効な正攻法であるカウンター技なのだ。これがなければ勝負にならない。

 俺はボールペンのキャップを閉め、携帯のアラームを午前五時にセットしてから、デスクの明かりのスイッチを切り、ベッドに横になる。

 毛布を被って、意識を沈めて行く。

 ふと、部屋の扉が開けられるのが、音で分かった。

 誰かが、そっと室内に忍び込んで来る。ゆっくりと俺の寝ているベッドの方に近付いて来る。

「……誰だ?」

「……」

 返事はなかった。ただ、闇におぼろげに浮かぶシルエットと、雰囲気で、理解する。

「未佳か?」

「……にゃあ」

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で鳴いて、未佳は俺の足元の方から、もそもそとベッドに潜り込み、俺の背中――窓側の方に顔を出す。

 彼女は俺の背中に身を寄せて、抱き付いて来る。

「ちょっ……未佳、さてはお前、寝惚けて……!」

「違うんや」

 腹部に回された手に、ぎゅっと力が込められる。

「え?」

「ウチは、自分の意思でここに来たんや。……ほーやんの側で眠りたくて」

 そこで俺は気付く。

「未佳、お前……震えてるのか?」

「……」

 彼女は答えない。けれど確かに、ふるふると微かな震えを背中に感じる。

 静かな暗闇の中、金髪癖っ毛少女の小さな声だけが、俺の耳に届く。

「ウチな……ちょっと今日、不安になったんや」

「不安?」

「うん……」

 俺は未佳の手の甲に触れる。どうして、彼女はこんなにも震えているのだろうか。何かを怖がっているかのようだ。

「何なら、聞いてやってもいいぞ」

「……あのな、ウチ……ほーやんと一緒に暮らすようになってから、よう同じ夢を見るんや」

「夢?」

「そう、夢。その夢はな、最初は夢なのかどうかすらも分からへん。目覚めると、朝で、いつもと同じ自分の部屋なんや。ウチはベッドから起きて、一階のリビングに降りる。だけど――」

 金髪癖っ毛の少女は言う。

「――いつもなら、エプロンを付けて、朝食を作っているはずのほーやんが、何処にもいない」

 彼女曰く、その夢の中は、俺が存在しない世界なのだそうだ。場所は白坂家。しかし、いつもならば洗濯物を干しているはずのベランダ、寝起きして、学校の宿題に勤しんで、趣味のライトノベルを読み耽っている私室、何処を探しても、俺の姿はない。

「だから、ウチはさーやんとなーやんを起こして訊くんや。ほーやんは何処にいるんや、って。けどな、二人共、ウチが幾ら真剣に尋ねても、首を傾げるん。ほーやんって誰? って真顔で答えるんや。ウチはそこで、ようやくこれが夢の世界なんだって気付く。ウチはその度に、ごっつう怖くなるんや。もしもこの夢から覚めた時、本当にほーやんがいなかったらどないしよう、本当はこれが現実で、ほーやんがウチらの傍にいてくれる世界の方が夢だったら、どないしようって……」

「……だから、不安になったのか?」

「合体練習の時、京極霧夜が来て、ほーやんに、博士と交わした契約書の内容を白紙に戻してやるって言うたやろ?」

「ああ」

「で、そん時ほーやん、それは魅力的な提案だって答えたやんか。あん時ウチな、一瞬だけ、ほーやんがウチらを捨てて、どこかに行ってしまうんやないかって思ってしもうたんや……」

「行かねぇよ。言ったろ。俺はお前らをサヤナミカに合体させる。離れて行くとしたら、その後だ」

「でも……ウチはやっぱり怖い……。心のどこかで、ほーやんを疑ってる……」

 不安げな声を出す未佳。

 なので、俺はため息混じりに言ってやる。

「そうか、残念だったな」

「ほ、ほーやん?」

「お前が信じられなかろうが、何だろうが、これは紛れもない現実だ。今更お前がどんな夢を見ようとも、俺がお前らを合体させるという意思に何の関係もない。俺はお前の目の前にいる。俺は約束とか、契約とか、一度決めたことには、とことん執着するタイプなんでな。だから、意地でも消えてやらねぇよ」

