第一章 自称天才パイロットの憂鬱
第一章自称天才パイロットの憂鬱
そもそも、『宇宙怪獣』という存在が現れたのは、今から二十七年前のこと。
突如太陽系の外に現れた一匹の宇宙怪獣は、一直線に地球へと進攻して来た。
もちろん当時はまだ対宇宙怪獣組織である『地球防衛局』は存在していなくて、国連軍が迎撃にあたったが、戦車やら戦闘機やら、従来の兵器はその宇宙怪獣に対し、全くと言っていい程に無力だった。
飛行能力を持ち、マッハを超えるスピードで大空を飛び回ることが可能だった宇宙怪獣は、世界各地の主要都市に上陸しては暴れ回り、人類は一度、滅亡の危機に瀕した。
しかし、これまたとある科学者が一つの兵器を作り上げることに成功する。
それが、対宇宙怪獣用人型機動兵器『スーパーロボット』である。
やがて一匹の宇宙怪獣と、一機のスーパーロボットは、激突することとなる。ここ、東京で。
後に『第一次東京決戦』と呼ばれる、中学、高校共に歴史の教科書には当然のごとく載っている有名な戦い。……結果は、俺がこうしてスーパーロボット三人娘を押し付けられ、しょうもない日常を送っていることから分かる通り、人類が勝利して、今に至る。
とはいえ、決して宇宙怪獣が全滅したわけではなく。
「今日から合体練習を始めまーす」
雲一つない晴天の青空の下、地球防衛局東京第一支部敷地内の演習場にて、体育座りをしているジャージ姿の沙耶、奈美、未佳を見下ろしながら、俺は棒読みで宣言する。
「えー、日曜日なのにー」
「面倒やわー」
「何故我がこんなことを……」
不満を漏らす三人を「黙らっしゃい!」と一喝する。
「お前ら、天才高校生パイロットたる俺が、自宅を破壊されてまで、どうしてわざわざお前達の世話役なんかやってると思ってやがる!」
未だピンク髪がサイドテールのままの沙耶が「はいはーい!」と元気よく手を挙げて、
「運命の赤い糸がボクと北斗くんを引き合わせたからだと思いまーす!」
「うん、それは良かったな。家に帰ったらハサミで切っといてやるから安心しろ、そのツインテールみたいにぶっつりと」
「満面の笑顔で酷いこと言われた!?」
続いて、金髪癖っ毛の未佳が手を挙げる。
「はい」
「よし、未佳。言ってみろ」
「ほーやん、どうしてウチらの服装、上下ジャージなん? このシチュエーションなら普通、半袖とブルマにするもんやないの?」
「しねぇよ! 今時ブルマを採用してる学校がどこにあるんだよ!? まるで俺がそういう趣味を持ってるみたいに言うんじゃねぇ! つーか、今してる話と全く関係ないし!」
未佳とのやりとりを見ていたライトブルーポニーテールの奈美が「ふん」と冷たい目で俺を睨む。
「ただでさえ酷いと思っていたが、本当にどこまでも見下げた男だな。まさかうら若き乙女に上下ジャージを着せて愛でる趣味の持ち主だとは」
「言ってねぇよ! 勝手に人の趣味をマニアックにすんな! いいからお前らは人の質問に答えろっつーの!」
「貴様……! つまりあれか、上下ジャージが好きなのではなく、上がジャージで、下はブルマという、いわゆるジャージブルマー派……!」
沙耶が、ぽっと紅くした頬を両手で押さえつつ、
「北斗くんが望むなら、ボクは別にそれでも……」
「違ぇぇぇ――ッ!」
俺は、びしっと三人にそれぞれ人差し指を向ける。
「俺がっ、お前らのっ、面倒なんか見てんのはっ!」
遥か彼方までコンクリートの平面が続く演習場で、俺は声を大にして言う。大きくせずにはいられなかった。
「お前らが合体ロボの癖に、これまで一度も合体に成功していないからだろうがッ!」
どうしてこうなった。誰か教えて欲しい。
「まぁまぁ、北斗くん」
沙耶が偉そうに胸を張りつつ、親指で自分のことを指差し、ウィンクをして、
「合体なんて出来なくても、ボク達サヤナミカの結束力さえあれば、どんな宇宙怪獣がやって来ても問題ないよ!」
「格好良さげに言ってるけど、今朝家を破壊するくらい大喧嘩してたのは君達だからね!?」
全くもって説得力ゼロである。
と、そこで我に返る。……いかん、つい熱くなってしまった。いつの間にか、またこいつらのペースに乗せられている。俺は天才のはずだ。もっと冷静になるんだ。落ち着け、白坂北斗。
咳払いをして、俺は三人に向き直る。
「とにかく、今日は合体の練習をする。ほら、三人ともさっさとロボットの姿に変身しろ」
未だに「本当なら今日は、ボクと北斗くんの二人きりでデートのはずだったのにぃ」やら「にゃー、今更合体練習したところで、ウチはどうなるもんでもないと思うんやけどなぁ」やら「そもそも我は合体など性に合わん。各々に自主練した方がまだ効率が」やら、ぶつぶつと不満を口にする三人。
