プロローグ スーパーロボットな少女達
プロローグ スーパーロボットな少女達
俺は天才のはずだ。
天才の、スーパーロボットパイロットのはずだ。
というか、天才でなくてはならない。誰が何と言おうと天才なのだ、俺は。
だから当然、搭乗するスーパーロボットもそれに相応しい機体の必要がある。
だというのに。
「ねぇ、北斗くん北斗くん! 今日は日曜日だよね。ボクとどこかにデートしに出掛けようよ! いいでしょ?」
日曜の朝っぱらから、我が家の食卓にて、元気一杯にぴょこぴょこと上下に揺れるピンクの尻尾が二つ。人は、それをツインテールと呼ぶ。
「ボクは遊園地がいいな。まずはジェットコースターでしょ? コーヒーカップは必須だね! バンジーがあるところがいいなー。お化け屋敷は欠かせないよね。最後は観覧車で、夜景を眺めて、いいムードになった二人は……えへへ♪」
「おいコラ、そこのツインテール娘。何を勝手に妄想してる」
俺のツッコミなど聞いている様子もなく、向かいの席に腰掛けているピンク髪ツインテールの少女は、テーブルに身を乗り出して、大きく丸い瞳を閉じ、柔らかそうな唇を尖らせて、
「ちゅー♪」
「誰がするか!」
空風沙耶にチョップを喰らわすと、彼女は唇を尖らせたまま、おでこを擦った。
「ぶー、別に減るもんじゃないんだからしてくれたっていいじゃん!」
「うるさいぞ、沙耶」
言ったのは俺ではなく、沙耶の隣の席に腰掛けたライトブルーの髪色をした少女。俺から見て、向かい左斜めの席だ。
「黙って朝食の一つの食べられないのか、貴様は。そんなだから、いつまで経ってもスーパーボロットと言われるのだ」
腰辺りまで垂らしたポニーテールを揺らし、切れ長の瞳は朝食の焼き鮭に向けられている。白く細い指が規則的に箸やお椀を動かし、食事を口に運ぶ。
切れ長の瞳が不意に俺を睨み、
「第一、この男のどこがいいと言うのだ。口だけの自惚れ屋ではないか。我には全く理解が出来ん」
「おい」
誰が口だけの自惚れ屋か。聞き捨てならんぞ。
ライトブルーポニーテールの少女、海川奈美は「ふん」とそっぽを向く。
「自身のことを天才などと言う輩を信用出来るものか。貴様が博士の弟とはいえ、我らが今までフッて来たどんなパイロットよりも性格が悪い。過去最悪だ」
「それはこっちの台詞だっつーの!」
テーブルを叩く。何が悲しくて、天才パイロットたる俺がお前らみたいな小娘共の面倒を見ねばならんのか。
「そうだよ、言い過ぎだよ奈美ちゃん!」
と俺に続けたのは沙耶。
「北斗くんは確かに自惚れ屋で、性格も悪いけど、見た目だけは格好良いんだから!」
「何のフォローにもなってねぇよ!」
またも俺のツッコミを無視し、沙耶は奈美に人差し指を向ける。
「というか、奈美ちゃんは誰がパイロットでも同じことばっかり言ってるじゃないか。ワガママだよ!」
「慎重にパイロットを選んでいるだけだ。我らは宇宙怪獣と戦う時、パイロットに命を預けるのだぞ? 今までのパイロットは命を預けるに値しなかった。だからフッた。それだけだ!」
「フラれたの間違いでしょ! そんな風に可愛げもなくツンツンしてるから、パイロットが寄り付かなくなるんだよ。一人クールぶっちゃってさ!」
「何だと貴様……我を侮辱する気か!」
席から立ち上がった奈美と沙耶の視線が衝突し、「う~」と唸りながら火花を散らす。
先月までの日曜の朝は、もっと、雀のさえずりが聞こえて来るぐらい静かで、優雅だったはずなのに、どうしてこんなことになっているのか。
ため息が出る。
「頭が重い……」
というか、物理的に頭が重い。
「おい、未佳」
「にゃあ?」