「そっか……そうやね……」

 俺の背中に、こつんと未佳の頭が当たる。

「ほーやんは少なくとも、サヤナミカへの合体が成功するまでは、ウチらの側に居てくれる。せやから、ウチも、ほーやんを信じなきゃあかん。ウチだけ逃げてるわけにはいかないんや。今よりもっと、強くならへんと……。その為に、今日だけでええ。ほーやん、もう一度だけ、こうして側で眠らせてくれへんか……? 朝になって、ほーやんが隣に居てくれたなら、ウチはきっと大丈夫やから……」

「それで未佳の感情領域が安定して、ハートドライブ出力が上昇するなら、安いもんだ。俺の背中くらい、幾らでも貸してやるよ。別に減るもんでもないしな。不安になったら、目を開けてみればいい。俺は天才的に寝相がいいから、朝まで微動だにせず、ここにいるぞ。仮に、宇宙人にキャトルミューティレーションされようとも、UFOを撃墜して、すぐここに戻って来る。だから、心配せずに寝ろ」

「うん」

 安心したのか、それとも眠くなったのか、未佳はそれ以上何も言わない。

 くっ付いた背中が、ぽかぽかとホッカイロのように温かい。そのせいか、次第に俺の瞼も降りて来る。

 途切れ気味になる思考で、俺は何気なく思ったことを訊いてみる。

「なぁ、未佳……」

「にゃあ……?」

「模擬戦、勝ちたいか……?」

「勝ちたい……ほーやんと一緒に……」

「そうか……」

 未佳の奴、温っけぇな……。本当……猫みたいだ……。

 俺の意識は、心地良いまどろみの中に沈んでいった。




「北斗くん」

 誰かが俺の名前を呼んでいた。

「北斗くん。北斗くんってば」

 身体が揺すられている。

「北斗くん! 起きないと、ちゅーしちゃうよ!」

 ……うるさいな、少し静かにしてくれ。俺はまだ眠い。

「いや、待てよ、これはひょっとしてチャンスってやつじゃ……? 今ならば、北斗くんに、ちゅーをし放題……! うわっ、何かボク、猛烈に興奮して来た!」

 何だろう、思考は回らないのに、起きなければ危険だと、身体が訴えている気がする。

「で、では、せっかくだし、一回目はマウス・トゥー・マウスで……!」

 マウス? ネズミ? いや、唇か? トゥーって、何て意味だっけ……?

「ちゅー」

「真剣白刃取りッ!」

 ぱちぃんっ!

「ひでぶっ!?」

 身体が反射的に俺の両手を動かし、迫り来る何かを挟んで受け止めた。十四歳でスーパーロボットパイロットになるまでに、様々な武道を習得した結果得た防衛能力が、無意識の内に発動したらしい。

 それにしても、両手が挟んだ物は、やたらと張りがあって、柔らかい。ぷにぷにしている。何だろうか、これは? 受け止めた時に、爽快な音と、昔の少年漫画に出て来るような悲鳴が聞こえたが……。

「ん……」

 未だ漂う眠気で重い、瞼を開く。

 目の前に、潰れた饅頭みたいになっているピンクツインテール少女の顔があった。

 俺は彼女に問う。

「お前……何してんだ……?」

「……いえ、何も」

 両手で挟んでいた物は、沙耶の頬っぺただった。試しに押したり引っ張ったりしてみる。ぐにーん。

「沙耶……ふと思ったんだが……」

「はひ?」

「お前……凄く(肌が)綺麗なんだな」

「ふぁあぁああぁああぁあっ!?」

 沙耶の顔がみるみる赤くなって、ぼんっ! と頭のてっぺんから湯気を噴出した。

「熱っ!?」

 同時に、引っ張っていた頬っぺたが、熱した金属のごとく高温になって、思わず両手を離す。いや、金属で合ってるのか。沙耶の身体は、圧縮ナノマシンで出来てるわけだし。あるいは、彼女のハートドライブ属性が炎だからかもしれない。