「いいから合体練習するの!」
「ぶー、分かったよう」
沙耶は口先を尖らせながらも、観念したのか、身体を薄いピンク色の光で包み込み、片足を軸にして、くるりと一回転する。
「チェンジ、サヤ! ロボットモード!」
片手を上げると同時にピンク色の光は濃さを増し、巨大化して、力強い直線と、女性的な曲線の入り混じった輪郭を描き出す。
やがて、光が弾け飛び、中からツインテールのスーパーロボットが姿を現した。
「変身完了!」
すると、サヤは膝を曲げて腰を屈ませ、俺を見下ろしてくる。
「ねぇねぇ、北斗くん」
「何だ?」
「前から一度聞いてみたかったんだけど、ボクのスーパーロボットの姿は……その……どうかな? 思うことがあったら、言って欲しいなー、なんて……えへへ♪」
デートの際、彼女が彼氏に対して「今日はちょっとオシャレしてみたんだけど」と自分の服を見せるように、ゆっくりと一回転する巨大ロボ。
とりあえず意見を求められたので、俺は率直に述べることにした。
「サヤ」
「う、うん!」
「お前のツインテール、スーパーロボットになると再生するんだな」
「そこ!?」
やりとりを見ていた奈美が「やれやれ」と首を横に振り、身体をライトブルーの光で包む。
「チェンジ、ナミ! ロボットモード!」
「しゃーないにゃあ、ウチもやったるわ。チェンジ、ミカ! ロボットモード!」
続いて、美佳もレモンイエローの光を帯びて、スーパーロボットに変身する。
サヤ達が、スーパーロボットから小さな人間の姿――人型インターフェースへ、または人型インターフェースから巨大なスーパーロボットへと自在に変身出来るのは、彼女達の身体を構成する『圧縮ナノマシン』によるものである。それが大きさを変え、パズルのように組み変わることにより、サイズを超越した姿を可能にしているのだ。
演習場に三色のスーパーロボットが並んだのを確かめて、俺は地球防衛局の備品である拡声器を手に取り、電源を入れる。
『三体揃ったな。それじゃあ、これから合体の練習に入る。俺がこの――』
腕を捲り、掲げて、手首に付けている機器を見せる。
『――SRコマンダーから合体許可を出したら、三体共、少女合体スタンバイ。以降はメモリー内マニュアルの手順に従って、各々に合体パーツへ変形、合体を開始。タイミングはこちらで指示を出す。いいな?』
「了解!」
「いつでもええでー」
「いちいち説明しなくても分かっている。来い!」
ストレッチをして間接部の調子を確かめる三体。一応合体ロボとしての自覚はあるらしく、気合は十分なようだ。これなら、今日はひょっとすると……。
『よし……行くぞ!』
SRコマンダーを構え、音声入力。
『合体許可!』
三体のアイカメラが発光し、それぞれ合体パーツへの変形を開始する。
「「「少女合体ッ!」」」
――果たして、三人娘は合体した。
ただし、その結果が成功かどうかは別として。
「きゃー! 見ないでー! 北斗くん、ボク達を見ないでー!」
サヤが喚いている。
「なーやん、出だしが早過ぎや! ほーやんがタイミングをちゃんと指示してたやろ!?」
「違う、貴様の出だしが遅いのだ! 第一、あいつの指示など信用出来ん! ええい、おかげで上半身に、変な風にくっ付いてしまったではないか!」
ミカとナミはジョイントのタイミングについて揉めている。
演習場には、足が短く、上半身に合体パーツが偏り、胴体の膨れ上がったスーパーロボットが立っていた。
一応、合体失敗ながらも、サヤナミカと呼称すべきロボットなのだろうが……これは酷い。
世の中には、重装甲・重火力タイプのスーパーロボットももちろん存在するが、それはあくまで宇宙怪獣の苛烈な攻撃に耐える為の分厚い装甲と、一撃必殺で敵を粉砕する威力を持つ代わりに巨大な武装を付け加えた結果、必然的にボディーが肥大化するのであって、このような贅肉の塊のごときメタボリック・フォルムと一緒にしてしまっては申し訳ない。
だから、目の前のメタボロボにあえて呼び名を付けるならば――
『――デブナミカだな』
「誰がデブだ貴様ッ!」
「せめてぽっちゃり系って言うて!」
「ボクの名前が入ってない!」
当然のことながら、もう一度最初から合体のやり直しとなった。
『合体許可!』
「「「少女合体ッ!」」」
『……』
俺は頭を抱える。
目の前にはもはや人型とも言い難い、六本の腕と六本の足が生えたムカデのような鉄の塊が、わさわさと蠢いていた。