「そろそろ頭の上から退け。重い」
「え~」
先程から俺の頭上にずっと顎を乗せていた三人目――金髪の少女が、不満の声を洩らす。
「ほーやんの頭の上はウチの特等席やのに」
「勝手に決めるな。いいから退け」
「にゃ~ん、あと五分~」
金髪猫っ毛の陸花未佳は、そのまま猫のような声を出して、ぐりぐりと頭頂部に顎を押し付けてくる。
「あー!」
それに気付いたらしく、ピンク髪ツインテールの少女がこちらを見て、声を上げた。
「未佳ちゃんずるい! ボクが目を離してる隙に北斗くんとスキンシップなんて!」
「だって、さーやんは今、なーやんと話し合っとるんやろ? そしたらウチは暇やし、せっかくやから、ほーやんと遊んでようかなぁって。ウチらことは気にせんでええから、さーやんとなーやんは二人で思う存分話し合ってや?」
「うっ……そ、そういう問題じゃなくて! ほ、ほら、北斗くんだって未佳ちゃんが頭の上に乗ってて重そうじゃないか!」
「そんなことあらへんよ。なぁ、ほーやん?」
ここぞとばかりに必殺兵器を使用する金髪癖っ毛の少女。それは女性ならば誰しも持っているものだが、彼女は中でも人一倍重武装。
彼女は俺の背中に体重を掛け、その豊かな胸を押し付けてきた。
しかし、他の男はいざ知らず、色気仕掛けで俺を落とそうなど、笑止千万。
「いや、重い」
「にゃー!?」
裏切られた、という顔をして、未佳はやっと俺から離れる。ようやく肩の荷が下りた。色んな意味で。
沙耶は「北斗くん!」と瞳を輝かせると、ぱぁっと表情を明るくして、
「やっぱり北斗くんはボクのこと……後でチューしてあげるね! ちゅー♪」
「断固拒否する!」
両腕を組んだ奈美がライトブルー色のポニーテールを揺らしつつ、未佳に不敵な笑みを浮かべた。
「フッ……胸など所詮は脂肪の塊ということだ。それを使って交渉など、愚かにも程がある」
ぴくりと眉を動かす未佳。
「なんやと? 自分が貧乳やからって、ひがみかそれは」
「勘違いしないで貰おう。我は貧乳などではない、スレンダーなのだ。一切の無駄を省いた、実用的に優れた体型なのだ」
「……なーやん。それだとまるで、ウチが実用的じゃない、無駄だらけの体型みたいに聞こえるんやけど?」
「そう言ったつもりだが?」
こちらの二人も睨み合い、火花を散らし始める。我が家の食卓を中心に、リビングに漂い始める険悪なムード。
すると、沙耶が「まぁまぁ」と間に割って入った。どうやら仲裁するつもりらしい。
「胸の話はいいじゃない。未佳ちゃんみたいに大きな胸は確かに魅力的だけど、奈美ちゃんのようにすらっとしたスタイルも魅力的だよ。それにさ、胸があってもなくても」
沙耶はピンク色のツインテールを揺らしながら、満開のスマイルで言った。
「結局、一番可愛いのはボクなんだから、関係ないよ♪」
「「ふざけんなっ!」」
火に油を注いだだけだった。
未佳の金髪癖っ毛がパチパチと電気を帯びて、浮き上がり始める。
「もう我慢の限界や……ウチのこと馬鹿にしおってからに……!」
「同感だな」
そう言う奈美のポニーテールを揺らしたのは、思わず身震いするような冷気。彼女を包むように渦巻き始める。
……って、おい。ちょっと待て。
「未佳、奈美、喧嘩するなら外でやれ! お前らが暴れると――」
「にゃあ――ッ!」
「おわっ!?」
未佳が掌から電撃を放ったのはその直後だった。ターゲットは沙耶ではなく、その隣にいた奈美。
途端、ライトブルーのポニーテールが横一線の軌跡を描く。奈美が飛んで回避したのだ。
電撃は空を切って、リビングの壁に当たり爆発、ぽっかりと風穴を開けてくれた。ちょっ……どうしてくれんだコレ!?