 いずれにしても、今の熱さで完全に目が覚めた。

 自室のベッドの上で仰向けに寝ていた身体を起こし、室内を見渡す。ベッドの脇には、何故か顔を赤くしている沙耶が立っている。

「……って、沙耶!? 何でお前、俺の部屋にいるんだ!?」

「おおお起こしに来たんだよ!」

「は?」

 枕元に置いてある携帯電話を取って、開く。時刻は朝の四時三十七分。寝る前にセットしておいたアラームが鳴るのは、午前五時であるから――

「なんだ、まだ二十分早いぞ? 一瞬、寝過ごしたかと思ったじゃないか」

 沙耶は口先を尖らせる。

「うー! いいじゃん少しくらい! 昨日、オールバックにあんなこと言われたから、ボク的には不安なの! もっと練習したい気分なの!」

 赤色のジャージ姿である沙耶は、ぶんぶんと両腕を振り回して来る。

「ちょっ、危ないから止めろ! お前の拳は生身の俺にとっては凶器なんだって、凶器! つーか、さっきからお前、やたらと顔が赤くないか?」

「そ、それは……北斗くんがさっき、変なことを言うから……!」

「ん? 俺、何か言ったっけ?」

「言ったよ! 僕の頬っぺたを触って! ひょっとして……覚えてないの?」

「あー、すまん。沙耶の頬っぺたが異常に熱かったのは記憶にあるんだが、起きてすぐだったせいか、それより前に何を言ったかまでは――」

「ほ……北斗くんのバカァァァッ!」

 彼女は、両腕どころか、全身を凶器に変えて暴れ始める。

 もそもそと俺の隣――ベッドの窓側の方で、毛布を被った何かが動いた。声を上げる。

「にゃー……」

 猫のような声だった。

「え?」

 目を丸くする沙耶。

「あ」

 俺は背中から冷汗が溢れ出すのを感じる。そうだ、この部屋には、もう一人いたんだった。

 沙耶は頬の筋肉を引き攣らせる。

「ま、まさか……!」

 彼女はベッドの毛布を掴み、勢いよく剥ぎ取る。

 金髪癖っ毛の少女が、俺の寝巻きの裾を掴み、隣で眠っていた。

 ……何だろう、天才パイロットたる俺でも、さすがに予知能力は所持していないが、この先のオチが読める。

 ベッドの脇から、部屋ごと燃やし尽くさんばかりの、渦巻く熱気を感じる。

 恐る恐る沙耶の方に視線を向けると、ピンクツインテールがゆらゆらと赤のオーラを帯び、浮き上がっていた。こめかみには青筋が立って、瞳には紅蓮の輝きが灯っている。

「北斗くん、これはどういうことかな? 懇切丁寧に説明して貰えると、ボクとしては凄く有難いんだけど。というか、説明すべきだよね」

 怒った時の鈴音さん並に恐怖を感じた。むしろ、ハートドライブにより、怒りが炎となって具現化してる分、身の危険も合わせ、リアルな恐怖を肌に感じる。

「お、落ち着け、沙耶。これには、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵よりも深ーい理由があってだな……」