「北斗くん見ちゃ駄目ぇぇぇ! お願いだから見ないでぇぇぇ!」
またしても沙耶が喚いている。
「一体何をどう間違ったらこんな風に合体するというのだ! なんて無様な……ちょっ、こら、ミカ! 私の足を勝手に動かすんじゃない!」
「どれが誰の腕で、どれが誰の足か分からないんやから、仕方ないやろ! というか、それはウチの腕!」
ミカとナミは、どの腕と足が誰のものかで揉めている。
俺は愚痴を零すように、眼前の合体ロボの名前を口にしていた。
『――ダメナミカだな』
「駄目って言うな!」
「せめてキモ可愛いって言うて!」
「そしてボクの名前が入ってない!」
ダメナミカが何やらもがき出し、「早く合体解除してよ! こんな姿、ボク恥ずかしいよ!」「うるさい、先程から何度もやっている! 正規のジョイントじゃないから、パーツが引っ掛かって……!」「な、なーやん、一人で勝手に動かんといて! 足が絡まって……にゃあぁっ!?」と滑って転ける。
情けなくて、俺は涙が出そうになった。
少しでも期待したのが間違いだったのだ。そもそも簡単に合体出来るなら、一か月もの間、苦労していない。
今更ながら、どうして天才たる俺がこんな三人娘の面倒を看なくてはならないのかと、腹立たしさを覚える。
それもこれも全部――
「おー、やってるやってる。どうかね、自称天才高校生パイロットの弟君。サヤナミカの調子は」
噂をすれば何とやらというか、現在の状況を招いた元凶の声がして振り返ると、よれよれの白衣のポケットに両手を突っ込み、美容院に行かずに伸び放題の黒髪ストレートロングの女性が、こちらに歩いて来るところだった。
「調子? 最悪に決まってるだろ、そんなもん。それと、自称じゃない」
拡声器を手にぶら下げ、皮肉を込めて答える。
彼女は「やれやれ」と首を横に振り、
「仮にも自分の姉に対して、ずいぶんと冷たいじゃないか。愛しの弟君がここで合体練習をしていると聞いたから、研究の疲れも溜まっている中、わざわざ足を運んだというのに。少しは労わってくれてもいいと思うのだがね」
「頼んでない。さっさと研究室に帰れ」
しっしっと手の平で払う。
彼女の名前は、白坂南。不本意ながら、俺の姉である。歳は二十四で、俺より七つ上。スーパーロボットの研究と開発に携わっており、未だに疑いたくなる時があるが、そっち方面では世界的権威ということになっている。
「まぁ、そう言うな。一応、サヤナミカの生みの親としては、途中経過がどうなっているのか気になるのだよ。君にあの子達を任せた責任もあるしね」
――そう、それもこれも全部、姉さんのせいだ。
騙されたのだ、俺は。スーパーロボット開発の世界的権威などという肩書きを安易に信用すべきじゃなかった。
「任せた、じゃなく、押し付けた、だろ?」
「おや、人聞きの悪いことを言う。弟君も同意の上で、あの子達を引き取ったんだろう? たまたま前に乗ってたスーパーロボットがうんともすんとも言わなくなって、私がちょうど自身の開発したスーパーロボットのパイロットを探しているところだと声を掛けたら、あっさりと引き受けてくれたじゃないか。こうして丁寧に誓約書にサインまでして」
白衣の内側のポケットから、四つ折りにした誓約書を取り出して、ひらひらとさせる姉さん。
俺がそれを奪い取ろうとすると、「おっと」と素早く避けられてしまった。
「これは一応、大事な書類なのでね。いくら愛しの弟君であっても、そう簡単に手渡したり、見せたりは出来ないのだよ。内容が気になるなら、この場で改めて読み上げようか?」
姉さんは横目で誓約書を見つつ、
「えーと、どこから読もうか……ふむ、ここが重要だな。万が一、スーパーロボットに不備があったとしても、パイロットは開発者の許可なく契約を破棄することは出来ない。もしもこれを破った場合――」
妖しい光を湛えた瞳がこちらを向き、ニヤリと口元が歪む。
「――パイロットは、今後永久にパイロット資格を失うものとする」
それこそが俺の、三人娘を手放せない理由となっていた。
思えば、前に乗っていたスーパーロボットも姉さんが開発したものであり、それが原因不明の故障で動かなくなった時点で、気付かなければならなかったのだ。最初から全部、この腹黒い姉によって仕組まれていたのである。
「……俺は今後、一切合切姉さんを信用しないからな」
睨み返してやると、姉さんは泣き崩れるように、その場に座り込む。
「ああ、何てこと! 天国のお父さん、あなたの息子はついにグレてしまわれました!」
「誰のせいでグレたと思ってんだ!」
