1-8 突然の邂逅
結局、荷解きは全部終わらなかった。
おばあちゃんの寝る時間もあるし、ミツルもたくさん寝るべき成長期だ。
今日は普通に登校するが、やはり朝からゴウくんに声をかけられてしまう。
「なあ、ゴーレムファイトの話はしないってどゆことなんだ? 大会出てたんだろ?」
昨日と違って、少しおずおず……といった雰囲気だ。
「君には関係ないだろう」
私はミツルとしてそっけない態度を演じる。
「タルタロスに何かあったのか?」
「何もないよ」
「お前と仲良くなりたいんだけど、ダメか?」
「ダメ」
ゴウくんは「しょぼ〜ん(´・ω・`)」となって自分の机に伏してしまった。
最推しキャラがアサヒくんというだけで、ゴウくんのことは別に嫌いではないし、どちらかと言えば好きな方なので心が痛い。
本当は「かわいいねえ、いい子だねえ」って言いながら頭を撫で回したい。
気分は親戚のおばさんだ。
「……そもそも、大会中止になるかもっていうニュース見てないの?」
何となく沈黙に耐えきれず変な話題を出してしまった。
「えっ」
ゴウくんは目をまんまるにして驚いていた。
「大会中止になんの? なんで……?」
「……春の事件で、ゴーレムは危険だっていう大人が増えたんだよ」
「あ、あれはゴーレムが悪いんじゃなくて、悪い大人が悪いんじゃないか!」
ゴウくんは思わずというように立ち上がって大声で言った。
「ぼくに言わないでよ」
「……わりい」
ゴウくんが椅子に座り直して何か言おうとしていたけれど、それはチャイムにかき消されていた。
時間は飛んで昼休み。
ミツルのおばあちゃんがお弁当を作ってくれたので、どこか人がいなさそうな場所で食べようと思って教室を出た。
ゲーム中の学校は校舎裏の倉庫のあたりは人気がなくて、たしかベンチもあったはずだ。
行ってみると自分の印象の通りで、とても静かで日当たりもそこそこの穴場っぽい雰囲気だった。
ちょっと嬉しくなっていそいそとベンチに座ってお弁当を開ける。
中学生男子にしては小ぶりな一段弁当には、ソーセージと卵焼き、それから昨日のご飯のあまりの大根の煮物が半分のスペースに、もう半分にはご飯にふりかけが掛かって入っていた。
スマホでニュースサイトを眺めながらご飯をつまんでいると、誰かがやってきた。
わざわざ自分の前で立ち止まったのでミツルに用があるのだろう。
顔を上げて驚いた。驚いて卵焼きが端から滑り落ちて弁当箱の中で小さく跳ねた。
「俺を覚えてるか、ミツル」
青く毛先の尖った髪の毛。
切長の吊り目は名は体を表すかのように日の出のようなオレンジ色。
成長途中だけど細く整った体躯。
釘崎旭。私の最推しキャラだ。
推しが、目の前にいる。
その事実があまりにも衝撃的すぎて呆然としてしまったが、すぐにミツルの記憶が浮かんできた。確かに会ったことがあるらしい。
そうだ、アサヒくんも昨年の大会が初出場じゃなかった。実力者同士面識があっても全くおかしくない。
「アサヒくん、でしょ」
そう言うと、アサヒくんは満足そうに小さく笑ってミツルの左隣に座った。
やめて貰えませんか? 心臓持たないんですけど?
こんな近距離で顔を直視したら挙動不審で死んでしまう。とりあえずお弁当の方に視線を落とした。
「タルタロスは?」
真横からアサヒくんのイケボ!!
心臓が口から出そう、という形容が似合うほどドクドクと脈打っている。
顔も赤くなっていないか不安だ。ミツルのデザインが左目を隠すような髪型で助かった。俯けば多分バレない。
落ち着け、落ち着け……。
声が震えませんように、と祈りながら口を開く。
「カバンの中。この学校は放課後以外でゴーレムを活動させるのは高速違反なんでしょ?」
よし! よし! いけた!!
「じゃあ元気なんだな」
「まあ……」
いや無理!!
せめて心の準備期間が欲しかった!
何で突然目の前に現れてしまうのか、この人は……。
何を話していいかわからずまごついていると、アサヒくんの方から本題を切り出してくれた。
「ゴウに聞いた。ゴーレムファイトの話はしないって?」
いえ! 本当はめっちゃしたいです!!
……という本音は一生懸命飲み込んで「うん」とうなずいた。
なんで自分がこんな行動をしているのか分からなくなってきた。……いや、公式のミツルがこんな感じだったからそれっぽく振る舞っているのだった。
「ゴウは真っ直ぐ突っ込んでくるから困るよな」
「……別にそういうわけじゃ……」
「俺もお前とすごく仲良かったわけじゃないけど、昔のよしみで何か力になれることがあったら言ってくれよ」
「……」
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜イケメン。イケメンですねえ!
アサヒくんはかつて楽しくゴーレムファイトができなくて、その時のアサヒくんを助けてくれたのがゴウくんだった。
彼は今、その時のゴウくんを思い出しながらミツルに手を伸ばしてくれているのだろう。
私としては全力でアサヒくんの手を取りたい。
なんならそのままハグとかしない。アラサーのおばさんがそんなことをしたら完全に"事案"だが、今の私はミツル。完全にセーフだ。
脳内のクソオタクの欲望を死ぬ気で抑えながら口を開く。
「……ごめん。そう言って貰えるのはありがたいけど」
アサヒくんはそれ以上突っ込んでくることはなく、
「分かった。気が変わったら声かけてくれ」
と言って去っていった。
私はその後ろ姿が校舎の陰に見えなくなるまでアサヒくんの背中に穴が開くんじゃないかというくらいじいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいっと見つめていた。