「どんな理由があると、未佳ちゃんが北斗くんの部屋で寝てることになるのかな?」

「えーっと……」

 未佳の寝顔を見やる。完全に安心し切っている表情だった。

 どうやら、俺の居ない夢世界には、迷い込まずに済んだようだ。

 俺は沙耶に視線を戻す。

「あー、すまん、沙耶。やっぱり、理由は話せない」

「っ……! へぇ、そうなんだ。だったら、二人まとめて……!」

 彼女は怒りで顔を真っ赤に染め上げ、両手を頭上に掲げて、巨大な火球を作り出す。

 ……これは俺、死んだかもしれない。

 火球を片手に移し、ピンクツインテールの少女は振り被る。

 俺は覚悟して、瞳を閉じる。

 部屋が一つ、跡形もなく消し飛……ばなかった。

「あれ?」

 それどころか、火球が飛んで来ることもない。

 瞳を開けて、沙耶を見る。

 彼女は、火球を振り被ったまま、怒りを堪えるように自らの頬を膨らませていた。

「むぅぅぅ……!」

「沙耶……?」

 顔は真っ赤なままだったが、ピンクツインテールの少女は手の平から火球を消失させ、ゆっくりと腕を下ろす。

「本当なら、部屋ごと吹き飛ばしてやりたいところだけど……! 北斗くんが話さないのには、ちゃんと理由があるんだろうし……!」

 拳を握り締めながら、悔しげに口から言葉を絞り出す沙耶。

「万が一、北斗くんが腕を怪我して、ボクの操縦を出来なくなったら困るし……!」

 寝る前に、未佳も模擬戦に勝ちたいと言っていたのを思い出す。

 それと同じように、沙耶もまた、今回の戦いに強い思い入れがあるのだ。

「沙耶」

「何さ?」

 不満そうなジト目をこちらに向ける彼女に、俺は言う。

「後で、俺を煮るなり焼くなり、好きにして構わない」

「え?」

 沙耶は大きな瞳をぱちくりさせていたが、やがて、「うん!」と力強く頷き、

「じゃあ、煮る!」

 高らかに宣言した。焼くのより怖ぇ!

 それはともかくとして、俺は未だ隣で寝息を立てている、金髪癖っ毛の少女の肩を揺する。

「んん……」

 彼女は緩慢な動きで、上半身を起き上がらせる。

「何や、もう朝なん……?」

 寝癖でライオンのたてがみと化した頭を掻きながら、糸目を擦った。

「未佳」

 俺が呼ぶと、はっと彼女は瞳を開いて、顔をゆっくりとこちらに向ける。

 視線が合ったところで、俺は軽く右手を挙げ、挨拶した。

「おはようさん」

 未佳は瞬きもせず、しばらく俺を見つめていたが、おもむろに口を開く。

「居て……くれた……?」

「当たり前だ。そう簡単に消えてたまるかよ」

「本当に、居てくれた……!」

「ぐっすり眠れたか?」

「ほーやん!」

 金髪癖っ毛の少女が抱き付き、胸にぐりぐりとおでこを押し付けて来る。

 ベッド脇の沙耶は、頬を膨らませる。

「むー」

 未佳がそれに気付いて、顔を上げる。

「あれ、さーやん? どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だよ!」

 俺は、抱き付いているライオン頭の少女に尋ねる。

「未佳、それで、調子はどうだ? 今日も練習、頑張れそうか?」

 彼女は、にかっと微笑んで、

「もう大丈夫や。今なら、どこまでも走って行けそうな気分やで!」

「走る……」

 寝惚けているからか、どうでも良さそうなその言葉に、俺はカメレオン型の消える宇宙怪獣に負けた日、地球防衛局の廊下で、未佳と追走劇を繰り広げたことを思い出す。

「そうだ……!」

 思わず、ばっと立ち上がる。

 サヤナミカにはまだ、切れるカードがあるかもしれない。それを活かすにはどうすればいい?