「昔はもっと可愛かったというのに。お姉ちゃん、お姉ちゃん、って甘えに来てくれた記憶も、今となっては遥か昔」
「記憶を勝手に改変するんじゃない。逃げる俺をとっ捕まえて、無理矢理撫で回してたんだろうが。呼び方も最初から、姉さんだったぞ俺は」
「ああ、お父さん……お姉ちゃんはこんなにも弟君を愛しているというのに、どうして彼にはそれが伝わらないのでしょうか」
「その姉が弟を罠に嵌めやがったからです!」
姉さんは、キリッとした顔で立ち上がって、
「というわけで、今後は私をお姉ちゃんと呼んでくれたまえ」
「姉さん、人の話聞いてた!?」
「姉さんじゃない、お姉ちゃんだ。……今更思ったのだが、いつでも私の一存で、弟君から一方的に契約を破棄されたということにも出来るんだよなぁ、これ」
「なっ……!」
再び取り出した誓約書をチラつかせる、髪伸び放題の悪魔。
「ひ、卑怯だぞ、姉さん!」
「駄目だ、全然駄目だ、弟君。姉さんという呼び方ではこれっぽっちも萌えないぞ」
「ぐ……!」
パイロット資格とプライドとが、俺の脳内で天秤に掛けられる。天秤はしばしの間、均衡を保っていたが……やがて、一方に傾く。
「お……」
「お?」
ニヤニヤとほくそ笑みながら先を促す姉さん。顔が熱くなる。
「お姉……ちゃん」
「萌えぇぇぇ!」
死にたくなった。気持ちはブルーを遥かに通り越して、完全にブラックである。
「く、屈辱だ……」
「ふー、良いものを見た。まぁ、サヤナミカを合体させることが出来たら、色々と考えてあげなくもないので、頑張ってくれたまえよ、弟君♪ さて……おーい、サヤ! 例のモノを持って来たぞー!」
姉さんは、ようやく合体解除に成功したサヤ達へ向けて手を振る。
「あっ、博士! はーい!」
人型インターフェースの姿に戻った沙耶が、こちらに駆けてくる。
俺は姉さんに視線を向けた。
「例のモノ?」
「ん? ああ、これだ」
そう言って、姉さんは懐からマヨネーズ容器らしき物を取り出す。しかし、中に詰まっているのはピンク一色。容器に『イチゴ風味』と書かれたシールが貼ってある。
「何だそれ……ホイップクリーム?」
「残念だが、不正解だ。沙耶ー、こっち来ーい」
ちょいちょい、と手招きをする。
姉さんの前に立った沙耶は、首を左に傾げるようにして、右頭を上方に向ける。
「ふんふふんふふーん♪」
すると、あろうことか姉さんは、鼻歌を奏でながらピンクのホイップクリームを絞り、沙耶の右頭にトッピングをし始めた。
「ちょっ、何やってんの!?」
「見て分からんかね」
「分からねぇよ! 沙耶の頭でケーキでも作る気か!?」
やがて、「ふむ、これ位でいいかな?」と姉さんはホイップクリームを盛るのを止める。
「うん、ありがとう博士!」
礼を言ってから、沙耶は傾げていた頭を戻して、ふるふると首を横に振る。
ホイップクリームが形を変え、ふわっとしたピンク色の長い髪の束になる。気付けば、沙耶の髪型は元のツインテールに戻っていた。
「圧縮ナノマシン……?」
姉さんは頷き、
「その通りだ、弟君。損失分のナノマシンを新たに補充して修復したのさ」
「ほ・く・と・く・ん♪」
こちらに近付いて来た沙耶が、むふふと笑う。
「ケーキじゃないけど、ボクのこと、食べる?」
「誰が食うか! つーかお前、イチゴ臭っ!」
沙耶に補充された圧縮ナノマシンは、本当にイチゴ風味であるらしかった。
まぁ、要するにだ。スーパーロボット・サヤナミカは、上手く合体することが出来ない(及び人型インターフェースの性格にいささか問題がある)為に、誰もパイロットになりたがらず、結果、困った姉さんは身内の俺に連中を押し付けたというわけである。
俺としては今すぐにでもサヤナミカのパイロットを辞退したいところだが、姉さんにパイロット資格の剥奪を盾に取られている以上、それは出来ない。
つまり、俺がスーパーロボットパイロットとして生き残る為には、サヤナミカの合体を成功させるしか道はないのである。
「……って」
我に返ると、そこは地球防衛局の早手回しによってすっかり元通りになった白坂家の、二階ベランダ。
月曜日の朝、清々しい空気の中で、俺は洗濯物を干している途中だったのを思い出す。
そして、手に持っているのは、女物のぱんつ。
思わず、叫ぶ。
「何を平然と女物の下着なんか洗って干してるんだ俺はぁぁぁ――ッ!?」
しかも、割と無意識に。一ヶ月間続けている内に習慣化してしまっていた。
ベランダを一瞥する。およそ五分の三が女物の服で占められ、向こうから、ぱんつ、ぶらじゃー、ぱんつ、ぱんつ、ぶらじゃー……ぬぉぉぉッ!