食卓から離れたところに両足を着いた奈美が、切れ長の瞳を金髪癖っ毛の少女に向ける。
「未佳、貴様……どういうつもりだ」
「なーやんは何か勘違いしとるようやけど、ウチが怒ってるんは、なーやんに対しても一緒ってことや」
「ふん、よかろう……ならば貴様ら二人、まとめて相手をしてくれる!」
奈美は左手を未佳、右手を沙耶の方に構える。
「えっ、ボクも!?」
「当たり前だ!」
奈美の両腕の横に冷気が集まり、宙に浮く、二つの巨大な氷塊を創り出す。それは水晶の形状に似て、長さは七十センチ程。
「くらえ、アイスミサイル!」
その言葉を合図にし、二つの氷塊がベクトルを得て、それぞれ沙耶と未佳に放たれる。
猫のような身のこなしでかわす未佳に対し、「うわわっ!」と頭を下げて避ける沙耶。流れ弾となった氷塊がキッチンに突っ込み、今度は冷蔵庫と電子レンジを貫き破壊する。
その光景を見つつ、沙耶は額の汗を拭う。
「ふぃ~、危なかったぁ~」
と、その時だった。
「サンダークロウ!」
「ほえ?」
振り返る沙耶の視線の先には、雷撃を纏った爪を振り下ろす未佳の姿。
驚いて目を丸くするピンク髪少女のツインテールの右片方が、ぽろりと床に落ちた。
「ぎゃー! ボクの大事なチャームポイントがぁ――ッ!?」
未佳が「にゃんと」と唸って、
「さーやん、まさか、咄嗟に身を横に逸らして難を逃れるとは」
「逃れてないよ、大ダメージだよ! ツインテールがサイドテールになっちゃったよ!? なんてことしてくれるんだよ未佳ちゃん!」
「知らんわ! 髪の尻尾の一つや二つ、人間じゃないんやから、それくらい博士に頼めばすぐに直るやろ!」
「未佳ちゃんは全然分かってない! まだ物語の冒頭、いわゆるプロローグってやつだよ!? そこでメインヒロインの一人の髪型が変わっちゃうってマズいでしょ! 今後ボクは特に描写がない限り、サイドテール娘として勝手にイメージされるようになっちゃうかもしれないんだよ!? そしたら未佳ちゃん、どう責任取ってくれるのさ!」
「何の話やねん!」
ゆらりと立ち上がった沙耶は胸の前で両手を重ねる。
「もう怒ったぞ……許さないんだから……!」
沙耶の腕回りを螺旋状に炎が走り、重ねた掌を徐々に離してゆく。やがて螺旋の炎は掌の間に収束、大きさバレーボール程の火球を造り出す。
「ファイアーボール――」
沙耶はそれを天井近くまで投げ、ジャンプし、
「スパァァァイクッ!」
未佳に向かって思いっきり強打した。
「にゃう!」
襲い来る火球をサンダークロウで横に弾く未佳。行き場を失った火球はテレビに直撃し爆発、テレビ自体はもちろん、爆風でリビングの窓ガラスを全て、粉々に吹き飛ばす。
そんな中、奈美が自らの右腕を凍らせて、沙耶に突撃する。凍らせた右腕の先端は氷柱のように細く尖っており、さながら氷の槍のよう。
「我のことを忘れているぞ!」
「そんな攻撃、当たるもんか!」
素早い連続突きをかわして、沙耶はバックステップ、同じく右手の握り拳に炎を集め、剣を出現させる。
「ふん!」
「てぇぇぇい!」
氷の槍と炎の剣が交差し、水蒸気が噴出する。
一方の未佳は、二人が激しい剣戟を繰り広げる横で、両手に雷撃を溜めている。雷撃は沙耶の造ったファイアーボールのように球形に変化。未佳は両手をキャノンの砲身のごとく突き出し、狙いを定める。
「余所見は……あかんで!」
雷球が発射され、それぞれ沙耶と奈美に迫る。
いち早く反応したのは奈美。舞を踊るように回避する。
「ふっ、どうした。攻撃が止まって見える――」
奈美が再び沙耶に視線を戻すと、沙耶は野球のバッターのように、炎の剣を構えていた。飛んで来た雷球をかっ飛ばし、軌道を奈美の方に曲げる。
「ぶっ!?」
加速のついた雷球に反応出来ず、奈美は顔面に直撃を喰らった。