 俺はベッドから飛び降りて、デスクの所に行き、メモ帳を開き、考えたことをとにかくひたすら文字に変えて行く。

「ほ、北斗くん、どーしたの?」

「ほーやん?」

「沙耶、俺はお前に土下座しなくちゃならないかもしれない」

「え?」

「ただ、俺はやるなら、勝ちたいって思う。模擬戦だろうが何だろうが、勝って、俺は胸張って叫びたい。俺は天才なんだ! って。沙耶、お前は……」

 彼女に向き直って、問う。

「どこまで勝ちたい?」

 ピンク髪ツインテールの少女は、ぱちぱちと瞬きをして、それから俯いて、考えて、俺の目を真っ直ぐに見て。

「北斗くんと一緒なら、どこまでも!」

「そっか」

 だったら俺は、全力で勝ちを取りに行くことにしよう。




 次の日、いつものように放課後、演習場で合体練習をし、家に帰宅して夕飯を済ませた後で、俺は三人娘を自室へ呼び集めた。

 部屋の中央で、四人で向かい合うように座ると、

「集まってくれって、ひょっとして模擬戦の作戦会議?」

 沙耶が首を傾げて、ピンクツインテールを揺らす。

 俺は頷いてみせる。

「そうだ。知っての通り昨日、京極に俺達の作戦が筒抜けだったことが発覚した。そこで、対応策として作戦を大きく方針転換することにした」

 奈美が、ふむと頷く。

「まあ、そうなるだろうな。しかし、京極霧夜は確か、人を使って、我々の偵察をしていると言っていた。このままだと、新しい作戦も知られてしまうのではないか?」

「いや、大丈夫だ。少なくとも、この部屋での作戦会議は、外には洩れないはずだ」

「何故そう言い切れる」

「盗聴器がないか、事前にチェックしておいた。この部屋には一個も仕掛けられていない」

「「「……」」」

 三人は目を丸くしたり、あんぐりと口を開けたり、呆れたような表情を浮かべたりしている。

 未佳が「にゃはは……」と苦笑いをした。

「ほーやんって時々、謎の超人っぷりを発揮するなぁ」

「天才たるもの、これくらいの心得はないとな」

 沙耶がキラキラと瞳を輝かせて、

「北斗くん、素敵……!」

「えー」

 奈美はそんな彼女にどん引き。

 おい、何だその反応。

「……とにかく、これから新しい作戦について話す。京極にバレないようにする為に、作戦会議はこの一度だけ。それ以降は、作戦については最低限のことしか話さないから、そのつもりで」