「駄目だ、早く何とかしないと、パイロットじゃなくて、ただの主夫になってしまう!」
「ほーやん、おはよー」
振り向くと、パジャマ姿の未佳が「ふしゃあぁあぁぁ」と猫みたいなあくびをしながら、ベランダに出て来る。
「おはよー、じゃない! さっさと制服に着替えて学校に行く準備しろ。遅刻するぞ。下に朝食を用意してあるから、沙耶を叩き起こして、先に食べてろ。そろそろ奈美も自主トレから帰って来る頃のはずだ。あっ、それから味噌汁は温めてから食べろよ」
「にゃー、分かった。ところでほーやん、これなんやけど……」
未佳は後ろ手に隠していたものを取り出す。それは、猫のイラストが描かれたぱんつとぶらじゃー。未佳は「にゃはは」と苦笑いをして、
「昨日、出すのを忘れてしもうて。ほーやん、悪いんやけど、ついでに洗っといてくれへん?」
「お前な……洗濯しなきゃいけない物は前日の内に出しとけって、いつも言ってるだろ!? その内、着る物が無くなっても知らないからな!」
「まぁまぁ、そう怒らず」
いつの間にか俺の背後に回った未佳は、俺の頭に顎を乗せ、胸を押し付けて来る。
「熱い、重い、うっとおしい。……ったく、どうでもいいけど未佳、寝癖で頭、ライオンみたいになってるぞ」
ただでさえ癖っ毛の金髪は、爆発したみたいにボッサボサになっている。まるでライオンのたてがみのようだ、と思った。
「あれ、ほーやん知らへんの? ライオンはネコ科なんやで?」
「だから何だ。いいから直して来い」
「ほーい」
未佳はベランダを後にして、ぱたぱたの廊下の方へ駆けて行く。
やれやれである。さて、俺もさっさと洗濯物を干し終えて、下に行くとしよう。そうだ、奈美は帰って来たらまず、制服に着替えるはずだから、その間に白米やら味噌汁を持ってテーブルの上に用意しておいてやろう――
「……って、だから俺は主夫かっつーの!」
と、そこで家の門前までランニングをして来た、奈美の青いジャージ姿が視界に入る。ポニーテールをゆっくりと上下させ、息を整えているところで、目が合った。
「……貴様」
まるで人類共通の敵でも見るかのような鋭い眼光に「何だよ?」と返すと、
「まさかジャージブルマー派の上に、巨乳フェチであったとは」
「は?」
俺は自分の手元を見た。猫柄のぱんつとぶらじゃー。……そういえば、未佳の胸のサイズって何カップぐらいあるんだろうか?
奈美の眉間に皺が寄った。
「最低だな」
それだけ言って、奈美は門を開け、玄関の方へ歩いて行く。
「だ……誰が……」
ベランダの手摺りに身を乗り出して、叫ぶ。
「誰がお前のぱんつを毎日洗ってると思っとるんじゃあぁぁぁ!」
よりにもよって、何で女性タイプの人型インターフェイスが三人もなのだろうか。
本来、そこまで高度なAI技術を持っていなかった人類が、スーパーロボットにいわゆる心というもの持たせることに成功したのは、内部に搭載されている動力源に深く関わりがある。
圧縮ナノマシン複合エネルギー発生機関、通称『ハートドライブ』。十年前に起きた『第二次東京決戦』で、敵の宇宙怪獣『ディザスター』のコアとして使われていたオリジナルを元にして、俺の姉、白坂南が完成させた技術である。
ハートドライブは、感情というものに反応して無尽蔵のエネルギーを生み出す半永久機関で、メモリーとAIも兼任し、直結している。人間で言うところの脳と心臓が一緒になっているのである。
圧縮ナノマシンの技術は、ハートドライブの開発による副産物であったが、姉さんはこれを利用し、スーパーロボットの人型インターフェース形態を作ることを思いついた。
人型インターフェースの必要性は、ハートドライブの出力が、感情領域と呼ばれる部分の揺らぎによって変化することにある。人間と同じ生活をして、人間と同じ心を持つことが出来るようになれば、ハートドライブはより強い力を発揮することが出来るのではないか、と姉さんは考えたのだ。
実際に、人型インターフェースへの形態変化を持ったスーパーロボットは、出力が大幅に上昇したというデータが幾つも出されており、現在では、スーパーロボットのほとんどが人型インターフェースになることが出来る。
なるべく人間に近く、ということで、当然、人型インターフェイスにも性別が存在する。男性タイプと女性タイプの割合は大体半々くらい。
外見年齢というものもスーパーロボットごとに設定されており、二十代半ばという設定が多い。
だが、それにしたって、このサヤナミカはどうだ。
三人が三人とも女性タイプ、その上、外見年齢設定は全員十七歳ときた。
サヤナミカは、ハートドライブを積んだ機体同士で合体し、出力の増大を図るという新たな試みらしいが、何故に少女合体なのか。余りに疑問なので、ある時姉さんに尋ねてみたところ、
「え? だってその方が萌えるじゃん」
という答えが返ってきた。これがスーパーロボット開発の世界的権威の言葉なのだから、世の中色々と間違っていると思う。
そして、その割と適当な世界的権威のせいで、俺はここ一ヶ月、セーラー服の少女三人との登校を余儀なくされている。
姉さん曰く、ハートドライブはスーパーロボットの心であり、心を鍛えるには学校という場での勉学が打って付けとのことなのだが……。
「北斗くん、早く早く! 学校に遅刻しちゃうよ!」