沙耶は「わーっはっはっは!」と高笑いをして、
「ボクのことを忘れていたようだね。油断しちゃいけないよ? 奈美ちゃん」
「けほっ、けほっ! ……おのれ、貴様ら!」
咽せる奈美は、顔を真っ赤にして、怒鳴った。
「どこまでも我をコケにしおってからに……絶対に許さん……! 表に出ろ! 貴様ら二人、本気で叩き潰してくれる!」
「別に構わないよボクは? 未佳ちゃんにもツインテールをサイドテールにされた借りを返さなくちゃならないしね!」
「上等や! 受けて立つで! ウチかて胸のこと馬鹿にされて腹が立っとるんや! 貧乳の腹いせに騒ぐ、誰かさんのせいでな!」
「貧乳ではなくスレンダーだと言っている!」
「奈美ちゃんってさ、いっつもそうやって現実逃避するよね! クールじゃなくてむしろ格好悪いと思うよ、そういうの!」
「何だと!? 沙耶、貴様、自分のことを棚に上げて、よくもぬけぬけと……!! 貴様が何かしら問題を起こす度に苦労させられているのは誰だと思っている!?」
「それは同感やな! ウチらが喧嘩するのって、結局いつもさーやんに原因があると思うで! それをまるでウチらが悪いみたいに言って!」
「それは未佳ちゃんでしょ! 他人事のフリばっかして、自分は傍から見てるだけ!」
「もういっぺん言うてみいや!」
言い争いながら、三人の少女の体がそれぞれ光に包まれる。
その直後。
ドッコォォォーンッ!
我が家が木端微塵に吹き飛んだ。
屋根がなくなり、あらかた壊れてしまった家財道具の中、奇跡的に残ったテーブルに朝日が降り注ぐ。近くの電線に留まっていた雀が驚いて飛んで行く。
しかし、快晴のはずの青空は大きな影に遮られ、あまりよく見えない。
そこに、天を覆うように三体の巨大ロボットがそびえ立っていたからだ。
それぞれ全長二十五メートル程。何故こんな所に突然、三体もの巨大ロボットが現れたのかと言えば、答えは簡単である。
「大体さ、奈美ちゃんと未佳ちゃんは文句ばっかり言って、自分からは全然行動しないじゃないか! だからボクが代わりに行動してるんだよ! 二人にいちいち文句言われる筋合いはないね!」
三体の内の一体、ピンク色を基調とした機体が言う。黄色いアイカメラが輝く頭部には、ツインテールを思わせる飛翔用のウイングバインダーが二基付いており、名をスーパーロボット・サヤという。
そう、このスーパーロボットこそ、空風沙耶が巨大化した、彼女の真の姿なのだ。
「我が行動する前に貴様が考えなしに行動するから、いつも失敗するのだろう! 少しは学習したらどうなのだ!」
ライトブルーの機体、スーパーロボット・ナミが腕を組みながら怒鳴る。言うまでもなく海川奈美が巨大化した姿で、頭部にはポニーテールを彷彿とさせる巨大なブースターが装備されている。
「にゃー! どうでもええわそんなこと! 巨大化した以上、力と力で勝負しようやないか!」
陸花未佳が巨大化したレモンイエローのスーパーロボット・ミカが、両手を地面に着けて、四足歩行の猫のような構えをとる。リアアーマーに生えた尻尾と、頭部の猫の耳を模った排熱口が特徴的な機体だ。
「言われなくたって!」
「貴様らごときに負けるこのスーパーロボット・ナミではない!」
「フシャー!」
朝の住宅街のど真ん中で取っ組み合いを始めるスーパーロボット三人娘。
更に言っておくと、あろうことかこの三人娘、巨大化でさえまだ序の口に過ぎず、三体で合体して『サヤナミカ』という超巨大ロボになるというのだから、もはや驚きを通り越して、呆れのため息しか出て来ない。
「というか――」
ちなみに俺は先刻からずっと、現リビングの跡地、奇跡的に残ったテーブルの席で、奇跡的に椅子に座ったままでいるのだが、もうそろそろ言わせて欲しい。
「お前ら、いい加減にしろぉぉぉ――ッ!」