 そうして、俺は彼女達に、昨夜思い付いた策を伝えた。

 沙耶は最終的に納得して、頷いてくれたが、未佳は半信半疑な様子。

「貴様、本当にその作戦で行く気なのか……?」

 奈美が複雑そうな表情を浮かべて言う。

「ああ。お前達の能力を考慮した上で、これが一番の策だと、俺は考える。奈美には、一番嫌な役回りを押し付けることになってしまうが……」

「くっ……!」

 眉間に皺を寄せ、視線を逸らすライトブルーポニーテールの少女。

「ただ、これだけは何度でも言う。この作戦は、誰が欠けても駄目だ。三機だからこそ、京極の隙を突くことが出来る」

 俺は奈美を見た。提示した作戦上での奈美の役目は、プライドの高い彼女には、酷く向かないものだ。

 しかし、彼女が納得してくれなければ、この作戦は成り立たない。

「奈美」

 彼女はしばらく、考えるように俯いていたが、

「……いいだろう」

 そう言って、切れ長の瞳が、俺を映し出す。彼女が何を思ったのか、そこから伺い知ることは出来ない。

 けれど今は。

「分かった。なら俺は、お前を信じることにする」

「……」

 彼女は何も言葉を返さなかった。




 それから、奈美と未佳には、放課後の合体練習だけでなく、個別の練習メニューを追加することになった。

 奈美は早朝と夜に、俺が指導役として側に付き、沙耶と同じ拳一点集中の必殺技を練習。

 未佳は、とにかく暇があったら走らせた。全力疾走で、ひたすらに長い距離を。

 沙耶は、今まで通りラブファイヤーパンチの反復練習。正攻法のカウンター技として、とにかく完成度を高めて貰う必要があった。

 ただし、俺は奈美の練習を見なくてはならない為、未佳も沙耶も自主練習でやって貰っていた。

 当然、二人とは顔を合わす時間が減るので、

「寂しいよ~、北斗く~ん。特に唇が」

 と沙耶が自主練を終えた後に、口先を尖らせて、迫って来たりする。彼女にはチョップを喰らわしてやり、

「にゃー、ほーやん。ウチの髪、とかしてくれへん?」

 未佳は櫛を片手にやって来たりするので、仕方なくその金髪癖っ毛を梳いてやったりした。

 沙耶がガビーンと目を丸くする。

「ちょっ、何この扱いの差!?」

「お前のスキンシップは、セクハラっぽいんだよ」

「じゃあじゃあ、ボクも! ボクの髪も梳いて!」

「えー、ぶっちゃけ面倒くさい」

「イジワル! イジワルだよ北斗くん!」

「はいはい、分かったよ。こっち来い」

 俺はため息を吐きながら、手招きする。

「えへへー♪」

 嬉しそうに寄って来て、背中を見せて座る沙耶。俺はツインテールのリボンを解いて、ピンクの髪を手入れして行く。鮮やかな色をしつつも、柔らかな、触り心地の良い髪。仄かに甘い香りがした。

 と、そこで奈美が、こちらを見ていることに気付く。そんな彼女は珍しいので、俺は声を掛けてみる。

「奈美、お前の髪も梳いてやろうか?」

「なっ……! 誰が貴様なんぞに触らせるか! いらん!」

 ぷいっとそっぽを向かれる。

「まあ、そうなるよな」

 分かりきっていたことだ。しかし、だとすれば、彼女はどうしてこちらを見ていたのだろう?




 サヤナミカへの合体練習は、作戦の方針転換を図った後も続けていた。

 その理由は、大きく分けて三つ。

 一つは、これまで合体練習を繰り返して来たことで、少しずつだが三人のコンビネーションが良くなりつつあったからだ。始めた当初に比べれば、極端なミスも無くなり、三人の意志疎通がちゃんと出来るようになっていた。機体同士のコンビネーションは、戦闘では大いに役に立つので、身に付けて置いて、損は無い。

 二つ目は、少しずつだが、三人娘のハートドライブ出力が上昇を続けているから。日々の練習で、彼女達の心──ハートドライブの感情領域は、間違いなく成長を見せている。言わば、彼女達にとって、合体練習は基礎トレーニングのような、ものだった。

 そして三つ目は、これが最も大きな理由で、諦めない気概を持ち続ける為だ。現状を見るに、模擬戦までに合体が上手く確率は限りなく低い。しかし、諦めず当日まで練習を続ければ、決してゼロではない。それは、俺達が今回の模擬戦で心掛けるべき姿勢に通ずるものがある。

 諦めない限り、勝利の確率は決してゼロにはならない。どんなに実力の差があっても、諦めず戦い続けた先に、勝機が見えることがある。そうして、過去最強と言われた宇宙怪獣を倒した男を、俺は一人知っている。

 だから俺は、合体練習には一切手を抜かないと決めていた。

 模擬戦まで残り一週間となった今日も、拡声器で叫ぶ。

『三機共、高度が上がり過ぎてるぞ! 練習に熱が入るのはいいが、合体シークエンスは冷静に、丁寧にやれ! ちゃんとシークエンスプログラムとデータを照合しろ! サヤ、動きが雑になってる! そんなんでジョイントが上手く行くと思うな! ミカは逆! サヤとナミに合わせようとし過ぎだ! お前は定位置に着いたら、ブレずにキープ! それからナミ! お前はもっと、臨機応変に対処しろ! 何の為にシークエンス中に誤差修正フェイズがあると思ってる!』

 サヤとミカの二人は時折、ひーとか、にゃーとか喚きながらも、投げ出したりすることなく付いて来ている。

 一方のナミはどうなのかと言うと、

「了解した! 次行くぞ、二人共!」

 文句の一つもこぼさなかった。新しい作戦を伝えた日から、ずっとこんな調子だ。

 相変わらず、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。けれど同時に、真剣な表情で、俺のダメ出しをちゃんと聞き入れてもいる。