自宅の玄関で、スクールバッグを片手に、ぴょんぴょんと飛び跳ねて急かすセーラー服姿の沙耶。
「うっさい! 誰のせいで遅刻しそうになってると思ってんだ! えーと、窓のカギは全部確認したし、ガス栓は閉じたし、テレビの電源も切ったし、炊飯器の予約も大丈夫と……」
指を折って数えながら確認する。よし、問題ない。
早足で玄関に向かい、スニーカーを履く。
「全く……沙耶、お前って奴は、せっかく俺が早く起きて、朝食作ってるのに、毎朝毎朝時間ギリギリまでベッドにへばり付きやがって」
いくら揺すっても「あー」とか「うー」とか「眠いー」とか言って起きないので、今朝も頭にチョップを喰らわして、目覚めさせてやったのだ。
沙耶は恥ずかしそうに「えへへ」と後頭を掻いて、
「いやー、ボクってほら、低血圧だから」
「スーパーロボットに血圧の低いも高いも関係あるか!」
「えっ、じゃあボクが朝に弱いのは一体……!?」
「弛んでるだけだ、ただ単純に!」
月曜日の朝からこれでは、今週も先が思いやられる。
一ヶ月前の生活が、遥か昔のことのように思える。ちなみにその時の俺は、『セミハートドライブ』という、パイロットの感情と直接リンクしてエネルギーを生み出す新型エンジンを使用した試作機、AI非搭載型のスーパーロボットに乗っており、基本的に一人の生活を送っていた。
いずれにしても、洗濯物を干している時にも思ったが、そろそろいい加減、今の状況を何とかしなくてはならないと思う。
家の外に出ると、沙耶と同じくセーラー服に身を包んだ、奈美と未佳が待っていた。玄関の鍵を閉めて、四人で高校へと歩き出す。
今朝の天気予報では、今日も一日晴れが続くようだった。空を見れば、雲は小さいのが疎らで、今が梅雨の時期であることを忘れさせるような、爽やかに澄んだ青が広がっている。五月晴れってやつだ。
「ここ一週間くらい、雨降らないね」
横を歩く沙耶が言う。
「ウチ的には、晴れが続いてくれるのは大助かりやわー」
後ろの未佳が口を開く。
「どうしてだ?」
俺が聞くと、未佳は自分の金髪を指に巻き付けながら、
「ウチは癖っ毛やから、湿気があると、髪がうねりまくって整えるのに苦労するんや。全然直らなくて、これが大変で大変で」
「……お前ら、本当にスーパーロボットか?」
沙耶の低血圧も含めて。
一番先頭を歩いている奈美が、ちょっとだけ横目でこちらを見る。
「ふん、我は別に、梅雨は嫌いではないがな」
「それはまた何故に?」
と尋ねる俺に対し、奈美は前を向いたまま、
「何故って、風情があるではないか」
ずっこけそうになった。
「日本にしかない、四季折々の美しさの一つだろう。貴様にはそんなことも分からないのか?」
「お前ら、本当にスーパーロボットかッ!?」
「度々失礼な奴だな。我はスーパーロボット開発の世界的権威、白坂博士によって作られた、一級品のスーパーロボット・ナミだぞ」
嫌々ながらも、一ヶ月共に生活していれば気付くのだが、沙耶と奈美と未佳は時折、人間よりも人間臭い言動をする。いや、時折ではなく、割と頻繁に。
この変な人間らしさを良い方向に持って行ければ、ハートドライブ出力は良い数字を叩き出し、合体も成功に近付くのではないかと思うのだが……上手く行かず、というか現状を呪いながら行動せず、惰性で過ごし、一ヶ月が経過してしまった。
しかし、俺としては、これ以上立ち止まっているわけにはいかない。
意を決して、切り出す。
「三人共、歩きながらでいいから、聞いてくれるか」
「どうしたの、北斗くん?」
「にゃ?」
「何だ」
三人の視線がこちらに集まったのを確認してから、俺は告げる。
「昨日も言ったが、今後は本格的に合体練習に取り組んで行こうと思う。お前達も合体ロボットなら、ちゃんと合体出来るようになりたいはずだ。違うか?」
朝の通学路を沈黙が覆う。たとえ雰囲気が悪くなろうとも、決めた以上は、早い内に言っておこうと思った。
最初に口を開いたのは、奈美だった。
「……まるで、貴様なら我々を合体させられるかのような物言いだが、本当に出来るとでも思っているのか?」
「そのつもりだ」
目を見て答えると、奈美は「馬鹿馬鹿しい」と再び前に向き直る。
「ほーやん」
未佳がいつの間にか横に並んで、俺の制服の袖を掴んでいた。
顔を見ると、それは何かを期待しているような表情で。
「ほーやんは、もしもウチらが合体に成功したら――」
「別に……さ」
沙耶が、未佳の言葉を遮った。
「そんなに急ぐ必要はないんじゃないかなって、ボクは思うんだけど……」
そこには、いつも通りの沙耶の表情があった。
「ボクは北斗くんと一緒にいられれば、それだけで幸せだよ。確かに合体ロボとして作られたからには、合体するのはボク達の夢だけど、北斗くんっていう素敵なパイロットと出会えて、一緒にいられるだけでも、今は十分に幸せなんだ」
屈託のない、太陽のような笑顔を浮かべる。
「ボク達はさ、これまでも他のパイロットに乗って貰ったことがあったけど、ボク達が合体出来ないと知ると、あっという間に離れていっちゃった。不良品だとか、出来損ないだとか、散々に言われてきた。だけど、北斗くんだけは、呆れた顔をしながら一ヶ月も側に居てくれた。ボク達を馬鹿にしないで、ちゃんと面倒を看てくれた」