 正直、俺には彼女の考えが読めなかった。新しい作戦で与えた役目が役目なだけに、なおさら。

 ナミは本当のところ、どう思っているのだろう。不満を心の奥底に押し込めているのだろうか。だとすれば、良くないことだ。

 しかし、どうしたって、彼女には役目をやって貰わなくてはならない。京極の裏をかく為には、彼女の協力が必要不可欠なのだ。




 結局俺は、どうするべきかと迷いつつも、その答えを見つけられないまま、練習の日々を過ごしていった。

 しかし、模擬戦まで残り三日と迫った木曜日のこと。

 放課後の合体練習を終え、奈美と共に白坂家近くの河原へ行き、作戦の中で彼女に課した、沙耶と同じ拳一点集中の必殺技練習も終える。

 その後で、

「おい」

 家へと帰る道中、俺の前を歩いていた彼女が突然振り返り、口を開いた。

 俺はびっくりして、思わず自身の背後を見やる。が、誰もいない。

「どこを見ている。話し掛けている相手は貴様だ、ヘボパイロット」

「マジで!?」

「実に意外そうな反応だな」

「いや、何と言うか……うん……」

 練習以外での奈美は、俺に対してほとんど喋らなかった。これまでも仲が良いとは言えなかったし、加えて、作戦のことは極力話さないようにと伝えていたから、彼女とはこうやって河原と自宅を行き来する時、一定の距離を開けて、お互い無言を貫き通すことが普通になっていた。

 だからこそ、彼女の方から話し掛けて来て、驚いたのだ。

「それで、どうした奈美? お前から話し掛けて来たってことは、何か重要な用件なのか?」

「まあ、一応そうなるか。外では話し難いことだから、深夜にお前の部屋に行って話す。それまで寝るんじゃないぞ」

「深夜? この後帰ってすぐじゃ駄目なのか?」

「駄目だ。沙耶と未佳に知られるわけにはいかん」

 何故彼女達にまで隠すのか、少し気になったが、俺は頷く。

「……まあ、そういうことなら、分かった」


 そんな経緯があって、深夜の一時頃。一応、高校生という身分もあるので、ここ一週間くらいの授業内容の要点を見直していると、トントンと扉をノックする音がした。

「奈美か?」

『ああ』

「入っても大丈夫だぞ」

 俺は教科書を閉じて、部屋に入って来るライトブルーポニーテールの少女と向き直る。彼女はいつもの寝巻き――浴衣姿で近くまで来ると、床に正座をし、膝に両手を置いて、こちらを見上げる。

 点けている電灯は、デスクの蛍光灯のみであり、暗闇の中で照らされた彼女は、どこか神秘的な美しさを感じさせる。俺が「部屋の明かり、点けるか?」と尋ねると、「別にこのままで構わん」と首を横に振る。