「沙耶、お前……」
まさか沙耶がそんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。隙あらばスキンシップを迫って来るし、マイペースで、自由で、いつもふざけてばかりいて、悩みとか、辛いこととか、全く無縁なんじゃないかと思っていた。
考えれば、沙耶と奈美と未佳は、俺のもとに来るまでに、多くのパイロットに捨てられて来たのだ。
「未佳ちゃんも奈美ちゃんも決して口には出さないけど、少なからず、北斗くんには感謝してるはずだよ。ね、未佳ちゃん、奈美ちゃん?」
沙耶が話を振ると、未佳は煮え切らない様子で、
「ウチは……確かに、感謝はしとるけど……」
一方の奈美は憤慨する。
「感謝だと!? ふざけるな! そいつは表面だけで、結局中身は他の奴らと同じに決まってる!」
奈美の言う通りだった。俺は他のパイロットと変わらない。
さっさと最低限のことだけをして、お前達から離れて行こうとしている。
沙耶は悪戯をした後の子供のように、小さく舌を出す。
「うん、でもまぁ、全部ボクの願望なんだけどね。ボクはただ、今が幸せだよってことを言いたかっただけ。北斗くんがボク達の合体練習をみてくれるっていうんだから、拒む理由はないよ」
「沙耶、俺は……」
何か言おうと思って、口を噤む。多分、沙耶はいずれ俺が離れて行くことを分かっているのではなかろうか。
だとしても、俺にはやらなければならないことがある。たとえ彼女達を見捨てることになろうとも、絶対に為さねばならないことが。
とりあえず、今日の放課後から練習を始めることを伝えようと思った。
ふと、後ろから車のクラクションがした。
「はーっはっはっはっはー!」
空気を読まない、聞き覚えのある笑い声がして、黒く長い車が横を通過し、十メートルくらい前で停車する。これまた見覚えのあるリムジンだった。
後部座席のドアが開いて、まず現れたのは、紫の髪をした無表情なメイドさん。中世的な整った顔立ちをしており、肌は色白、背は俺と同じくらいある長身の少女で、外見年齢設定は十七歳。
そう、俺は知っている。彼女もまたサヤナミカと同じように、スーパーロボットが変身した人型インターフェースであることを。
彼女は俺達の方を向いて、無表情のまま、ゆっくりと一瞥する。
やがて、頭を下げた。
「……どうも」
「あっ、どうも」
思わず、こちらも頭を下げる。
メイドさんはそうして挨拶を終えると、リムジンの後部座席の反対側へと歩いて行き、ドアを開ける。
「はーっはっはっはっはー!」
再び耳障りな笑い声がして、車内から、オールバックの男が革靴を鳴らしながら外に出てきた。何故かその口にはバラの造花が咥えられている。
近隣にある有名な私立高校の制服を着た彼は、メイドさんを連れてこちらに近付いて来た。
「いやはや、一ヶ月ぶりくらいかな、白坂? どうにも元気がないようじゃないか」
「そっちは相変わらずみたいだな、京極」
こいつの名前は、京極霧夜という。同期のスーパーロボットパイロットで、家はスーパーロボット開発も含め、様々な産業に携わっている京極コンツェルン。彼はそこの御曹司なのだ。同期のせいかライバル視されていて、何かにつけて絡んで来る。
「まぁ、僕は秀才だからね。君のような自称天才とは違って、一般庶民の悩みとは無縁の、優雅な暮らしをしているよ。おっと、自称じゃなかったっけ」
相変わらず、物言いもムカつく奴である。
「北斗くん。誰、この人?」
沙耶が小声で聞いてくるので、俺は「一応スーパーロボットパイロットだ」と教えてやった。
「おや? ひょっとして、そこのお嬢さん達が、噂に聞いた君の新しいスーパーロボットかな? これは驚きだな……確か、名前はサヤナミカだったか……そうだ、こちらも紹介しておこう、僕のスーパーロボット『ミストリア』だ。普段はミストと呼んでいる」
「……ミストと申します」
京極に紹介されたミストは、無表情のまま、もう一度頭を下げる。
「ミストは三年前に我が京極コンツェルンの京極工業が開発したスーパーロボットで、現在までに三度のグレードアップを重ね、正式名称はミストリア四式。エンジンは、従来のハートドライブに改良を加えた出力強化型を使用している」
ミストは、じーっとこちらを眺めている。
「ロボット時の全長は四十メートル級の大型、重装甲だが、全身にバーニアを備え、出力強化型ハートドライブにより、機動力も優秀だ」
じーっ。
「もちろんパワーと火力も他の機体の比ではない。先日現れた宇宙怪獣は、巨体ながら、ミストが終始圧倒していた」
じーっ。
「とはいえ、機動力ではやはり他の高機動型のスーパーロボットに劣る。そこで重要なのが、ミストに搭載されているハートドライブの属性で……って、おい、ミスト!」
「……はい、何でしょう、マスター?」
「お前、また瞬きするのを忘れているぞ! 最低でも十秒に一回は瞬きしろと、あれほど注意しておいたじゃないか!」
「……あ、申し訳ありせん。すっかり忘れていました。何しろ私、スーパーロボットなもので」
ぱちぱちと二度、瞬きをするミスト。
京極はそれを見届けてから、咳払いをする。
「――とまぁ、人型インターフェース時に若干のシステムバグがあるものの、それ以外は優秀なスーパーロボットなんだよ」