「それで、奈美。話っていうのは?」

「うむ。模擬戦に関することだ」

「だろうな」

 わざわざ俺の部屋で話すのは、盗聴器を警戒してのこと。ならば、当然作戦の内容についてだろうと俺は思っていたのだが……。

「いや、作戦については、特に何も。模擬戦に関することで間違いないが、作戦とは別のことだ」

「沙耶と未佳に聞かれると、まずいのか?」

「いや、別段支障があるわけではない。しかし、個人的に、あの二人には見せたくなかった」

「見せたくなかった?」

 一体、何をだろうか。そう思っていると、彼女は片手を持ち上げて、開いたり閉じたりしてみせる。

「貴様も知っての通り、我は、一点集中の必殺技練習が上手く行っていないだろう?」

「……そうだな」

 沙耶と同じ、拳にエネルギーを集中させる必殺攻撃。それと同じ練習を奈美にやらせているのだが、彼女はどうにも上手くコントロールが出来ていなかった。

「我にはそれが納得出来なくてな。だから、時間さえあれば、学校や家でも、手にエネルギーを集中させる練習をしていたのだ。こんな風に」

 奈美の持ち上げた片手が薄っすらと青白い光を帯びて行く。しかし、河原での練習と同じように、何故か冷気が発生しない。青白く光るだけだ。

「何故他に出来て、我には出来ないのか。ハートドライブ属性が違うからか。色々考えて、色々試してみた。そしたら数日前、ある結論に辿り着いた」

 手の平を輝かせたまま、奈美は立ち上がると、俺の目の前にやって来る。

「奈美?」

「ヘボパイロット、よく聞け。貴様、今すぐエネルギーを集中させたこの右手を握れ」

「凍って死んじゃうよ俺!?」

「死なん。この手が今、冷気を帯びてないことは、貴様も知っているだろう。それとも――」

 彼女は眉根に皺を寄せるでも無く、声に冷たさを帯びるでも無く、右手を前に差し出しながら、ただ真剣な表情で俺に訊いた。

「我のことが信じられないか?」

「!」

 俺は新しい作戦のことを伝えた日、奈美を信じると言った。その言葉は、決して無責任に口にしたわけではない。

 だから俺は、奈美の手を握る。

 青白く光る手は、冷たくなど無く、むしろ温かかった。

 奈美は頷き、

「ちゃんと握ったな。ならば、我がいいと言ったら、瞬きをしてみろ。そうすれば、分かる」

「瞬き?」

 深呼吸をして、集中。彼女の手がひときわ強い光を放ち、熱くなる。

「いいぞ」

 彼女に言われた通り、俺は瞬きをしようとして……気付いた。

「え?」

 瞬きが、出来なかった。しようと思っても、瞼が閉じない。

 数秒して、彼女の手から輝きが消えて行く。俺はそこでようやく、瞬きをすることが出来た。

 驚いて、彼女を見る。

「奈美、まさかこれ……!」

「うむ」

「お前の『概念効力』か?」

「おそらくは。ただ、見ての通り、現状だとコントロールが上手く行かず、保って数秒。しかも発動と同時に、大量のエネルギーを消費してしまう。つまりは未完成品だ。恥ずかしくて、まだ沙耶と未佳には見せられん」

「なら、どうして俺に……?」

 思わず、尋ねてしまった。

 彼女は眉間に皺を寄せて、いつものようにそっぽを向いてしまうが、口を開く。

「……本当ならば、貴様に見せる方がよっぽど恥ずかしい。だが、今回は……決めたからな」

「決めた……?」

「透明になる宇宙怪獣に負けた日、病室を訪れた貴様が我に言ったこと、覚えているか? あの時、貴様は我にこう言ったな。……一度お前達のパイロットになった以上、出来る限りのことはしたいと思っている。次はちゃんと、俺の指示を聞いてくれると嬉しい――と」

「ああ」

 勿論覚えている。

「だから我は、一度だけ、貴様の作戦に従うことに決めた。我だって、今度の模擬戦には勝利したいと思っている。故にこうして、未完成ながら、場合によっては役に立つかもしれないと考え、恥を忍んで貴様に技を見せることもした……」

「奈美……」

「正直、不満は山程ある。貴様をパイロットとして認めたわけでは断じてない。だが、それらは今回、胸の内にしまっておくことにした。一度だけ、貴様を信じてやる。だから――」

 奈美は切れ長の瞳に俺を映して、言った。

「三日後の模擬戦で、必ず我らを勝たせろ、白坂北斗」

 それは残り三日にして、最後の最後、ラストスパートの加速を与えてくれる、何よりの激励だった。

「元よりそのつもりだ」

 俺が不敵に笑ってみせると、

「調子に乗って、足元をすくわれなければいいがな」

 彼女は呆れたようにため息をつき、しかし少しだけ柔らかい表情を浮かべるのだった。

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