何となく、京極も京極で苦労しているんだなぁ、と思った。
そんな俺の心を読んだのか、京極は不快そうな顔をして、咥えていたバラの造花をこちらに向ける。
「おい、白坂! 何だ、その人を馬鹿にした目は!?」
「は? いや、別に、馬鹿になんて……」
「大体、君は人のことを馬鹿にしている暇があるのかい!? 聞いたよ、そのサヤナミカのパイロットになってからというもの、宇宙怪獣を一度も倒していないらしいじゃないか!」
「っ……!」
否定したいところだが、紛れもない事実であった。何度かサヤナミカと共に出撃しているものの、合体することが出来ず、力を出し切れずに敗退を繰り返していた。
京極は、ふっと鼻で笑う。
「仮にも僕と同じく、弱冠十四歳の最年少パイロットとなった男がそんな様では、二度に渡って地球を救った英雄である君の父上も、さぞ悲しんでいることだろうね! それともあれかな、君の父上は、実はそこまで大したことない、スーパーロボットパイロットだったってことかな?」
「なっ……親父とは関係ないだろう!」
「さて、どうだか! 蛙の子は蛙とも言うからね。結局、第一次、第二次東京決戦の英雄は死んでしまった。たまたまスーパーロボットに乗って、たまたま敵の宇宙怪獣と相打ちになったパイロットが英雄と呼ばれてるだけじゃないか。違うかい? というか今現在、君は一体何をしてるんだ。そんな――」
京極は沙耶、奈美、未佳を指差し、
「――ろくに合体も出来やしない出来損ないの不良品共と、何を悠長に遊んでいるんだ?」
自分でも一瞬、何をしているのか良く分からなかった。
気付いた時には、京極の制服のネクタイを引っ掴み、思いっきり引き寄せていた。
至近距離で睨み付けると、京極も引かずに睨み返して来る。
「っ……何を怒っているんだ、君は。親のことを馬鹿にされて腹が立ったのかい? それとも……」
自分でもらしくないと思ったし、何でこんなに腹が立つのか、自分でもよく分からない。
不意に、ガッと手首を掴まれて、捻り上げられる。横に視線をやると、ミストが瞬きをせず、無感情な瞳に俺を映していた。
「……どんな理由があろうと、マスターへの暴力は許容出来ません」
「離せ」
「出来ません。何しろ私、スーパーロボットなもので」
無理矢理それを引き剥がそうすると、「北斗くん!」「ほーやん!」「落ち着け、馬鹿者!」と、沙耶、未佳、奈美の声が後ろからして、羽交い締めにされる。
俺は三人を睨んだ。
「お前らは悔しくないのかよ……!」
「え……?」
未佳が戸惑いを浮かべる。
「出来損ないの不良品って言われて、悔しくはないのかって訊いてんだよ!」
沙耶が首を横に振る。
「別に……悔しくなんかない! ボク達には今、北斗くんっていうパイロットがいてくれるから!」
奈美は何も言わない。ただ、顔を背ける。
俺の拳に何故だか力が入る。拳だけじゃない。全身が震えていた。
悔しくない……だと? 存在を否定されたんだぞ。スーパーロボットとして生まれて来たのに、出来損ない、不良品って言われたんだぞ。ロボットにとって、これ以上のない屈辱のはずだ。悔しくないはずがない。
何より――
「ふざけんなッ! 俺が悔しいわ馬鹿たれッ!」
頭の中で何かが切れる感覚と共に、羽交い締めを振り解き、気付けば思いっきり怒鳴っていた。
「ここまで馬鹿にされて何黙ってんだ、アホか! ああ、別にいいさ! 自分達だけが傷付いても我慢するってんなら俺は一向に構わん! 好きにすればいい! だけどな! お前らは大きな勘違いをしている! さて問題ですチャラッチャラっ! お前らが何を勘違いしてんだか言ってみろ、まずは未佳!」
金髪癖っ毛の少女を指差す。
「えっ……あっ……えっと……!」
「はい、タイムアップ! 次は奈美!」
指を向けられて、驚いたように瞳を見開くライトブルーのポニーテール少女。
「タイムアップ! はい、次! 答えろ沙耶!」
最後に指名されたピンクツインテールの少女は、声を震わせながら言う。
「ほ、北斗くんがボク達のことを思って……!」
「違ぁぁぁうッ!」
俺は指差していた手を、勢いよく横に振った。
「お前らの勘違いはな! お前らは自分達のことばっかりで、俺のことを何一つ考えちゃいないってことだ! お前らは一体何だ!? スーパーロボットだろ! スーパーロボットは一人で戦うのか!? 違うだろ、パイロットも一緒だろうが! 俺が何の為に今までお前らと一ヶ月も生活して来たと思ってんだ! それは俺が、お前らのパイロットだからだろうがッ! お前らが馬鹿にされるってことはすなわち、俺が馬鹿にされてるのと同じことなんだよ! 分かったかッ!」
あー、喉が痛い。
でも、自分の口から言葉にしたことで、俺は理解する。
少なくとも俺は、一ヶ月の間、サヤナミカのパイロットを続けてきた。一応、俺のスーパーロボットだ。
それが他人に馬鹿にされるのは、俺には決して許すことが出来ない。
だから。
「さて再び問題ですチャラッチャラっ! 京極霧夜ッ!」
俺は、オールバックの男と無表情のメイドの方へ向き直る。
人差し指を向けて、言った。
「俺はこれからお前に、一体何を申し込むつもりでしょうか?」
問題その二、解答。
スーパーロボット同士での決闘。